第七十六話 フリードからの呼び出し
金曜日が休みで良かった(その分出勤はあるけど・・・(白目))
魔法剣の講習会を行った日の午後、エリーゼのお陰でヒリヒリする頬っぺたをさすりながら、俺は研究室に入ると、エルレインが不思議そうな顔をしながら聞いてくる。
「どうしたのですかルート?頬が赤いですよ?」
「ちょっと色々ありまして。ヒリヒリします」
「ヒリヒリするのなら、治癒魔法で治せば良いではないですか。あなたには簡単なことでしょう?」
「それは、そうなのですが、一応、けじめと言いますか。罰と言いますか・・・」
どうして頬が赤くなっているのかを俺は午前中の出来事を掻い摘んでエルレインに説明する。すると、エルレインは心底呆れたような顔をしながら「はぁ」とため息を吐く。
「ルートはもう少し、乙女心というものを学んだ方が良いですね。・・・いえ、よくよく考えれば、あなたにはまだ少し早いかしら?たまに見せる大人びた態度をなまじ見てるせいで、まだ十歳にもなっていないということを、ついつい忘れがちですね。見た目は、子供そのものなのですけど。まあ、ルートは子供のままで大きくならなくて良いですよ。その方が可愛いですから」
エルレインの物言いには、とても引っ掛かるものがある。だが、乙女心が分かってないということに関しては否定出来ない。それが分かっていたのなら、多分、俺の頬が赤くなっているということはなかったのだろう。
・・・それはそれとしてエルレイン先生、最後の一言はひどくない?子供らしい可愛らしさよりも、俺は早く大きくなりたいんですけど。
「むぅ、俺の頬の話はもういいです。それよりも、エルレイン先生。魔石に火のマナを宿して、一定時間、一定の高温を保つ魔術具を作りたいのですが、作り方をご存知ですか?」
「それぐらい容易いことですが何をするのですか?確かにこれから寒くなる時期ではありますが、ルートには不要でしょう?火の季節の間、暑くないように自分の周りの気温を自在に操っていたのです。逆に暖かくすることもお手の物でしょう?」
「自分の身の回りの気温の維持ではなくて、パンを焼くためです」
俺は胸を張って答えるが、エルレインは意味が分からないと首を傾げてしまう。
「パンを焼くため?パンを焼くためには、すでにオーブンがあるでしょう?高価ではありますが、確かオーブン用の魔術具もあったはずです」
「違います先生。パンを焼くためじゃなくて・・・。あ、いや、パンを焼くためではあるんですが。えぇっとですね、何て説明したらいいかな?・・・すでに焼かれたパンをさらに美味しく食べるために焼くためのものを作りたいんです」
「うーん?たまに言っている意味が分からないことがありますが、今日のは今までで一番意味が分かりませんね」
エルレインは腕組みをしながら首を傾げてしまう。パンそのものを焼くためのものではない、ということを説明したかったのだが、良い表現が出てこなかった。そもそも、パンを改めて焼いて食べるという食べ方は、俺の知る限りこの国に存在しない。だから、どれだけ口で説明しても、想像するのは難しいだろう。
「あー・・・、ですよね。まあ、新しいパンの食べ方を模索していると思ってください。もちろん、出来上がったら先生にも食べて頂きますよ。すでに主体となるパンはあるんです。後は焼くための魔術具があれば完璧なのです」
「よく分かりませんが、ルートがそこまでやる気を見せているということは、期待しても良さそうですね。良いでしょう。教えてあげます。すでに色々と覚えているあなたなら、すぐに出来るでしょうし。手間は掛からないでしょう」
「ありがとうございますエルレイン先生。あ、ただ、これに関しては、エスタには内緒でお願いします。エスタの雇い主に知られて、横やりを入れられるのは嫌なので」
エスタの雇い主は、王都にある有数の大店の中でも、一番大きい商会であるセイヴェレン商会のオーナーだ。エスタから利益になる話をもたらされたら邪魔が入るに違いない。それだけは阻止しなければならない。
正直なところ、ふわふわパンを販売してくれるのであれば、どこの商会でも良かった。本当ならロンドのお店でそれが出来れば良かったのだが、それが出来ないからアイオーン商会に白羽の矢を立てた訳なのだが、ロンドにアイオーン商会に任せていいかと確認をした時に、もしセイヴェレン商会を選択していたら、俺は別に止めなかった。
だが、ロンドはアイオーン商会を選んだ。その時点で、俺は他の商会に情報を渡すつもりはない。それに何より、忍ぶ者を使って、こそこそと俺のことを嗅ぎまわらせているセイヴェレン商会のオーナーのことが個人的に気に入らない。
