【第二十一話】アリス、実験をする
今日は休日と決めて、アリスは部屋に引きこもった。
まず試したのは、買ってきてもらった店で売られている毛染め薬。
説明書には粉に魔力を込めて髪に塗っていくだけで色が変わるとあったのだが、結果、まったく変わらず。
これは予想どおりだった。
次は、前に本で読んだ変身の魔法を思い出して、それを試してみた。
変身といっても、今回の場合は前の金髪に戻るためだったので、髪の毛だけに魔法を掛けてみた。
こちらはバチッといって、魔法を弾かれて終わった。
それでは、ウィッグでもかぶるかと金髪のものを用意したのだが、アリスがかぶると、なぜか黒くなるのだ。
魔女の呪いとはかくもしつこいのかと辟易してしまった。
それならば、と用意したのはハサミ。
やりたくなかったし、マリアが卒倒しそうだと思ったけれど、そこまで思い詰めたんだと思ってもらうために、思い切ってやることにした。
時間が経てばまた、元に戻ると信じて。
アリスはハサミでザクザクと自分の髪の毛を切った。
床に落ちた髪の毛は、呪いが解けたのか、金髪だった。
なにがどうなっているのか分からないけれど、長かった髪の毛は、おかっぱくらいの長さになった。
自分で切ったため、不格好だ。後できちんと整えてもらおうと思っていると、髪の毛に魔力を感じた。
なに? と思っていると、ブワリと髪の毛が、伸びた。
「っ?」
しかも、ウェーブを帯びていたアリスの髪だったが、伸びたのはストレート。
前よりも長くなっていて、腰よりも長かった。
「…………」
そういえば、魔女の髪の毛はストレートだった。
これはますます、魔女の呪いだ。
「レオンっ!」
アリスは慌てて、レオンの部屋へと向かった。
アリスの声を聞きつけたレオンは、すぐに出てきてくれた。
レオンはアリスの髪の毛がストレートになっていることにすぐに気がついたようだ。
「アリス? だよな」
「わたしよ! それより、ちょっと付き合って欲しいの」
アリスは染め粉の予備と金髪のウィッグとハサミを持って、マリアの部屋へと向かった。
今日はマテウスも屋敷にいるはずだ。
マテウスも呼んで、再度、先ほどの実験を目の前でやって、これが呪いだと証明しなければならない。
まずは、マテウスの部屋へと向かった。
と言っても、二人の部屋は隣どおしだ。中にもドアがあり、行き来が出来るようになっている。
ドアをノックすると、すぐに返事があった。
「アリスです」
マテウスは昨日、夜遅くに帰ってきたらしい。
アリスは疲れて、夕食を食べずに寝てしまったため、朝食の時にその話を聞いた。
アリスの髪の毛が黒くなったという話は、マテウスの耳にも入っているはずだ。
「応接室で待っていてくれないかい。マリアも呼んで、向かうから」
中からマテウスの声が聞こえ、そう言われた。
「はい」
と返事をして、アリスはレオンとともに応接室に向かった。
応接室で待っている間、アリスはテーブルの上に染め粉を用意していた。
そして、金髪だけではなく、様々な色のウィッグ。こちらは屋敷の使用人が用意したものだ。
準備が出来たところで、マテウスとマリアが応接室に入ってきた。
部屋に入ってくるなり、マテウスはアリスを見て固まった。
「アリス……?」
「はい、お父さま」
「まぁ、アリス! あなた、とにかくアリスにきつく言ってくださいな!」
「マリア、少し待ってくれないか。アリスから呪いを感じる」
さすがは魔術師長、すぐに分かってくれたようだ。
アリスはホッとしたものの、マリアは怒っているようで、目がつり上がっていた。
「すぐに髪の色を戻すように言ったのに、なんでまだ黒髪なのっ! しかも、真っ直ぐな髪の毛にする暇があったというのに!」
「お母さま、これからその説明をいたします」
アリスは染め粉を手に取り、それをマリアの髪の毛に塗った。
