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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第八十七話 王様からの呼び出し 後編

この季節に38度後半の熱が出たら、ふぁ!?と思います。皆様もお気を付け下さい。

「それはそうとルート。馬車の魔術具で思い出したが、そなた、あの魔術具はパンを運ばせるために開発したらしいな?わざわざパンのために魔術具を作るなど、信じられなかったぞ?だから、思わずどれほどのものか確かめに行ってやったわ。実際に食べてみて分かったのだが、納得の旨さだった」

「え?食べに行った?パン工房に直接ですか?あそこは工房であって、直売りとかしてないんですけど・・・」

「そうなのだ。パン工房に足を運んだと言うのに、初めは門前払いを受けたのだぞ?だが、パン工房で働いている女の子が折角、雪の中、買いに来てくれたのだから、と売ってくれたのだ。あれには助かった」


・・・パン工房の女の子、クアンのことだろうな。まさか、王様が直々にパンを買いに来ていたとは夢にも思わないだろうけど、ナイス判断。さすがクアン。


密かに買いに来たレオンドルが悪いとはいえ、王様の機嫌を損ねてパン工房お取り潰し、みたいな事態にならなくて良かったと、レオンドルの話を聞きながら心底思った。あと、クアンには足を向けて寝れないとも。


「レーオー?今の話はどういうことか説明してくださるかしら?」


リーリアはレオンドルの話を聞くと、ニッコリと目が笑っていない笑顔を作りながら、やや低めの声色でレオンドルに問いかける。その凄味のある気配に、俺は母のリーゼの姿を重ねた。


・・・拳骨を繰り出す一秒前って感じだ。


「許せ、リーリア。魔術具を作ってでも運ばせるパンを食べてみたいと思うのは仕方がないことだろう?何よりルートが係わっているのだ。絶対に美味いに決まっている」

「その気持ちは分からなくもないですがレオ。あなたまた勝手に城を抜けましたね?全く本当にこの人ときたらもう。いくつになっても変わらないのですから。側近たちの苦労を少しは考えてあげなさい。・・・それで?どうして、わたくしの分は買ってこなかったのかしら?」

「ぬぅ、仕方あるまい。無理を言って買えたのは一つだけだったのだ」


・・・一つだけ?一枚じゃないなら、二斤分ぐらい大きさはあるはずだけど・・・食べたのか。


レオンドルの言い分に呆れていると、レオンドルとリーリアの間に何やらちょっと険悪な雰囲気が漂い始めた。俺はそれを見て「夫婦喧嘩勃発か?」と内心焦る。なぜなら、その原因を作っているのが不本意にも俺が作り出したとも言えるからだ。無関係ではいられないのが一番困る。とにかく、止めないと思いながら二人の会話に俺は割り込む。


「あの、レオンドル王」

「ルート、さっきソフィアに言ったが今は、義伯父で良い」

「・・・では、レオ義伯父様。一応念のためですが、あのパンは俺ではなく、別の人が作ったものですよ?」

「ふむ。だが、それを見出だしたのはルートであろう?」

「えっと、それはそうですが、そんな大したことでは・・・」

「そんなことはありませんよルート。優れた能力を持つ者を見出すということは、誰にでも出来ることはではありません。それにルートは見出だしてだけでなく、表舞台に引き上げたのではありませんか。もっと胸を張って良いのですよ?」


リーリアは首を軽く横に振りながら、俺のことを手放しで褒めてくれる。レオンドルもその意見に賛成するように頷いて見せた。自分の私利私欲のために動いた結果を、そんな素晴らしいことをしたかのように取られては、とても居た堪れない気持ちになる。


・・・おかしい。何だか余計に居心地が悪くなったぞ?


