【第十話】アリス、トリアンに向かう準備をする
目が覚めたら、アリスの視界に金色の光が見えた。
一瞬、それがなにか分からなかったが、よく見ると、レオンの頭だった。
「あれ?」
キョロキョロと周りを見ると、自分の部屋だった。
確かアリスは、テントで解呪していたはずで……?
しかも、なんでレオンはアリスのベッドの横で、ベッドに突っ伏して寝ているのだろうか。
しばらく考えたけど、答えは出なかった。
「ん……? アリス、起きたか」
「あ、うん」
ベッドに座っていると、レオンにおでこをコツンと軽く叩かれた。
アリスは驚いて、おでこに手をやった。
「ったく、心配掛けさせるな」
「え?」
「三日も寝てたんだぞ」
「三日っ?」
まさか三日も寝ていたとは思わず、アリスはレオンを見た。
気のせいか、レオンの目の下にはクマが出来ているように見えた。
「レオン、寝てないの?」
「今、寝てたの見ただろう」
「もしかして、ずっとここにいた?」
「怖い夢見ないようにな」
レオンはどうやら、アリスが起きるまでアリスの枕元で見守ってくれていたようだ。
「レオン」
「なんだ?」
「大好き!」
布団から飛び出し、レオンに抱きついた。
レオンは苦笑しつつ、アリスをしっかりと抱きとめた。
「ったく、一度に五人の解呪をするなんて、無茶しすぎだ」
「約束してたから」
「アリスになにかあったら、残されたオレはどうすればいい?」
「あ……」
なにも考えていなかったけれど、レオンが言うとおりだった。
「ごめんなさい」
シュンとうなだれたアリスに、レオンはため息を吐いた。
「今回は魔力が枯渇して、魔力を取り戻すために眠っているって分かっていたとはいえ、正直、気が気じゃなかった」
「ううう……」
魔力が枯渇するほど魔法を使ったことは今までない。
魔力が枯渇したらどうなるかは知識では知っていたけれど、まさか自分がその状態になるとは思わなかった。
「オレも途中で止めれば良かった」
「魔力量のこと、考えてなかった」
「やっぱりそうか」
人によって保有魔力量というのは違う。
アリスは六歳にしては、かなり保有している。これから成長して、もっと魔力量は増えるだろう。
「それにしても、アリスはかなりの魔力量があるんだな」
「うん」
「オレよりありそうだ」
「さすがにそれはないと思うけど」
「あぁ、なるほど」
「なにがなるほどなの?」
「アリスにすごく惹かれるのは、魔力量が多いのもあるのか」
アリスは瞬いた。
「しかも質がいい」
「魔力に質がいいとか悪いとかあるの?」
「ある」
言われてみれば、輝いて見える人と澱んでいる人といる。それが魔力の質の差というものなのかもしれない。
「さて、腹減ってるだろう?」
「……言われてみれば」
「消化にいいものを用意してもらおう」
アリスは着替えると、レオンと一緒に食堂に行った。
「まぁ、アリス! 起きたのね!」
食堂に行くと、アリスが起きたことを聞いたマリアがやってきた。
「ほんと、心配させて……!」
マリアはアリスを抱きしめると、頭を撫でてきた。
そんなことをされるのは、ずいぶんと久しぶりのような気がする。
「心配掛けて、ごめんなさい」
「ほんと、あなたという子は……」
マリアは少し瞳に涙を浮かべていた。
相当、心配を掛けさせてしまったようだ。
「パン粥がいいかしら」
「うん」
マリアは台所へと向かった。
アリスはレオンに誘われ、席に着いた。
水と果実水を用意してくれて、アリスはありがたく口にした。
マリアが作ったパン粥を食べた後は、風呂に入った。
髪を洗い、身体を洗って湯船に浸かると、ホッとする。
風呂から上がると、タオルドライをした髪に風と火の魔法を使って乾かしていく。
久しぶりの精霊たちから、アリスを気遣っているような気配を感じた。
さっぱりしたアリスは、自室に戻った。
さすがにレオンはいなかった。
今日はゆっくりすることにして、明日からトリアンに行くための準備を始めようとアリスは決めた。
* * * * *
次の日、レオンと共にテントに向かおうとしたが、テントは片付けられたという。
それでは彼ら五人はどこに行ったのだろうかと思ったら、アールグレーン家に来ていた。
「奴隷紋は取れたのよ? 自由になったのに、なんで?」
不思議に思ったアリスは五人に聞いた。
犬の亜人のヨーランが代表して口を開いた。
「奴隷紋を解呪してもらったお礼をしてない」
「お礼?」
「トリアンに行きたいんだろう?」
ヨーランの質問に、アリスはうなずいた。
トリアンに行きたい、というより、行かなければならない。
ドグラスに領地としてもらったのだ、行って色々と試してみたいことがある。
「トリアンのことを調べてみた」
そうだった、アリスが解呪方法を調べている間、トリアンの調査をお願いしていたことをすっかり忘れていた。
「結界が張られていて、だれも入れないらしい」
「結界?」
トリアンは魔物も近寄らない不毛の地というのは?
「結界が張られてるから、魔物も近寄れないのかしら」
「そうかもしれない」
鬼人のフーゴが手を上げた。
「おれは別の話を聞いた」
「別の話?」
「結界が張られているのは間違いない。しかし、その結界をだれがなんのために張ったのか」
トリアンはそれほど広くない領地だ。
とはいえ、トリアンを囲むように結界を張るにしても、それを維持するにしても、それなりの魔力が必要になる。
では、魔力がそれほど必要ではない結界石というものがあるが、それを使っているのだろうか。
どちらにしても、なんのために結界が張られているのか。
「トリアンの中には、狂暴な魔物が封じ込められているという話を聞いた」
魔物が近寄らないのではなく、むしろ逆ということか。
「魔物が封じ込められているって方が信憑性はあるわね」
「王が命令して、結界を張ったという噂を聞いた」
直轄地ということもあり、ドグラスの命で結界が張られているというのはあり得る話だった。
「陛下が今回、トリアンを選んだのは、その魔物をわたしが退治するのを期待してなのかしら」
それはそれでどうなのだろうか。
「とにかく、結界があっても関係ないわ。わたしはトリアンに行く」
「オレも着いていくぞ。アリス一人だとなにするかわからないからな」
アリスとしては、前科があるため、何も言えない。
それに、レオンが着いてきてくれれば、助かる。
「俺たちも行くぞ」
それまで黙っていたドワーフのグスタフがそう言ってくれた。
「ありがとう、助かるわ」
七人でトリアンへと向かうことになったが、その前に準備をしなければならない。
準備には三日ほど取ることにした。
アリスはレオンと共に街に買い出しに行った。
荷物持ちとして、ドワーフのハンネスが着いてくることになった。
「そういえば、ドワーフって鍛冶が得意って聞いたことがあるんだけど」
「あぁ、おれとグスタフは材料があれば、武器も防具も作れるぞ」
トリアンに無事に入れて、問題が解決した後は二人に鍛冶屋をやってもらうのもいいかもしれない。
そんなことをアリスは考えていた。
街では主に薬の材料になる薬草を買った。
「本当は二人に武器と防具を作って欲しいんだけど、そんな時間の余裕はないから、明日辺りに各自で買いに来て」
「買いに来いとは言うが、おれたち、奴隷にされていたんだぞ? 金はない」
「それは心配しないで。わたしが出すわ」
そうして、次の日、五人はそれぞれの武器と防具を手に入れた。