第八十三話 呪いの本 後編
あけましておめでとうございます。
今年も週一投稿を死守していければと思いますので
宜しくお願い致します。
「エルレイン先生、それで回復薬を作るのに材料はこれで足りますか?」
「ええ、もっと効果が高いものを作ろうと思えば、別の薬草等が必要になったりしますが、これで十分に作れます」
「・・・そう、ですか」
「ん?ルートは何か気になることでもあるのですか?」
俺が歯切れの悪い返答をしたことに、エルレインは方眉を上げて怪訝そうな顔をする。俺はエルレインに突かれた頬を優しく摩りながらそれに答える。
「いえ、やっぱり合ってたんだなぁと思いまして」
「それはどういう意味です?」
俺はエルレインに自作した回復薬もどきの話をした。エリオットからもらった回復薬から、材料を復元した後、色々と配合してみたこと、その結果、ある配合で魔力が回復することを見つけたこと、ただし、ビックリするぐらい不味い上に、大量に飲んでもなお正規の回復薬には遠く及ばなかったことをエルレインに語った。
「ないよりかはマシ、といった感じだったので、何かが決定的に足りなかったのかなって思ったのです。とりあえず、効果が余りにも薄いので一回だけ使用した後は、すっかり頭の片隅に追いやられてました」
「全くルートの行動力には、呆れてものも言えませんね。その配合を割り出すのに一体、どれだけの薬草を使ったのでしょう?本当に、学園に来る前から規格外なのですから」
「薬草だけであれば、単純に混ぜ合わせるのも、ダメだった場合の修復も、量が欲しい場合の複製も、魔力が続く限りどうとでも出来ましたからね」
俺の言葉にエルレインは、やれやれといった感じに肩を竦めて、一つ息を吐いてから調合釜を指さした。
「薬草の配合割合は、ルートが突き止めた割合で間違いありません。今回の場合、材料が足りなかったのではなく、道具が足りなかったのですよ。単に混ぜるだけでは効果が薄いのです。調合釜を使用して、魔力的な紐付きを高めることで、魔力の回復薬が出来るです」
「なるほど、道具の問題でしたか・・・」
「それにしても、調合釜を介さずにただ混ぜただけのものと調合釜を使用したもので、味に違いがあるのは知りませんでしたね」
「エリオット学園長から頂いた回復薬は、美味しくはないですが不味くて飲めないといった感じではなかったですが、俺が作った回復薬もどきは本当に不味かったですから」
俺が作った回復薬もどきは、草の青臭さが駆け抜けるように鼻を襲い、粉薬をダイレクトに口に含んだような苦味が舌を襲う。それに比べて正規の回復薬は、簡単に言ってしまえば青汁のような味なので、もどきと比べたら可愛いものである。
「もしかして、調合釜で料理をしたら美味しいものが作れるんじゃ・・・」
俺の呟くような一言を拾ったエルレインは、眉を寄せながら腕を組む。
「はいはい、調合釜は料理をするものではありません。さっさと回復薬を作りますよ?」
・・・エルレインに釘を刺されたが、機会があったら試してみよう。そうしよう。
俺はエルレインの指示を聞きながら回復薬を作るために手を動かす。やることはとても簡単で、必要な材料を正しい配合で調合釜に入れるだけであった。その際、良く混ざるように材料を細切れにしておくことがポイントなのだそうだ。俺は樹属性の魔法で材料を均等に細切れにしてから調合釜に入れて蓋をし、最後の仕上げとして調合釜に魔力を送る。
「ところで、学園で教えてもらえるのはこれだけですか?」
「学園で教えるのはこれだけでなく、体力の回復薬もあります」
「え?治癒魔法があるのにですか?」
魔力を回復させる魔法はないが、体力であれば治癒魔法で回復出来る。そう思った俺は首を傾げているとエルレインが苦笑しながら理由を教えてくれる。
「ルートは当たり前のように使用していますが、誰も彼もが治癒魔法を使える訳ではありませんからね」
「属性で効果の大小はあるかもしれせんが、全く使えないという訳ではないのですよね?」
「いいえ、そこに関係なく、治癒魔法が使えない人は居ます。むしろ、使えない人の方が多いですね」
エルレインの言葉に俺は衝撃を受ける。魔法学の授業には、普通に治癒魔法に関する授業があった。だから、皆が皆、使えるのだと思っていたのでビックリだ。