「それにルートよ。あのパンは違うとしても、そなた色々と旨いものを生み出しておるではないか。王都にそなたが来てからというもの、色々な契約魔術が結ばれていることを俺は知っているのだぞ?・・・そ、れ、で、だ。そなた本当は他にも色々と隠し持っているのではないか?あるのであれば隠し立ては良くないぞ?」


レオナルドはニヤッと口の端を上げながら、机の上に上半身を乗り上げるような勢いで俺に迫る。俺は一国の王様の食い付き具合に「ひいい」と心の中で叫ぶ。仮にここで「嫌です」なんて答えたら、それは不敬罪になるんじゃないだろうかと思いながら、愛想笑いを浮かべていると、ここでも助け船を出してくれたのはリーリアだった。


「はしたなくてよレオ。王とあろう者が、そのように子供に押し迫るものではありません。ルートが困っているではないですか」


俺は再三、助けてくれるリーリアのことを、もはや女神様か何かじゃないかと感動する。だが、その感動は残念なことに長続きすることはなかった。リーリアは「ところで」と言いながら、レオンドルとよく似たギラリとした視線を俺に向けてくる。


「わたくしもルートに聞きたいことがあるのです。あのリンスとかいうもの。あれもルートが考案したのでしょう?美の国と呼ばれるダーテベンノを知っていますか?彼の国は美容に関するものが多く取り揃いますが、今までにルートが作ったリンスなるものありませんでした。一体、どうしてそれを作ろうと思ったのかしら?それに、もしかして他にも色々とあるのではないですか?」


・・・リーリア伯母様も味方じゃなかったー。


リーリアは一見すると穏やかな笑みを浮かべているのだが、その目は真剣そのものだ。女性の美容に対する熱意というのは、恐ろしい物がある。そう思うには十分な迫力があった。


蛇に睨まれた蛙のような気分を味わいながら、まさに脂汗をかいていた俺は、こういう場面な時こそ助けてほしいなと隣に座るソフィアに視線を送る。だが、即座にソフィアに助けを求めるのを俺は諦めた。なぜなら、ソフィアは困っている俺のことを見て、ニヤニヤとした顔付きをしている。明らかに楽しんでいる様子が窺えたからだ。


・・・駄目だこの姉。早くなんとかしないと。


俺はソフィアをジトッと睨んだ後、ため息を一つ吐く。もはや、この部屋の中に、味方は居ないと諦めて、俺はレオンドルとリーリアの二人に視線を戻す。こうなったら仕方がないと俺は覚悟を決めた。


「・・・お二人の頼みに応えたい気持ちはありますが、お話出来ることはありません」

「なぜだ?」

「どうしてです?」


俺の回答に目を丸くして驚く二人。そういう反応になるだろうなと思いながら、俺はその答えを話す。


「簡単に言えば、俺が色々と考えてきたものは思いつきだからです」

「思いつき、ということは、やはり他にもあるということではないのか?」

「レオ義伯父様、思いついたものが全て、上手くいくとは限らないのです。現に、俺が生み出したと先ほど言われたものは、色々と試行錯誤を繰り返しに繰り返した上で、出来上がったものなのです」

「ふむ。つまりは、思いつきはしているが、世に出せるほどのものはない、と言いたい訳か?」

「その通りです。美容に関しては、どちらかと言えば専門外なのですが、ない訳ではないので、リーリア伯母様も申し訳ございませんが、お待ち頂けますか?」

「ルートが謝る必要はありませんよ。どうやら、わたくし、少し熱くなり過ぎていたようです」


レオンドルは「そうか。それならば仕方ない」と浮かしていた腰を下ろし、リーリアは口元を隠すように扇を広げると「ほほほ」と笑う。どうやら、二人とも落ち着いてくれたらしい。リーリアの頬が少し赤くなっており、ミイラ取りがミイラになって、しまったことを恥ずかしく思っているようである。