「良いでしょう。どうせエスタは二週間ほど、ここには来ませんのでちょうどいいですね」
「そうなのですか?それは好都合ですがなぜですか?」
「エスタがぼやいてましたよ。雇い主から、碌に情報取ってこれないんだから、せめて馬車馬のように働けって言われて、当分忙しくて来れないって」
エスタは俺から有用な情報を得られない代償として、肉体労働を課せられたらしい。忍ぶ者として身体能力が高いので、肉体労働をさせるというのは、忍ぶ者の使い方としてある意味正しいと思う。
・・・とりあえず、エスタに合掌。ご愁傷様です。
「それにしても、居ない方が都合が良いので何ですが、こういう時にこそ、エスタは俺のことを監視してないと駄目なのに。運が悪いというか、間が悪いというか」
「さあ?あの子の間の悪さは、今に始まったことじゃないでしょう?・・・エスタと知り合ってから、まだそれほど時は経っていないというのに、そう思ってしまうということは相当のものですよ。あの子みたいなのがどうして忍ぶ者なのでしょうね」
「人には向き不向きがありますが、エスタに忍ぶ者は全く向いてませんよ。俺からしたら、身体能力が人より高いうっかりお姉さん?・・・いや、見た目だけで言うとうっかり少女でしょうか。まあ、何をさせられているか分かりませんが、よっぽど肉体労働で汗水流して働く方が良いじゃないかと思います。さあ、エスタのことで悩んでも仕方がないので、そのことは置いておきましょう。そんなことよりもパンを焼くための魔術具です。では、エルレイン先生、ご教授お願い致します」
エスタの不運を二人してため息を吐いた後、エルレインから魔術具の作り方を教わる。魔石に火のマナに働きかけて、熱を発する魔法陣を付与して、パンを焼くための器具に取り付ける。そして、午後の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響く頃に、試作品のトースターを作り上げた。
俺はトースターが出来上がると同時にエルレインに暇乞いをする。エルレインは苦笑しながら「別に私の許可を取らなくても、ルートにとって今の時間は自由時間でしょう?」と言われてしまうが、分別をつけることは大事だろう。少なくとも、俺は授業の延長線としてエルレインに教えを乞うていると考えている。
「教えてもらっている以上は、授業を受けているのと同じことですよ」
「変なところで律儀ですね。でも、良い心がけだと思います。では、気を付けて帰りなさい。といってもルートなら何も心配することはないでしょうけど」
「むぅ、最後の一言は余計だと思いますがありがとうございます。では、また明日。失礼致しますエルレイン先生」
エルレインに帰る許可をもらった俺は足早に学園を後にして、ロンドのパン屋へと向かう。
・・・さてと、後は実際に焼いてみて、焼き時間や温度を調整すれば完成だ。ロンドさんのところでパンを購入にして、早く屋敷に帰って試そうっと。
早くトースターを試したいという気分に乗せられて、俺の足は自然と急ぎ足になっていた。そのせいで、ロンドのパン屋にたどり着いた時には、まだ食パンを焼いている最中であった。
俺は「えぇ、焼けてないんですか?」と驚いた声を上げると、ロンドは腕を組んでフンと鼻を鳴らしながら「ルートが来るのが早い!」と言い返されてしまう。
・・・確かに先走ったのは俺だけど、待ってる時間がちょっともどかしい。
俺はロンドがお店の奥から持ってきてくれた椅子に座って、身体を揺らしてそわそわしながら食パンが焼けるのを待つ。パンが焼けるにつれて、ふわふわパンの独特の焼ける匂いが漂ってくると急激にお腹が空いてきた。そして、食パンが焼けるや否や、俺は直ちに支払いを済まして、苦笑するロンドを尻目にパン屋を後にする。
・・・三斤分ぐらいの大きさを三個。これだけあれば、屋敷の皆にも振舞えるかな。
ウキウキ気分で猛然と走って屋敷を目指す俺は、もう少しで屋敷にたどり着くというところで、屋敷の門柱の前に見覚えのある服装の男性が立っていることに気が付く。その男性に近付くにつれ、服装がはっきりと見えるようになってきたところで、アイオーン商会の仕事着を着た人だということが分かる。
「あれ?もしかして、アイオーン商会の方ですか?」
「あぁ、ルート様。お帰りをお待ちしておりました。足をお止めして大変申し訳ございません。急な話になりますが、旦那様が明日、ルート様のお時間を頂けないかと申しておりまして、その確認に参りました」
・・・おや?フリードさんは、確か今週と来週は忙しいって話だったはずだけど。何かあったのだろうか?
