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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編版】幼馴染の勇者様が忍者に転職してしまった件

作者: 今井ミナト

 ……どうしてこうなった。



 私の目の前で、黒い忍者装束風の服装の少年と近衛兵たちが大乱闘を繰り広げている。少年一人に対して相手は三十人近い。


 少年は、一回りも大きい猛者たちに入れ代わり立ち代わり切りかかられ、息をつく間もなく魔術士兵から魔法攻撃を受けていた。入り乱れた兵の中には僧侶も混ざっており、傷ついた兵たちに回復魔法をかけていた。

 ただ少年にとって幸いなことに、大多数を占める彼らは仲間を巻き込むことを恐れて大規模な魔法は使えないようだ。


 少年はひらりと舞うように動き、クナイで剣士の攻撃をうけ流したかと思えば、振り向きざまに四方手裏剣で魔法を打つ直前の魔術師を撃破した。

 相手魔術師の魔術の発動失敗による爆発に巻き込まれ僧侶が一人戦闘不能。これは相当な大技を狙っていたな……。


 その動揺をつくように少年は瞬時に身体を沈め、先ほどの剣士の死角に入り込み、的確にクナイで急所を突いた。

 剣士が倒れたことで敵との距離が少し空き、鎖鎌を取り出すと、切りかからんととびかかってきた別の剣士の攻撃をいなした。


 距離をとった剣士を、鎖鎌を振り回してけん制しつつ、反対の手で棒手裏剣を取り出すと、目線を剣士に向けたまま自らの後方から大規模魔法を打ち込もうとしていた魔術師の急所に打ち込んだ。と、同時にどかんと大きな爆発音がして、魔術師のいた場所から半径三メートルほどの場所がすべてを巻き込み塵すら残らぬ更地になった。


 やばい、助かった。巻き込まれるところだった。捨て身で命がけの大魔術をかけるとかやめてほしい。


 かなり後方に控えていた僧侶が走り出し、必死に回復魔法を唱えている。さっきの大爆発で魔導士や僧侶がかなり巻き込まれたらしく、空白地帯ができたことで前衛と僧侶との距離が空きすぎてうまく回復ができないようだ。

 その隙にまた別の剣士がクナイの餌食になった。距離を詰めていた僧侶はそのまま流れるようにクナイで急所を突かれて倒された。



 このハリウッドもびっくりなアクションシーンを繰り広げているのは、私の幼馴染の勇者様だ。忍者ではない、勇者だ。


 素の彼は、はちみつ色の猫毛と柔和なエメラルド色の瞳の美少年で、『RPGゲームのパッケージ』を飾っていたのは、まちがいなく伝説の大剣をかつぎ白銀の聖なる鎧に身を包んだ彼のはずだった。

 ゲームの中で正統派勇者として正々堂々と魔王城に乗り込んだ彼の姿は見る影もなく、美しい金髪を黒装束に隠し、奇襲、闇討ち、なんでもござれな今の姿は本当に勇者なのか不安になるレベルだ。


 あっ、まぶしいっ! 「雷遁!」ってそれ勇者専用の雷の最上位魔法でしょ! おい勇者っ!



 私は転生者。ド田舎の平和な村で地道に生きてきたはずが、子供時代の勇者に出会って違和感を持ち、ここが前世でプレイしたRPGゲームの世界だと気づいた。


 大好きなゲームの世界の住人になったものの、私の本来の役割は悲劇の勇者を演出するための薄幸ヒロインである。

 ゲーム開始早々、まだ普通の少年の勇者をかばって治らない傷を負い勇者の力の覚醒のきっかけを作り、村一帯の焼き討ちにより死亡。……と見せかけ、一人さらわれ異形の姿に改造されて中ボスとして登場、操られて勇者と戦うことになるも途中で意識を取り戻し、泣きながら勇者にとどめを刺してもらう。なんて散々なものだった。


