【第二十話】アリス、不良になる
王都の屋敷に帰ることになったのだが、その前に騒ぎになった。
想定していたことだったが、アリスは思わず深いため息を吐いた。
「嬢ちゃん?」
「そうよ」
「おまえ、髪の毛が……」
「魔女に遭遇しちゃって、呪いを掛けられたの」
「魔女!」
アリスとレオンとは別行動を取っていた五人は、アリスを見て、騒いだ。
こうなることは分かっていた。
たぶん、レオンの反応が異常なのだろう。
「そういうことで、あなたたち、好きにしていいわよ」
「はっ? 好きにしていい、とは?」
「わたしに石を投げるなり、逃げるなりしてもいいわ」
「嬢ちゃん、なに言ってるんだ?」
「わたしの近くにいたら、呪いが移るかもよ?」
いまだに一人では立っていられないため、アリスはレオンに支えられている。
レオンはアリスを支えながら呆れていたが、止めなかった。ここで下手に止めた方がこじれると思ったからだ。
「今まで、ありがとう。これ以上はなにもしてあげられないけど、あなたたちは自由よ」
「…………」
「早く去りなさい。呪いが──」
「待て待て、嬢ちゃん」
「なによ」
戸惑っている五人を代表して、グスタフが前に出て口を開いた。
「あのな、嬢ちゃん。なんか勘違いしてるみたいだが、俺たちはなにがあろうと嬢ちゃんに着いていくって決めたんだ」
「わたし、黒髪になったのよ? 罪の色、なんでしょう? しかも魔女の呪いもこの身に受けてる。それがいつ、あなたたちにも移るか分からないのよ!」
「黒髪が罪の色って言ったのはだれだ? 他国には黒髪しかいない国ってのもあるんだぞ?」
「え?」
「それに、呪いって移るものなのか?」
「…………」
「朝、会ったときには金髪だったのに、今、見たら黒髪になってて驚いたけど、嬢ちゃんはやっぱり嬢ちゃんだった。俺たちはどこまでも着いていくぜ」
「みんな……」
五人を見ると、それぞれが頷いていた。
それを見て、アリスの瞳から涙があふれてきた。レオンがなにも言わないで、涙を拭いてくれる。
「まぁ、俺たちがどこまで力になれるかは分からないが、嬢ちゃんのために頑張るさ。なんたって嬢ちゃんは俺たちの命の恩人だからな」
「ありがとう」
そう言ってもらえて、アリスは嬉しかった。
屋敷に戻ると、こちらも予想どおり、大騒ぎになった。
「お嬢さまが!」
「奥さまっ!」
使用人たちはアリスの髪の毛を見て、ざわめいた。
声を聞いて出てきたマリアは、目を丸くしてアリスを見た。
「あら、アリス。髪の毛、どうしちゃったの?」
「奥さま、魔女が化けているのかもしれませんから、近寄っては駄目です!」
「あら、大丈夫よ。あれは正真正銘のアリスよ」
「しかし……」
朝、出て行くときは金髪だったのが、帰ってきたら黒髪になっていたって、どこの逆不良かととアリスは心の中でツッコミを入れた。
いや、逆不良というか、この世界で言えば、黒髪は不良化か。
そんなことは今はどうでも良くて。
「アリス、その髪の色はどういうことか説明しなさい!」
うん、これは不良化だわ、なんて呑気に思っていられたのは最初だけだった。
「わたくし、育て方を間違ったのかしら……」
「奥さま……」
マリアはヨロヨロとよろけて、壁に手を突いた。
「赤子のときから手が掛からないから、手を抜き過ぎちゃった? わたくしたちの愛情が足りなかった?」
「あ、いえ、お母さま、その」
「よりによって黒髪に染めるなんて!」
「え、だから、その」
それより、この世界でも髪の毛を染めるという行為があることを初めて知ったアリスだが、それどころではない。
「今すぐ元の色に戻していらっしゃい! いえ、それより、その髪の毛を染めた職人を呼んで来て!」
「あの、お母さま、これは……」
染めたわけではないのだが、マリアは染めたと信じている。
どうにかして、マリアに話を聞いてもらいたいのだが、こうなってしまったマリアに話を聞かせるのは至難の業。
マテウスがいればいいのだが、まだ仕事中だ。
いや、いたとしても今の状態であれば、聞く耳を持たなかっただろう。
いくら門から玄関まで距離が離れているとはいえ、いつまでも玄関前で話すような内容でもないことに気がついたアリスは、神妙な面持ちで口を開いた。
「お母さま」
「なぁに?」
「お話がございます。中に入りましょう」
応接室に移動したアリスは、マリアがソファに座ったのを確認すると、黙って頭を下げた。
マリアは戸惑ってアリスを見ていた。
頭を下げた状態で、チラリとマリアを見ると、ようやく落ち着いてくれたようなので、そのままの格好で口を開いた。
ちなみにまだフラつくため、レオンが支えてくれている。
「お母さま、すみません」
「謝るくらいなら、最初から──」
「いえ、これは染めていません」
「えっ?」
「トリアンで作業をしていましたら、魔女が現れました」
「魔女!」
昔、アリスの前に魔女が現れたらしいが、アリスは覚えてない。
赤子の頃から前世の記憶があったが、まだ意識が混濁としていたし、とにかく眠くてよく寝ていたという記憶しかない。アリスが寝ていたときに現れていたのなら、記憶になくても不思議ではない。
「魔女と交戦いたしました」
「怪我はっ?」
「幸いなことに怪我はありませんが、このように……髪の毛の色が変わりまして」
「それは、魔女のせいだと?」
「はい」
マリアの強い視線を感じたが、アリスはジッと頭を下げたままでいた。
「アリス、頭を上げなさい」
「はい」
アリスは言われるがまま、頭を上げた。
マリアの紫色の瞳には、まだ疑いの色があったが、後ろでジッとアリスを支えているレオンを見て、それからまた、アリスを見た。
「レオン、アリスの話は本当なの?」
「はい。すみません、アリスはオレをかばって、魔女の放った魔法を受けました」
レオンの手に、力がこもったのが分かったアリスは、そっと振り返った。
グッと唇を噛みしめて悔しそうにしているレオンを見て、アリスはレオンを助けることが出来たことを実感した。
本当ならば、魔女の魔法を受ける気などなかったのだ。すべてはアリスの力不足のなしたこと。
もっと勉強して、もっと練習して、今度こそ負けないとアリスは密かに心に誓った。
「言い訳は以上?」
「言い訳では……!」
「とにかく、その黒髪はどうにかしなさい」
どうにかしろと言われても、アリスにはどうすればよいのか分からないのだ。
「わたくし、疲れたわ。夕食は部屋で食べます」
マリアはそれだけ告げると、ソファを立ち、部屋を出て行った。
アリスとレオンはしばらくの間、呆然としていた。
「アリス、オレたちも部屋に行こうか」
「……そうね」
レオンの言葉に、アリスはノロノロと応接室を出て、部屋へ戻った。
「なにかあったらすぐに呼べよ」
レオンはそれだけ言って、アリスの部屋のドアを閉めた。
アリスは疲れて、ベッドに倒れ込んだ。
マリアは変わった人だと思っていたが、まさかここまで信じてくれないとは思わなかった。
アリスは別に黒髪でも困らない。ただ、マリアや屋敷の人たちの反応を見る限りでは、黒髪でない方がよいというのは分かった。
髪の毛を染めるという行為があるのなら、金髪に染めればいいのだろうか。
明日にでも染めるための道具を誰かに買ってきてもらおう。
アリスはそう決めて、布団に潜り込んで目を閉じた。