・・・もしかして、それもまたソフィア姉様の人気に拍車を掛ける要因の一つなのではないだろうか。
「・・・そうだったのですね。でも、それなら体力の回復薬もあるというのは納得です。それじゃあ、エルレイン先生。ついでに、体力の回復薬の作り方をお願いします」
「ついでにやるようなことではないのですけどね。ふむ、まあ、良いでしょう。魔力の回復薬を教えるのに、ほとんど時間は掛かりませんでしたからね」
「やった!ありがとうございます」
体力の回復薬の作り方を教えてもらう算段をつけた頃、魔力の回復薬が完成する。調合釜の中を覗くと細切れにしていた材料は緑色の液体に変化していた。それに、材料を投入した量よりも明らかに嵩が減っているのが分かる。出来上がった回復薬は、調合釜から小瓶に移し替える。
「あれだけの材料を入れて小瓶二つ分ですか。もしかして、回復薬って高価なものですか?」
「はぁ、何を今更なことを。当たり前でしょう?」
エルレインに思いっきりため息を吐かれてしまった俺は肩を竦めるしかなかった。
「さあ、そんなことより、とりあえず回復薬を一つ飲んできおきなさい。この後も魔力を使うのですから」
エルレインに促されて出来立てほやほやの回復薬を飲む。美味しくはないけど、泣きたくなるような味ではないことに俺はそっと胸を撫で下ろす。
魔力がじわりと回復するのを感じていると、エルレインが机の上にコトリと小瓶を置いた。中には真っ赤な液体が入っており、これが体力の回復薬なのだそうだ。一見するとトマトジュースかな?といった感じだ。エルレインはそれを指差しながら「材料を復元しなさい」と俺に指示を出す。
俺は小瓶を傾けて、手のひらに一滴だけ回復薬を垂らして、材料を復元させる。体力の回復薬に使われている材料は、一部魔力の回復薬と同じものもあったが、二センチぐらいの赤い木の実が混じっていることが分かる。恐らくこれがベースとなっているのだろう。俺は色合いだけ見ると美味しそうに見える木の実に興味を惹かれ、少しかじってみる。回復薬の材料となるだけあってか、とても渋かった。
・・・んぐ、渋すぎて舌がピリピリする。
材料の復元を終えた後の作業は、魔力の回復薬と同じである。正しい配合で材料を準備し、細切れにしてから調合釜に投入である。
「はぁ、それにしても、ルートは本当に便利ですね。樹属性でしたか?本当に羨ましい」
「エルレイン先生、俺が便利なのではなく、魔法が便利なのです。そこを間違ってはいけません。あと、魔法学のテストで、好きな属性を選んでレポートを提出するというのがありましたよね?あれに樹属性のことを書いて提出してます」
「そういえば、そんな話を聞きましたね。担当のグリフ先生がどう評価したものかと頭を抱えていましたよ」
エルレインはグリフの姿を思い出したのかクスリと口を押さえながら笑う。レポートの提出は、自分の好きな属性をあれば何でもいいという話だった。だから、俺はよく使う樹属性を選択して、色々と考察を入れたレポートを樹属性で作った紙に書いて提出していた訳なのだが、どうやら困らせていたらしい。
・・・合格と言ってもらった時の顔が、ちょっと引きつっていたのはそれが原因か。
「まあ、合格はもらったので評価される、されないはこの際どうでもいいですね」
「惜し気もなく未知の属性を報告しているのですから評価されないということはないでしょう。今のところ、他に使える人がいないので、評価しづらいだけです。それよりも、本来なら学園側に評価されるということは、普通は学生にとって大変、名誉なことなのはずなのですよ?・・・と言っても、ルートの場合は、色々とあり過ぎて今更ですね」
エルレインは頬に手を当てながら、困ったように目尻を下げる。エルレインの話を聞いて、俺はなるべく目立たずに学園生活を過ごそうと考えていたこととは、ほど遠い場所に居る状態に気が遠くなる。
・・・おかしい、どうしてこうなった。
そんな話をしている間に体力の回復薬が完成した。体力の回復薬も一度に出来る量は、小瓶二本分である。
「学園で教えてもらえるのは以上として、他にこういう薬はないのですか?」
