東三局「異世界雀鬼ジャン、ヒロインに会う」
東から風が吹く、全てを灰へと変えるような破壊の風。麻雀力の風だ。
それを纏いし男が1人、あれは誰だ……?もちろん俺だ。
歩き疲れた俺は、雀魔王ヤックマンの待つ魔雀城へとたどり着いた。
そしてここは麓の村。俺はここで今日の宿を探すのだ。
大通りを歩けば、無辜の村人達が俺の麻雀力で灰に変わっていく。困ったものだ。
「おい、そこのじいさん」
仕方がないので、そこいらに居るワケの分からないジジイに話しかける。
俺の【麻雀力探知】によれば麻雀力は∞。
なるほど、雑魚だな。
「ワシは村長、そしてこっちは娘の順子」
順子だそうだ。
そして数々の異世界を渡り歩いてきた俺の勘が告げる……。
「あんた、使い捨てヒロインだな?」
いいだろう、ならば連れて行ってやる雀魔王ヤックマンとの戦いの見届人としてな。
男は背中で語る、誰もが知るその常識に乗っ取り。俺は順子に背を向けて魔雀城へと向かう。
その瞬間、俺の首が飛んだ。
首……だけじゃない。両の手足もだ。
「無様ね異世界雀鬼ジャン! ヒロインが味方だなんて広辞苑にだって書いてないわ!」
たしかに。
「首を切られて声が出せなきゃ、ギフトも発動できない。これにてお陀仏ね!」
いい考えだ。だが広辞苑に書いてない事なら他にもあるんだぜ?
その瞬間、周囲に【全自動麻雀卓】が広がった。
「そんな馬鹿な! あなたはいままで発声してギフトを使っていたはず!」
それこそが俺の仕組んだ罠、ギフトに発声が必要だなんて、俺という作品のどこにだって書いてはいないのさ!
「でもあなたは首と手足をもがれ、和了りの発声も、牌を握ることさえできない!」
奴の言う通り通常であれば即死。
「だからお前は甘いと何度も言ったのさ。ギフト発動【救死救灰】」
俺がそう言った瞬間、首が繋がり手足も繋がり俺は蘇った。
身体がバラバラだった場合だけ使用でき、その事実を無かった事するギフト、それが【救死救灰】。
「知らなかったかい……?代打ちバトラーは麻雀以外では死なない。さぁ、続けよう」
【全自動麻雀卓】は動きを止めない。そして東一局が始まる……。
「私の親番……天和! と、言いたい所だけれども……」
どうやら察しは良いようだ、俺の【時空間殺法】を見切られた。チョンボ即死コンボを回避されてしまった。
だがどうでも良いことだ、俺が天和を和了ってさえしまえば防ぐ術はない。
「ツモ、天和……終わりだな?」
俺はツモ牌を卓へと叩きつけた……はずだった。
感触がないのだ。いや、感触はある、卓に強打した手の骨が折れた感触だ。
順子が笑っている……俺は、今何をした?
俺の手元には……何も無かった。
「今言った! ツモって……ツモって言った! アハハ、チョンボチョンボッ!」
耳障りな高笑いだぜ順子。何をしやがったってんだ。
「教えてあ・げ・る。私のギフトは【超少牌】」
説明しよう、【超少牌】とは。牌を別次元へと切り離し、この空間から消してしまうのだ。
結果として俺は和了れない。その上誤和了りのチョンボで即死ときた……。
「だがよぉ、俺を殺れたと思うにはまだ早いぜ……順子ォッ!」
そう、俺の手の骨は……バラバラだった。
【救死救灰】により死を無効化してなんとか免れる。
しかし通常麻雀ルールにより、チョンボで満貫払いをする事になり点差が開く。
点差を詰めようにも和了ろうとした瞬間に牌を消されるこの状況……いわゆるジリ貧。
「相手の手を潰して自分だけが有利な状況を作る……まるで麻雀だな」
そこで俺は気付いた。そうそれは、悪魔的な閃き。
そうか……牌を揃えれば!
そして俺は呟く、そのギフト名は。
「【裏目】」
世界は逆さに回りだす。
効果はすぐに出る。それを理解した順子が恐怖にわめき出す……その姿、無様。
「私の牌に何をした! なぜ、私が天和じゃないの!」
麻雀力∞の領域において、天和とはいわば通常攻撃。
おそらくは手足をもがれたような気分だろう……。
【裏目】、それは世界へと至る呪い。このダークサイド世界では麻雀力が全て裏返る。
この呪いは強きものほどより深く刻み込まれる漆黒の妖刀のようなもの。
∞はゼロへ、そして∞の45乗はそのゼロすら超えた完全な停滞へと。
この誰も和了る事の出来ない世界、諸刃の剣。
この世界で役を揃えられる者など居はしない。それこそ全ての牌を見る事が出来、それを操る事ができるギフトでも無い限りは……。
しかし、そんな超強力な天才的ギフトを持っている者がどこにいるというのだろうか……。
いや、いる……。もちろん俺だ。
「発動、【配牌眼】。全ての牌は俺の支配下に置かれた!」
俺だけがこの空間で手を作る事が出来るのだ。それは神の如き所業。
「でも、私のギフトがある限りあなたが和了れない! 理解力の無い馬鹿は即身成仏で、お陀仏オブザデッドよ!」
「クククッ、安心しなよ順子ちゃん……。俺は、和了らない」
最後のツモ牌を捨てた。これにて流局……だが、それだけじゃない。
「俺の捨て牌をガラス玉のお目々でよーく見てみるんだな?」
流し満貫。それは捨て牌を1・9・字牌だけで埋め尽くした時にだけ発生する芸術点。
【超少牌】の性質上、常に牌を消してしまえば局が進まず、永遠に終わりは訪れない。この【全自動麻雀卓】に取り込まれて出ることが出来ない。
つまり、和了らなければ効果を受けない……。ならば流し満貫だろう?
「流し満貫。流し満貫。流し満貫。」
俺は流し続ける、それは清流が海に注ぎ込むが如く。
「や、やめっ……ヒロイン、私ヒロインだから!需要あるから!」
「ないぞ」
俺の永久凍土のように冷ややかな言葉。
「ないぞ? 使い捨てヒロインは、需要ないぞ?そもそも需要があったら使い捨てされない……そうだろう?」
たしかに。
さて、こんな茶番ももう終わりにしよう。こいつも俺を楽しませるには至らなかった。
俺はため息を吐き、そしてもう一度吸ってからこう言い放つ。
「終わりだな……」
最後の流し満貫により、順子は流れという見えない刃に切り裂かれて死んだ。
ついでに村長と名乗るワケの分からないジジイも死んだ。
この空間に静寂が訪れる……。
「発動、【精算】」
勝利時にタバコを召喚して吸えるというクソギフトを発動する俺。
だがこの煙は、俺の満たされない心を満たし。そして敵がいないという悲しみと共に消えてくれる。
「この煙、あんたには届いてるかい……雀魔王ヤックマン?」
遥か高くそびえ立つ魔雀城からは、強大な麻雀力が放たれる。
それはまるで、早く来いと急かすようにも感じられる。
俺のセンチメンタルジャーニーは今、終着点を迎えようとしていた……。