フリードの使いとしてやってきた男性は俺の姿を見つけるや否や、その場に跪いて顔を上げて、門柱で待っていた理由を話す。物腰が柔らかく一見落ち着いた雰囲気を頑張って出そうとしているが、その顔には焦りの色が見える。俺みたいな子供をわざわざ呼ばなければならないような事態が行った、ということだろうか?
・・・理由は分からないけど、アイオーン商会に今、何かあってはとても困る。
「分かりました。フリードさんには無理を聞いてもらっていますし、明日、学園の帰りにアイオーン商会に寄らせてもらいますね」
「ありがとうございますルート様。それでは、旦那様にそのようにお伝え致します。それでは、失礼致します」
アイオーン商会の使者と別れた俺は、首を傾げながら屋敷の中に入った。わざわざ使者を立てるほどの緊急の用事が出来たということだ。俺も出来るだけ力にならなければと手をグッと握って意気込んだ。ただ、自室に戻って制服を着替えた頃には、俺の意識は道具袋の中にある食パンとトースターに移っていた。
・・・それはそれとして、トースターの完成が先だな。
その日の俺の夕食は、トースターの試行錯誤で焼きに焼いた食パンである。焼き加減に失敗した食パンがお皿の上に積み重なっている。カジィリアとソフィアの二人には苦笑されてしまうが、俺は焼くのに失敗したパンを無駄にするつもりはない。
俺は一人、黒焦げの食パンをサクサクと音を立てながら、お腹いっぱい食べる。焼くのに失敗しておこげになってしまった部分のちょっと懐かしい苦味に涙が出そうだ。美味しい食事とは言えないものであったが、その甲斐はあってトースターの調整は完璧なものとなった。
・・・また一つ、元の世界の食事を再現出来た。相変わらず、和食の道は遠いけどね。
次の日、朝食にカジィリアとソフィアにトースターで焼いた食パンを食べてもらった。カジィリアとソフィアは、目を丸くしながら「そのままで食べるよりも焼いた方がより美味しいわ」と好評であった。
俺は美味しい幸せを皆と共有するために、三斤分の一つをゾーラに託す。「トースターは学園に持っていってしまいますが、そのままでも美味しいですし、使用人たちで食べてくださいね」と言ってから屋敷を出た。
午後にはエルレインにもトースターで焼いた食パンを食べてもらう。食パンを一口食べたエルレインは、カジィリアやソフィアと同じ様に目を丸くして驚いた後、サクサクと歯切れのいい音を立てながら見る見るうちに食べ切ってしまう。そして、「これを今後、売り出すのですか?それは楽しみですね」と満足そうに頷いていた。
・・・先生、口元と服にパンのくずが。でも、それだけ、美味しかったということだな。
俺は食パンの評価は上々だと手応えを感じながら、約束通り学園の帰りにアイオーン商会に向かった。
アイオーン商会にたどり着くと、店先に居た番頭にフリードの執務室に案内された。執務室に入るとフリードが待ってましたと言わんばかりの顔をしながら、俺に近寄ってきて椅子を勧めてくれる。俺は椅子に座りながら、フリードの顔を見遣ると、フリードの目の下にはクマが出来ていた。フリードがこんなにも疲れた様子の顔をしているのは初めて見る。
「いやー、急に呼び立てて申し訳ないわルート君」
「いえいえ、構いませんよ。使者の方にも言いましたが、フリードさんには無理を聞いてもらってますからね」
「そう言ってもらえると助かるわ」
「それで、何があったのですか?随分とお疲れの様子なので心配です。一体、俺は何をしたらいいですか?」
フリードは、少し困ったように頭をポリポリと掻きながら「どこから話したらええもんかな?」と呟く。少し視線を彷徨わせた後、フリードは口を開いた。
「端的に言えば、アイオーン商会の危機やな」