「さらに効果が高い回復薬が欲しい場合は、自分で研究するしかないですね。基本的にこの先は個人が秘匿していることが多いですから」
「うーん。魔法使いって秘密主義が多くありません?」
「あなたのようにさらけ出している方が珍しいだけですよ」
・・・むしろ、秘密主義にするから、余計な嫉妬を買うことになるんじゃないだろうかと思うのだけど。
「ちなみに、さらに高価を高めるためにはどうしたらいいのでしょう?」
「その辺りは、どちらかと言えば文官コースの専門となりますね。文官コースの学生は薬学を学びますから」
「へぇ、文官コースですか。それは良いことを聞きました」
「ルート?笑顔が怖いですよ?何を仕出かすか知りませんが、ほどほどにね」
「別に何か企んでる訳じゃないですよ。だた日頃、話題提供をしている分、たまには俺の役に立ってもらっても良いんじゃないかなぁって思っただけです」
俺の二つ名が出来る度に文官コースの学生が、ゴシップ誌の記事のようなものを掲示している。自身や人を使って情報を掻き集め、まとめ上げるという情報収集訓練の一環なのだそうだ。俺は一方的に書かれる側で、何かを与えてもらうということがない。そろそろ、原稿料を請求しても文句は言われないはずだ。
「よほど、子供先生を広げられたのが、腹に据えかねているのですね」
「んん?何のことでしょうかエルレイン先生?」
「藪蛇でしたか。何でもありません。聞き流しなさい。それよりも、これで作り方は分かったでしょう?そろそろエスタを開放してあげてください」
「あぁ、そうでしたね」
俺は体力の回復薬を一本手に取って、椅子に縛り付けているエスタに近付いた。エスタを縛っているつたに手を掲げて縛めを解く。
「お疲れ様でしたエスタ。大人しくしているのも疲れたでしょう?体力の回復薬を作ったので良かったらどうぞ」
「あれ?魔力の回復薬を作ってたんじゃなかったの?」
「魔力の回復薬のついでに教えてもらいました」
「そうなの?ルートは勉強熱心ね。それじゃあ、遠慮なく頂くわ。・・・ん、凄い。ムプラとは全然違う」
エスタは俺が差し出した回復薬を躊躇うことなく飲み干した。すぐに体力が回復する実感があるようで、エスタは目を丸くして驚く。俺はその様子を感慨深く眺めているとエスタに「どうしたの?」と首を傾げられる。
「いや、随分とあっさり飲んだなと思いまして」
「え?だって、ルートが飲んでも良いって・・・」
「さっき、邪魔になるから排除される、と言ってちょっと涙目になってた人の行動とは思えないなぁって思っただけです」
「もう、悪かったわよ!でも、あれは思わせぶりな言い方をしたルートも悪いんだからね」
エスタは両手を腰に当てながら、ムッとした顔を俺に近付ける。俺は何のことか分からないといった素知らぬ顔をしながら、後ろにジリジリと後退した後、クルリと向きを変えてエルレインに話しかける。
「さて、作り方は分かったことですし、明日のためにもう少し魔力の回復薬を作りたいと思います。エルレイン先生、調合釜を借りて行っても良いですか?」
「借りて行くってどうするのですか?」
「この後、先生はエスタに用事があるでしょう?となれば、ここで作ることが出来ないので、自分の教室に行ってやろうかと」
「・・・まあ、良いでしょう。ルートなら粗雑に扱うこともないでしょうし。但し、使い終わったらちゃんと持って帰ってこと。良いですね?」
エルレインの許可を得て、俺は道具袋に調合釜を入れてから、研究室のドアに手をかける。
「それじゃあ、俺は教室に行きますね。エスタ、今日は何をされるのか知りませんが頑張ってください」
「うぅ、でも、ほら、今日はもう色々あったから・・・」
「大丈夫ですエスタ。何のために体力の回復薬を飲んでもらったと思っているんですか。少なくとも疲れはないでしょう?」
「・・・ルート、まさかそのために!?」
エスタの驚愕といった声を聞きながら、俺は研究室を後にした。自分の教室にたどり着いた俺は、先ほど作って残っていたもう一本の魔力の回復薬を飲む。回復薬一本でどれだけ魔力を回復するのか改めて把握するためである。俺は目を閉じて自分の体内にある魔力の量に注視する。
・・・んんー。だいたい総量の一割もいかないぐらい、といったところかな?
