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約束を果たすために  作者: 楼霧
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閑話 地下二階とゴーレム

水の季節二月目に入ったある日突然、ルート様が「身体を思いっきり動かせる場所が欲しい」と呟きます。私は何気なく「そうですね。思いっきり身体を動かせる場所があると素敵ですね」と相づちを打ちました。


水の季節二月目に入ってからというものルート様は、本を読んだり、何やら魔法のお勉強をされたりと自室で過ごされることが多くなります。ルート様が外に出られる機会がめっきりと減っていたので、本当に身体を動かす場所があればいいなとそう思ったのです。


そうしたら、その翌日のことです。ルート様は半日ほどで使用人用のお風呂場の下に新たな空間を作り、地下二階が出来てしまったのです。こんなこと、普通に考えればとんでもないことです。本来であれば、とてもびっくりするところなのでしょう。でも、私はルート様のその行動を、何ともルート様らしい、と思ってしまいました。


・・・本当に不思議の塊のような主様です。


私は幼少期よりエルスタード家にお仕えしてきました。一度、同い年ということでソフィア様に従者見習いとして、お仕えしていた経験があります。ソフィア様がルミールの町へと移り住まれて以降は、屋敷内の雑用を務めてつつ、いつ、誰にお仕えすることなってもいいように先輩方に厳しく指導を受けて参りました。


そんな私に、今から半年以上前に、重大な任務が与えられました。カジィリア様から「貴女に孫のルートの御付をしてもらいます」との任務を受けたのです。任務として受けた御付としての役目は、主の身の回りのお世話だけではなく、時には自分の身を持って主をお慰めすることも含まれます。王命により、家族と無理矢理引き剥がされてしまうルート様の心の支えになるのが私に与えられた役目なのです。


私はエルスタード家に救われた身です。どの様な任務でも与えられた任務は、しっかりと果たしてみせますとカジィリア様には意気込んで見せました。でも、いざ蓋を開けてみたら、拍子抜けするほどルート様は手間が掛からない方です。恐らく、ずっと田舎暮らしをされていたせいなのでしょう、何でも自分でされたがったのです。


・・・しかも、出会った時からすでに、かなり魔法を使いこなされていましたね。


何でも自分でしてしまわれる、しかも、魔法という私には使えない手段を自由に操ってです。ルート様の役に立つどころか、このままでは自分に与えられた役割が何一つ果たすことが出来ないと、私はすぐさま危機感を抱きました。


ルート様と出会って間もないですが、私はお風呂に入るというルート様の相手をすることに決めます。早速、身体を張らなければと思ったのです。


私が一緒にお風呂場に入るとルート様は頑なに拒絶してきました。ルート様は必死に私を追い出そうと背中を押してきたので、私は追い出されまい抵抗します。私と倍は年が違う子供のルート様に力負けすることはなかったのですが、そうこうしている内に、ソフィア様の乱入により、私の計画は頓挫して終わりました。


・・・でも、あの時のルート様のうぶな反応は実に可愛らしかったですね。


ルート様は、たまに年相応の姿を見せてくださいますが、どちらかと言えば大人びた印象があります。あのお風呂場での反応は、今に思えば貴重な反応だったと言えるでしょう。最近では、一緒にお風呂を共にしても、もはや顔を背けたり、顔を赤くされたりすることもなく、ただただ達観した目をされて終わりです。


・・・まだ、子供だから女性に興味がない、という訳ではなさそうなのですけど。


ルート様が地下二階を造られた翌日、朝食を終えたルート様に案内されて、その地下二階へと向かいます。新しく出来た空間は、広々とした空間となっていました。地下二階の中心には、正方形の石をいくつも敷き詰めて、大きな正方形をした武舞台が作られていました。それを見た私は思わず「これにどんな意味があるのでしょう?」とルート様に聞いてしまいます。


