閑話 収穫祭 前編
気付いたら投稿し始めてから1年経過です。
時が経つのは早いものです。(物語は進みませんが・・・)
私はクアンと言います。王都でお母さんとお兄ちゃんの三人で暮らしています。私が物心ついた時には、すでにお父さんは居ませんでした。だから、お母さんが女手一つで私たちを育ててくれています。女手で稼げるお金はそれほど多くないため、とても貧しい生活をしていますが、家族三人で暮らすことに何も不満はありませんでした。
ですが、それが終わりを迎えようとしていました。お母さんが重い病に侵されて、ベッドから起き上がれないほどになってしまったのです。当然ですが、お母さんが働くことが出来なくなると稼ぎはありません。貯えと呼べるものもほとんどなく、その日の飢えを凌ぐための食べ物を買うお金もないため、お母さんの病気を治すための薬を買えるはずもありませんでした。
それでも、お兄ちゃんは、「お母さんの病気は必ず治る!」と私を励まします。そして、食べ物を盗ってくると言って出掛けて行きます。私は笑顔を見せながらお兄ちゃんを見送りますが、本当は絶望していました。このまま、お母さんが死んじゃうなら、お母さんと同じ病気に掛かって私も死ねたら良いのにと。
しかし、日に日にお母さんの病状は悪くなる一方で、お母さんの病気が私に掛かる気配はありませんでした。ある日、お兄ちゃんが出掛けた後に、私はお母さんが寝ているベッドに潜り込み、お母さんにしがみ付きながら、「どうして私にはうつらないの!?」と声にならない声で叫びます。そして、業を煮やした私は決意します。
・・・待っているだけじゃ駄目ならいっそのこと・・・。
その日、食べ物を盗んできたお兄ちゃんに言います。「私も一緒に食べ物を盗りに行く」と。盗むときに失敗をして、そこでどうとでもなれと思ったのです。
お兄ちゃんと一緒に市場で果物を盗った後、計画通りにお店の人に捕まります。ですが、私はすぐに後悔することになります。目の前でお店のおじさんにお兄ちゃんが痛めつけられたこと、私自身も首根っこを掴まれて持ち上げられて、服が首を絞めつけたことに恐怖したのです。
私は分かっていませんでした。死ぬということがこんなにも怖いことなのだと。死を目の当たりにして後悔したのです。
・・・お兄ちゃんごめんなさい。巻き込んで本当にごめんなさい。
私は後悔と絶望に打ちひしがれていたそんな折、見知らぬお兄ちゃんがやってきます。いえ、よく見ると先ほど市場の通りで、お兄ちゃんとぶつかった人です。それほどの関係しかない人が、なぜか私たち兄妹を助けてくれました。真っ黒な髪だけど艶があって、まるで光を帯びているような綺麗な髪をした不思議なお兄ちゃんです。
助け出された後は、お兄ちゃんに言われてすぐにその場を後にします。名前も聞かず、助けてもらったお礼も言わずに逃げてしまったのです。ですが、その後どうやってか分かりませんが、助けてくれた黒髪のお兄ちゃんは私たちの家までやって来ます。
黒髪のお兄ちゃんは、家の中に当たり前のように入ってくると椅子に座って腰を落ち着けます。ルートと名乗ったお兄ちゃんは、私たちが盗みをしていた事情を聴いてきます。その話の流れで、お母さんが病気であることを伝えると、魔法で治せると言われます。
・・・本当にお母さんの病気が治るの?だったら私は・・・。
お母さんの病気を治すためには代償が必要だと言われます。しかも、お金以外のものでと。嘘か本当か分かりませんが、もし、本当にお母さんの病気が治るならと思った私は、自分の身を差し出す決意をすぐにしました。そして、ルートお兄ちゃんは本当にお母さんの病気を魔法で治してくれます。
ルートお兄ちゃんがお母さんを治してくれた魔法は、とても綺麗な光景でした。キラキラといくつもの白い光がお母さんに降り注ぐとお母さんは白い光に包まれます。そして、目が眩むような強い光を放った後、そこにはいつもの元気なお母さんの姿がありました。
・・・まるで夢でも見ているみたい。本当にありがとうルートお兄ちゃん。
ルートお兄ちゃんは、お母さんの病気を魔法で治してくれただけでなく、密かに死を望んでいた私の命の恩人でもあるのです。
そんなルートお兄ちゃんが、今日は家に来ています。ルートお兄ちゃんと出会ってから四日が経った今日は光の日です。ルートお兄ちゃんは学生さんですが、光の日はお休みなのだそうです。私はルートお兄ちゃんとの早い再開を嬉しく思います。
・・・それにしても、ルートお兄ちゃん。何だかとっても疲れてる?数日前よりも明らかに顔色が悪いように見えるよ?
