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35・再会

 みどりの丘陵を越えると、そこはもう王都の外壁だ。私の生まれ育ったところ。優しい両親の元に祝福を受けて生まれ、幸せな人生を送り、いつか老いて、家族や親しいひとに囲まれて静かに終えるのだろう、と当たり前のように思っていた場所だ。その思いを無惨に裂かれ、すべてを憎みながら追われた私は、もう二度とここへ帰ることはないだろうと思っていた。なのに、いま、愛しいひとと共に再びその地を踏もうとしている。

 到着が遅れて日が暮れてしまったので、私たちは王都に入る前に、丘の手前の街で最後の一泊をする事になった。

 王都からは、ジュリアンの遣わした使者が来ている。


「ラトゥーリエ公爵殿下、我が王は殿下のお越しを心より待っておられます」


 使者は顔見知りだった。エッチェル・ローレン、彼もまたリカルドと同じローレン一族の者だ。

 子爵家の出で、王直属の騎士団所属、昔からジュリアンの気に入りだった。容姿と媚びる能力が高く、武官なのに世辞が何かと鼻につく、と感じていた男だった。リカルドと同じ年頃だけれど、苦労もせずに父伯爵のお金で気楽にしている(確かに事情を知らなければそう見えただろう)リカルドを嫌い、仲は良くないそう。

 彼はユーグさまには馬鹿丁寧に接し、傍にいる私とリカルドには、


「陛下のご寛恕により、きみたちも拝謁が許されるそうだ」

 

 と素っ気なく言い放った。

 ユーグさまは王に面会が叶ったら人々の前で私と父の無実を主張すると仰っていたので、言われる前から、私はユーグさまの傍を離れるつもりはなかったけれど、改めてそう言われると胸が苦しくなる。ジュリアンが私を許す筈もなく、手ぐすね引いて私たちが飛び込んで来るのを待ち構えているのだ、と言われた気がしたからだ。

 でもそれでも、最悪の場合は王都に入った途端に私だけが捕縛され、ユーグさま達と引き離されてしまうのでは、という不安もずっと胸にあったので、取りあえず彼の言葉を信じるならば、王の間までユーグさまとリカルドと一緒に行けるのだ、と思って僅かながらほっとする。


「それは有り難くて涙が出そうだね」


 とリカルドは平然とした様子で応えた。


「ふん、ローレン家の恥さらしが。おまえがフェリクス殿の代わりに死ねばよかったのに」

「死ぬのは厭わないが、僕ではフェリクス殿の身代わりは力不足だろう」

「そんな事はないさ。おまえがさっさと死んでいれば、侯爵も血迷わずに済んだんだ」

「どういう意味だ?」


 失礼極まりない言葉にも顔色を変えなかったリカルドも、最後の台詞は気になったようだった。王の腹心であるエッチェルが言う、「血迷う」……もしかして、ローレン侯爵がユーグさまに協力する気であると、既に伝わってしまっているのではないかと。


「僕がどうであろうと、侯爵の判断に影響を与えるような事はないよ」


 とリカルド。


「本気で言っているのか? まあいい、明日になれば色んな事がわかるだろう」

「おまえは一体何を知っている?」

「べつに。侯爵は、腹違いとはいえ妹の息子である僕に、この件については何も教えてくれないからな。だがな」


 エッチェルは嫌な笑い方をしながら、


「侯爵にとって一人息子であったフェリクス殿が亡くなったいま、家の格はおまえの方が上でも、侯爵と一番血が近いのは僕なんだぞ」

「おまえには王家の血は殆ど入っていないだろう……もしも、そういう事が言いたいのならば」

「だったら、おまえはなんなんだ? おまえの血を証明できるのか」

「僕の事なんかどうでもいいよ。侯爵は僕に興味なんかないし、もしもこの件が無事に終わって無罪放免となれば、僕はひとりで外国に渡ってそこで過ごそうかな、なんて漠然と思っているに過ぎないし。なのにおまえは相変わらず面倒くさいな」


 ふん、とエッチェルは鼻を鳴らした。


「また無欲の綺麗ごとか。ローレン家に生まれついて力を欲さないやつなどいないだろうに、何不自由なく育てられてもう何も要りません、と言いたいのか。臆病なんだか何なんだか、おまえの言いぐさにはいつもながら反吐が出そうだ」

