東二局「異世界雀鬼ジャン、王様に会う」
天から光が降り注ぐ。だがこれは陽の光ではない、麻雀力の光だ。
そんな光と共に1人の男がこの世界へと舞い降りた……。もちろん俺だ。
「ここが、雀魔王ヤックマンのいる異世界とやらか」
さて、雀魔王ヤックマンはどっちだろうか?なにせ全くの前情報は無し、さしもの俺も代打ちバトル以外では不器用な凡夫に過ぎないのだ。
幸いにして遠くに大きな城と街が見える、まずは情報収集だろう。
「止まれ旅の者、通行許可証は持っているか?」
もちろん持っていない。
「現在この国は雀魔王と戦争中なのだ、許可証を持たぬ者を通すわけにはいかない!」
ふむ、ならば仕方がないな。俺は麻雀力を開放した。
「俺とお前では麻雀力に差があり過ぎる……」
兵士は糞尿を垂れ流しながら跪いた。人間とはなんと弱いものなのだろう。
俺はそのままの足で城へと向かう。あえて麻雀力を開放し俺が勇者だと示しながらだ。
この国が糞尿に沈もうと、世界の命運と比べたら些細なものだ。
玉座の間の扉を勢いよくあける俺。
「こんにちは、俺の名前は和泉雀。雀魔王ヤックマンの居場所を吐いてもらおうか?」
玉座に座る偉そうな男に、俺は言葉を投げつける。
「貴様……不敬罪で処すぞ?」
いきなり高圧的なやつ、王とは皆こんな尊大なものなのか?
「おいおい王様さんよぉ、俺はこんにちはと言ったんだぜ?挨拶しましょうって先生に教わらなかったのか?」
この王様とは仲良くなれそうにない、なぜなら挨拶は大切だからだ。
「何を言うかと思えば。余はイーハン王、世界を統べる者!雀魔王ヤックマンすら相手にはならんだろうよ!」
俺はキレた、こいつは許せない。こいつは言ったのだ、お前のメインディッシュを奪ってやると。
「その度胸は買ってやる……。だがな相手は良く見て発言するんだなぁ!【全自動麻雀卓】ォォォォォォッ!!!」
俺が叫べばいつだって現れる、雌雄は代打ちバトルで決するしか無いのさ!
今回は最初っから麻雀力を全開にして、やつに叩き込む。
「俺の親だ、死にな王様!てんほ――」
待て、何かがおかしい!嫌な気配を感じる!
俺のギフト【麻雀力探知】が告げる。奴の麻雀力は∞、神レベルだ。
だが、俺はそれすらも超える∞の45乗……。俺が起家な時点で奴の敗北は確定、待っているのは即死。
なのに、なぜ奴は……笑っているんだ?
俺は恐る恐る、自分の手牌を確認する……。
バラバラだった。
「惜しい惜しい、あと1文字喋っていればチョンボで貴様の即死だったのになぁ?」
何をされたのか全く分からない……配牌で役が出来てないなんてのは初めてだ。
頭が混乱する。とにかく和了りを目指して闘牌しなければ……!
だが、その混乱こそが俺を首を締めた。
「ツモ、3900」
静かに響き渡るそのツモは、俺にとっての死刑宣告のようにも聞こえた。
混乱した俺は見逃してしまっていたのだ……奴のイカサマを。
「プッ……クハハハハ!王たる余に歯向かうからこうなるのだ!」
ようやく理解した、奴は……!
「王様、あんた……ギフト持ちだな?」
「今更気付いたのか?もう遅い、余の【相対不聴】は貴様の麻雀力を破壊し尽くした!」
奴のギフト【相対不聴】、あらゆるギフトを無効化するギフト。
それと同時に……お互いの麻雀力を相殺する!
これで奴の麻雀力が5や10ならば、大した問題ではない。∞の45乗を相殺しきれない。
だが!奴の麻雀力は∞。それが相殺された結果、俺の麻雀力はゼロの45乗……。
ゼロを何回をかけようと、ゼロはゼロだ!
すなわち、お互いの麻雀力はゼロ。どちらも和了りへたどり着く可能性がない。
だからこそ奴のイカサマを見逃してしまったのが致命的。
ここからまくり返す術が無い……。
「異世界雀鬼ジャンよ、今こそ貴様の名言を借りよう……終わりだな?」
絶望、その2文字がよく似合う状況だ。
俺はこの状況が自分でもおかしくなり、笑ってしまった。
「気でも触れたか?まぁ、それも仕方がなかろう……眠れ」
くくくっ、面白い……麻雀というのはまだまだ俺を楽しませてくれる。
俺たちはひたすら牌を切っていく、和了れるはずもない牌を、ただ対局を終わらせるためだけに。
打牌音だけが響く。空虚な時間。
そんな空間を切り裂くように、1つの言葉が俺の耳に入る。
その言葉を発したのは誰だったのだろうか……。もちろん俺だ。
「ロン」
静かにそう発声する。ポカンとした王様の間抜け面がとても面白い。
「待て待て待て、今確か……ロンと言ったか?」
言った、俺は確かにロンと言った。
手牌を倒す、そこにあるのは国士無双。
国士は無双、2人といない。王を殺すのにこれほどの役はない。
「何故だ、何故和了れる!貴様はイカサマをしていなかった、この目でしっかりと見ていた!なのに何故!」
簡単な事だ、俺はゼロから∞の45乗まで自由に麻雀力を操作できる。俺は自身の麻雀力をゼロまで落としたのだ。
その結果、奴の∞と相殺された俺の麻雀力はマイナス∞に。そう、マイナス∞の45乗になった。
「王様よぉ、この国に算数はあるのか?」
マイナスにマイナスをかければプラスになる、これは小学生レベルの知識だ。
「無効!無効だ!余はそんな物を認めた覚えはないぞ!」
俺はため息を吐き、そしてもう一度吸ってからこう言い放つ。
「終わりだな……」
その瞬間、国士たる俺は無双となり、偽物の国士たるイーハン王は因果の彼方へ消滅した。
この空間に静寂が訪れる……。
国王が死んだ事により、俺は雀魔王ヤックマンへの手掛かりを失ってしまった。
だが俺には分かる、奴の強大な麻雀力が西の方から流れてくるのが。
「西……なるほど、東家は俺に譲ろうって事か。」
明らかに俺を舐めている。いいだろう、その挑発に乗ってやる。
「Go Westだ」
俺はそう呟いて、西の方角、雀魔王ヤックマンの待つ場所へと歩き出したのだった。