目の下にクマが見えるルートお兄ちゃんが私たちの家に来てくれたのは、明日から始まる収穫祭で屋台の料理を作る手伝いをして欲しいとお願いするためでした。何でも、自分が参加するつもりだったのが、忙しくて参加する暇がなさそうなのだそうです。
ルートお兄ちゃんには、お母さんの病気を治してもらう代償として、私たち兄妹の身を差し出しています。普通は、奴隷として扱われるはずなのですが、ルートお兄ちゃんはそれを良しとはしませんでした。私としては、お母さん助けてくれたルートお兄ちゃんのためなら、どんな命令でも受け入れる覚悟があります。
ですが、ルートお兄ちゃんは私の思いとは裏腹に、あくまでも言うことを無理矢理聞かすのではなく、お願いという形で私たちの意思を聞いてきます。ルートお兄ちゃんはびっくりするほど、ものすごく甘くて優しい人です。お願い何て言わずに、命令してくれたらいいのにと思ってしまうほどに甘い人です。でも、そんな優しさが私たち家族を救ってくれたのだとも思っているので、それが嬉しくもあります。
さて、当然、私はルートお兄ちゃんのお願いを断る理由はありません。何より、私たちみたいな子供のために、わざわざルートお兄ちゃんは仕事を用意してくれたのです。断るなんて失礼です。
お兄ちゃんもそれは分かっているようで、仕事を引き受けるのは当たり前と乗り気の顔をしています。しかも、今回は人手も欲しいとのことで、お母さんも参戦することになりました。家族皆で働けるということに嬉しく思った私は自然と笑みがこぼれます。私たちの様子を窺っていたルートお兄ちゃんは嬉しそうに一つ頷くと、テーブルの上に複数の紙を置きます。
「これが今回、収穫祭で作ってもらう料理です。種類は全部で三種類、それぞれに役割を分けて担当してもらいます」
ルートお兄ちゃんがテーブルの上に置いた紙には、どうやら料理のレシピが書かれているようです。ですが、私たち親子は文字を読むことが出来ません。何でもすると思っていた覚悟に、いきなりピシリとヒビが入ったような気分に私はなります。
・・・文字が読めないぐらいなら、まだ大丈夫だよね?ルートお兄ちゃんは私たちのこと見捨てないよね?
私はいきなりの挫折に不安を覚えながら、ルートお兄ちゃんに話しかけます。
「あのごめんなさいルートお兄ちゃん。私たちはその、文字が読めません」
私の一言に、ルートお兄ちゃんはハッとした顔をすると「そうか、失念してた」とこぼします。その後、ボソリと「ここにはショウガッコウなんかないもんな・・・」と呟きました。
・・・ショウガッコウって何のことだろう?
私はルートお兄ちゃんの呟きを不思議に思って首を傾げているとルートお兄ちゃんは気を取り直したようで、「よし、文字に関しては今後、覚えような。読み書きが出来ることで、出来る仕事は増えるだろうから」と言いました。どうやら、ルートお兄ちゃんは私たちに文字を教えてくれるようです。お兄ちゃんは勉強することに嫌そうな顔付きになりますが、私はそれを嬉しく思います。
・・・その分、ルートお兄ちゃんに会えるということだよね?