「誰もがおまえと同じ価値観を持っていると決めつける癖は直した方がいいな。視野の狭い男は出世せんぞ」


「……いい加減にしてくれないか。わざわざお越し頂いた使者殿には感謝するが、明日も早いのだし、下らない揉め事を起こすだけならばもうお引き取り願いたいのだが」


 不毛に思える口論についにユーグさまが割って入ると、さすがにエッチェルも自分の役目を思い出したようだった。


「いえ、申し訳ありません、公爵殿下。その……実は、先程の陛下からのお言葉以外に、もうひとつわたくしは殿下に申し上げる事があるのです」

「……ほう? なんだろうか」


 私たちの間に緊張が走る。エッチェルはしかし、ユーグさまに対しては、馬鹿丁寧な物腰を崩さない。


「実は、会って頂きたい人物がいるのです。いま、私の部下と階下で待っておられます」

「それは誰でしょうか?」

「あの……私の侍女なのですが」

「侍女に??」


 私は一瞬意味がわからずに聞き返してしまったが、ユーグさまはすぐに理解した。


「……侍女と偽って、密かに王城から伴ってこられた、という事ですね。高貴な女性を」

「は、はい、そうなんです。どうかご内密にお願い致します。その方は、殿下に力添えをしたいと望んでおられるのです。お会いになって悪い事はございません」

「悪い事がないなら堂々といらしたら良いのに、それは出来ない、とは。本当に、会うのは安全かな?」

「そ、それは……」


 表情を消したユーグさまの問いかけに、エッチェルの額に汗が浮かんだ。けれど狼狽えた様子にユーグさまは軽く笑って、


「勿論、会いましょう。どんな手かわからないというだけの理由で、差し伸べられた手を撥ね付ける程の余裕は我々にはない」

「ユーグ! 罠かもしれないぞ」


 あっさり面会を受け入れようとするユーグさまをリカルドが制する。いっぽう、私は何も言葉を発する事が出来なかった。高貴な女性? それは、まさか……。


「罠? 今さらそんなものを警戒してどうするんだ。らしくないぞ、リカルド」


 とユーグさまは少なくとも見た目にはまるで警戒している様子を感じさせない。でも、リカルドはその言葉を聞いても焦りを隠そうとしない。


「もしも、こんな所で会った事が陛下に知られてしまったらどうするんだ。だいたい、このエッチェルは陛下の腹心じゃないか。陛下を謀ってまであの方の手引きをするなんて、罠に決まっているだろう! 会うかどうか、試されているのかも知れない!」

「おいリカルド、俺が連れて来たのは『俺の侍女』なんだぞ。陛下を謀るなんて軽々しく言葉にして欲しくない。ここに来ているのが俺の侍女以外の誰かかそうでないか知るのは、ここにいる四人とあの方だけだ」

「しかし……!」


 自分の命などどうなってもいい、といつも言い放っていたリカルドらしくない慌てようにも思えた。エッチェルは感じ悪く肩をすくめて、


「命懸けでここまで来たいと……ラトゥーリエ公爵と、親友だったアリアンナ嬢に、王城に入る前に会いたいと、その健気な心に俺は一肌脱ごうという気になった。今頃は、寝室に姿がない事に陛下が気付かれているかもしれないし、戻ったら折檻があるかもしれない。それでも構わないから連れて行って欲しいと、仰ったのだぞ。なのにおまえは、そんな悲壮な覚悟を踏み躙り、追い返そうと公爵殿下に進言しているのか?」

「それは……」


 珍しくリカルドは苛立った様子を隠さずに、けれど引き下がった。


「わかった。どのみち、ユーグが会おうと言うのなら、止める権利は僕にはないし。アリアンナがどうするかも、アリアンナの自由だ」

「私も、会うわ。だって、逃げ隠れする必要なんかないもの」


 既に一度夢で会ったし、とは、エッチェルの前なので言わなかった。でも、あの時の警告が本物だった事を考えれば、彼女が危険を冒して会いに来たのは、敵対する為ではないのだろう。でも……。

 私はどうすればいいのだろう? まだ、彼女を許そうという気持ちは微塵もわかない。どれだけ口で謝られたって、私をどん底に突き落とし、彼女の事も娘の親友として可愛がっていた父の処刑を、王太子の傍で表情も動かさずに眺めていたのだ。ジュリアンが目を瞑ろうとしている私をピンで刺して、父の首が鮮血を吹きながら転がり落ちる瞬間を見てしまう事になった時も、婚約者に対して止める素振りもなかったのだ。今更、ジュリアンの本性、サディスティックな面が自分にも向けられた事で後悔して、「あの時はどうかしていた」なんて言われたからって、「許す」なんて言える訳ないじゃない。


「会うけど……もし私が冷静でなくなって、彼女に手を出しそうになったら、ユーグさま、リカルド、止めてくださいね」


 私は罪びと。彼女に害をなしたなんてエッチェルに証言されれば、もう私の命はそれだけで消し飛んでしまうかも知れない。案外、それが狙いなのかも知れない……。


「意見はまとまったのかな。では、お連れしますよ」


 と言って、エッチェルは一度姿を消し、すぐに、ヴェールを目深に被った侍女の身なりをした女性を連れて来た。

 

 部屋に入ると、彼女は、侍女の芝居を続けるつもりなのか、深く一礼した。


「お久しぶりです……ラトゥーリエ公爵ユーグさま。アリアンナ。それに、リカルド・ローレン」


 そして顔を上げ、ヴェールを取った。


 ユーグさまとリカルドは跪き、臣下の礼を取る。


「このような所においでいただき、恐縮です、王妃陛下」

「いいえ。わたくしは、夫を止めたいだけなのです」


 私は動けなかった。

 目と目が合った。離れていた、憎い、大事だった幼馴染、イザベラと。

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