・・・リーリア伯母様もお茶目さんだったか。似た者夫婦だな。


何とか二人からの追及をかわすことに成功した俺は、ホッと胸を撫で下ろしていると、ソフィアが右手を頬に当てながら、コテンと首を傾げた。


「食べ物に関してもルゥは専門外だと思うのだけれど・・・」

「ソフィア姉様は黙っていて頂けますか?」

「うぅ、ルゥが怖い」


助けてくれなかった上に、余計なことまで言うソフィアを俺は精一杯に睨む。ソフィアがしゅんと肩を落とす様子にレオンドルはクッと笑いながら「あのソフィアも弟には形無しだな」と言い、リーリアも楽しそうにクスクスと笑う。


「さて、この話はこれぐらいにするか。ふむ、そうだな。そろそろ一度、休憩にしよう。喉が渇いてきただろう?リーリア頼む」

「分かったわレオ」


レオンドルに何かを頼まれたリーリア。その手には、いつの間にか小さなベルが握られていた。ガラスで出来ているのか透明なベルだ。リーリアがベルを揺らすとチリンチリンと可愛い音が鳴る。すると、間髪入れずに誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。


・・・はや!?もしかして、ずっとドアの前で待っていた?


そう思った時に俺はハッする。どうやら、この部屋に入ってから色々なことに動揺して、索敵魔法が切れていることに今更ながらに気が付いた。俺はまだまだ精進が足らないなと思いながら、索敵魔法を発動し直している内に「入りなさい」とリーリアが入室の許可を出す。


ドアがガチャリと開くとワゴンを押したメイドが一人、部屋の中に入ってきた。見たところソフィアと同年代か少し年上ぐらいの人で、さすが王族に仕えているだけあってかとても綺麗な人である。メイドのお姉さんは流れるような動きでドアを閉めると、きびきびとした無駄のない動きで、音を立てずにお茶の準備を始めた。


俺は何気なくその様子を眺めていると、ふとメイドのお姉さんに違和感を感じた。その違和感が何なのか気になった俺は、メイドのお姉さんを目で追っていると、ニヤニヤと楽しそうなレオンドルの顔が視界に入る。


「何だルート。そなた彼女みたいな女性が好みなのか?」


明らかに俺をからかうために言ったのだと分かるレオンドルの発言だが、それを真に受けている人間が隣に居るので、そういう冗談はやめて欲しいものだとすぐに俺は思った。レオンドルの発言を聞いて、一言も喋っていないソフィアの顔がとてもうるさい。


・・・あ、でも、丁度いいかも。


俺はそんなソフィアの顔を一瞥してから、レオンドルに視線を戻す。ニコリと笑みを浮かべながらレオンドルの質問に答えた。


「そうですね。素敵な方だと思います。ソフィア姉様にはない大人の魅力を感じますね」


俺の返答を聞いたレオンドルは面白がるように「ほう」と呟き、リーリアも口に手を当てながら「まあまあ」と楽しそうだ。そんな中、ソフィアはギッギッギッという効果音が鳴っていそうな動きで、顔を俺に向けると、何を考えているのか読み取れない笑顔で固まった。どうやら、俺の意趣返しは成功したようである。


・・・ふぅ。ちょっと満足。でも、これぐらいにしておくかな。どう考えても後が面倒だ。


「でも、レオ義伯父様。俺がメイドのお姉さんに注目していたのは、それが原因ではありません」

「ふむ。それはどういう意味だルート?」

「レオ義伯父様。もしかして、こちらの方はメイドではなく、騎士の方ではないですか?」

「むっ。なぜ、そう思う?」

「そうですね。動きに一切の迷いがないというか、身のこなしが軽やかというのは、一見すると一流の従者そのものです。ですが、一番気になったのは、俺がこちらの方から特別に警戒されているから、でしょうか」


俺がそう言った途端に、メイドのお姉さんがカップをカチャと鳴らした。先ほどまでの浮いた話でも、一切の動揺を見せることはなかったお姉さんが動揺を見せた。どうやら、俺の思い違いではないようである。


