閑話 エルスタード家武道会
「さあ、いよいよ始まります!第一回エルスタード家武道会!!予選を勝ち抜いた猛者が集い、熱い熱い闘いが今、まさに、始まろうとしています。日頃の鍛練の成果を遺憾無く発揮し、見応えのある闘いをしてくれることを期待します!」
「あのルート様は一体何をされているのでしょうか?」
「え?司会進行役兼実況役ですけど?あ、もしかして、ラフィもやりたいのですか?ラフィは出場者なのですから譲りませんよ?」
「あ、いえ、やりたい訳ではないのです。その、何でもありません。ルート様が楽しそうで何よりです」
私は今、ルートが造ったという地下二階に居ます。地下二階に設置された武舞台の脇にテーブルと椅子が用意されており、私はルートと並んで椅子に座っています。ルートが何やら語り始めたのを、傍で佇んでいたラフィが声をかけます。
・・・ラフィの言う通り、随分とルートは楽しそうですね。武に惹かれるのはやはり、男の子ということかしら?
「あのカジィリア様、本当に宜しかったのですか?」
「えぇ、構いません」
「そう、ですか。カジィリア様がお許しになっているでしたら・・・」
ラフィは私に今から始まる催しを止めて欲しそうに小声で話しかけてきますが、私は止める気はありません。折角、数少ないルートからの我儘なのです。叶えてあげたいと思うのは祖母として、当然のことなのです。
・・・それに、それなりに興味深いこともありますしね。
ルートが「武道会を開催します!」と私に言い出したのは、メイド長を務めるエイディと執事長を務めるロベルトのどっちが強いのか、という長年の問題をルートが掘り起こしてしまったのが発端です。
ルートが作ったゴーレムを見たエイディが「使用人の鍛練に良いのでは?」と考え、私に進言してきました。私は早速、ルートにその話をするとルートは快く聞き入れてくれます。その次の日から、ゴーレムを相手にした使用人の鍛練が始まったのですが、その中でルートは聞いてしまったようです。
「使用人の中で、誰が一番強いのでしょう?」
意見は男性と女性で綺麗に真っ二つに別れたそうです。メイドたちはエイディだと、執事たちはロベルトだと口を揃えて言ったようです。それぞれの長たる二人は、部下たちから絶大な信頼と尊敬を得ていますし、実際に二人ともそれだけの実力を持っています。そんな二人もまた、自分の方が強いと自負しており、どちらかが譲るということはありません。
・・・仲が良いとも、仲が悪いとも言えない二人です。昔から相も変わらずに。
前々から燻っていた問題ではありました。だからこそ誰も敢えて触れない部分だったのです。でも、そのことを知らないルートが発した一言で崩してしまいました。そして、その言い争いの中で、ルートはポンと手を打って「だったら、誰が一番強いか実際に闘って決めましょう」と楽しそうに言ったそうです。
そのあとに、ルートは「オラ、何だかワクワクしてきちまったぞ」とも言っていたそうなのですが、言葉遣いが乱れてしまうほど、ルートが楽しそうにしていたとラフィから報告を受けていました。
「ではまず、ルールの説明をさせて頂きます。この武道会は対戦が一対一のトーナメント形式です。使用出来る武器は自由としますが、予め俺に申請があったもので、俺が準備したものに限ります。俺が準備した武器は、刃の部分を敢えて潰してあります。万が一のことがあったら大変ですからね。武道会ではありますが、安全第一に進めてさせて頂きます。勝敗ですが、出場者にはこのブレスレットを身に付けてもらいます。あ、ラフィ、ちょっと手伝って」
「かしこまりましたルート様。私は何をしたら良いのでしょうか?」
「ラフィにはこれから俺に三回攻撃してもらいます。ラフィ、一回目は寸止めで、二回目は俺に掠るぐらいに、最後は思いっきり俺に当たるように、です。くれぐれも本気でやってくださいね。手加減なんかしたら、一ヶ月ぐらいラフィとは口を聞きませんから」
「えええぇ!?」
ルートは自分の腕にブレスレットを付けるとラフィに剣を手渡し、両手を広げて「さあ、来い!」と言わんばかりにラフィの目の前に佇みます。突然、主からその主自身を攻撃しろと命じられて、ラフィはかなりの動揺を示しており、私に確認をするようにチラリとこちらに視線を送ってきます。
