第七十話 魔法祭 後始末
「私が紹介したいのは今年、我が学園に入学した特待生。彼のエルスタード家、アレックス様のご子息であるルート君です。ルート君、闘技場内に下りて来てくれるかな?」
エリオットが俺のことを見ているような気がした時点で嫌な予感はしていた。元の世界で嫌な予感ほど的中しやすいとよく聞いたが、この世界でも同じようだ。まさか、公衆の面前でエリオットから直々のご指名が掛かるとは思わなかった。
エリオットには去年、俺がクリムギアと対峙した後で、魔法剣のことを説明しているので、エリオットは騎士コースが何をしたのかを知っている。だが、わざわざ俺を呼び出すということは、どうやら、俺がこの場を収拾させなければならないらしい。聞かなかったことにして帰りたいなぁと思っているとマリクが「ほら、学園長からのご指名だぞ!責任取ってこい」と俺を無理矢理立たせて背中を押した。
「行かなきゃ駄目ですか?」
「当り前だ!大人しく行け!」
「ですよね。聞いたみただけです」
・・・思ったよりも面倒なことになってしまったなぁ。確かに、昨日、展示の見学者が殆ど居なかったことを嘆きはしたけど、こういう形で目立つつもりは全くなかった。・・・はぁ。
俺は肩を落としながら、とぼとぼと観客席から通路に入り、南側の闘技場内への出入り口へと向かった。出入り口付近では、騎士コースと魔法使いコースの学生がたむろしており、観客席の様子とは違ってお互いを健闘し合っていた。これぐらいの余裕が大人たちにも欲しいところである。
闘技場内に入ろうとしたところで、背後から「ルート君頑張って!」とアウラの声が聞こえてくる。一体、何を頑張ったらいいのだろうと思いながら、俺は振り返らずにパタパタと手を振って答えた。
闘技場内に入ると嫌でも観客の注目が俺に集まっていることが分かる。「あれが?」「あんな子供が特待生?まだ子供じゃないか」「あんな小さい子が?」「小っちゃい」といった声が聞こえてくる。子供には違いないのだが、ちょっと小さい小さいと言い過ぎではないだろうか。
・・・俺の成長期はこれからだし。これから大きくなるし。
耳に入る観客の言葉に、より一層テンションを下げながら、とぼとぼと闘技場の中央付近まで来ると待ち構えていた教員に音声を増幅させる魔術具を手渡された。公衆の面前でマイクパフォーマンスをさせられるようだ。
・・・あれ?これってそもそも不味くないか?
「彼がルート君です。そして、騎士コースが使用した光る剣の考案者でなのです。ルート君。皆様に光る剣について説明してもらえるかな?」
「かしこまりました学園長。皆様、只今、ご紹介に預かりましたルート・エルスタードです。宜しくお願い致します」
エリオットから説明をするように求められた。俺は一先ず、挨拶をしながら心を落ち着ける。俺個人なら、ここで大きな失敗を犯してもさして問題はない。だが、エルスタード家の名前が出ている以上、俺がこの場で醜態をさらすのは、エルスタード家の名を傷付けることになる。
・・・これが学園の方針を掻き乱した俺への罰ということなのだろう。まあ、後悔は別にしてないし、要は説明をすればいいだけの話だ。絶対に乗り切ってやる!