ルート様は「ノリで作ったから分かりません。でも後悔はしてない」と手をグッと握って、キリッとした顔で答えてくれます。勢いだけで行動されるところは、やはりまだまだ子供ということでしょうか、と微笑ましく思いながら、私はクスリと笑います。


「よし、じゃあ、始めようかな?」

「何をされるのですか?」

「もちろん、身体を動かすのです。そのために作ったのですから」


そう言ったルート様は、腰に付けた道具袋からなぜか杖を取り出します。ルート様が杖を振るうと武舞台に魔法陣が浮かび上がりました。その魔方陣にルート様は、何やら植物の種のような物を投げ入れます。すると、種が一気に芽吹き、それが見る見る内に大きく育って木となります。


しかも、単に大きくなるのではなく、成人男性ぐらいの大きさになると木はだんだんと人形ひとがたに変貌します。手の部分や頭の部分は葉が生い茂っており、見た目は木のままですが、まるで人であるかのように、それは独りでに動き出しました。


「る、ルート様。勝手に動いているように見えるのですけど?」

「それはそうです。だって、ゴーレムですから」

「ゴーレムですか?ゴーレムとはあの遺跡の守り手のゴーレムですか?」

「よく知ってますねラフィ。そのゴーレムです。木で作ってますので、このゴーレムは差し詰めウッドゴーレムといったところですね」


ルート様は意外そうな顔をして、私を見つめます。私のような者がゴーレムについて知っているということは、私自身も珍しいことだと思います。でも、エルスタード家の使用人は、誰もが知っていることなのです。


・・・アレックス様がリーゼ様の心を射止めた話は有名ですからね。


「それにしてもゴーレムなど作れるものなのですか?」

「何を言ってるんですかラフィ。そもそも、ゴーレムを遺跡の守り手として作ったのは人でしょう?まあ、それが人族だったかどうかは、定かではないようですが。少なくともゴーレムの作製に関する書物があるのですから、作れないことはないですよ」


ルート様はさも当然の様に語ってくださいますが、私にはどうにも要領を得ません。ゴーレムを作るということは、そんなにも簡単なことのように思えなかったのです。でも、私はすぐに疑問を振り払います。私に魔法のことが分かるはずがないですし、何より今、目の前の人の形を模した木は間違いなく動いています。ぎこちなさはありますが、人の様に動いているのです。


「ふむ、まあ、初めてだしこんなものかな?じゃあ、早速、始めようかな」

「ルート様、始めるとは一体何をされるのですか?」

「あ、ラフィは危ないから武舞台から下りてくださいね」

「え?あ、はい。かしこまりました」


私が武舞台を下りて振り返るとルート様は、木剣でゴーレムに斬りかかるところでした。ゴーレムはルート様の木剣を左腕で防ぐと右腕でルート様に殴りかかります。ルート様はそれを難なく避けて見せると少し不満そうな顔をしてから、再度、ゴーレムに斬りかかります。


・・・それにしても、ルート様は魔法使いでありながら、綺麗な太刀筋をしていますね。


ルート様は幼少より余り剣の稽古が好きではなかったとお伺いしています。さぼりがちだった剣の稽古に身を入れて取り組まれたのが、一年半ぐらい前。ルート様が魔獣に襲われて瀕死の重傷を負われて以来、必死に強くなろうと努力されたそうです。


ルート様の動きの洗練さを見るに、短期間で相当の鍛練を積まれたのでしょう。一朝一夕で身に付くものではないことを、私も幼少より剣の稽古をしているので分かります。


・・・思い人を失い、自分の弱さを知ったルート様は、過剰な努力をされたのかも知れませんね。


そんなことを思っている内に、ルート様がブツブツと呟きながら武舞台から下りてきました。


「うーん、やっぱり動きが悪いなぁ。単純に人の形をしているだけじゃ駄目か。俺が遺跡で闘ったあの石で出来たゴーレムはどうだったか・・・。うん、あのゴーレムにはちゃんと関節になる部分があったな。となると、これは魔方陣の改良が必要・・・。で、どうして、ラフィは突然、俺の頭を撫でているのでしょう?」