・・・色々と説明が足りてませんよルート。でも、仕方ありませんね。
私はラフィにコクリと頷いて見せるとラフィは一度、目を丸くしてからきつく目を閉じた後、意を決したようにルートに向き直ります。
「宜しいのですね?」
「手加減は無用です」
「分かりました。では、いきますよルート様!・・・はっ!、やぁ!、えぃっ!え!?」
ラフィはルートの胸元に突きを寸止めし、そのままルートの横を通り抜けるようにして腕を掠めるように払い斬りします。最後は背後から思いっきりルートに斬りかかりました。ラフィの攻撃がルートに届こうとした次の瞬間、魔法障壁が展開し、剣がルートに届くのを阻みます。
「このように、ちょっとした攻撃には全く反応しませんが、決定的な一撃を受けることになると守りの魔術具が発動します。つまり、魔術具が発動するということは致命的な攻撃を受けたということです。だから、魔術具が発動したら負けとします。あとは自ら敗北を認めることと、武舞台から落ちてしまって地面に足が付いたら場外で負けとします。あ、ちなみに天井も地続きと考えて場外と見なしますからね」
「あのルート様、申し上げにくいのですが、天井に届く人は居ないの思うのですが」
「ラフィ、素のツッコミありがとう。でも、何が起こるか分かりませんよ?一人だけ、天井まで相手を吹き飛ばせそうな人も居ますし」
そう言ったルートの視線の先には、料理長であるゾーラが居ます。元傭兵だったゾーラは、自身の身長と同じぐらいの長さがある大剣を準備運動として振り回しています。元々、この武道会は、エイディとロベルトを発端としたものだったため、使用人の中でもメイドと執事の中から予選をしたようで、当初、ゾーラが参加する予定はなかったそうです。
でも、予選を通過した人数が七人であったために、数合わせとしてゾーラの参戦をルートが決めたそうです。ルートがその話をゾーラにすると、ゾーラは目を丸くしたそうですが「坊っちゃんは相変わらず面白いことを考えるねぇ」と言って、二つ返事で引き受けたそうです。
「ちなみに優勝者には、俺から賞金と副賞を出しますので、出場者の皆は張り切ってくださいね。ではでは、早速、一回戦第一試合を始めます」
ルートはテーブルの上に木で出来た箱を出すとその中に手を突っ込みました。箱の中をごそごそと探ってから、手を箱から抜き出すとその手には木札が握られています。
・・・そんなもの、いつの間に用意したのでしょう?本当に準備が良いこと。
「まず一人目は、お、早速、優勝候補の一人の登場です。一人目は執事たちの長として絶大な人気を誇るロベルト、そして、対戦相手は、拭き掃除なら屋敷の中で右に出る者がいないメイドのキキルです。二人は武舞台に上がってください。あ、武器と一緒に渡したブレスレットは忘れずに装備してくださいね。装備しないと意味がありませんから」
ルートに呼ばれたロベルトとキキルは武舞台の中央に立つとそれぞれ武器を構えて対峙します。ロベルトが持つのは片手剣、キキルが持つのはナイフです。
ロベルトが身に付けた技は護りの剣。敢えて受け身に回り、相手にわざと攻撃をさせて隙をつくらせ、反撃で相手を倒す技です。対するキキルはエイディと同じく一撃必殺の剣。速攻、かつ、確実に一撃で命を奪うための技です。それぞれ修めた技が対照的な二人と言えます。
「では、準備は良いですね?一回戦第一試合、始め!!」
ルートの掛け声と共にキキルが先に動きます。身を低く保ちながら真正面から突っ込むと見せかけて、ロベルトの脇を滑り抜けてから反転し、首筋を狙って背後からキキルは斬りつけようとします。でも、攻撃を仕掛けたはずのキキルの方に魔法障壁が展開しました。
「そこまで!勝者ロベルト!キキルの素早い攻撃に、ロベルトはまるで背中に目が付いているような見事な反撃でした。今の試合、いかがでしたでしょうかお婆様?」
「そうですね。実力差がそのまま出た試合と言えるでしょう。相変わらずロベルトは、隙を作るのが上手ですね」
ロベルトは攻撃をしたくなる隙をわざと作り、キキルの攻撃を誘いました。ロベルトは攻撃をしてくるキキルの動きを読み取り、脇から剣を突き出してキキルに反撃したのです。
「キキル、攻撃が当たると思って油断したな?自分の攻撃が相手に届くまでは、最後まで油断しないように」