「まずは一つ、皆様は誤解をされているかもしれませんので、訂正しておきたいと思います。あの光る剣は魔術具ではありません。純粋に魔力操作による一種の魔法、俺はそれを魔法剣と呼んでいます」
王様の口ぶりからすると剣に何かカラクリがありそうな言い方をしていた。恐らくは観客の大半もそういう風に思ったのではないかと俺は思った。だから、まずは訂正しておくことにする。魔術具で強くなったと思われるなんて、鍛練に鍛練を重ねた騎士コースの努力を馬鹿にすると同じことだ。
・・・でも、剣の魔術具か。それはそれで面白いかも・・・。
「つまり、騎士コースの方々もまた魔法を使用したということです。皆様もご存じの通り、魔法を自在に操れなくても、多少は魔法を扱える者はいます」
俺は説明をしながら火球を目の前に出して、闘技場の中をグルリと周回させるように飛ばす。
「このように魔法で火球を発生させたり、放ったりすること。魔力制御することが出来るだけの者が魔法使いとなれる資質がある者となります。ですが、魔法剣はここまでの魔力制御は必要ありません。魔法剣は剣に魔力を纏わせますが、もっと言えば刃の部分だけでも効果がありますす。これは攻撃魔法を放つよりもずっと魔力制御が簡単なのです」
俺は引き続き説明をしながら、道具袋に手を伸ばして愛剣を取り出した。魔法使いなので帯剣してはいけないと言われてはいたが、やっぱり寂しいものがあった。だから、道具袋に入れて密かに持ってくるようにしていた。今まで表だって使うことはなかったが、今は説明するのに剣がいる。
「普通の剣で攻撃魔法を受けようとした場合、このように多少軌道を逸らすぐらいのことしか出来ません。それに、受け方によっては攻撃魔法が直撃する恐れもあります」
闘技場の中を飛ばしていた火球を自分に向かってくるようにした上で、剣で軌道を逸らして見せた。その後、今度は真正面から剣で受けて、防げずに直撃する様子を見せる。火球が俺に直撃すると、観客席からちょっとした悲鳴が上がったので、俺は平然とした顔で、自分で放った攻撃魔法はダメージが軽減されることを説明しておいた。
「今、見て頂いたように普通の剣で出来るのはこのぐらいのことです。ですが、魔法剣を用いれば状況は大きく異なります」
もう一度、今度は離れた場所に火球を作り出してから俺に向かってくるように飛ばす。
「例えば、同じ火属性を纏わせれば、先ほど騎士コースの学生が見せたように剣で受け止めることが出来るますし、しっかりと剣を振り抜けば弾くことも出来ます」
自分飛ばした火球を剣で受けて見せた後、力一杯、剣を振り抜いて火球を弾いた。そして、弾いた火球をもう一度、俺に向かってくるように操作する。
「そして、火属性に有利である水属性であれば、このように掻き消すことも出来ます。当然、属性別の優劣に左右されることになりますので、この場合、風属性だと効果は薄くなります。ですが、剣に魔力を纏わせておくことにより、普通の剣で受けるよりも十分に効果があります」
もう一度飛んできた火球を、水属性を纏わせた剣で叩き斬って掻き消して見せると観客席から「おぉ」という感嘆の声が聞こえてきた。
「ちなみに魔法剣と名付けましたが、何も剣である必要はありません。槍や斧でもいいですし、何なら道端に転がる木の棒でも構いません。それに、魔力を纏わせればいいので弓矢の矢でも効果があるでしょう」
補足説明を終えた俺は、話を締めくくるためにエリオットの方の見上げる。
「当然のことですが、攻撃魔法より扱いやすいとはいえ、使用するためには当然、努力が必要です。騎士コースが勝ったのは、鍛練に鍛練を重ねた努力の賜物であります。以上が、光る剣、魔法剣についての説明となります」
「ありがとうルート君。このように彼は、とても優秀で独創的な考えの持ち主です。しかも、一年生にして、既にいくつかの魔術具を製作しています。きっと彼は、これからも新しい風をこの学園に吹かせてくれることでしょう」
エリオットがいい感じに話を締めくくってくれると観客席から歓声と拍手が巻き起こった。「小さいのにすごい」「面白い子が出てきたな」「そんな優秀な子が製作した魔術具とは何だろうか」と言った声が聞こえてくる。とりあえず、俺の役目は終わりだろうと思い、ホッと胸を撫で下ろす。だが、安心するのは、まだ早かった。王様から爆弾が落ちてきたのだ。
「ふむ。魔法剣とは大したものだ。素晴らしい魔法であると思う。では、魔法使いである君がそれを使用した場合は、どれほどの力になるのだろうか?」
「ええっと、それは当然、魔法使いの方がより効果を発揮出来るでしょうが、あくまでも近接攻撃を得意とした場合の話です」
「なるほど。では、魔法使いでありながら、騎士コースの学生と一緒に剣の稽古を受けている君の得意とするところという訳だな」
・・・何で王様がそんなこと知ってるの!?
王様が俺の学園生活の様子を知っていたことに、俺は目を丸くして驚いた。俺が驚きのあまり固まっている間に、話がどんどんと進んでいく。
「ルートの実力を見てみたい。よし、クリムをもう一匹準備せよ。特待生としての実力、しかと見せてもらうぞ」
王様がそう指示を出すと檻に入れられたクリムが荷馬車に運ばれて近付いてくるが見えた。
・・・そんな勝手に決めないで!と文句言いたいが、王様相手じゃどうにもならない。でも、どうしてこんなにも早く、次の魔獣が準備出来るんだろうか?