回復薬のだいたいの効果を把握した俺は所詮、基本的な薬だとこの程度かと一つ息を吐く。それから、呪いの本の解呪に、必要な回復薬の本数を考える。
・・・十、いや、二十は必要か?そう考えると効果が高い回復薬が欲しくなるな。
今は薬学に関する知識が全くないので、効果を高める研究をすることは難しい。風の季節になって、学園が再開したら、その時にでも俺のことを記事にしている文官コースの学生を取っ捕まえることにしようと俺は心に決めた。
その後、魔力の回復薬をいくつか作っては一本飲み、いくつか作っては一本飲みというのを繰り返す。いざ解呪するのに足らなくなっては困ると思い、合計三十本の回復薬を作ったところで手を止めた。さすがに回復薬に頼り過ぎたせいか、ちょっと疲れてしまった。魔力の使用過多による疲弊のため、体力の回復薬も役には立たない。俺は散らかした教室を片付けて、研究室に戻ることした。ふと、窓の外を見ると夕暮れ時となっていた。
研究室に戻るとエルレインはホクホク顔で元気いっぱいといった感じで出迎えてくれる。それとは対照的にエスタはグッタリと机に顔を伏せるようにして椅子に座っていた。どこからどう見ても疲れていたエスタに俺は残っていた体力の回復薬をエスタの前に差し出す。だが、エスタは目の前に置かれた回復薬を見ると、急に身体を起こしてぶるぶると首を横に振った。どうやら、軽いトラウマになっているようである。
・・・うぅーむ。エルレイン先生は一体、何をしたんだろうか。
俺は調合釜を元の位置に戻して、屋敷に帰ることをエルレインに告げて研究室を出る。その際、回復薬を断ったエスタには、密かに治癒魔法を掛けておいた。
次の日、俺は熱を出した。浄化魔法で回復出来ないあたり、魔力の使い過ぎが原因の熱のようである。回復薬も万能じゃないんだなぁと思いながら俺はベッドに寝ていたのだが、その日は大変だった。
子供が熱を出すことは良くある話だと思う。だが、俺の場合は魔法で全て解決してしまうため、病気の症状が出ている姿を見せることが全くない。そんな俺が熱を出して寝込んでいる姿に、ラフィが混乱した。慌てたラフィが「待っててください!」と部屋を勢いよく飛び出していくと、それが屋敷中に伝染して、一時、屋敷内がパニック状態に陥った。
「医者を早く!」
「いや、魔法ギルドに行って、治癒魔法が使える人を」
「それなら、騎士団の魔法使い部隊の方が早い!」
屋敷内がうるさすぎて寝ていられなかった俺は無理矢理身体を起こし、階段あるエントランスところまでヨタヨタと移動する。階段の手すりに手をかけながら三階から見下ろすと使用人が慌ただしくしているのが分かる。俺はその光景に大きなため息を吐いているとエントランスに大きな声が響いた。
「落ち着きなさい。一体、何の騒ぎです」
「カジィリア様、申し訳ございません。そのルート様がご病気のようで」
「その病気のルートなら、そこに居るではありませんか」
二階の階段の降り口から階段の踊り場に姿を現したカジィリアが、慌てふためく使用人たちを叱責すると俺の方を見上げる素振りを見せる。それにより、三階に居る俺のところに皆の視線が集まった。
「あはは、お婆様申し訳ないです」
「ルート、病気と言うのは?」
「熱がちょっとあります。ただ、魔力の使い過ぎによるものなので、治すためには大人しく寝ているしかありません」
「そう。では、ルートは早く部屋にお戻りなさい。他の者は、みだりに騒ぎ立てないこと。良いですね?」
こうして、混乱は納まり俺はその後、ゆっくり眠りにつくことが出来た。翌日、すっかりと調子を取り戻していた俺とは裏腹にラフィがシュンと小さくなっていた。何があったのか問い質すと、屋敷を無暗に混乱させたということで、カジィリアにこってりとお説教されたそうである。ラフィは俺を心配してくれただけなので、俺はラフィに悪いことをしたとちょっと反省である。
・・・まあ、その日は俺もお婆様にこってりとお説教されたんだけど。
お説教の折、「自分の身体を労わらなくてどうします!?」とカジィリアから言われて、その日も一日安静を取ることになった。
「二日も来なかったので、何かあったとは思っていましたがそうでしたか」
「申し訳ありませんエルレイン先生。呪いの本の解呪が出来るかもしれないのに足踏みをしてしまいました」
