【第二十五話】アリスの新たな日常
看板の材料をもらいに行っていたレオンが、手ぶらで戻ってきた。
「アリス、残念だけど、看板の材料はすぐには手に入らないぞ」
「なんで?」
「まだ、家は設計書を元にして、どこになにを建てるかだとか、設備の準備をしてる段階みたいだ」
この世界には魔法があるし、ここの土地の測量もあっという間だったから、家が建つのも早いと思ったけれど、そう上手くはいかないものらしい。
「だけど、看板用の材料は取り寄せてもらうように手配はしてきた」
「おー、さすがはレオン!」
アリスの言葉に、少し照れくさそうな表情をしているレオンを見て、アリスは内心で萌えていた。
かわいい、かわいすぎる……!
「それで、アリス」
「はい?」
「その地図は?」
「あー、うん。どこになにがあるのか書いていたの。ほら、さっき、虹蛇を見つけたじゃない?」
「あぁ」
「地図に書いておけば、場所を忘れたり、間違ったりしないかなと思って」
「なるほどねぇ。それで、その周りに書かれているものは?」
「育てるのが難しい植物でも、虹蛇の近くなら育つかなと思って」
よく見ると、確かに生育が難しい植物ばかりが虹蛇の近くに書かれていた。
「これをここに全部、植える訳じゃないよな?」
「そうねぇ。やっぱり一度にたくさんの種類を植えるとまずいわよね?」
「まずいというか、管理が大変じゃないか」
「それもそうか」
レオンのその言葉に、アリスは地図をじっと見て、選別することに決めた。
「じゃあ、どうしても植えたいこれだけにするわ」
書かれていた薬草名を全部消して、シトロネラと書き込んだ。
「それ、別にそこで育てなくても育つだろ」
「あら、レオン、詳しいのね」
「里にいた頃、叩き込まれたからな」
「なるほどねぇ」
シトロネラというのは、薬草というよりは精油を絞って使うものだ。虫除けになるため、早い段階で栽培しておこうと思った。
ただこちら、見た目はただの雑草のようにしか見えない。下手なところに植えたら、雑草として引き抜かれて捨てられるかもしれないので、虹蛇の周りがいいかなとふと思ったのだ。
「放置しておいても育つのに」
「だからよ。それに、薬草と思われないで抜かれたら嫌でしょ」
「まぁなぁ。雑草と区別がつき辛いから、探すのが意外に大変なんだよな」
それならますます、場所はここの方がよいだろう。
「じゃあ、思い切ってここの畑はシトロネラにしましょう」
「そうだな」
虹蛇が埋まっていた土地は、すでに耕し終わっている。後は種なり苗なり植えるだけだ。
「そうだ! 今から植えに……」
「却下だ」
「なんで!」
「そろそろ夕方だ。オレは夕飯の支度を始めるぞ」
「あ、わたしも手伝う!」
「分かった、助かる」
レオンは思っていた以上に器用で、なんでもこなす。
アリスが表立って外を歩けない分、レオンが代わって色々とやってくれる。そしてそれは、アリスが思っている以上の成果をあげてくれる。
世間知らずなのに、有能って一体……と思わなくはないけれど、里で様々な教育を受けてきたのは分かった。
「今日はなににする?」
食材は定期的に屋敷から届けられることになっている。テント暮らしのため、冷蔵庫などないので、保存がきくものばかりだが、今のところは物珍しさから飽きてはいない。
「薬草が育ったら、料理に使うのもいいね」
「そうだな。……新しい家の庭には、薬草を育てないのか」
「あー、それ、考えてなかった。家で消費する分を育てるのもいいわね」
結局、トリアンでの家は、アリスが住む家とマリアの家と二軒、建てることになった。そして、その二軒の間に食堂と応接室、大きな浴室を設けることにした。
とはいえ、浴室まで行くのが面倒な時のために、部屋にもシャワー室をつけるのは忘れていない。
そして、客室も作った。
トリアンを囲む壁が出来るまで、五人の寝泊まりする場所を確保するためもあるが、アリスの髪の毛が元の色に戻ったとき、人を呼べるようにいう配慮もある。
髪の毛の色が、元に戻るのはいつになるか不明だけど。
そんなことを考えていたため、レオンが心配そうな表情でアリスを見てきた。
「アリス?」
「あ、うん」
不安が表情に出ていたらしい。
アリスは笑って、レオンを見た。
「ご飯、なににしようか」
「スープと、堅パン、塩漬け肉を焼いたのと──」
「ねね、デザートは?」
「ドライフルーツならあるぞ」
「うん、それでいいわ!」
屋敷にいた頃を思えば、ずいぶんと質素な食事だが、アリスはそれでも構わなかった。
というのも、レオンの作る料理は絶品だったのだ。
特にスープが美味しいと、アリスは思う。
だから、手伝いをして、レオンのテクニックを盗んでやろうと画策しているのだが、今のところ、実現していない。
「アリス、まずは火を熾そうか」
「はぁい」
屋内で火を使う場合は安全な火の魔石を使うが、それは高価なため、富裕層の間でしか使われていない。
余談だが、魔力を補ってやれば永久に使えるため、金に困った場合はこの魔石を売って、金を工面する者がたまにいる。
そして、野外の場合は、この火の魔石を使ってもいいが、高価なものを持ち歩くのは怖いため、ほぼ外で使うことはない。
アリスたちも例外ではなく、薪を燃やしていた。
炭があれば焼き肉が出来るのにとアリスは思ったが、炭はないようだ。どうせだから、このテント暮らしのうちに自作するのもいいかもしれない。
とにかく今は、火を熾すことが先だ。
アリスは竈の中に薪を入れて、火の魔法で火を熾した。
アリスは今、普通に魔法を使っているが、黒髪になったために使えないのではないかという懸念があった。
しかも、マテウスが一発で呪いに掛かっていると見立てたほど強い呪いである。精霊たちはこの呪いを嫌がるのではないかと思ったのだが、それは杞憂に終わった。
精霊たちにとって呪いは、祝福と変わらないもの、らしい。それが強ければ強いほど、精霊たちにしてみれば強い術者ということになるようだ。
そのため、むしろ前より周りにいる精霊たちが増えた。
これならば、今までやろうと思っても出来なかったことが出来るかもしれない。
レオンは鍋を竈に置き、魔法で水を呼んで鍋に入れた。
レオンの作るご飯が美味しいのは、魔法で呼んだ水のおかげのような気がしないでもない。今度、アリスが水をためてみようと思った。
水から湯になるまでの間に、レオンは手際よく材料を切っていく。アリスももちろん、手伝った。
グラグラと湯が煮え立った頃、切った野菜を入れていく。味付けは、塩漬け肉を洗わずに切ったものだ。これで出汁と塩味の両方を兼ねる。
スープの野菜が煮えるまで、竈の端に寄せて火に掛けておく。
そして、空いた場所に網を乗せて、塩抜きした肉を乗せて焼いていく。
あたりにいい匂いが漂い始める頃になると、五人が作業を終えて、集まってきた。
ご飯時になるとどこからともなく現れるセヴェリもやって来て、ワイワイと言いながら夕食が始まる。
今日も何事もなく無事に終わったことに感謝しつつ、アリスはスープを口にした。