「ルート様は、まだ十歳にもなられていないというのに、一体どれだけのものを背負って無理な努力されてきたのかと思うと・・・」

「ん?ラフィは俺のことを慰めてくれている、ということですか?」


ルート様が首を傾げながら質問してきます。私はそれを聞いてハッします。いつの間にか勝手にルート様の頭を撫でていること、心の中で思っていたことを口に滑らせていることを、ルート様に問われて、初めて気付いたのです。


・・・あわわ、不味いです。ルート様は子供扱いされることが殊の外お嫌いなのに!


「え!?あ、いえ、その、あの。申し訳ございません。大変失礼致しました」

「別に謝ることじゃないです。だって、強ち間違いでもないですから。それにしても、ラフィはたまに勘が鋭いことがあるから侮れませんね」


ルート様は両手を頭の後ろに回しながら、ジッと私の顔を見つめてきます。


「・・・怒っていらっしゃらないのですか?」

「ラフィは俺のことを心配してくれたのでしょう?でも、そうですね。自分の身の丈に合わない無理で、無茶で、無謀な努力をしてきた俺のことをラフィが心配してくれる。誠心誠意、甘やかしてくれるというのであれば、感謝の証と親しみを込めて、これからはラフィお姉ちゃんと呼ぶことにしましょう」


ルート様は良いことを思い付いたと言わんばかりの顔をされます。唇の両端をつり上げたとても良い笑顔です。でも、私には分かります。間違いなくルート様が怒っているということが。私はすぐさまルート様の目の前で片膝を床に付き、両手を胸の前で握って懇願します。


「ルート様。お願いですのでそれだけは、おやめくださいませ。メイド長のエイディさんに叱られてしまいます」


エルスタード家のメイドを統率するメイド長のエイディさんは常日頃、「主従の分別はつけなければなりません」とルート様を諭しています。それは、ルート様に貴族として意識を植え付けるためのものです。田舎暮らしが長かったためか、ルート様には貴族である自覚がほとんどありません。貴族としての言葉遣いや丁寧な所作は、母親のリーゼ様の教えで身に付けておられますが、平民と貴族との距離感が分からないそうです。


そんな中、私がルート様に「お姉ちゃん」などと呼ばせた日には、間違いなくエイディさんの説教コースでしょう。これは何としても回避しなくてはなりません。


私の必死の訴えにルート様は「駄目?」と小首を傾げて聞いてきます。その可愛らしいお姿に思わず「駄目ではありません」と喉元まで出そうになりますが、グッと堪えて何とか踏み留まることに成功します。


「どうか、どうかご容赦ください。エイディさんのお説教が長くて辛いのは、ルート様もよくご存知のことと思います」

「無論、知ってます。だからこその罰になると思ったのです。・・・でも、よくよく考えるとそんなことしたら、俺がエイディに怒られそうな気がしますね」


ルート様は腕組みをして「それはまずいなぁ」と呟かれます。確かにルート様の仰る通り、私だけでなく間違いなくルート様自身もエイディさんのお説教コースまっしぐらでしょう。


「仕方ない、この話はここまでにしましょう。さてと、そろそろお腹も空きましたし、上に戻りましょうかラフィ」


・・・よかった。ルート様に思い直して頂くことに成功したようです。


私がホッと安堵していると、ルート様は私の手を取って、力強く引っ張ってくれます。私のような平民に対して、わざわざ手を差し伸べてくれるルート様。当たり前のようにされますが、それは貴族らしくない行動と言えます。ルート様に貴族としての意識が身に付くのは、まだまだ先が長いようですねと思います。