騎士コースと魔法使いコースとで一匹ずつ相手にするのだから、二匹居れば十分だ。何かアクシデントがあった場合のために予備として三匹目を準備していたとも考えられるのだが。もしかして、初めからこうなるように仕組まれていたのではないだろうか。
そんなことを考えている内に、準備は粛々と進められていた。クリムは闘技場の中央付近に降ろされると、すぐさま魔石が与えられ、クリムギアに進化した。そして、動けないように魔法障壁で囲まれている。観客席から見ていた時にも思ったが、俺が去年、闘ったクリムギアよりも確実に大きい。
・・・全長、四、いや五メートルぐらいはあるか?でも、大きさだけで言えば、魔獣シロ・クマの方が大きかったな。
今のクリムギアよりも大きな魔獣を相手にしたことがある。だから、大丈夫。そう思っていたはずだったのだが、いつの間にか、自分の足が小刻みに震えていることに気が付いた。自分では余裕があるつもりだったが、どうやら、去年のことはしっかりとトラウマになっているらしい。
一度、苦手意識を自覚してしまったせいか、足の震えが手まで伝染していった。心臓の鼓動がドクドクと早くなり、緊張で手にじわりと汗をかき始めていた。
・・・落ち着け。落ち着け俺。全力でやればクリムギアなんて怖くない。
自分を落ち着かせるために、目を閉じて大きな深呼吸をしようとしたら、なぜか観客席から華やいだ声が上がる。俺は一体何事かと思い、目を見開くと後ろから聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。
「ちょっと待った!!」
俺は後ろに振り返るとソフィアがこちらに向かって走ってくるのが見える。突然、ソフィアが闘技場内に入ってきたことで華やいだ声が起きたのだと俺は理解した。
でも、ソフィアは自分が居ることで騒ぎにならないよう、目立たないように警備をしている、という話をソフィアが訪ねて来てくれた日の夕食時に聞いていた。それなのに、こんな目立つところにどうして出てきたのだろうか。
俺は首を傾げながら、不思議に思って立ち尽くしていると、近付いてきたソフィアに無言でギュッと抱き締められる。それだけで、観客席から「きゃー」という黄色い声と「何て羨ましい!」という妬みの声が聞こえてくる。
「ソフィア姉様?」
「ああ、もう。こんなにも怯えて」
「・・・俺、そんなにも怯えているように見えましたか?」
「いいえ。傍目からは毅然とした態度に見えていたと思うわ。でも、私はルゥの家族なのよ?分からない訳ないじゃない」
「・・・そう、ですか。それは、ご心配をお掛けしました」
ソフィアにトラウマを見抜かれた恥ずかしさと、心配してくれた嬉しさとが相まって、俺は何とも言えない気分になる。そんな気分を落ち着かせるために、俺もソフィアの背中に手を回して、ソフィアにギュッと抱き付いた。家族の温もりを感じることで、心が落ち着いていくのが分かる。
しっかりと心を落ち着かせたところで、ソフィアの背中をポンポンと叩いて放してもらう。ソフィアは未練がましい顔を見せながら「もっと、甘えてくれてもいいのに」と口を尖らせる。俺は「今はそういう時じゃないでしょう?」と苦笑する。
俺は後ろに一歩踏み出してソフィアから離れた後、改めてソフィアの顔を見上げながら「ありがとうございます」とお礼を言った。その時点で、さっきまでの身体の震えが完全に止まっていた。その様子を見たソフィアは安心したように目を細める。
「さてと、ソフィア姉様には恥ずかしいところをさらしてしまいましたね。それに観客席の皆様にも。汚名返上といきましょうか」
「ふふ、もう大丈夫そうね。ルゥのカッコいいところを特等席で見せてもらうわ」
俺はクリムギアに向き直り、ソフィアの乱入でざわめいている観客席を静めるべく、邪魔にならないように避けていた音声を増幅する魔術具を手に取って事情を説明する。
「お騒がせして申し訳ありません。ソフィア姉様は、一人でクリムギアに対峙する俺のことを心配して駆け付けてくれました」
「ふむ、なるほど。確かに一人で闘わせるのは酷と言うものか。それではソフィアと二人で闘うか?」
「いいえ王様。その必要はございません。一人で大丈夫です」
王様は、まるで俺がそういう風に答えると分かっていたかのように口の端を上げながら満足そうに頷く。そして、「ふむ、では見せてもらおうか?」と言ってエリオットに音声を増幅する魔術具を渡す。エリオットは魔術具を受け取ると「それではルート君、準備はいいね?」と聞いてきたので、俺は手に持っていた魔術具をソフィアに渡してからコクリと頷いた。
・・・何やら観客席から一人で闘うの?みたいな空気が漂っているけど気にしない。
「魔法剣の力、しかと見せて欲しい。それでは始め!」
エリオットに掛け声とともにクリムギアを囲んでいた魔法障壁が消えてなくなる。すでにクリムギアは俺を敵と認識しているようで、俺を睨みながら「グルルゥ」と唸る。そんなクリムギアに俺は剣を構えながら、剣に水属性を纏わせる。もちろん、出し惜しみなくたっぷりと魔力を込めて。愛剣は一瞬にして、眩しいぐらいの青い光を放ち始めた。
クリムギアは、俺が剣に水属性を纏わせているのが気に食わなかったのか、突然、真っ直ぐ俺に突っ込んでくる。俺はクリムギアの動きに合わせて、「はああぁぁぁぁ!」と気合を込めてながら、剣を縦に振り抜いた。振り抜いた剣からは、青い光の帯がクリムギアを目掛けて飛んでいく。
・・・斬り裂け!
