神
母親が亡くなってから正直俺の生活は地獄だった。
「父親」(と言って良いかどうかわからないが)は、やはり母親を愛していたのだろう。
だからこそ、彼女が夜連れ出されると、他にあたるものがないから、俺に対し怒り狂っていたと思われる。
だから落ち込むのはわかる、しかし、それを俺に向けるのだけはやめてほしい。
これまでは、少なくとも母親の前で俺が「父親」から暴力を振るわれることはなかったが、今はその母親がいない。
結果、何かあると俺が殴られるということになってしまった。
「父親」は本当は俺を追い出したかったのかもしれないが、俺は主人の財産だから勝手に追い出すことはできない。それがわかっているからこそ、益々俺につらくあたるという面もあったのだろう。
そんなどうしようもない毎日を送っていると、近所の噂好きがあの日、母を鞭打った身なりの良い中年女性は公爵の第一夫人だと教えてくれた。
だいたい想像はついていたが、やはり、そうだったのかという感じだ。
なぜ、彼女が今更そんなことをしたのかわからない。
今更、理由など知りたくもないが、そのせいで俺の大事な母親が死んでしまったのかと思うと腹が立って仕方がなかった。
俺が毎日「父親」にぶたれる生活を送っているのも彼女のせいだと思うと悔しくて涙が出てきた。
いつものようにあざだらけでまき運びをしている、主人が俺に用事があるという。
俺は殆ど主人から呼ばれたことがない。理由は簡単で、俺がまだ小さくて、ロクに使い物にならないからだ。
何だろうと思って主人のところへ行くと俺が神様への貢ぎ物として選ばれたという。
それを聞いて俺は目の前が真っ暗になった。
俺の住む世界では、複数の神が存在する。有名なところでは、天空神アフラ、太陽神テシ、海洋神マスなどがいる。
いわゆる善神と呼ばれる神々だ。
それに対して破壊神と呼ばれる神も存在する。
彼らは破壊と殺戮を好む。
しかし、そうなると誰が殺されるかわからないので、その被害を少しでも減らすため、定期的にいけにえを捧げるということが行われていた。
いけにえには奴隷が選ばれるのが普通だったが、まさかそれに俺が選ばれるとは思ってもみなかった。
ただ、その時、「どうせこのまま生きていてもロクなことはない。だったら母親のいるあの世とやらに行ってみるのも悪くはないか」という考えがなかったわけではない。
いけにえになるのは一週間後ということだった。
せめて死ぬ前にはそれなりの暮らしをということで、まともな食事をとることができた。
最初は喜んで食べていたが、正直あと何日で死ぬと思うと、仕舞には味もわからなくなってきた。
逃亡も考えなかったというと嘘になる。
しかし、奴隷には体に奴隷紋が刻まれている。これには隷属魔法が施されており、行動の自由が制限されている。
結果逃亡は不可能だ。実際、俺は1年程前に軽い気持ちで逃亡を企てたことがある。
その時は、正直半分好奇心からだったが、ある一定距離を離れた瞬間、頭痛と吐き気がして、とんでもない目にあった。
他の奴隷も皆多かれ少なかれ一度は似たようなことを経験し、二度と逃走しようとは思わなくなるらしい。
あの思いは二度としたくなかったから、最初から逃亡は考えなかった。
俺はいけにえにされる日、念のため更なる隷属魔法をかけられた上に、ひもでしばられ、洞窟に置き去りにされた。
考えてみれば、俺がささげられる神の名前も知らなかったと思ったが、別に今更だった。
ただ、これから殺されると思った瞬間、急に怒りがこみ上げてきた。
「何故俺が殺されなければならない。何故俺はいつも殴られなければならない。俺はまだ何をしていない。何故俺の未来までも奪われなければならない」
「何が悪い。俺が弱かったことか。俺が生まれながら奴隷だったことが俺の罪なのか・・・」悔しくて涙が出てきた。
すると、俺の頭に「生きたいか?」という声が聞こえてきた。
「当然」と答えると、「生きて何がしたい?」と返ってきた。
正直俺はそんなことを考えたこともなかったが、そう聞かれて俺がとっさに思ったのが「復讐したい」だった。
俺の母親を殺した侯爵夫人、俺を殴りつける「父親」、俺をいけにえにした主人、彼らに仕返しをしたいと思った。
そう思った瞬間、誰が俺に話かけたのか急に気になった。
すると、「わしの名前はバスティア、お前たちが破壊神と呼ぶものだ」という返事が返ってきた。