「分かっていたことなので、初めから注意はしていたのですが。さすがはロベルトさんです。まんまと引っ掛かってしまいました」
ロベルトはキキルにお小言を言い、キキルは肩を落としながら、二人は武舞台を後にしました。
「では、次に行きましょう。一回戦第二試合、まず一人目は、家事全般を卒なくこなし、料理長ゾーラの助手をも務める万能メイドのマリー。そして、対戦相手になる二人目は、あぁっと、何ということでしょう。マリーと同じくメイド、そして、優勝候補のもう一角であるメイド長のエイディです」
ルートに呼ばれた二人が武舞台に上がると、マリーは細身の剣を構え、エイディは片手にナイフを持って、手を下げたままの状態で対峙しました。
・・・どうやら、エイディは本気のようですね。この試合、一瞬で勝敗がつきますね。
「それでは、第二試合初め!」
ルートと掛け声が響くと同時に、エイディが下げていた手を鋭く振り上げます。エイディはマリーに目掛けて、ナイフを投げて攻撃したのです。
「そこまで!勝者エイディ!!これは驚きました!開始早々のたった一投の攻撃で、早くも勝敗が決まったぁ!まさに電光石火。話には聞いていましたが、一撃必殺は伊達じゃないですねお婆様」
「エイディは近接戦闘だけでなく、投擲も得意としますからね。この試合もまた、実力差が出た試合と言えるでしょう」
私がエイディについて、解説するとルートは「なるほどぉ」と満足そうに頷きます。マリーは飛んできたナイフを剣で払い落としますが、一本目で隠すように投げられた二本目のナイフが胸元に届き、魔法障壁が展開しました。マリーが得意とする素早い剣捌きを披露する前に負けてしまったのです。
「一本しか武器を持ってないかのように見せかけたのも見事ですが、何より一投で二本、しかも、二本目を一本目で隠す技は凄いですね。カッコいいので、今度、やり方を教えて欲しいぐらいです」
「ふふ、それは光栄なことです。さぁ、マリー。いつまでも落ち込んでいないでお立ちなさい」
「うぅ、エイディさん。本気過ぎます。胸を借りる前に終わってしまいました」
「当たり前です。家長の御前で無様な試合を見せる訳には参りませんからね」
エイディはチラリとロベルトに視線を向けた後、マリーを伴って武舞台から下りました。その後に行われた第三試合は、料理長のゾーラと執事のカーベンです。この試合も勝敗は一瞬で決まります。ゾーラの大剣を受けたカーベンは、攻撃自体を防ぐことには成功しましたが、吹き飛ばされて武舞台から落ちて場外負けとなりました。決してカーベンが弱い訳ではありません。ゾーラは元々、名の知れた傭兵だったのです。実力差だけでなく、経験の差も物を言った試合でした。
・・・それにしても、現役から遠のいて、結構な時間が経っているというのに、ゾーラの強さは変わりませんね。
一回戦最終試合は、執事のナハトとラフィです。ナハトは使用人の中でも珍しい二刀流で、手数の多さを売りにしています。一方、ラフィは幼少よりエルスタード家に仕えていたこともあって、エルスタード家の剣の型を振るいます。
試合は終始、二刀で攻撃を繰り出すナハトが有利なように見えました。ですが、ラフィに決定的な攻撃を与えることは出来ません。ラフィはナハトの攻撃を的確に見極めて捌くと、ナハトが自身の手数の多さで疲れ、運動量が落ちたところに、ラフィが一撃を放って勝利を収めます。
ラフィはこの武道会の参加者の中では最年少となりますが、潜在する能力を考えれば十分に一、二を争えるだけの実力を秘めています。ラフィの勝利も順当な結果と言えるでしょう。なぜなら、元はと言えば、ラフィは武に秀でた貴族の産まれなのです。
ラフィの家は、とある貴族間の争いに巻き込まれてしまい、ラフィの父親は許されない罪を犯してしまいます。罠にはめられた結果の罪ではありましたが、その罪により一族郎党が処分されることになりました。
ラフィの父親は、せめて幼い娘だけでも助けたいと願い、ラフィを勘当し身分を平民に落とすことで、ラフィを逃がそうとしました。でも、それを良く思わなかった者にラフィはその命を狙われることになります。そこをラフィの父親と少なからず縁のあった我がエルスタード家が、ただの平民を使用人として迎え入れることで、保護したのです。