「ほう、ルートはなぜ、そんなことが分かる?理由を聞いても良いか?」

「もちろんです。レオ義伯父様は索敵魔法をご存知ですか?」

「ああ、知っている。ということは、彼女はルートに対して敵意があったと?」

「いいえ、違います。そういったものではないのです。索敵魔法は、確かに悪意や害意、敵意を感じ取ることで、敵が居ることを判別し知覚する魔法です。でも、その練度を上げることで敵意以外のものも分かるようになるのです。感覚的なものなので、具体的な説明は出来ないんですけど、今回、メイドのお姉さんから感じ取ったのは、レオ義伯父様とリーリア伯母様を俺から護るという強い意志です。ただのメイドがそこまで俺のことを警戒しているのは考えづらいでしょう?だから、もしかして本来は騎士なんじゃないかと思った訳です」


俺の説明を聞いたレオンドルは大きく息を吐くと「そんなことまで分かるのか。本当に、想像以上に優秀なのだな」と苦笑気味になる。


「ということは、やはり騎士の方なのですね」

「あぁ、ルートの言う通り、彼女の本分は騎士だ。だが、こういう時には、メイドとして扮してもらうこともある」

「扮するという割には、手際が良いですよね」

「彼女は真面目なので、メイドとしての役割も完璧にこなそうとするのですよ」


騎士としてもメイドとしても優秀なのだとリーリアが教えてくれる。王様と王妃様にお茶の準備を任されていることからも、かなり信頼の置ける側近なのだということが分かる。優秀な人なんだなとそんなことを考えていると、渦中のお姉さんが俺の近くまでやって来る。お姉さんは突然、その場で片膝をついて跪き、こうべを垂れた。俺はその行動に目を丸くして驚く。


「あの、どうかしましたか?」

「私のせいで、ルート様を不愉快にさせてしまい、誠に申し訳ございません」


どうやら、俺の発言は、俺がお姉さんのせいで気分を害したと思わせてしまったらしい。俺はただ、後からあるであろうソフィアからの追及を回避するために話をしただけで、お姉さんに詫びさせるつもりなど微塵もない。それに何より、不愉快な気持ちになど一ミリともなっていない。


俺は椅子から立ち上がって、跪いているお姉さんの手を取って話しかける。


「顔を上げてください。というよりも立ってください。俺は全く不愉快な気持ちになどなっていないのです」

「いえ、そういう訳には参りません。お気遣い頂きましてありがとうございます。私は王の客人として迎えられたルート様に不愉快な思いをさせてしまったのです」


・・・なるほど。確かにリーリア伯母様の言う通り本当に真面目な人のようだ。真っ直ぐすぎるほどに・・・。となると、今の言い方では駄目か。


「では、一つお姉さんに聞きたいことあるのですが良いですか?」

「何でしょうか?」

「今の、王様や王妃様を俺から護ろうと警戒していたのは、貴女は誤っていたと思いますか?」

「いいえ、微塵も思っておりません」


お姉さんは俺の質問に顔を上げて、真っ直ぐな視線を俺に向けながら答えた。俺はその答えに口の端を上げてニッとお姉さんに笑い掛ける。


「お姉さんの考えは正しいです。これでも自分の置かれた立場は分かっているつもりです。確かに俺は客人として招かれているのかもしれませんが、現状、国から見た俺は危険分子です。それにお姉さんは俺のことを見ても子供と侮らなかった。これは誰にでも出来ることではありません。危険分子が目の前に居て、王様や王妃様に危険が及ぶことを考慮して、いつでも護りに入れるよう警戒するというのは、騎士の誇りや矜持に基づくもの。その行動には好感しか持てません」

「ですが、でも・・・。私のせいで・・・」


お姉さんの頑な態度が少し溶けてきたようだが、まだ納得出来ない様子である。下向きな考えしか出来ないのは、跪いているせいだと思った俺は、手に取っていたお姉さんの手を無理矢理に引っ張った。急に引っ張られたお姉さんは、バランスを崩して倒れそうになるのを堪えるために立ち上がる。俺はお姉さんを再び跪かせないように、手を握ったまま距離を詰めて、お姉さんのことを見上げながら話しかける。