「いいえ、謝る必要はありません。カジィリア様がおっしゃられた通りです。本来、倒れるほどの魔力の減少は、下手をすれば死に直結することなのです。私は教師として、ルートの身体をもっと労わってあげなければなりませんでした」
俺から二日研究室に来れなかった理由を聞いたエルレインは「ごめんなさい」と謝りながら俺の頭を撫でてくれる。教師としての配慮が足りなかったというエルレインの殊勝な態度を俺はとても嬉しく思ったのだが、何だかそれがとてもむず痒い。
「あの、先生。俺ってどちらかと言えば魔力の使い過ぎで倒れる経験が多いので、そこまで責任を感じて頂く必要はないですよ?」
「経験が多ければ良いというものではないのですよルート?」
「いえいえ、何事も慣れは肝心です」
「慣れなくても良いことです!」
胸を張って主張した俺をエルレインが手をグーにして、コツンと俺の頭を軽く叩く。その頃には、エルレインの顔に笑みが戻っていたので、俺も叩かれた頭を押さえながらニカッと笑って見せる。
「さあ、今日こそは、やって見せますよ!」
「ふふ、無茶はしないようにね。でも、期待させてもらいましょう」
呪いの本をエルレインから受け取って机の上に置いた後、その傍らに魔力の回復薬をどんどんと並べる。全て蓋を取った状態にして、すぐにでも飲めるようにしたら準備万端である。
「では、行きます!」
俺は徐に呪いの本を開く。いつも通り、黒いもやが煙のように立ち上がるとそれが無数の手のような形となって俺に絡み付いてくる。初めて見た時はもの凄く驚いたが、今じゃ慣れたものである。
「構成を展開」
呪いは魔法の一種である。そのため、呪いという魔法を発動させるための術式があり、それが魔法陣として本に刻み込まれている。それを可視化出来るように闇のマナに働きかけながら本に魔力を通す。
「展開を確認。構成の上書きを開始」
呪いを構成する魔法陣を浮かび上がらせて次に行うのは、呪いの上書きだ。今の呪いの効果をよりも強いものに書き換えることで、呪いを乗っ取るという訳である。それにより自身が呪いの発動者となって解呪することが出来るようになるはずだ。
俺は本を開いた時点で、減少し始めている魔力を回復させるために、構成の上書きに集中しながらも片手を伸ばして、回復薬を次々と飲む。
「ルート!?そんなに相次いで回復薬を飲んでは・・・」
「分かってます先生。でも、魔力が回復する端からどんどんと削られてます」
いつもなら、そろそろ倒れてもおかしくないぐらいの時間が経過しても、俺は意識をまだ保っていた。だが、呪いの上書きにつれ、呪いの本に持っていかれる魔力の量が増えていく。その勢いに負けじと俺は回復薬に手を伸ばすが、一つ一つ飲む量では回復する量が少なくて、だんだんと回復が間に合わない。
「先生、残りの回復薬が一気に飲めるように大きな器に入れてください!」
「え!?ですが・・・。んんー、分かりました。けど、さっき言った通り、ルートの身体が優先ですからね?それは分かってますね?」
「死ぬつもりは微塵もありませんので早くお願いします!」
エルレインはボールのような金属の器を机の上にドンと置くと、呪いの本の周りに置いていた回復薬を器の中に注いでいった。一瞬、その器って綺麗なのかな?というのが頭を過るが、それは脇に置いておくことにする。今はそれどころじゃないのだ。
エルレインは俺が置いていた回復薬を全て入れ終えると「仕方ないですね」と言って、腰に引っ掛けているベルトにあるポーチのようなところから、小瓶を取り出してそれも器の中に注いだ。
「さあ、これでどうです」
「ありがとうございます先生」
エルレインから器を受け取った俺は中身を一気に飲み干した。エルレインが入れてくれた手持ち回復薬のせいか、青汁の味わいだった回復薬に、少しフルーティな甘い味わいが付いて飲みやすくなっていた。それに感動した俺は、目を輝かせてエルレインを見る。
「先生の回復薬、美味しいです!作り方を是非教えてください!」
「そんなことは良いですから集中なさい!」
・・・おっと、いけない。それもそうでした。美味しかったのでつい。
エルレインに怒られた俺は、改めて展開している魔法陣を睨みつける。構成の上書きまで残すところあと一、二割ぐらいといったところまで来ているが、相変わらず魔力が回復した端から奪われ続けている。回復薬による魔力の回復が尽きるのが先か、残り一、二割の上書きが先か、難しいところだと俺は思った。
・・・このままだとジリ貧になりそうだ。折角ここまで来たんだ、だったら!
