閑話 森の異変と弟の異変
私はソフィア。ルミールの町で冒険者をしているわ。
冒険者の仕事は、魔獣や魔物の討伐、行商人やお役人の護衛、そして、遺跡調査があるの。
ルミールの町の周辺には、まだ調査されてない遺跡が多く点在しているの。だから、普段、冒険者仲間であるエリオットさんとアルさんの三人で遺跡調査に行くことが多いわ。
ルミールの町は、王都に比べるとすごく小さな町だけど、それなりに活気があって、治安も悪くない素敵な町なんだけど・・・
あの日はそんな町が騒然としたの。
今から二ヶ月前、風の季節が終盤を迎えようとしていたあの日、私は冒険者ギルドで、エリオットさんとアルさんの三人で次の日に向かう遺跡の打ち合わせをしていた。そこに、血相を変えた兵士のフリットさんが駆け込んできた。
「どうしたんですかフリットさん?。そんなに慌てて」
「はぁ、はぁ、た、大変だ。森に魔獣が現れて子供達が襲われたらしい!!」
私は、気が遠くなる感じがした。確か、シエラが森に行こうと誘いに来て、珍しく弟のルゥが森へ出掛けたはずだ。
「すぐに助けに向かいましょう。エリオットさん!アルさん!」
「そうだな」「そうですね。ミーアさん、すみませんが念のため、他の冒険者にも連絡をしておいて下さい」
エリオットさんがギルド受付のミーアさんにそう言ったあと、フリットさんの案内で急いで森へと向かったのだけど・・・
結局、ほとんどの子供達は軽い軽傷で助けることが出来た。でも、ルゥは瀕死の怪我、シエラは帰らぬ人となってしまっていた。ルゥになんて説明をしたらと悩んだけど、両親とも話し合ってきちんと説明することになっていた。
子供達を助け出してから三日後、死んだように眠り続けていたルゥがやっと目を覚ました。本当に良かった。少しでも間に合っていなかったらと思うと今でも震えが止まらない。いくら光属性の治癒魔法を得意とする私でも死者をよみがえらせることなんて出来ないんだから。
目覚めたルゥとは少しだけ会話が出来たけど、無理をさせてはいけないということになり、すぐにルゥの部屋をあとにする。二日後、再度、目を覚ましたルゥにシエラのことを話した。残酷かもしれないけどしっかりと現実と向き合ってもらわないと。
ルゥは、一週間掛けて自由に動けるほどに回復したら「俺、シエラのお墓参りに行きたい」と言い出した。当初、森の安全が確保出来ていないから外出は禁止だと両親に反対されたけど、私が付いていくからと言って許してもらった。
シエラのお墓の前に来たルゥは、途中の道端で摘んだ花をお墓に置いて、両手を合わせて立ったままお祈りを始めた。普通、死者を弔う場合や神に祈りを捧げる場合、両ひざを地面につけ、両手を胸の前で握るのだけど。ただ、見たことのない仕草ではあったけど、死者を弔う気持ちは痛いほど伝わってきた。
次の日、ルゥが「身体を鍛えたいので外に出てもいいですか?」と両親に尋ねていた。両親は目を丸くして驚いている。正直なところ、私も驚いた。まさか、自分から外に出たいと言うだなんて。ルゥは、あまり・・・いえ、全然、外に遊びにいかない子だった。基本的に家で本を読んでることが多かったのに。そんなルゥが自ら外に出たい、ましてや、身体を鍛えたいだなんて。
これは姉として後押ししてあげないと思い「家の周りだけなら良いんじゃない?」と提案して許可をもらう。ルゥは早速、家の外に出て走り始めた。まあ、全然、走れてなかったけど。やっぱり、運動不足だったのね。走ってすぐにバテたあと、ルゥは不思議な動きを始めた。あまりにも見慣れない動きについつい「何してるの?」と聞いてしまった。そしたら、ルゥは「筋トレしてます」ですって。
筋トレって何かしら?と思ったけど、一生懸命な姿を見て質問するのはやめておいた。
後日、ルゥから「腕やお腹等の筋肉を鍛えることを筋トレと言います」と不思議な動きをしながら丁寧に説明してもらった。何をしていたのかはよく分かったけど、どこでそんなこと覚えたのかしら?本?
