【第十六話】アリス、測量士と知り合う
アリスが屋敷に戻ると、マリアが迎えに出てくれた。
「お帰りなさい、アリス」
「ただいま戻りました」
アリスはマリアの顔を見て、肝心なことを忘れているのを思い出した。
「お母さま」
「なぁに?」
「トリアンに家を建てようと思っているのですけど」
「あら、トリアンに家を?」
「はい」
そういえば、まったく状況報告をしていなかった。アリスはマリアを中へ誘った。
「──という状況ですの」
「すごいわ、アリス」
アリスの説明に、マリアは感心していた。
六歳の子どもが、理路整然としかも分かりやすく、状況を説明出来るとは思っていなかったのだ。
前から年の割にしっかりしていると思っていたが、予想以上だとマリアは思った。
「それで、お母さま」
「なにかしら」
「お母さまは測量士に知り合いはいらっしゃいませんか」
「うーん、残念ながら、いないわ。でも、お父さまならご存じかもしれませんわ」
マリアの答えは予想していたのか、アリスは特にガッカリしている様子はなかった。
「まだ時間が早いから、お父さまのところに行ってきたらどうかしら」
「えっ? でも、お父さまはお仕事で……」
「測量士は早く見つかった方がよいのでしょう?」
「そうですけど」
「それなら、なおさら急いだ方がよいですわ」
マリアはアリスに服を着替えてくるように指示をして、席を立った。
アリスはマリアの言いつけどおり、ドレスへと着替えた。
ドレスに着替えたアリスは、レオンと共に馬車に乗り、マテウスの職場である王宮へと向かった。
マリアが連絡をしてくれていたようで、問題なく城へ入れた。
マテウスの職場は、王宮内にある。
アリスは何度かマテウスに連れられて、魔術師長の部屋に行ったことがある。
とはいえ、少し途中の道に自信がなかったが、レオンがサポートしてくれて、問題なくたどり着いた。
「レオン、すごいわ」
「すごくないぞ。魔力をたどっただけだ」
魔力をたどることなんて、アリスにはできない。さすがはエルフといったところだろうか。
ちなみに、とレオンが続けた。
「アリスの魔力はどこにいても分かるぞ」
「え?」
「だだ洩れだ」
「…………」
そう言われ、アリスは微妙な気分になった。
人間に限らず、動物にも植物にも魔力はある。
魔力イコール生命力といってもいいかもしれない。
それが、だだ洩れとは……とアリスはちょっと遠い目になった。
「魔力操作の練習、した方がいいのかしら」
「そうだな。オレとするか?」
「うん!」
レオンとそんな約束をしていたら、ドアが開いた。
「おや、アリス」
「お父さま」
「声がするのに入ってこないから、様子を見に来たんだ」
ドアの前でレオンと話していたから、その声が中に聞こえたのかもしれない。
「アリス、用事があって来たのだろう? 中に入って」
「はい」
マテウスに促されて、アリスとレオンは室内へと入った。中は思った以上に雑然としていた。
「適当に座って」
マテウスにそう言われて、アリスとレオンはソファに座った。
「紅茶でいいかい?」
「あ、お父さま、お構いなく」
「要らないかい?」
「用件が済んだら、すぐにお暇するわ」
アリスの言葉に、マテウスはアリスの向かいに座った。
「お父さま、トリアンの開拓をしたいんですけど、無計画に開拓するのはよろしくないと思うのですよ」
「そうだな」
「それで、土地の測量をしようと思ったのですが、やり方が分からないので、専門の方にお願いしたいのです」
「なるほど」
「それで、測量士をご存じないかと思って、訪ねてきましたの」
アリスの質問に、マテウスはうなずいた。
「部下に何人か測量士がいるよ」
思ってもみなかった言葉に、アリスは身を乗り出した。レオンはアリスの肩を引いて、落ち着かせた。
「紹介していただけますか?」
「もちろん、いいよ」
マテウスに測量士を紹介してもらうことになった。
ちょうど部屋にいるということだったので、マテウスと一緒に待機している部屋へと向かった。
マテウスが部屋をノックすると、中でガサゴソと音がしてしばらくしてから開けられた。
ドアの隙間から見えた部屋はとても乱雑で、散らかっていた。
「魔術師長っ!」
「突然来て、申し訳ない。マルコはいるか?」
「マルコなら、中庭にいますよ」
「分かった、ありがとう。後、部屋を片付けるように」
マテウスの部屋もそれほど片付いてなかったが、ここよりマシだった。
分かりましたという返事を聞いて、マテウスはドアを閉めた。
「あの、お父さま?」
「なんだい?」
「今の部屋は?」
「魔術師の待機部屋だ」
魔術師は何十人かいて、交代で勤務をしているらしい。
普段はあの部屋に待機していて、呼ばれたら出動するそうだ。
マテウスは彼らを管理する立場にあるという。
「想像していたのと違ってました」
「もっと華やかな職場だと思っていたのかい?」
「えぇ」
しかし、よく考えてみたら、なにもないのに魔法を使っている方がおかしな話だ。いざというとき、魔力不足で戦力にならない。
「あそこは有事のときに備えて、待機してるからね。他の人は訓練場で訓練してるよ」
そう言われて、ようやく納得した。
マテウスはマルコがいるという中庭に向かった。
待機部屋からは思ったより遠かった。
中庭には池があり、東屋があった。
東屋の中にだれかいるように見えた。
近寄ってみると、茶色の髪をした男の人が気持ちよさそうに寝ていた。
「マルコ」
どうやら彼が件の測量士らしい。
マテウスが名前を呼んでも、微動だにしない。
「マルコっ!」
耳元で叫んだせいか、マルコは飛び起きた。
「まっ、魔術師長っ!」
「ったく、おまえは今日は待機組だろう! こんなところでサボって!」
「おれがいてもいなくても、変わらないっしょ」
「馬鹿者っ!」
マテウスはポカリとマルコの頭を叩いた。
「痛っ!」
「叩いたんだから痛いに決まっているだろう!」
家では見ることの出来ないマテウスの姿に、アリスは呆然としていた。
家にいるときは、どちらかというとマリアの尻に敷かれているマテウスだが、職場では違うようだ。
「マルコ、おまえに客だ。というか、仕事だ」
「仕事……?」
「土地の測量をお願いしたい」
マルコはポカンとマテウスを見た。
そして、マテウスの後ろにいるアリスとレオンに気がついたようだ。
「娘のアリスだ」
「娘さん……」
髪の色以外は似ている要素がないマテウスとアリスだが、れっきとした父娘である。
「陛下から領地をいただいた。そこを測量してほしい」
マテウスの爵位が上がり、領地をもらったというのはマルコも知っていた。
その領地というのは、すでに建物など建っていて、管理するだけのものだと思っていたマルコは、眉間にしわを寄せた。
「測量するって、屋敷を建て直したりするのですか」
「いや。真っ新な土地だそうだ」
マテウスはチラリとアリスに視線を向けた。
アリスはマルコに会釈をして、口を開いた。
「陛下からいただいた領地は、草一本も生えてない場所なのです。そこに家を建てて、畑を耕そうとしたのですけど、無計画に適当に開発すると、後が困るので、測量して、計画的に開拓していこうと思いまして」
「なるほどね」
マルコはアリスを見て、うなずいた。
「測量、するぜ」
「ありがとうございます!」
これで一つ、問題が解決したとアリスはホッとした。