東四局「異世界雀鬼ジャン、雀魔王に会う」
雀魔王ヤックマン、その王座へと続く道。とてもとても長い道。
その道をカツカツと音を鳴らし進む者が1人。あれは誰だ……?もちろん俺だ。
かつてないほどに溢れかえる俺の麻雀力に、廊下は段々と崩壊を始める。
もはや戻る道も、帰る場所も無い。
物語にも廊下にも終わりは来る。終着点への入り口の名「王座への鉄扉」が目の前に。
俺の頬を冷や汗が伝う。汗かくなんて何時ぶりだろうか……。
もしかしたらこれは冷や汗なんかじゃなくて、久々の強敵に血湧き肉躍る俺の涎なのではないだろうか?
少なくとも汗をかいた事など生まれてから一度も無かった
そんな事を思いながら、俺は扉を麻雀力で破壊した。
鉄扉はFeからFとeへと変わった。
その瞬間奥から湧き出る圧倒的な力、これは麻雀力だ。
俺の麻雀力程ではないが強力な麻雀力。∞は優に超えているだろう。
「待たせたな、雀魔王ヤックマンさんよぉ?」
俺は目標を確かに捉えた。王座に座り余裕気な男が1人、奴こそがヤックマンだ。
「あぁ……待っていたよ。お前を殺す事だけを考えて生きてきたのだ」
「クククッ……俺を殺す? 無理だな……俺は麻雀では死なない」
つい笑いだしてしまう俺。だがそれと同時にヤックマンも笑いだす。
「何がおかしい……ヤックマンさんよぉ?」
その問いかけにヤックマンが答える事はない。
その代りに……。
「ギフト発動【全自動麻雀卓】ゥゥゥゥゥッ!」
その言葉を発したのは誰だ……?もちろん俺だ。
そう言いたいのは山々だが、残念ながら俺ではない……!
「なぜ! なぜアンタがそのギフトを使えるんだッ!?」
そう、ギフトを宣言したのはヤックマンだった……。
「直に分かるさ……直にね。それよりも時間がない、代打ちバトルを始めよう」
俺とヤックマンの超越的麻雀力のぶつかり合い、そして衝撃が走る。
あまりにも強すぎる麻雀力により世界は形を保てなくなる、空間の壁が剥がれていく。
きっとこの世界の生物は皆死んでしまっただろう……。
「ヒデェ事をしやがる……。貴様にだけは負けらんねぇなぁヤックマンさんよぉッ!」
かつてのライバル達に想いを馳せた俺は、ヤックマンを深く睨みつけるのだった。
こうして俺史に残る死闘の鐘が鳴ったのだった。
東一局……まずはセオリー通り、相手の親番を譲る。
まずは小手調べだ……ギフト発動【時空間殺法】からのチョンボ即死コンボで実力を計ってやるさ!
しかし、俺の思惑とは裏腹にヤックマンは微動だにせずこちらを見ている。
いや違う、次の瞬間ヤックマンは河に牌を捨てたのだ。
「おいおいヤックマンさんよぉ! この東二局は俺の親だぜ?そいつはチョンボだ……死にな?」
【時空間殺法】を発動して東二局になっている今、俺が牌を捨てる手番のはず……。
手番を無視してゲームを進めるのはチョンボだ、もちろん死の罰符が纏わりつく。
はずだった……。
「何を言っている、今はまだ東一局だろう? 貴様の国に算数は無いのか……? 数字も読めないとはな」
何を言っているヤックマン、気でもやったか!【時空間殺法】は確かに発動させたはず……。
俺の身体を得体の知れない恐怖が駆け巡る。早くこいつを殺さなければ……!
「何をしたか知らねぇけどよぉ! 関係ないってもんさ。たとえ東一局だったとしても、地和でアンタを確殺、即身成仏でお陀仏オブザデッドってやつさぁッ!」
やつを殺すべく手を高々と振り上げる……。
「いくぜ死にな!ツモ……ちーほッ」
最後の「う」を発音する前に俺の身体は激痛と本能によって動きを止めた。
その瞬間に俺は、手に持っていたその牌を取り落とししまった。
そしてヤックマンは……。
「お、出た出た。そいつぁ、ロンだ……タンヤオ、ドラ3、赤1。親の満貫は12000点だ。」
そんな馬鹿な……。この俺が出し抜かれるなんていままでなかった。
「どうやら驚いてるようだな?教えた所でお前に打つ手なんて1つも無いだろうし、メイドイン現世に教えてやろう」
唖然とする俺にヤックマンは告げる。
「まず、俺はお前と同じ108個のギフト全てを持っている。それによって【時空間殺法】のエネルギーは相殺させて貰った」
理論上は可能だ。同一効果ギフトは打ち消し合う、これは常識だ。だが、だが……!
「馬鹿なッ!アンタ程度の麻雀力で108世界を巡ったとでも言いたいのか!?」
神1人につきギフトは1個、古事記にも書いてある。この程度の麻雀力で108世界無敗などありえない……!