惨劇から目を覚まして以降から、ルゥの言動や行動が少しおかしなところがある。でも、きっと、辛い現実から立ち直るために自分を変えようと頑張っているに違いない。私は姉としてしっかりと弟のサポートをしてあげないと。
だから、まずは明後日に行われる大規模な作戦を成功させなくてわね。森の魔獣の討伐と安全圏の確保、ルゥが自由に外に出られるようにしてあげるわ。
作戦当日、私はエリオットさんとアルさんのいつものメンバーで参加する。冒険者のレベルを釣り合わせようとするとこの三人になってしまうのはいつものことである。
作戦は、私達を含む冒険者のパーティー5組と父様率いる警備兵の部隊5組で、森の結界の内側に入っているであろう魔獣の討伐と結界の魔術具の確認及び結界の張り直しである。どこかの結界の魔術具に不具合が起きたために結界が消失し、そこから魔獣が入ってきてしまったのが、今回起きた惨劇の原因だと考えられていた。だから、まずはその大元である、結界が消失した場所を探すことから始まる。
探索範囲が均等になるように割り当てられ、探索を開始した。いくつかの魔術具を確認したところで、私達は、結界が消失している場所を発見した。その場所は、ルゥが瀕死の怪我を負って倒れていた場所から森の奥へと行った先にある結界だった。
「エリオットさん、これって・・・」
「どうやら、結界の魔術具に使われている魔石の魔力が失われている。だから、結界が消えてしまっているんだけど」
「けど?何か気になることでも?」
「ソフィア、森の結界の魔術具は、その効果が切れないように町から冒険者ギルドに依頼があるのは知っているね?」
「ええ、知っています。確か、ギルドにいる魔法使いで魔術具の魔石に魔力を供給していると。エリオットさんは、よく駆り出されてますよね?」
「その魔力供給なんだけど、実は、最近、実施したばかりなんだ。だから、今の時点で魔力切れになっているのはちょっと、おかしいんだ」
「たまたま、供給し忘れたということはないのですか?」
「結界の端から順番に供給をしていくから供給し忘れるというのは・・・。誰かが故意に供給しなかった?それとも、誰かが魔石から魔力を抜いた?」
「そんなことってあり得るんですか?」
「分からない。でも、ないとは言えないじゃないかな・・・」
二人して首を傾けて悩んでいたところにアルさんから声が掛かる。
「なあ、お二人さん。とりあえず、分からないことを考えるより他の結界の確認が先じゃねえか?」
「・・・アルの言う通りだね。今は、他にもないか確認する方が先だ。私は魔石に魔力を込めて結界を張り直すからちょっと待っててくれるかな?」とエリオットさんは魔石に魔力を込め始めた。
「アルさんも話に参加してくれてよかったんですよ?」
「なあ、ソフィア。俺が考えると思うのか?」
「いいえ、全く思いません。聞いてみただけです」
アルさんはパワータイプの人間だ。だから、考えることは基本、人任せ。だけど、今みたいに「確かにその通り」と思うことをさらっと言ったりするからなかなか侮れない人だったりする。
エリオットさんが結界を張り直した後、他の結界の確認を再開したけど、割り当てられた範囲では、他に結界が消失したところはなかった。一度、合流地点に戻り状況を報告。どうやら、結界が消失していたのは私達が見つけたところだけだった。
ひとまず、結界の確認と張り直しが出来たということで、一旦、昼食のための休憩となった後、結界の内側に魔獣がいないか探索が行われた。結局、狼の魔獣クリムが計八頭いるのが発見され、全て討伐された。
無事に作戦は終了した。これで、外出禁止はなくなって、ルゥが自由に外に出掛けられるようになるわね。
当初の目的を達成出来て私は安堵する。けど、結局、結界消失の原因は分からず終いだったことは少し気掛かりなのであった。