・・・でも、それもまたルート様らしさ、なのですが。


ルート様が昼食を摂られるために屋敷へと戻ります。それから私はルート様の昼食の給仕を務めた後、一旦、お暇を頂いて私も昼食を頂きます。私が昼食を終えて、ルート様のお部屋に戻ると、ルート様は机の椅子に座りながら本を読みながら、何やら書き物もされています。私はルート様の邪魔をしないように、お茶の準備をします。


「よし、これでもう一回試してみよう。ラフィ、これからまた地下の武舞台に行きます」

「え?また、向かわれるのですか?もう少し休憩されてはいかがでしょうかルート様。あ、それかこのお部屋でも十分に広いので、ゴーレムを一つ作るぐらいなら大丈夫ではないでしょうか?」


朝からゴーレムを相手に闘い、昼食後も本を読まれていたルート様は、昼食を摂られていた短い時間しか休まれていません。そんなルート様に、私は休憩を勧めます。ですが、ルート様は首を左右に振って、ニッコリとした笑顔になると、地下の武舞台に向かわれる理由を話してくれます。


「ここで動作確認をするということは、ここで暴れるということになりますが、ラフィはそれでも良いですか?」


理由を聞いた私もニッコリと笑顔を返しながら「では、早速、向かいましょう」と言って、部屋のドアを開けました。


・・・さすがに、お部屋を荒らされては困りますね。それにしてもルート様の行動力には驚かされるばかりです。


再び地下二階の武舞台に戻ると早速、ルート様はゴーレムを作られます。出来上がったゴーレムは、午前中のゴーレムとは違い、肘や膝に当たる部分が、人の関節と同じ様な形をしています。ルート様が言われていた通り、関節が出来ていることに私は驚きましたが、ゴーレムを見つめるルート様は眉をひそめて難しい顔をされています。


「ううーん。これは失敗だな」

「そうなのですか?言われていた通り、関節が出来ているように見えるのですけど」

「関節があるように見えるだけで、動きが余計に硬いんです。ほら、一定の方向にしか曲がらないようになっているでしょう?これだとさっきよりも動きに制限が掛かってしまいます。もっと柔軟性が欲しいところなのですが・・・」


言われてみると、ルート様の仰る通りです。ゴーレムの肘や膝は一定の方向にしか曲げ伸ばしが出来なくなっており、午前中よりも自由に動けなくなっているのが分かりました。


「もっと、骨格をイメージした方が良いか?それとも、いっそのこと関節部分は物理的に離してしまうのはどうか?・・・魔力で結びつければ、どうだろうか?」


ルート様は腕を組み虚空を見つめながらブツブツと独り言を喋り始めます。私が口出し出来る話ではないので、私は大人しくルート様を見守ることにします。


「そもそも、もっとイメージをしっかりとした方が良いかもしれない。人の形をしたものと言えば・・・人形、マネキン、フィギュア、あ、プラモデルとかどうだ?ん、ちょっと待った。今なら、一分の一スケールのロボットとか作れるんじゃ・・・。コックピットに乗り込んで闘うとかどうよ?・・・いや、でも、今の俺だと直接自分で闘った方が強いだろうな多分。ロボットに乗って闘うとか、メリットがあんまりなさそうだ。あぁ、でも、男のロマンも捨てがたいか?」


ルート様は頭を抱えながらも、とても楽しそうにされます。ゴーレムの話をしているのだと思うですが、私にはさっぱり分かりません。よく分からない単語も多く飛び交っています。初めはそれを微笑ましく見ていたのですが、だんだんとルート様が興奮し過ぎて、ちょっと暴走気味のようになってきました。


・・・そろそろ、お声をかけた方が良さそうですね。


「あのルート様、今の呟かれていたのは全てゴーレムに関することなのですか?」

「やっぱり、合体するのも捨てがた、え?あぁと、そうですね。うん、そうです。・・・一旦、ロボットのことは置いておくか。技術的にというか、世界観的にというか、文明的にアウトな気がするし。やり過ぎは良くないよな、うん。とりあえず、今は当初の目的通り、使えるゴーレムを作ることにしよう」