ルートお兄ちゃんは「読めないならまずは俺が作るか」と言って調理の準備を始めます。ルートお兄ちゃんが実演して料理を教えてくれるようです。ルートお兄ちゃんは色々な調理道具を不思議な袋からどんどんと取り出して置いていきます。袋の大きさから考えると、どこからどう見ても取り出した道具が袋の容量を超えています。
私たちは不思議な光景に目を瞬いていると、ルートお兄ちゃんが道具袋という魔術具だということを教えてくれます。私は改めて、魔法はすごいと思いました。道具袋はルートお兄ちゃんがずっと欲しいと思っていたそうで、ちょっと前に自作する機会があったそうです。
・・・魔法もすごいけど、ルートお兄ちゃんもすごいよね。
調理道具と食材を取り出したルートお兄ちゃんは三種類ある料理を一つずつ作ってくれます。
一つ目は、フランクフルト。全く聞いたことがない料理です。フランクフルトは、少し大きめの腸詰めに木の棒を突き刺して鉄板で焼きます。焼くときに大事なのがフランクフルトを焼くときにコショウとか言う香辛料を少しパラリと振りかけるだそうです。
フランクフルトを鉄板の上で焼くとお肉を焼く良い匂いがします。そして、ルートお兄ちゃんがコショウをかけると、今までに嗅いだことがない良い匂いが部屋いっぱいに立ち込めます。お肉を焼く匂いと相まって、とてもお腹が空く匂いです。
ちなみにフランクフルトを焼くために火は使ってません。フランクフルトを焼くための鉄板の下に魔術具が取り付けられているそうで、それで鉄板を熱くするそうです。ルートお兄ちゃんの自作だと言ってました。そして、焼いたフランクフルトにはカチュという野菜から作ったソースを付けて食べます。野菜の甘味と酸味が効いたソースです。
焼けたフランクフルトを私たちは試食させてもらいます。木の棒が付いているので、そのまま口に運ぶことが出来ることに感心しながら、ソースをこぼさないように一口食べます。
「「「美味しい!」」」
久しぶりのお肉料理ということもありますが、今までに食べたことがないほどの美味しさです。特にお兄ちゃんは気に入ったようで、ペロリとフランクフルトを食べ切って、二本目をルートお兄ちゃんにせがんでいました。ルートお兄ちゃんも美味しいと喜ぶ私たちを見て、機嫌が良さそうに見えます。
ただ、少しだけ気になることがあります。私はこれだけで十分に美味しいと思ったのですが、ルートお兄ちゃんは「ケチャップは出来たけど、マスタードがなぁ」とぼやいていました。どうやら、まだ、納得が出来ない部分がようです。
二つ目はポテトフライ。またもや聞いたことがない料理です。これはクァイタという野菜を縦に細く切って、見たこともないようなたっぷりの油の中に入れて焼きます。油で焼くとクァイタの表面が、カリカリのサクサクになります。味付けは塩をかけるだけの単純なものですが、食べたことがない食感でこれも美味しかったです。
それにしても、油はそれほど安い物ではありません。それをクァイタという、どこにでもあるような野菜に使うだけで、特別な料理になります。ですが、その分、とても高価な料理だと言えます。私たちを助けるために銀貨を惜しみなく出せるルートお兄ちゃんは、今更ですがルートお兄ちゃんはすごいお金持ちなんだなと改めて思いました。
ちなみに先ほど、フランクフルトを食べるのに付けたソース、ルートお兄ちゃんがケチャップと呼んでいたソースを付けて食べても美味しかったです。二つを購入することで味わえる方法だとルートお兄ちゃんは言っていました。とても、商売上手だと私は思います。
・・・でも、あれ?ルートお兄ちゃんは魔法使いなんだよね?
最後の三つ目は、ベビーカステラ。言うまでもなく聞いたことがありません。きっと、ルートお兄ちゃんが作る料理は、お金持ちの人が食べる料理だから知らないんだな、とそう思うことにしました。
ベビーカステラは、生地が大事だとルートお兄ちゃんは言いながら、色々な材料をカップと呼ばれる小さな器に一度入れてから大きな器で混ぜ合わせていきます。カップはいくつもあって、材料ごとに使うものが決められているようです。
決められたカップで決められた回数分を大きな器に入れて混ぜ合わせることで、適切な配分になるそうです。ルートお兄ちゃんは、これを徹夜で見出したのだと疲れた顔で語ってくれます。
・・・おかしいな。ルートお兄ちゃんは学生で学園では魔法を学んでるんだよね?将来は、料理人になるのかな?