――いや、むり。そんなの普通に受け入れられない。私は作戦を立てた。


 勇者を見捨てるのは簡単だが、世界が滅ぼされてはかなわない。そのため勇者を鍛える一方、自身のステルス性能を上げて、陰の立役者として勇者のゲームイベント回収をサポートし、勇者成長後、華麗に戦線離脱することにした。



 私が過去に思いをはせている間にも勇者の戦いは熾烈を極めている。


「分身の術っ!」

 おおっ、分身の術って実現できるんだ……。五人に増えた勇者は軽い身のこなしで一人ずつ兵士と相対し、ステップでも踏むように重い斬撃をかわしつつ、一撃必殺の機会を狙っている。


  

 作戦の結果はこの通り、私はぴんぴんしている。魔族にもさらわれなかった。よっしゃ!!



 ただ二つ計算違いがあった。


 一つは、勇者がなぜか忍者化してしまったこと。

 子供時代の勇者を含む村の子供たちに将来起こるはずの魔物襲撃に備えて逃げ方を教えようとしたものの誰も乗ってくれず、やぶれかぶれで忍者の話をした時のみんなのくいつきはすごかった。


 山奥のたいして娯楽のない村、寝る前のお話すら数十年変わっていないような状態に、さっそうと現れた忍者ヒーローにみんな夢中になった。

 意外だったのが、勇者の彼でおとなしくみんなから離れて遊ぶタイプだったのに、勇者の素質の片鱗か、村一番の忍者の才を見せ、忍者修行に夢中になってしまった。


 さらに忍者修行の成果と幸運が重なった結果、大した被害も受けず魔物の襲撃の回避に成功したことで、子供たちの中で忍者は不動の地位を得てしまった。


 成長に伴い終わるかと思った忍者ブームだったが、旅立った勇者が王都に入って、まさかの新展開があった。

 何の因果か一時的に仲間になった黒髪黒目の騎士、通称黒騎士の故郷になんと忍者が実在するというのだ。黒騎士はゲームにも登場したがそんな情報はなかった。「忍者は実在していたんだ」と言った時の勇者のきらきらした目は忘れられない。


 黒騎士という情報源を得て、勇者の忍者スタイルはどんどん本格化していった。


 これって中二病ってやつ?それとも外人はNINJAが好きだな、はっはっはっ、とか言えばいいの……?



 二つ目は、立派に育ったはずの勇者のもとから大した戦闘力もない私が離脱し損ねたことだ。

 今? ほら、現場で巻き込まれた侍女のふりをして必死に気配を押し殺しながら、現実逃避で脳内実況中継しているよ?


 ひっ?! みつかった? いざとなったらこのしびれ粉、眠り粉配合の特性煙幕を投げて、逃げよう。


 あっ、勇者が倒した兵や散乱した武器に足をとられて攻撃を受けた。いや、身代わりだ。死角から手裏剣で反撃している。


 そろそろ戦闘が終わる。勇者の一人勝ちという形で。




「リリアっ! 大丈夫だった?」


 そう思うなら連れてこないでよ。胡乱な目で見つめると、信じられないくらい優しいまなざしを返された。

 彼は私に駆け寄ろうとして立ち止まると、いつもより低い声でつぶやいた。


「本当は抱きしめたいけれど、汚してしまいそうだから」


 世界を一人で背負っているような表情にかわり、切なくなって自分から彼の頬をぬぐった。

 いつから彼はこんな悲しい顔をするようになったのか。諜報活動と称して城や高名貴族の屋敷に潜入するようになってからだったと思う。夜会やお茶会、様々な会議、どこから情報をかぎつけるのか彼はいろいろなところにもぐり込んだ。


 汚い世界を見てしまったせいか、彼は私をそばから離すのをひどく嫌がるようになった。だれかにさらわれたら、襲われてしまったら、そう考えると危険なところにでも連れて行かないと居ても立っても居られないらしい。