「まだ気に病むと言うのでしたら、ぜひ、美味しいお茶を入れて頂けますか?俺は喉が渇きました。それで、この話は終わりです」


俺がニコリと笑いかけながら話すとお姉さんは目を丸くした後、クスッと笑う。この部屋に入ってきて初めて見せてくれた笑顔で、とても素敵な笑顔である。お姉さんは優しく俺の手を離すとスカートの裾に手を伸ばす。


「かしこまりましたルート様。そのご要望、確かに承りました」


その後、お茶を準備したお姉さんは、流れるような動きでお茶とお茶菓子を長机の上に四人分、手早く並べてくれる。仕事をやり切ると「それでは失礼致します」と言って、お姉さんは部屋から出て行った。俺は早速、お茶に手を伸ばし、暖かいお茶をコクリと一口飲んだ。


・・・うん、美味しい。確かに要望通りだ。


俺はお茶を飲んでホッと息を吐いていると、他の三人もお茶を一口飲んでから息を吐いた。俺の吐いた息とは少し毛色が違う長い息である。そんな三人の中で、レオンドルがカップを置くと一番に話しかけてくる。


「そなた、ちょっと手慣れ過ぎてはおらんか?とても九歳の子供の発言とは思えん」

「本当に、あの子が側近となってからしばらく経ちますが、真面目な性格のせいか、今までに笑顔など見たことがありません。それを引き出すだなんて。それにしても、あのような可愛らしい笑顔が出来たのですね」


レオンドルとリーリアは呆れているような苦い笑みを浮かべている。俺は二人の様子を余所に、もう一口お茶を飲んでからそれに答える。


「俺の特殊な環境のせいではないでしょうか?屋敷でも学園でも、基本的に俺の係わる人は年上の人ばかりですから」

「それだけで身に付くものではないだろうに・・・」


レオンドルは俺の言い分さらにしかめっ面になった。それを見ていると突然、ソフィアが俺の頬を人差し指で突いてくる。


「ルゥの女たらし・・・」

「女たらしって失礼な。俺がいつそんなことをしましたか?」


俺はソフィアに聞き返すがソフィアは膨れっ面をしてプイッとそっぽを向いてしまう。その仕草は客観的に見たらとても可愛らしい行動であるが、姉が訳の分からないことで不機嫌になっていると考えたらものすごく面倒くさい。俺は、そっぽを向きながらも今なおプスプスと頬を突いてくるソフィアの手を取った。


「心配しなくてもソフィア姉様は俺にとって別枠です。何て言ったって愛すべき家族なのですから」

「・・・むぅ、何だか釈然としないわ」

「そうですか。だったら、別枠と言うのも止めですね。ソフィア姉様は嫌みたいですから」

「あああぁぁ、待って待って。嫌じゃない、嫌じゃないから」


今度は俺がそっぽを向いて見せるとソフィアは慌てながら俺に抱き付いてきた。俺は「よし、問題解決。完全勝利した」と思っていると、レオンドルが「楽しそうなところ悪いがちょっと良いか?」と話しかけてくる。その声は、さっきまでと違ってやや低い声で、俺は思わずシュッと背筋を伸ばす。


「今日来てもらった目的の一つではあったからな。ルートの口からも出たことだし、聞いておきたい。そなた、俺のことを恨んでいるか?」


レオンドルがそう言うと部屋の中がピリッとした緊張感に包まれた。レオンドルとリーリアからは探るような、ソフィアからは心配するような視線を受けながら、俺は口を開く。


「恨んでいるか、と問われたら、その答えは恨んでないとなります。まあ、突然の不条理に怒りはしましたけどね」

「恨んではないが怒ったか・・・」

「ええそうです。だって、王都から出れなくなったことで、新しい家族のメルアとメルクに会うことが出来なくなってしまったのですよ?これは怒るでしょう?」

「そなた本当に家族のことが好きだな」


レオンドルは俺の回答に安心したように息を吐くと呆れ顔になった。俺は「当り前です」と言って首を大きく縦に振る。それが俺の存在意義だからと心の中で付け加えながら。


「三年間は王都から出れないと言うことは、一番可愛い時期である赤ちゃんの二人と俺は接することが出来ません。これは本当に本当に残念なことなので、怒りました。ですが、それに関してはソフィア姉様に俺の分まで託しましたので、もういいのです」