「危機ですか。それは穏やかな話じゃないですね」
「せや、二日前に今週と来週は忙しいって言うたやろ?実は、来週の風の日から収穫祭が行われるんや」
「収穫祭ですか?また、お祭りがあるんですか・・・」
ほんの数日前まで魔法祭に参加していた俺は、収穫祭と聞いて思わず顔をしかめてしまう。その様子にフリードは「ルート君も大変やったみたいやもんね」と苦笑する。
「ルート君が参加してた魔法祭は、どちらかと言えば国外向けで、かつ高貴なお方向けのもんや。それで、来週から行われる収穫祭は内部向け、つまりはこの国に住まう国民向け、さらに言えば平民向けのお祭りなんや」
フリードの話によると、収穫祭は色々な農作物が一番出回る土の季節に、今年と来年の豊作を祈願する、という名目で騒ぐ平民のお祭りらしい。王都周辺の村や町から農作物を持ち込んだり、買い付けたりするため、大々的に市場が拡げるそうだ。そして、雪で閉ざされてしまう水の季節に備えるための食料を安く販売するためでもあるそうだ。
「ルミールの町でもこの季節に市が立つやろ?あれの王都版やと思ってくれたらええよ」
「なるほど。それは大変な規模になりそうですね。あれ?でも、だとしたら、食材を取り扱うアイオーン商会としては一番の商機ですよね?それなのに危機なのですか?」
「ルート君の言う通り、我がアイオーン商会とって一番の稼ぎ時やねんけどね。例年なら、市場の一角でウチの食材を販売するだけやったんやけど・・・。はぁ、今年はそれだけやないんや」
フリードは考えるだけで頭が痛いという感じに、額に手を当てながら理由を話してくれる。
「市場の中で、屋台の一部を受け持つことになったんや」
フリードの話によると、収穫祭自体は来月の半ばまでと長い期間行われるそうなのだが、その期間の中でも来週一週間は、人を呼び寄せるための目玉として、飲食が出来る屋台を出すらしい。屋台は収穫祭の中でも花形だそうで、自分の商会を宣伝するのに打って付けのものなのだそうだ。
だから、本来は大店の商会が牛耳ってしまうのが例年のことらしい。だが、今年はいきなり中堅クラスであるアイオーン商会に役割を振られてしまったそうだ。
「商業ギルドで、収穫祭に向けた事前の打ち合わせがあったんやけどな。その席でいきなり言われたんや。例年なら我が商会でやるのだが、今年は忙し過ぎて手が回らんのだ。ここは、最近、飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を伸ばしているアイオーン商会にでも替わりを務めてもらおうかってな具合にな」
「あぁ、なるほど。それはまた、露骨な嫌がらせですね」
悪意に満ちた提案に俺は思わずため息を吐く。アイオーン商会の業績が一気に伸びたのは確かなので、目の敵にされる可能性があることは分かっていた。それが、嫌がらせという形で、現実のものとなったということである。
「・・・でも、花形と言うぐらいなのですから、むしろ好機じゃないですか?」
「はぁ、ルート君の言う通り好機ではあるんやけどね。でも、なかなか難しいや」
アイオーン商会は基本的に食材を卸すのがメインの商会である。俺がレシピを渡したもので一部、加工品の取り扱いもあるが、基本的には生鮮食品ばかりを取り扱っている。だから、新鮮な食材を取り扱いはしてるものの、屋台で出すような料理に関する知識は乏しいらしい。
「他の屋台の真似事をしても、当然、従来からあるところにお客様は行くやろ?それに、他は長年やってきてるから味に関してもウチが勝てる要素がない。にも係わらず、今までに屋台を出すような経験がないアイオーン商会に話が来たんや」
「・・・つまり、端っから勝ち目のない勝負をさせられていると」
「その通りや。無理矢理に参加させて、アイオーン商会の名前に泥を塗るのが目的やろうなぁ」