 私も彼には弱くて、嫌々ながらも彼についてこんなところまで来てしまっている。


「これで全部終わりだから」


 先ほどとは違う決意のこもった声に目を見張ると、彼は玉座の間へと続く扉をまるで内側から燃えているような瞳でみつめた。彼がどこかに行ってしまうような気がして、私は彼の手を両手で握り、さらにぎゅっと力を入れた。


「ユリウスの選択を一緒に背負うよ。何もできないけど最後までそばにいる」


「ありがとう」


 そう聞こえた気がしたが、声が震えていてよく聞こえなかった。


「いくよ」


 勇者が扉を開ける。王は悠然と玉座に座っていた。壮年の王は、くしゃりと楽しそうに笑った。


「あなたの罪を償っていただきにまいりました。……伯父上」

「ほう、聞いていたか。あれは言わないと踏んでいたが」

「言わないではなく言えないだろうっ! 母に呪いをかけておいて何を言うっ! 母は愛するものと平和に暮らせさえすれば満足だったのにっ!」


 ほう、と楽しそうに我がイダイサ王国の王は笑ったが、その瞳は冷酷そのもので、私はぞくりと震えた。


「私の村に魔物をけしかけたのも、道中襲ってきた魔物もあなたの仕業ですね。むしろ彼らは魔物ではない。あなたに隷属させられた獣人や魔術師たちの改造した生物だ。どんどん強化されていくからおかしいと思っていた」


「それだけではない。あなたと敵対していた貴族の毒殺未遂や街ののっとり未遂についても調べがついている」


 王の表情は変わらない。私の位置からは勇者の背中しか見えないが、彼の声は凛と響いていた。


「獣人国や魔国との関係を偽証し、僕をだまして侵略者に仕立て上げようとしましたね。侵略できればよし、できなかったとしても邪魔な僕が死ぬならそれもまたよし」


「獣人国は密猟者にとらえられ、奴隷にされた仲間を救おうと尽力していた。うまく隠しているようだがあなたの息のかかった辺境警備隊が裏で人身売買を行っていた証拠もある」


「魔国については、教会と結託して数千年単位で隠匿しているようだが、魔国はイダイサ王国の王族や貴族のルーツだ。こちらで言われているような悪鬼の巣窟などではない。もっとも次第に魔力が減少して王族ですらたいした魔力を持たなくなってきたこちらとは違い、魔石が多くその影響を強く受けるあちらは平民に至るまで魔力を持ってはいるが」


「王国の権威を取り戻すために魔石や土地を奪おうと聖戦の名目でこちらから何度も領土侵犯や攻撃を行っているはずです。もし魔石を手に入れこの地を魔石に適応化できたとしても、民の大部分は魔力適性を持たないため、むごたらしく死ぬことになるのもご存知でしょうに」


「聖戦は成果を得られず、イダイサ王室の魔力は減っていく。目に見えて王家の求心力は落ちてきていた。先代王と妾の子の第五王女、の私生児なんて末端もいいとこの僕が強い魔力を持っていたことで、クーデターを恐れて僕を狙って殺そうとしたんですよね。僕も母と一緒で権力など興味はなかったというのに」