「・・・」
「・・・と」
「・・ート」
「ルート!」
「くっ・・・えっと。・・・あー、おはようございますエルレイン先生」
エルレインの呼び声で目を覚ました俺は、重い頭を起こしてエルレインにヘラリと笑って見せる。
「おはようございます、ではありません!?あれだけの回復薬を飲んだのも係わらず、それほど時間を経たずして突然、あなたが倒れたので、こっちはびっくりしたのですよ!?」
「あはは・・・。それはその、申し訳ありません。ちょっと賭けに出てみました。それよりも、エルレイン先生、ちょっと身体を起こしてもらってもいいですか?」
「それよりもって、全くあなたと言う子は・・・」
呆れたような声を出したエルレインだったが、俺の背中側に移動すると俺のわきに手を回し、抱きかかえるようにして持ち上げてくれる。自分が望んでいたことではあったのだが、如何にも子供を抱っこするような抱かれ方に、俺はちょっと複雑な気分になる。
・・・うん、まあいいや。それよりもっと。
「・・・よっし!成功ですエルレイン先生」
机の上に開きっ放しで置いてある呪いの本を見て、俺はグッと拳を握って喜ぶ。呪いの本が開いているというのに、黒い手が俺に襲い掛かってくることがないのだ。俺は回復する端から魔力を奪われるぐらいなら上書きのするのに一気に魔力を叩き付ける、という作戦を取った。そのせいで、意識が飛んでしまったようなのだが、作戦が成功して何よりだ。
黒い手が襲ってくることのない呪いの本には、俺が上書きした魔法陣がそのまま浮かび上がっているのが見えた。俺はまるで魔法陣が俺の指示を待っているという風に不思議と感じ取れた。
「では、お前の役目は一旦、ここまでです」
俺は呪いの本に浮かび上がる魔法陣に手を伸ばし、解呪を命じる。すると、魔法陣は弾けて光の粒になると、飛び散って儚く消えていった。
「これで本が読めるようになりますねエルレイン先生」
「・・・・」
「先生?」
エルレインの師匠が追い求めていた呪いの解呪が今ここに果たされた。それを喜んでくれると思っていたのだが、エルレインの反応がない。俺はおかしいなと首を傾げていると突然、背筋に何か冷たいものが落ちるのを感じる。それと同時に、俺を抱えるエルレインの腕や背中に当たっている身体が小刻みに震えていることに気が付く。
・・・良かった。喜んではくれているようだ。
俺はしばらくの間、黙って大人しくしていることにした。折角、悲願が叶って、感情のままに涙を流しているのだから、邪魔するのもではない。俺はエルレインの好きにさせてあげようと思ったのだ。
エルレインは俺の気持ちを察してくれたようで、俺を抱きかかえながらゆっくりと椅子に腰を下ろすと俺の背中に顔をくっ付けるようにして泣いた。
思う存分泣けばいいと思っていた俺だったのだが、その後、研究室を訪ねてきたエスタにその姿を見られてしまう。「ついにエルレイン先生がルートをお人形さんに・・・」と訳の分からないことを言って、エスタは走り去ってしまった。
当然、俺はそんなエスタを逃がすはずもなく、樹属性に魔法でつたを伸ばしてエスタを捕らえる。エルレインが落ち着いたのを見計らってから、ズルズルとつたを巻き取ってエスタを研究室に招き入れる。エスタは何に怯えているのか知らないが、恐怖に顔を引きつらせていた。
この後、当たり障りのない範囲でエスタに事の説明をしたのだが、そんな状態のエスタから納得を得るのは大変だった。真実をエスタに話せない分、解呪と同じぐらい、下手したらそれ以上に大変だったように思う。お陰様で、何だか解呪に成功した感動がすっかりと薄れてしまった。
・・・でもまあ、いいか。
いつの間にかエルレインの顔にいつもの笑顔が戻っていたので、俺は「グッジョブエスタ」と思っておくことにした。