俺はフリードの話を聞いて、フリードが珍しく疲れをみせている理由を大体、理解した。そして、自分が何をすればいいかも。
「はぁ。それにしても、いつかは大店からの嫌がらせがあるんじゃないかとは思っていましたが、ついに、ということですね」
「そやなぁ。ルート君に忍ぶ者の監視が付いたと聞いた時から、ボチボチ何かしらの手を打ってくるんやろうなとは思ってたんやけど。まさか、屋台をやらされることになるとは思いもよらんかったな」
「それで、フリードさんが俺を呼び寄せた理由は、俺に屋台で出すものを考えて欲しいということですね?」
「ほんま、ルート君は話が早くて助かるわ。色んな面白いことを思いつくルート君なら、何か打開策を思いついてくれるんやないかと思ってな」
フリードは申し訳なさそうな顔をしながら頬を掻いた後、「不甲斐なくてすまんな」と言って項垂れた。
大店から売られたこの喧嘩、買わずにはいられないだろう。ここで、アイオーン商会にダメージを追われては困るのだ。なぜなら、この後には俺が好きな時に食パンを食べる、もとい、美味しいパンを皆に広げる予定なのだから。
だが、今のフリードさんの様子では駄目だ。陣頭指揮を執るフリードさんがこの調子では、成功するものも成功しないだろう。ますは、やる気を出してもらわなければ。
「まずは顔を上げましょうフリードさん!今のフリードさんは、全然フリードさんらしくないですよ!」
「ルート君?」
「俺の知っているいつものフリードさんなら、今が好機!って目をギラギラさせてニタリと笑みを浮かべているはずです」
「ニタリってそないに悪そうな笑みを浮かべてたかな?」
「ふふ、悪そうと言うよりかは、実に商人らしい、でしょうか。フリードさん、頼られたからには俺も全力で考えさせて頂きますよ。この際、押し付けてきた商会に、目に物見せるためになら、市場を混乱させない程度に、全力で取りかからせて頂きます」
俺はフリードを励ますように熱く語ってみせるとフリードは「せやな。ルート君の言う通りや」と一言呟くと実に商人らしい笑みを浮かべた。
「ちょっと収穫祭の準備が忙し過ぎて、手が回らんからといって、弱気になってたようやな。それにこっちには、恐ろしいほどの強い味方が居るもんな」
「んん?恐ろしいって俺のことですが。こんな幼気な子供を相手にひどい言い草ですよ」
俺は眉を寄せながらフリードに言い返したところで、二人して「ククッ」と笑い合った。
「とにかく、喧嘩を売ってきた商会に後悔させてやりましょう。これを乗り切ったらアイオーン商会はさらに上を目指せるでしょう?そして、これが終わったら食パンを広げるのです」
「ルート君の本音はそこかいな。けど、確かにこの後にも、腕が鳴る仕事が待ち構えている訳やから、こんなことで立ち止ってる場合やないな!」
ポロリと最後に本音がこぼれてしまうが、フリードは元気を取り戻してくれた。俺はその後、フリードから収穫祭でどのような屋台が出るのかを尋ねた。屋台で手軽に食べられるものとして全体的に焼いた肉料理が多いことを聞きながら、俺はどんな屋台がいいかを腕組みをしながら考える。
・・・お祭りで人気の屋台で使えそうなのは何だろうか。とりあえず、個人的にたこ焼きが食べたいかも。でも、タコがないし、そもそもソースもない。それでいくと、焼きそばやお好み焼きもソースがないので駄目だな。イカ焼きも、タコと同様、材料がないし。あ、何か無性に海産物が食べたくなってきた・・・。っといけない、脱線した。