「これからの世のためあなたには退位していただく」


 王は膝から崩れ落ちた。圧倒的な魔力差により勇者の威圧にあらがうこともできないようだ。


「おまえは…………なぜ……」

「忍びは諜報のプロだからね」


 忍びじゃなくて勇者でしょっ! 私は心の中で盛大に突っ込んだ。




 あれから数日。勇者と私は町人らしい格好で公園を歩いていた。王の処遇は、しかるべき相手に任せて一般人に戻ることにしたのだ。

 あれから元王は封印の枷を付けられ幽閉の塔に閉じ込められている。これから魔国や獣人国との協議を待ち、追って沙汰を下すための暫定処置だ。

 次代の王は、一時勇者と同行していた聖女こと姫が即位することになるらしい。


「ユリア? 一番重大なことを伝えてなかったんだけど……」


 この正統派RPGゲームだと思っていた世界で、真の悪は人間で、魔王討伐をこい願ってきた王こそが悪の親玉でした。なんて事実以上に重大なことなどあるのだろうか。

 いやだ、恐ろしくて聞きたくない。


「……なに?」

「あの、えっと、その……」


 予想以上に低く出た私の声に、勇者もまた重大なこととやらを再認識したのだろう。言いにくそうにしているが、私だって勇者と一緒にいると決意した以上、どんなことだって覚悟はできている。私のステルス能力は伊達ではない。


「……戦力にはならないけど、どこにだって付いて行くから言いなよ」


 はっと勇者は息をのんだ。そんなに言いよどむほどの案件なのだろうか。恐ろしくて勇者の顔が見られない。


「それって!!!!!」

 勇者は救いを見出したような声を出してくる。

 本当にお願いだ。私の精神も体も勇者仕様のハードモードミッションには適応していないのだ。少しでも早くこのつらく不安な時間を終わらせてほしい。


「だから早く言って!!」

「……」

 ごくりと唾をのむ音。勇者がこんなに緊張しているのは珍しい。


「今度の事件は何なの!?」

「僕と結婚してほしいっ!」


 二人の声がかぶり、おたがいぱちくりと顔を見合わせる。

 勇者の顔は真っ赤で、目は熱く少しうるんでさえいた。たいして私はおそらく真っ青だった顔が、みるみる朱に染まるのがわかった。 


「「なんでっ?なんでそんな流れに??」」

 二人の声は同時だった。さすが長年連れ添った幼馴染。身内を含む誰よりも一緒にいた自覚がある。


 勇者はぽつぽつと語った。


「……物心ついたときから好きだった……んだと思う。リリアは……とても頼りになって信頼できて……。最初は姉にたいするような気持ちだった」


 実際、私も勇者のことは弟のように思っていた。


「だけど……リリアが言い出した忍者修行、ほかの子供たちは楽しそうなのに、リリアだけは不安そうで……。なにか悩んでいそうなのに何も言ってくれなくて……。非力な僕だって何かできるかもしれないのに、って思った」


 前世のことを誰にも話せなくて、正解がわからなくて運命と闘っている気がしていた。


「……旅をしているうちに頼ってほしい、甘えてほしいって思うようになった。僕は強くなったのに、リリアは何も話してくれない、甘えてくれない。……僕ばっかり必死になってもリリアに届かない」

 顔がほてって暑くて仕方がない。私、絶対ひどい顔している。思わず私は両手で口を隠す。


「そんな風に悶々としていた時、潜入捜査に入ったはずが誤情報に踊らされ、リリアがつかまりかけた。……あの時は生きた心地がしなかったよ。……結局、僕じゃなくて黒騎士がリリアを助けて、安心したはずが後からもやもやして、あの時に僕はリリアのことが女性として好きなんだって自覚した。」


 照れくさくなって勇者から目線をそらす。


「そのあとは……どんどん気持ちが膨らんで……。そばから離したくなくなって、離れると不安になって。巻き込んじゃいけないと思うのに、こんなところまで付いてきてくれるって自分は特別なんじゃとか期待する半面、危ない目に合わせて嫌われるかも……とか延々悩んで……。僕がこんなに葛藤してるのに、リリアは簡単にそばにいるなんて言っちゃうしっ!!」


 みると勇者はもっと赤くなって、目だってさらにうるうるしてきている。


「……しょうがないな。どこまでだってついていくよ」


 いたずらっぽく微笑むと勇者は、声にならない声をあげ、私をだきしめた。



将来的に長編にしたい内容を短編形式にしました。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わりと予想外の展開で、楽しく読めました。 [一言] これで別の勇者が出てきたら、面白そうですね。 主人公はさらに混乱しちゃいそうですけど。
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