「そうか」

「それよりも、そんな話をしてくるということはレオ義伯父様も気に病んでいたということですか?俺は、王様として当然の判断だったと思ってます。だって、一介の子供が大の大人でも相手が難しかった魔獣を倒せるだけの力を持っているんですよ?野放しにしていたら危ないじゃないですか」

「ククッ、そなた、自分のことなのに他人事のように話すのだな。本当に面白いやつだなそなたは」


レオンドルは感慨深そうに顎を撫でるとニヤッと笑って見せた。リーリアは「本当にどのようにしたらこんな子が育つのでしょう?」と不思議そうに目をパチパチさせると「アレックスの教育ではないのは確かね」と言ってクスッと笑う。


こうしてこの後もレオンドルとリーリア、ソフィアの三人で色々な話をした。王都での生活のことや学園生活のことなど色々と他愛のない話を。恨んでないと答えていた俺ではあったが、俺を王都に閉じ込めた張本人ということで、王様に対するわだかまりがなかった訳じゃなない。だが、それがレオンドルと直接話をしたことで、いつの間にか消えていたのは今日の最大の収穫である。


一頻り話をして、昼食の時間となる前でお開きとなった。さすがに、共に昼食を取るのは難しいそうである。レオンドルとリーリアの二人は満足そうに小会議室を出ていくと、間を置かずしてカルスタンが入ってきた。帰りの案内をしてくれるのだそうだ。


帰りも来た時と同じく案内役が交替しながら、ソフィアと一緒にエントランスに向かうことになった。一つだけ違う点があり、帰りは来た道とは違う通路で帰らされた。中々の徹底ぶりである。


・・・でもなぁ、俺には無意味なんだよなぁ。もう城の全体像を大体把握したなんて、口が裂けても言えないなぁ。


エントランスから外に出ると、出先に馬車が二台止まっていた。その馬車に向かって歩きながら、俺はジトリとした目をソフィアに向ける。ちょっとした不満をぶつけるためだ。


「で、結局、ソフィア姉様は何のために来たのでしょうか?」

「それは、ルートが心細くないようにというレオンドル王の配慮でしょう?」


俺はソフィアの返答に素っ気なく「へぇ~」と答えながら、さらに視線を強める。


「前半、あの部屋の中で、誰も味方が居なかったので、十分に心細い思いをしたのですけど・・・。いや、伯母である王妃様だけは味方でしたね」

「ええと。それはその・・・。ルゥのあんなにも困り果てた様子が珍しかったから、つい」


テヘペロみたいな表情を見せるソフィア。見る人が見たら心を奪われそうな可愛さである。現に警備として佇んでいる兵士がソフィアに目を奪われている。だが、俺はそれで誤魔化されることはない。ソフィアに反省の色が見えないので、俺は眉を寄せながら腕を組んで見せる。


「ソフィア姉様、俺は怒っているのですが?」

「ああぁ、ごめんねルゥ。許して」


ソフィアは一生懸命、悪気はなかったのだと訴えながら、俺のことをムギュッと抱きしめる。ここまで案内してくれた騎士や城の警備についている兵士の視線をひしひしと感じるので、所構わず抱き付くのはやめて欲しいものである。俺は相変わらずなソフィアの行動に思わず脱力してしまう。


・・・はぁ、仕方ない姉様だなぁ、もう。とりあえず、皆からの視線が痛いので、早々に許して放してもらおう。


「はいはい、分かりました。ある意味では、ソフィア姉様も被害者みたいなものですし、わざわざ三日掛けて来てくれたのです。何だかんだ言っても、一人で居るよりも心強く思ったのは本当です」

「本当に?」

「本当です。だからいい加減に放してください。この前も、十分に抱き付いたでしょう?」

「えぇ?この前って言っても、もう一月は経つし・・・」


往生際が悪いソフィアは、「もうちょっと」と言いながら一向に放してくれる気配がない。仕方がないので、俺は最終手段を取ることにした。


・・・ラフィ秘伝、ソフィア姉様の弱点!せいっ!