私が話しかけたことでルート様は落ち着きを取り戻します。ルート様は少しバツの悪そうな顔をされてた後、道具袋から本を取り出すとその場に座って読み始めました。


「ルート様、本をお読みになるのであれば、お部屋に戻られた方が良くありませんか?」

「ゴーレムを動かす度に、何度も行き来するのは面倒ですからね。ラフィは自分の仕事が残っているならそれを優先してください。時間が掛かると思いますから」


・・・私が一番、優先しなければならないのはルート様を見守ることです。それに、カジィリア様に報告もしなくてはなりません。


「それであれば、私もこちらに残ります」

「そうですか?見ていてもつまらないと思いますが・・・」

「もちろん、何もしないと言う訳にも参りませんので、お茶でもお入れしますね。あ、でも、カップとポット、それにお茶の葉を取ってこないと」

「それだったら、すぐに準備しますよ」


ルート様はそう言うと、ここから一番近い壁に向けて、何かを投げると人差し指を突き出します。視線で指先を追うと一本の木が見る見る内に大きく育ちます。さらにルート様は「よっと」と掛け声を出して指を振るうと木が小間切れになると、ある塊はテーブルに、ある塊は椅子に形を変えていきます。


「カップとポットとお茶の葉は、道具袋の中に入っているので、はいラフィ」

「ふふ、かしこまりました。すぐにお茶をお入れますね」


ルート様は道具袋からカップとポットとお茶の葉が入った入れ物を取り出し、トレイに載せて私に渡してくれます。すでにポットにはお湯を入れて頂いているようで、受け取ったトレイには重みがありました。ルート様の至れり尽くせりに思わず私は笑ってしまいます。


・・・ルート様の御付をしていると、従者として駄目になってしまいそうです。そうなるつもりはありませんけど。


このあと、ルート様はゴーレムの作製を夕食の時間になるまで、何度も繰り返し行われました。納得のいくものが出来なかったようで、夕食後も自室に戻られると机にかじりつくようにして本を読みながらペンを走らせます。ルート様のこういう探求心の高さが、ルート様が色々と不思議なことを知っていたり、思い付いたりすることが出来るのだと私は思います。


それからルート様の試行錯誤が三日ほど続いた午後、ついにルート様が納得のいくゴーレムが出来上がります。


「うん、これで完成だ」

「すごい。すごいですルート様。精巧なお人形のようです」


出来上がったゴーレムは、頭の天辺から足の指先まで人と同じような作りをしています。色合いが木の肌色と合わせて本当に人のようです。ただ一つ、気になる点を述べると顔に目や鼻、口がなくツルリとしていることです。人に近いしい姿をしている分、顔がないのが余計に異様な雰囲気です。


「顔はお付けになられないのですか?」

「それも考えたのですが、やりづらくなるなと思ってやめました」

「やりづらいですか?」

「まあ、見ていたら分かります。それじゃあ、そろそろ始めます」


ルート様はゴーレムにどこからともなく出した剣を握らせます。指までしっかりと再現されたゴーレムは難なく剣を握ると徐に剣舞を始めました。熟練された人の動きにように、一切の迷いがない綺麗な動きをゴーレムは見せます。私はそれを本当にすごいことだと思いましたが、少し腑に落ちません。