・・・それにしても、ラフィはこの一年で随分腕を上げましたね。やはりルートの影響でしょうか。
「主催者として、贔屓する訳にいきませんが、良い試合でしたよラフィ」
「ありがとうございますルート様」
ルートが嬉しそうに試合を終えて戻ってきたラフィに声をかけると、ラフィは笑顔で応えます。ちょっとした打算もあって、ラフィをルートの御付としましたが、二人が良い関係を築けていることを私は嬉しく思います。
「ラフィ、次に当たるのはゾーラです。期待してますよ?」
「あの、今の私ではゾーラさんに勝てる見込みがないので、棄権するという訳には・・・」
「主命令で却下します。頑張ってください」
「あ、ハイ」
ルートは素気無くラフィのお願いを却下して、ラフィがガクッと肩を落としたところで、私は思わずクスリと笑ってしまいます。
「さて、これで一回戦が全て終わりました。残ったのは、ロベルト、エイディ、ゾーラ、ラフィの四名です。ラフィ以外は全員、優勝候補なので順当な結果と言えるでしょう。ではでは、続いて準決勝を始めたいと思います。準決勝第一試合、ロベルトとエイディ。この武道会を開催する切っ掛けとなった二人がいきなり激突です!個人的には、こういうのは決勝でやって欲しかったところではありますが、そこはくじの結果なので仕方ありません」
名前を呼ばれたロベルトとエイディの二人は、互いを牽制し合うかのように睨み合いながら、武舞台に上がります。既に二人の間では勝負が始まっているようです。
・・・本当に、ある意味では仲が良いのですけど。
二人とは私が若い頃からの付き合いです。性格的な問題で反りが合わない二人ですが、一度は恋仲になった二人でもあります。互いに互いを意識し過ぎてた結果、こじれてしまった二人なのです。今の二人はそれぞれの部下に敬われ、使用人としてもとても優秀な二人です。でも、私からしたら二人は、いつまでも経っても痴話喧嘩をしている子供に見えます。
武舞台の上でロベルトとエイディが武器を持って対峙したところで、辺りに言い知れぬ緊張感が漂います。試合を見守る使用人たちも固唾を飲んで武舞台の二人を見守ります。
「ピリピリとした、いい感じの緊張感です。これは、激闘の予感がします。二人とも準備は整っているようですね。それでは準決勝第一試合、始め!!」
ロベルトとエイディはルートの試合開始の合図を聞いても、互いに睨み合ったままピクリとも動きません。二人が動かないため、地下二階が静寂に包まれます。
「これは敢えて攻撃の受け手となって闘うロベルトに、エイディも不用意に攻撃を仕掛けることが出来ないといったところでしょうか?玄人同士の高度な読み合いが、武舞台の上で静かに繰り広げられているということですねお婆様」
「二人ともお互いに手の内を知っていますからね。でも、闘い方としては、ロベルトから先に手を出すということはありません。ですから、エイディがどのようにしてロベルトの堅牢な守りを崩す攻撃が出来るかが、勝敗の分かれ目となるでしょう」
ルートは食い入るように武舞台の二人を見ていた視線を私に向けて質問してきます。私はしっかりと戦況を読み取っているルートに感心しながら、状況を説明してあげると、ルートは「あぁ、だからエイディはあんなにも」と呟きました。
「どういうことです?」
「さすがにネタをばらしてしまう訳にはいきませんので、まだお答え出来ませんが、恐らくは見ていれば分かります」
「そう、エイディは何か手を打っているということですね」
ルートとそんな会話を交わしているとエイディが、ふっと戦闘の構えを解いて、大きくため息を吐きます。
「はぁ、やはり、あなた相手に隙を探っても無意味ですね。時間の無駄です」
「おや?では、諦めるのですか」
「戯言を。そんなはずないでしょう?」
エイディの態度にロベルトは方眉を上げて、訝しげな顔をします。エイディはその様子を鼻で笑うと、不敵な笑みを浮かべました。
「どうやら、動くようですね」
ルートの言葉通りエイディは一気に、攻勢に出ます。エイディは両の手から次々とナイフをロベルトに投げつけたのです。一回の投擲で三本のナイフが、ひっきりなしにロベルトに襲い掛かります。
・・・それにしても、エイディはどれだけのナイフを隠し持っているのでしょう?