マリアは茶色の髪の毛だ。今はすべて下ろしているため、一房だけ手に取った。塗った場所だけが金色に染まっていく。
「お父さま、お母さま、染め粉は間違いなく金色になるのをご確認いただきましたよね?」
「あぁ」
「同じものを、わたしの髪にも塗ります」
そう言って、サッと塗ったのだが、髪の毛は黒いままだ。
「このように、染め粉では染まりません」
そして次に、レオンに手伝ってもらって、ウィッグをかぶるためにネットに髪の毛を入れていった。ちなみに、そのネットの色はアリスの元の髪の色と同じ金色だったのだが、アリスの髪を覆った途端、黒くなった。
そうして準備が出来たところで、手短にあった金髪のウィッグを被った。
その途端、ウィッグは黒くなった。
「なんということだ……!」
「他の色でも試してみますね」
アリスがウィッグを外すと、元の金髪に戻るウィッグ。
マテウスは信じられなくて、アリスの被ったそれを手に取り、自分で被ってみた。金髪のままだ。
アリスは今度は奇抜な水色のウィッグを手に取り、被った。
これもまた、黒になった。
「ちなみに、白いベールを被ってみましたが、これも黒くなりました。黒髪を隠そうにも、すべて黒くなって無駄でした」
「フード付きの服はどうだ?」
「試してみますか?」
茶色いフード付きの服を用意してもらって着てみたが、フードを被った瞬間、茶色から黒へと変色した。
「それで、長いから目立つのではないかと思い、髪を切ってみたのです」
アリスはハサミを手に取り、先ほどよりも短く、髪の毛の根元にハサミを入れた。
「アリス、あなた、なんてことをっ!」
マリアの悲鳴が聞こえたが、アリスは無視をした。
アリスは次から次へと髪の毛をバサバサと切った。
アリスから離れた髪の毛は、黒から金色へと戻っていく。
ショートカットになったアリスの髪の毛だが、またもや前みたいに魔力を感じてザァッと音を立てて伸びた。しかも先ほどよりもさらに長くなり、膝下までのストレートだ。
「と、このようになるのです」
「…………」
マテウスとマリアは無言でアリスを見た。
「これが魔女の呪いです」
「確かに、アリスの髪の毛から強い魔力を感じる」
「あなた、なにをいい加減なことを! アリス、なんでこんな反抗的な態度を取るのです!」
「マリア、違うよ。アリスを見てごらん。アリスは反抗なんてしていない。それに昨日、魔女が出没したという報告を受けている」
マテウスの言葉に、アリスはホッとした。
「アリス、おまえには辛いだろうが、この屋敷から出て行ってもらう」
「……はい」
「おいっ、それはないだろう!」
それまで黙っていたレオンが、口を挟んできた。
「どちらにしても、アリスとマリアはトリアンに行かなくてはならない。それが早くなっただけだ」
「だが、まだあそこは住む場所もだが、整備も出来てないっ!」
「なぁに、問題ない。その手配はすでにしている。しばらく不便だが、それもすぐの話だ」
レオンは悔しそうに唇を噛みしめていた。
アリスはそっと、レオンの手を取った。
「アリス、その髪が元に戻るまで、トリアンから出ることを禁ずる」
「分かりました」
そうなることは分かっていた。
むしろ、最悪の場合は縁を切られると思っていたから、マテウスの温情に感謝していた。
しかし、レオンは納得がいってないようだった。
「なんでだ。たかが髪の毛が黒くなっただけだろう!」
「たかがとは言うが、この国では黒髪は罪深い色なのだよ」
「じゃあ、産まれながらに黒髪の奴はどうなるんだ!」
「他国には、黒髪の者が存在するとは聞いている。それはそれ。しかし、ここはその国ではなく、ベーヴェルシュタムという国だ」
レオンはさらに言いつのろうとしていたが、アリスが止めた。
「レオン、大丈夫。だって、レオンも着てくれるでしょう?」
「当たり前だろう!」
「それなら、大丈夫よ」
にっこり笑うアリスを見て、レオンは唇を噛みしめて、アリスを抱きしめた。