・・・これぐらいなら、わざわざゴーレムでなくても私にも出来るのに。


「・・・ルート様はゴーレムに剣舞をさせるために頑張られていたのですか?」

「そんな訳ないでしょう。今のは動作確認です」


ゴーレムに少し嫉妬しながらルート様に尋ねると呆れた顔をされてしまいました。でも、ゴーレムに負けた訳ではないことが分かり、私は密かに安心します。


「よし!動作も完璧だし、そろそろ本番と行こうかな?あ、例の如く、ラフィは危ないから武舞台から降りてくださいね」

「かしこまりました」


私はルート様に言われた通り武舞台を降ります。後ろを振り向くとルート様も剣を握って構えているところです。そして、ルート様はゴーレムに斬りかかります。ゴーレムは持っている剣でルート様の攻撃を受けて弾くとすかさずルート様に斬りかかります。ルート様は素早く身を翻し、ゴーレムの攻撃を避けると楽しそうな笑顔を見せます。


「よしよし、いい感じだ。これぐらいじゃないと面白くない」


そのあとも、ルート様は嬉々としてゴーレムを相手に斬りかかります。ルート様がゴーレムと何度も斬り結んでいる内に、ゴーレムに出来たわずかな隙をついて、ルート様はゴーレムの首をはね飛ばしました。武舞台の上にゴーレムの顔がゴトリと落ちると、ゴーレムの身体も崩れるようにその場に倒れました。私はその様子を見て、ルート様が先ほど仰った「やりづらい」の意味を理解します。


・・・確かに人に似せすぎるとやりづらいですね。


「いやぁ。中々、いい運動になる。よし、この調子でどんどん増やそうかな」

「え?首を落としてしまったのに、まだ続けることが出来るのですか?それに増やすとは?」

「何のためのゴーレムだと思っているのですか。ゴーレムは首を落とされたところで、死んだりしません」

「では、身体の方が動かなくなったのはなぜでしょう?」

「いい質問です。当然、首が無くなろうと死ぬ訳ではないのですから、普通は動きます。でも、このゴーレムは人に寄せて作ったので、人と同じく致命傷を負った場合は、動かなくなるように細工しているのです」


ルート様は私の質問に胸を張りながら答えてくれます。その誇らしげな様子を見る限り、ルート様の中で一番のこだわりと言えそうです。でも、例えどれだけの傷を負おうとも人と違って動けるのがゴーレムの長所のような気が、と思いましたが口にするにはやめておきます。


・・・それぐらいのこと、私が口を出すまでもなく分かってらっしゃることですね。


「こうやって、首を戻して、傷付いたところも回復してやれば、ほら元通り。ゴーレムの作り方は、構築済みなので、魔力が続く限り同じゴーレムを何体でも作れます」


ルート様がゴーレムに首を付けると何事もなかったのようにゴーレムは動き出します。さらに、ルート様は同型のゴーレムをもう一体作り出しました。そのゴーレムにも、どこからともなく出した剣を持たせると、今度はゴーレム二体を相手にルート様は闘い始めました。



「ぐっ!?」

「ルート様!?」


ルート様はゴーレムを相手に二体、三体と増やして闘い、四体を同時に相手にした時です。一体のゴーレムに背後の隙をつかれ、ルート様は背中を斬りつけられて、うめき声を上げながらその場にバタリとうつ伏せに倒れてしまいます。私は心臓が飛び出しそうなぐらい驚きながら、急いでルート様の側に駆け寄って声を掛けます。


「ルート様!大丈夫ですか!?」

「うぐぅ。どうやら、俺はここまでのようです。今まで本当にありがとうラフィ。後は任せます、ガクッ」

「はぁ、良かった。お元気なようですね」


ルート様の様子に私はホッと胸を撫で下ろしているとルート様が不満そうな声を上げます。


「むぅ。ラフィはもうちょっと茶番に付き合うことを覚えた方が良いと思います」

「何を仰っているのですかルート様。思いっきりゴーレムに背中を斬られたように見えたのですから、私は本当に心配したのですよ!?」

「・・・うっ、ごめんなさい。ちょっと、油断しました。でも、ゴーレムに持たせた剣は初めから刃の部分を潰してあったので、斬られても問題はないようにしています。まあ、成人男性に金属の棒で思いっきり殴られたようなもんですけど」