「問題はそこだよ和泉雀。ギフトとはいわば、世界が作り出した恩寵」
ヤックマンは語り始める。
「ならば神々が、世界がお前を殺す為だけに生み出した私がそれを持っていない通りなどないだろう?」
耳を疑ったのは生まれたはじめての経験だ、俺の聴力はマサイ族の視力程もあるのだ。
世界が俺を殺す?意味が分からない。
「お前は調子に乗りすぎたのだ。お前の規格外の麻雀力は、麻雀という1つの遊戯を終わらせる危険性がある」
「麻雀を終わらせる……だと?」
考えた事はある。麻雀の終着点は俺なのだと。
もう敵などいないのだと。
「現に平行世界の幾つかでは既にお前の手によって麻雀が終わった。それにより世界の麻雀力場は崩れ……全ては滅んだ」
突然のスピリチュアルに付いていけない俺をよそにヤックマンの語りは続く。
「なぁ、和泉雀……お前は強すぎたのだ。∞を超える麻雀力は存在してはならない。強すぎる者は遊戯を衰退させる。
もはや理解した。完璧な頭脳である俺は理解をした。
「そこで世界によって、お前を殺す為だけに生み出された存在。それが我々7人の権能使いだ」
「だろうな……」
分かってはいた。自分が強い事も、いつかこんな日が来ることも。
だが、それでも俺は代打ちバトラーなんだ……!プライドまでは投げ打てない。
「なるほどな、よーく分かったぜ……あんたの108個ギフト外、更にもう1つの能力がな」
やつは権能使いと言った。そう、ギフトではないのだ。
俺の推測ではギフトと権能は本質的には同じ、世界によって与えられたもの。
だが、目的が違う。権能とやらは俺を殺すために作られたものなのだとしたら……さっきの状況と合わせれば答えが出る!
「さすがは和泉雀、察しが良いな。そう、私の持つ【傲慢】を司りし権能、【逆役満縛り】は役満を和了る事を禁じる。もし無理に和了れば死が待っていると知れ!」
「まず最初のツモ、ここで和了ってしまえば天和。役満だ、だからここではあえて和了らない。」
ヤックマンの麻雀講座が始まる。もちろん俺も次のツモで上がってしまえば地和で役満。
だから牌を捨てるしかない……だが、その先に待っているのは。
「ロン、親の満貫12000点だ。おっと一本場だから12100点だったかな?フフッ、お前には何がなんだか分かるまい?」
痛い所を突かれたものだ……。
「和泉雀よ、あえてお前の唯一にして最大の弱点を教えてやろう……!」
やめろ……言うな!
「それはな……」
やめろ!
「役満以外の役を知らない事だァッ!」
やめてくれ!
「代打ちバトルにおいて役満は通常攻撃!生まれながらの代打ちバトラーであるお前は役満未満の役を知らないのだ!」
俺の精神は崩壊した。
そうだ……俺は役満以外を知らない。いつだって役満を和了れば勝ってきたのだ。
一応の安全装置として流し満貫などの役ではないルールは覚えたがそれだけだ。
役満が封じられ、ギフトも封じられた以上、役に立つものなんて1つだってない……!
もう……終わりなのか……?
そして続く東一局三本場……絶望は続く……。
しかし、そんな中笑う者が1人居た……。もちろん俺だ。
「クククッ、甘いぜヤックマンさんよぉッ! 俺を舐めすぎなんじゃぁないのかい?」
権能。そいつは確かに強力で、太刀打ちなんてできやしない。
だがな……だが!
「俺は異世界雀鬼、そう異世界雀鬼なんだ……。 この意味が分かるかい?」
気付いたヤックマンの顔は高潮しつつ青ざめて破裂した。馬鹿め。
慌てふためくヤックマンが口を開く。
「ありえない!貴様……死を恐れないのか!」
そう……役満を和了れば俺の勝ちだ。だから和了る、死んでも和了る。
俺は【異世界雀鬼ジャン】……いわばこの名こそが俺の俺による俺のための俺、または権能とも呼べるナニカ!
「ちーほ……ッ!」
激痛に言葉が詰まる。
「やくま……ッ!」
恐怖に指が止まる。
それでも……。
俺はため息を吐き、そしてもう一度吸ってからこう言い放つ。
「終わりだな……」
俺の身体が弾け飛ぶと同時に身体に内包した麻雀力∞の45乗が開放される。
おそらく麻雀力∞の10乗ほどであるヤックマンは35乗分に巻き込まれて死んだ。
余波で世界は滅んだ。
この空間に静寂が訪れる……。
それとは別に。
「ギフト発動……【自摸】」
どこか別の空間で声が響く。あれは誰の声か……もちろん俺だ。
【自摸】はその名の通り、自分の摸倣するギフト。108の世界に送り込んだ俺の……。異世界雀鬼ジャンの摸倣体達。
彼らは見事に俺の為にギフトを集めてくれた。
これこそが108世界を渡り歩いた異世界雀鬼の正体。
「しかし……7人の権能使いか……」
そろそろ俺本人が動かなくてはいけないのかもしれない。
そう、麻雀力∞の神乗であるこの真・異世界雀鬼ジャンがッ!
ニヤリとニヒルに笑う俺は、麻雀という運ゲーを終わらせる為に歩き出す
たとえその先に待つのが【南入】だとしても。
そして俺は光の中へ消えた……。