「ルート、一体どれだけのナイフを準備したのですか?」
「百本ですお婆様。その内、どれだけを持っているのかは分かりませんが、恐らく大半は持っているんじゃないでしょうか?」
「百本も準備したのですか?そんな量を持っていたら重たくて満足に動けないでしょうに」
「お婆様の言う通り、重たくて普段通りに動くのでさえ、苦労するところでしょう。でも、エイディはそれを感じさせなかった。さすがのロベルトも、まさかエイディがそんなにもナイフを持っているとは思わなかったのでしょうね。ちょっとだけ、ロベルトの顔に動揺が見えます」
いつも余裕のある涼しげな顔をしているロベルトですが、額に汗をかき少し表情が固くなっているように見えます。とはいえ、エイディが投げる鋭く襲い掛かるナイフを、的確に剣で払い落とし続けているロベルトは、さすがの実力です。
「さあ、物量で押し込むエイディに、果たしてロベルトは耐えきることが出来るのか!?」
エイディのナイフは徐々に、ロベルトの身体を捉え始めます。何もエイディは闇雲にナイフを投げ続けている訳ではありません。避けることが困難で、剣で防ぐには隙を作ってしまう、そんな場所を的確に狙って、投げているのです。
「しぶといですよロベルト。そろそろ音を上げてはいかがです?」
「そう問われて、本当に音を上げるとでも?そんなことを口にするということは、そろそろナイフが尽きそう、ということかな?」
ロベルトの服にはいくつもの切り傷が出来ています。エイディのナイフが掠めて出来た跡で、血が滲んでいるのが見えます。ルートが準備したという武器は、刃の部分を潰してあるとルートは言っていました。ですが、例えナイフがなまくらになっていたとしても、エイディの投擲にはそれだけの威力があるようです。
でも、見た目でやられているのはロベルトですが、表情としては、エイディの方が固い表情をしています。ロベルトの言った通り、手持ちのナイフが残り少ないのでしょう。
「くっ、やはり耐えますか。でも、その傷だらけで、どこまで私の動きについて来れるでしょう?」
「まだまだ、これから。接近戦というなら負ける気はしない」
エイディは突然、ナイフを投げるのを止めると、一気にロベルトとの間合いを詰めます。エイディの右手で振り抜いたナイフをロベルトが剣で受け止めると、エイディはすかさず体勢を低くしてロベルトに足払いをします。
「んな!?」
「ここです!」
エイディの足払いか綺麗に決まり、ロベルトは体勢を崩して横向きに武舞台に倒れ込みます。その隙をエイディが見逃すはずもなく、ロベルトに襲い掛かります。
「そこまで!!この試合、二人とも魔法障壁が展開したため、両者敗北とします!」
倒れたロベルトにエイディの攻撃が届くとロベルトに魔法障壁が展開します。一見するとエイディの勝利に思えましたが、エイディにも魔法障壁が展開していました。倒れたロベルトは武舞台に転がるエイディが投げたナイフを手に取って、エイディに投げつけたのです。
「くっ、自分が投げたナイフが仇になるとは思いませんでした。もう少しでしたのに」
「いっぱい転がっていたので使わせて貰いました。しかし、まさかあそこで足払いを受けるとは思いませんでした。あのエイディが肉弾戦をねぇ」
「いつまでも同じことをしていては、勝つに勝てませんからね。結局、勝負はつきませんでしたが」
二人は言い合いをしながら武舞台を下りると、観戦していた使用人から拍手が沸き起こります。
「二人とも素晴らしい闘いでした。でも、これだけやってまだ勝負がつかないとは全く困ったものですね」
「ありがとうございますカジィリア様」
「カジィリア様の仰る通り、困ったものです。ですが、ルート様はこの武道会を第一回と仰っていましたので、恐らくまた武道会は行われるのでしょう。その時には必ず勝ってみせます」
私はエイディの意気込みにクスクスと笑っているとルートが「年一の催しにしようと思ってますから」と胸を張ります。どうやら、来年の再戦は約束されたようなもののようです。
「あのルート様。この盛り上がりの後で、私はゾーラさんと闘うのですか?」
「やりましたねラフィ。ロベルトとエイディの二人が脱落したので、次が事実上の決勝戦です」
ラフィの質問に満面の笑顔で返したルート。ラフィはその回答に「ひぃぃ」と小さく悲鳴を上げます。その肩をゾーラが軽く叩きながらニヤッと笑います。