「きゃっ!」

「ふぅ、やれやれ。ラフィに教えてもらっておいて良かったです」

「うぅ、ラフィったらルゥに余計なことを教えて・・・」


ラフィ秘伝の攻撃は効果抜群の威力であった。弱点を突かれたソフィアは、俺を放すと力が抜けたようにペタリとその場に女の子座りになる。涙目で「ラフィ、覚えておきなさい」とこの場に居ないラフィに文句を言いながら、俺が差し出した手を取って、ソフィアは立ち上がる。


「ほら、ソフィア姉様。姉様が乗る馬車が先ですよ」

「はぁ、折角、来たのだからもう少しゆっくりしたいところだけど、向こうも心配だから帰るわね」

「はい、水の季節の本番はこれからですからね。俺の分まで宜しくお願いします」


並んで待っている馬車の内、先頭の馬車はルミールの町に帰る馬車だ。どちらの馬車も同じ造りで、どちらにも領域を発生させる魔術具が付いているが、疲れきった顔をした魔力供給役の魔法使いが二人、馬車の前で待っているので間違いない。


・・・ううーん。それにしても本当にしんどそうだな。


魔法使いの二人はソフィアと同乗をすることを考慮されているためか、二人とも若い女性である。顔色が悪い二人の様子を見て俺は二人に近付いた。


「すみません御二方。ちょっとお手を拝借していいですか?」

「え?あ、はい。何でしょうか?」

「こ、こう、ですか?」


突然のことに困惑気味な二人は、恐る恐るといった感じに手を差し出してくれる。俺は二人の手を意識を集中させる。


「え?え?魔力?」

「どうして?」

「ソフィア姉様のために苦労して頂いたようですから、わずかばかりの酬いのようなものです。ついでに回復もしておきましょう」


俺は魔法使いの二人に自分の魔力を分譲した。魔力の消耗のし過ぎが、身体に悪いことを俺は十分に知っている。この後もソフィアを無事にルミールの町に送ってもらう意味も込めての労いである。


「すごい・・・。あ、あの。ありがとうございます」

「本当に。こんなにも魔力を分けて頂くだけでなく、治癒魔法まで」

「いえいえ、お気になさらずに。それよりもソフィア姉様のことを宜しくお願いしますね」

「やっぱり、ルゥの女たらし・・・」


魔法使いの二人に馬車に乗ってもらってから、膨れっ面をしているソフィアを俺は馬車に押し込めてドアを閉める。ソフィアが馬車に乗り込むと御者が馬の手綱を引いて馬車がゆっくりと動き出した。そんな馬車の窓から恨めしそうな顔をしたソフィアが見えたので、俺は「そう言えば」と言いながら、ソフィアに話しかけた。


「ソフィア姉様が王都で作り上げたという伝説、最近知りましたよ」

「え!?ちょっとルゥ、それはどうい・・・」


ソフィアは予想通り俺の発言に驚いてくれたようで、馬車の窓にへばりついて、俺に問い質そうとする。だが、馬車のスピードが一気に上がって、ソフィアは遠ざかっていった。


・・・うん、満足、満足。


俺も馬車に乗って帰ろうかと思った時、ふと雪が降り積もって誰にも荒らされていない一面、綺麗に真っ白な城外の広場を目の当たりにして、幼心がうずく。気分がとても良かったことも相まってのことだろう。このあと、めちゃくちゃ雪遊びしてから帰った。


カジィリアにこってりと怒られたのは言うまでもない。

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