・・・甘い物系はどうだ?やはり代表格なのは、わたあめだろうな。けど、砂糖が高価なので平民向けだという収穫祭では、値段的に難しいだろうな。さすがに、魔法で砂糖が取れる植物を大量生産して、大盤振る舞いするのは、市場に混乱を来たすだろう。そうなると、同じ理由でリンゴあめも却下だな。他の甘いものと言えば、チョコバナナか?バナナっぽい果物はあるが肝心のチョコがない。あ、チョコレートも食べたいなぁ。カカオのような食材を探したことはないので今度探してみよう。
俺は幾度となく脱線を繰り返しながら、夏祭りや秋祭りといったお祭りの屋台を思い浮かべながら、吟味する。現状で、再現が可能で、かつ、この世界でも万人受けしそうな屋台は何なのかを。
「・・・フリードさん。今日のところは帰ります。明日、お昼から時間を頂けますか?」
「その顔やと、何や思い付いたみたいやな?」
「はい、とりあえず、屋敷に戻って試作品を作りたいと思います。明日、それを持ってきますね」
「分かった。宜しく頼むなルート君。頼りにしてるで!」
俺はフリードとガシリと握手を交わした後、市場で必要な食材を買い込んでから屋敷に戻った。自室で手早く着替えを済ませて、厨房へと向かう。厨房には料理長のゾーラと使用人の数名が夕食作りに忙しそうにしていた。俺はゾーラに屋台で出す食べ物の試作品を作る経緯を軽く説明して、場所を貸して欲しいと伝える。
「なるほど。坊ちゃんはまた、面白そうなことを考える気だね。夕食が出来てたら私も手伝ってあげるよ」
「それは心強いですね。宜しくお願いしますゾーラ」
貴族の中でも名門と言われるエルスタード家の料理長を任されているゾーラは、本当に料理上手である。そんなゾーラが手伝ってくれるとなると、思ったよりも良い物が出来そうだと、俺はそんなことを考えながら、早速、調理を開始した。
結局、自分が満足いく物が出来上がるまで、試行錯誤を繰り返しに繰り返した。そのせいで徹夜をしてしまった。この子供の身体になってから徹夜をするのは初めてだ。元の大人の俺であれば、一日ぐらい寝なくても、さほど問題はなかったが今は違う。朝日が昇っているというのに、びっくりするほどに眠い。
そんな徹夜をして明らかに眠そうな顔をしている俺のことを見たカジィリアは、くっきりと眉にしわを寄せた顔をする。このままだとこってりと怒らると思った俺は、カジィリアが話しかけてくる前に「これは男の沽券に係わる問題なのです」と真剣に訴えて難を逃れた。その後、なぜかラフィがカジィリアに怒られていたのはちょっと謎である。
・・・とりあえず眠い。とにかく眠い。眠たくて絶不調だが、その甲斐あって、納得いくものが出来上がった。
その日の午前中の授業は、船を漕ぎながらで受けることになる。当然のことながら、注意散漫な状態である。隣に座る優等生で、俺の中では委員長ポジションであるエリーゼに怒られたのは言うまでもない。ただ、眠たくてエリーゼのお説教は、話の半分も頭に入っていない。
・・・ごめんねエリーゼ。明日はちゃんとするから今日は許して。
午前中の授業が終わったら、俺は昼食を取らずに、闇属性の研究室に向かった。エルレインに、今日はこれで帰ることを伝えるためである。
「エルレイン先生、今日はこれからアイオーン商会に行くため失礼させて頂きます」
「ルート?顔色が悪いですが何かあったのですか?」
「ちょっと徹夜して、絶好調に眠たいだけです」
「はぁ、何が絶好調ですか全く。一体、何をしているのか知りませんが、あまり子供が無理をするものではないですよ?」
「ご忠告ありがとうございます。けど、これは必要なことなのです。是非、来週の収穫祭を楽しみにしていてください」
「収穫祭ですか?私たちにはそれほど関係のないもののはずですが、そんなことをしていたのですか。・・・ルートが係わると大変なことになりそうな気がしますが、ほどほどにね」
苦笑するエルレインに別れを告げて、俺はアイオーン商会へと向かう。