「私としては、ロベルトさんかエイディさんのどちらかに相手してもらいたかったところだったんだがねぇ。でも、ラフィも中々、筋は良いようだし、楽しめそうではある。頑張っておくれよ」
「さあ、ラフィ?正念場です。カッコいいところ、見せてください?」
「・・・もしかして、ルート様。これはあの時に流れたお仕置きの一環ですか?」
ラフィが何を言っているのか分かりませんでしたが、ラフィの問い掛けにルートは一層、笑みを深めました。まるで悪いことを企んでいるような悪戯っ子のような笑顔です。
・・・こういう姿はまだまだ子供ですね。
この後行われた事実上の決勝戦は、あっけない幕切れとなります。予想外、いえ、想定はされているべきでした。ルートの試合開始の合図とともに、ゾーラはダンッと力強く武舞台を踏みしめると一気に間合いを詰めて大剣をラフィに振り下ろします。ですが、ゾーラは大剣を振り下ろしている途中でピタリとその動きを止めると、持っていた大剣を落としてしまいます。そんなゾーラもその場に蹲ってしまいます。
私はすぐに何が起こったのかを察しました。ゾーラが傭兵を辞める切っ掛けの一つとなった腰痛を再発してしまったのです。ゾーラは「ロベルトさんとエイディさんの試合を見て、ちょっとはしゃぎ過ぎたようだね」と口惜しそうにそう言った後、負けを宣言しました。
「第一回エルスタード家武道会、優勝者は~、ラフィ!!まさかの展開に優勝した本人も目を白黒させていますが、司会進行役兼実況役の俺もちょっと困惑しております!でも、勝ちは勝ち。運もまた勝負事には欠かせない要素ですからね。皆さん、優勝したラフィに盛大な拍手をお願いします!!」
ルートは席を立って、そう言いながらゾーラに急いで駆け寄ります。
「大丈夫ですかゾーラ?無理をさせてすみませんでした。すぐに治癒魔法を掛けますからね」
「申し訳ないねぇ坊っちゃん。折角、面白い機会を頂いたっていうのに。ラフィもまともに闘えなくて悪かったね」
「いえ、そんな。私のことよりゾーラさんは自分の身体のことを考えてください。それに、今の私ではまともにゾーラさんと闘っても勝てませんでしたから」
ルートの治癒魔法が効いたのか蹲っていたゾーラが立ち上がります。立ち上がったゾーラは「今回は不甲斐ない自分の身体のせいで負けちまったが、次はそうはいかないからねぇ」とため息交じりに言った後に、「胸を張りなラフィ!」と優勝したラフィの背中をゾーラが思いっきり叩きます。
「はぅ、痛いですゾーラさん」
「あっはっはっは。ちょっとした嫌がらせだ。許しておくれ」
カラカラと笑うゾーラにルートは武舞会から下りるように指示を出し、武舞台の上にはラフィとルートの二人だけとなりました。優勝者への賞品の贈呈を行うそうです。
「では、優勝者のラフィに優勝賞品の贈呈したいと思います。まずは賞金、小金貨一枚百万エルクを贈呈します」
「え?そんな大金宜しいのですか?」
「構いません。それだけの価値はあったと思っていまし、俺の思い付きで始めたことですから。まあ、ラフィが優勝者になるとは思っていませんでしたけど」
「うっ、自分の言うのも何ですが、私も優勝出来るとは全く思っていなかったので、ちょっと皆さんに申し訳がないですね」
「賞金の使い道をとやかく言うつもりはありませんので好きにしてください。あとラフィの副賞は、いつでも好きな時にお風呂に入れる権利を一月分贈呈します。ついでに、お風呂用具セットも付けましょう。なお、お風呂に入れる権利の使用期限は、次の水の季節までとします。もし、それまでに使用していない分があったら、土の季節に強制的に使わせますからね?」
「ふふ、かしこまりました。ありがたく頂戴致します」
こうしてルートの思い付きで始まった第一回エルスタード家武道会が終了しました。後日談となりますが、優勝者がまさかのラフィであったこと、ロベルトとエイディの本気の闘いを間近で見たこと、それに現金な話ですが優勝賞金の額を聞いたことで、使用人たちの鍛練に対する士気が高まっているとの報告をロベルトとエイディから受けました。
・・・まさか、ルートはそういう展開になることを想定してやった?ふふ、まさかね。
それでも、色々なことを仕出かすルートなら、と頭の片隅で思いながら私は密かに笑みをこぼします。