色々なことを自分でするルートお兄ちゃんのことを私は不思議に思っていると、ルートお兄ちゃんはベビーカステラを焼くために均等にくぼみがたくさんある鉄板を準備します。これもまた、ルートお兄ちゃんが作ったものなのだそうです。一瞬、本当は鍛冶職人になるの?と思いましたが、すぐにその考えを捨てます。きっと、ルートお兄ちゃんは私の考えが及ばないほど何でも出来るすごい人なのです。
ベビーカステラは焼くと甘い匂いが部屋いっぱいに広がってとても幸せな気分になります。それだけで自然と笑みがこぼれます。そして、ルートお兄ちゃんが焼き上がったベビーカステラを小さな串に刺して渡してくれます。
「熱いから気を付けて」と注意を受けたので、一口で食べれそうなベビーカステラを、私は半分食べます。ふわっとした食感に、味はとても甘くて、すごく美味しいのです。私は手が開いている左手で頬を押さえながら、思わず「んー!」と悶えます。
すぐさま残りの半分も口に入れて味わいまう。私は満面の笑みを浮かべながらベビーカステラを食べているとなぜがルートお兄ちゃんに頭を撫でられます。ルートお兄ちゃんが、ひどく優しい顔付きになっていることに気付いた私はハッとします。多分、ルートお兄ちゃんが言っていた妹さんの面影を私に見ているんじゃないかと思ったのです。
・・・ちょっと悔しいけど、今はルートお兄ちゃんの心がそれで休まるなら・・・。
私は優しく撫でられる感触を少し複雑に思いながら、大人しくルートお兄ちゃんに頭を撫でられます。ですが、だんだん撫でられるのが心地よく思えてきました。きっと、ルートお兄ちゃんは撫でるのに慣れているんだろうなと思い始めた頃に、ルートお兄ちゃんの手がそっと私の頭から離れます。
・・・もうちょっと、撫でて欲しかったなぁ。
屋台で出す料理をルートお兄ちゃんが一通り紹介し終えて試食を終えたところで分担を決めました。フランクフルトはお母さん、ポテトフライはお兄ちゃん、ベビーカステラは私が担当することになりました。それから、ルートお兄ちゃん指導の下、料理の猛特訓を夕方頃まで続きました。
次の日の朝早くに、ルートお兄ちゃんに連れられてアイオーン商会という、ルートお兄ちゃんがお世話になっているという商会を訪れます。このアイオーン商会がルートお兄ちゃんに屋台の料理を考えて欲しいとの依頼を受けたのが始まりなのだそうです。
私たちはアイオーン商会の建物の中に入ると執務室に通されます。そこで、アイオーン商会の旦那様であるフリードさんの紹介を受けました。その後すぐにルートお兄ちゃんは学園に行くために執務室を後にします。
ルートお兄ちゃんが執務室を出て行って、ドアがパタリと閉まると、フリードさんは値踏みするような商売人らしい目で私たちを見ます。私は何を言われるのかと身構えますが「ルート君から話は聞いてる。あんじょうたのむで」と言われます。
もっとひどい言葉をかけられると思っていたので少し、拍子抜けしてしまいますが、ルートお兄ちゃんの代役なのです。私はルートお兄ちゃんの顔に泥を塗らないように頑張らないと、と気を引き締めます。
その後、私たちは服を着替えさせられます。さすがに、私たちが着ているボロボロで薄汚れた服装で、屋台には立てないからです。
アイオーン商会の一室に通されて、従業員のお姉さんから今までに着たことがないほどに綺麗な服を手渡されます。私は調理をしている時に汚しそうだなと少し戸惑っていると、お姉さんから「ふふ、心配しなくても大丈夫よ。気にしなくてもこれは、あなたたちのためにルート様が準備したものだから、汚れても気にしなくても大丈夫よ」と言われます。
用意されていた服は、ルートお兄ちゃんが私たちのために、アイオーン商会を通じて準備してくれたものだそうです。つまり、それは私たちのための服でした。しかも、汚れたら汚れたで、替えの服もあるそうです。
ルートお兄ちゃんの至れり尽くせりな準備にお母さんは「普通は、私たちのような貧しい者に、ここまでお膳立てしてくれる仕事はないというのに。しっかりとルートさんの期待に応えないとね」と言いました。私もその通りだと思い頷きます。
・・・仕事を任せられた分、頑張って売らなきゃ。そしたら、ルートお兄ちゃんは褒めてくるよね?今度は私自身の頭を撫でてもらうんだ!
着替えを終えた私は、少しスカートをつまんでヒラヒラと動かします。綺麗な服に心が浮き立つのを感じながら、私は「やるぞ!」と両手を胸の前でギュッと握って顔を上げます。




