【第十五話】アリス、計画する
種や苗、土地を耕すための道具といったものを馬車に積み、アリスたちはトリアンに向かった。
「どこに家を建てる?」
なにもない土地に無計画に建てていけば、後から困るというのはアリスでも分かった。
「トリアンの中心部から広げていこうかと思ったんだけど、レオンはどう思う?」
「家を中心にするのか?」
「中心というか、真ん中にして、碁盤目状に開発していこうかと」
アリスは懐から紙を取り出して、レオンに見せた。
トリアンは円形状になっている。結界のせいだ。
地図を写した紙の上に、アリスは土地の計画を描いた。真ん中を家にして、正方形状の畑を周りに配した。
「こうすると、端がもったいなくないか? 放射線状にした方が綺麗にならないか?」
レオンが言うとおり、アリスも最初はそう考えたのだが、街を作るにはそれでもいいかもしれないが、トリアンは基本、畑になるのだ。土地は四角い方が、管理がしやすい。
という趣旨の話をレオンにした。
「なるほどな。それなら、この余った土地はどうする?」
「余らせないわよ」
畑は、ギリギリまでは広げない。余裕を持って内側に配する。
そうすると、円弧状の土地が出来る。そこに土地に合わせて建物を建てる。そこに五人を住まわせて、塀代わりにする。
「五階建てくらいにすれば、高さも確保できるでしょ」
「なるほどな、考えたな」
「ふふふっ」
集合住宅のようなものを建てれば、ある程度の人が住むことが出来る。
こうすれば、人が増えてもある程度は居住空間を賄える。
人が増えてきて、住む場所がなくなってきたら、外から通ってもらおう。
とはいえ、そこまで畑に人員は要らないのではないかとアリスは考えている。
「じゃあ、今日は土地の測定をして、家を建てる場所を決めましょう」
アリスは買い込んだ道具から棒と紐を取り出した。
棒に紐をくくりつけて、トリアンの端に刺した。
真ん中を探すには、端から端に紐を通して、十字の交わったところになる。
とそこで、レオンからツッコミが入った。
「アリス」
「なに?」
「その紐の長さは?」
「分かんない」
「トリアンの広さは?」
「う……」
分からないからこそ測量しようとしたのであって……と言い訳をしようとしたが、レオンはアリスの頭を撫でると、五人を呼んだ。
ちなみにセヴェリも着いてきているが、トリアンに着くと同時にどこかに消えた。
「土地の広さを調べるには、どうしたらよいと思う?」
「測るしかないな」
「どうやって?」
レオンの問いに、答えたのはウサギの亜人のイデオンだ。
「端から端まで走って、掛かった時間と速度を掛ける」
「却下」
「えっ?」
「それで正確な広さが調べられるか!」
レオンの突っ込みに、イデオンはだが、とか、しかしとか言っていたけれど、アリスもそれで分かるわけないのは分かったので、その意見は却下した。
結局、建設的な意見は出ず、専門家を雇うのが一番ではないかという話でまとまった。
専門家といっても、アリスは分からない。マテウスを頼るほかなかった。
領地経営と言っても、領地を整えるところから始めるというのは稀なのではないだろうか。
思った以上に大変で、だけどアリスはワクワクしていた。
前世では、ただのOLで、会議の資料を作ったり、それをコピーして配ったりといったことが主な仕事だった。
だから実地で、しかも自分が好きなようにやっていけるなんて、初めてのことだ。
こんなに楽しいなんて、知らなかった。
「領地経営ってこんなに楽しいものだったのね」
「アリス、これは領地経営ではないよ」
「そうなの?」
「開墾からするなんて、ないはずだ」
言われればそうであるが、アリスに与えられた土地は、真っ新だったのだ。
「アリス、日焼けしてる」
「えっ?」
「テントが必要だな」
結局、このままではなにも出来ないため、今日は早めに帰ることになった。
アリスが買い込んだ種と苗は、また、屋敷に持ち帰ることになった。
土地の測量が終わり、区画整備ができてから種と苗を植えるという話になった。
「せっかく買ったのに」
「種は植えなければ大丈夫だ、苗は水をやっていれば、まだ持つだろう」
馬車に乗り込んで帰る段階になって、セヴェリがいないことに気がついた。
「セヴェリは?」
「いないな」
「どこに行ったのかしら」
そんな話をしていると、セヴェリがフラリと帰ってきた。
「セヴェリ、どこに行ってたのよ!」
「土地の様子を見てきた」
そういえば、トリアンの隅から隅まで確認はしていないことにアリスは気がついた。
「ね、セヴェリ。ここって土がむき出しになってる土地がずっと続いてるの?」
「あぁ、そうだ。ぼくが結界を張っていたからね」
アリスはふと、マテウスの態度を思い出した。
マテウスはセヴェリの名を聞いたことがあるといい、それから、なんだかセヴェリを恐れていたような気がした。
そして、この土地一帯に結界を張っていたことや、魔女に呪いを掛けられていたという発言。
「セヴェリってもしかして、精霊なの?」
アリスは、魔法を使うとき、精霊の力に頼る。
精霊の姿ははっきりと見えないが、力の強い精霊ははっきりと見え、人間と変わりなく見える。
だからそうかもと思って聞いたのだが、セヴェリは首を振った。
「ぼくはもっと上の存在だったんだけどね、ちょっとしたドジをして、魔女に呪いを掛けられたんだ」
上の存在と言われると、アリスには神しか思いつかなかった。
だけど、と思う。
神が魔女に呪いを掛けられるわけがないと思うし、もし掛けられたとしても、あの木の下でうずくまっているのもおかしな話だ。
「ぼくがなんでもいいだろう。それとも、ぼくに興味を持ってくれたの?」
セヴェリの言葉に、アリスは慌てて首を振った。
セヴェリは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「今日は早いけど、帰るわよ」
「種と苗は植えないのかい?」
「ちょっと問題が発生したのよ」
アリスは馬車に乗り込み、帰り道でセヴェリに説明をした。
「人間って面倒くさいんだね」
「面倒くさいっていうけど、せっかくの真っ新な土地なんですもの。綺麗に使いたいじゃない」
「ぼくはあそこに植物がいっぱいになるのなら、どうでもいいって思ってるよ」
「セヴェリはそれでいいかもしれないけど、育てて、それを収穫して売ろうと思ってるんだから、ぐちゃぐちゃだと困るのよ」
「ふーん、そういうものなの?」
「そういうものなのよ!」
ムーッとアリスがほおを膨らますと、レオンがなだめるように頭を撫でてきた。
「アリスはその年で先のことまで見据えられるなんて、すごいよ」
「……すごくないよ」
本当の六歳ならば、確かにここまで考えられないだろう。しかしアリスは、中身は六歳ではない。これくらい、当たり前に考えられなければならないのだ。
「お父さま、帰っていらっしゃるかしら」
ここのところ、マテウスは毎日、屋敷に帰ってきている。仕事が忙しくなると、城に寝泊まりすることが多くなるので、今は比較的、余裕があるのだろう。
「城で働いている測量士を紹介していただかなくては」
アリスは、トリアンを立派な地にするため、気合が入っていた。
そんなアリスを、レオンは温かな目で見つめていた。