「全然、問題なくないではないですか!?」


ルート様の発言を聞いた私は、うつ伏せのままのルート様の上着を急いで剥ぎます。ルート様の背中には、斬られた跡が青紫色に変色しており、私は絶句します。


「あのラフィ。出来れば余り揺らさないで欲しいです。痛いので」

「こんなにもお労しい姿になって。本当にルート様は何を考えているのですか!」

「自分を鍛えるために修行をして、怪我をすることは茶飯事のことでしょう?それほど特別なことだとは思ってません。それにさっき言った通り、これは俺が油断して招いた結果の怪我です。だからこそ、治癒魔法を掛けずに痛みと向き合っているのです」


・・・ルート様はそこまでして自分を追い込まれているのですか?


「う、ぐ、・・・まだちょっと痛いけどそろそろ動けそうかな。よいしょっと。ん?どうしてラフィは、そんな悲しそうな顔をしているのですか?」

「ルート様が自分の身体を労わらないから、私は悲しいのです」

「えぇ!?もしかして、ラフィ、怒ってますか?」

「怒ってません。悲しんでいるのです」


私は涙目で強い口調でルート様に申し上げると、ルート様は珍しく少し狼狽える姿を見せてくれます。


「あのラフィの気持ちはすごく嬉しいのですよ。本当に俺のことを考えてくれてるって伝わってきますし。でも、ラフィには申し訳ないですが、俺も考えを曲げる気はありません。人が強くなるために、時には失敗をして痛い目を見ることも必要だと思うのです。そういった経験を積み重ねることで、心と身体を鍛えるのだと、ラフィもそう思いませんか?」


ルート様の言い分に私は一度目を丸くした後、思わずクスリと笑ってしまいます。


「ルート様は魔法使いのはずですのに、まるで武人のようなことを仰るのですね」

「俺は魔法使いですが、剣士でもあるつもりですよ。それよりも、だいたい魔法使いだから身体を鍛えなくてもいいという風潮が悪いのです。人としての基礎的な力を蔑ろにして、強くなれる訳がないのです。魔法だって万能ではないのですよ?」


「魔法使いだから身体を鍛えなくてもいい」と言った覚えはないのですが、私の発言にルート様は思うところがあるようです。ルート様は腕組みをしながら「魔法使いとは何たるか」を語り始めてしまいました。ルート様の仰られていることは大半が分からないため、話半分で聞きつつ、私はルート様の表情に先ほどまで見せていた痛みを押し殺した表情ではなくなっていることにそっと安堵します。


「聞いてますかラフィ?」

「はい、もちろんです」


・・・申し訳ありません。全然聞いておりませんでした。


ルート様が満足するまで語らるのを見守った後、ルート様の提案で私もゴーレムを相手に闘うことになりました。ルート様が闘っている姿を見ていた私もやってみたそうな顔をしていたとのことです。ルート様は良く見ていらっしゃいます。ルート様の言う通り、確かにちょっと興味がありました。


私もルート様と同じく一体、二体と増やして闘い、四体のゴーレムを同時に相手にします。私は四体のゴーレムを倒して見せるとルート様はとても喜んでくださいました。そして、調子に乗った私は、今度は五体を相手にします。


さすがに五体同時は厳しいものがありましたが、辛くも撃破して見せます。ルート様からは「想像以上にラフィは強いですね」とお褒めの言葉を頂くことは出来たのですが、その隣でエイディさんが怖い顔をして立っていました。


それもそのはずです。夕食の時間となっているのにも係わらず、私たちが食堂に顔を出さないことにエイディさんは業を煮やして、地下二階までやってきたのです。


・・・そう、この時、四体までにしておけば良かったのです。


まさか、エイディさんにゴーレムと闘っているところを見られて、その後の流れであのようなことに展開するとは、思いもよりませんでした。そのような発想をされるとは、さすがはルート様、と後日、私はつくづくそう思うことになります。

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