青い光の帯がクリムギアの顔の中心を捉えると、そのまま身体をすり抜けるように通り過ぎた。完全にクリムギアを通り抜けた青い光の帯は、北側の観客席までたどり着くと結界に当たってバチバチを音を立てて消失した。その頃には、ピクリとも動かなくなったクリムギアが、縦半分にパックリと割れながら、左右に裂けるようにしてズシンと崩れ落ちた。
俺は道具袋に剣を入れながら、真っ二つになったクリムギアに歩み寄る。一応、魔石を取るまでが魔獣討伐演習なのだ。これを終わらせるためには、魔石を取らなければならない。俺は真っ二つになって露出した魔石を手で掴んでもぎ取った後、魔法障壁を張っていた教員に投げ渡した。
その後、魔石を取るのに血まみれになった自分の手を浄化魔法で綺麗にしながら、一仕事終えた気分で一息吐く。
そこでふと、闘技場内の様子がおかしいことに気が付いた。闘技場内がものすごく静かなのだ。シンと静まり返った闘技場内は、誰一人として声を出している者がいない。観客席に視線を向けると皆、唖然、呆然といった表情をしていて、口があんぐりと開いている。
・・・うーん、何にも反応をしてもらえないのは、それはそれでちょっと寂しいな。
俺はスタスタと歩いて、ソフィアから音声を増幅する魔術具を受け取って「いかがでしょうか?」と問いかけた。エリオットは俺の問いかけにハッとした後、楽しそうに口の端を上げながら「そこまで!」と終了を宣言する。
終了宣言が闘技場内に響き渡ったことで、我に返った観客が、堰を切ったかのように沸き立った。闘技場内は、先ほどまでの静けさが嘘だったかのように、今は耳を塞ぎたくなるぐらいの盛り上がりをみせた。これが、全て自分に向けられたものだと思ったらちょっと誇らしい。
・・・ソフィア姉様が「どうよウチの弟は?」と言わんばかりに胸を張っているのは、まあ、今日は良しとしておこう。
「見事だルート。だが、先ほどの説明で見せてもらったものとは、随分と違うようだが?」
巻き起こる歓声の中、王様からお褒めの言葉と疑問を投げかけられる。今し方見せた魔法剣は、さっきは説明しなかったことなので、疑問に思うのは仕方がない。
「今のは、応用編ですね。水属性に働きかけた魔力をたっぷりと剣に込めて、斬撃を放ちました」
「斬撃を、放つ?斬撃など放てるものなのか?」
「実際にクリムギアは真っ二つになったので、斬撃を放ったと言っても差支えないかと」
「ククッ。そうか、斬撃を放つか。そんな話、聞いたこともない。なるほど、確かに独創的な考えの持ち主だと言えるな」
王様は、俺の回答に楽しげな顔で頷いている。どうやら、満足いく回答だったようだ。俺はそのことに安堵した後、注意点があることに気が付いて、慌てて補足説明する。
「あ、でも、今の魔法剣はあまり推奨致しません」
「ん?なぜだ?あれだけの威力があれば十分に有用であろう?」
「理由は至って簡単です。まず、今の斬撃を放つには魔法使いになれるぐらいの魔力と魔力制御が必要です。ですが魔法使いの場合、日頃、剣などの近接武器を扱う訓練は受けてはおりません。魔法剣を使うために、付け焼刃で近接武器を持つぐらいなら、魔力制御や魔力増幅の効果がある杖を持って闘った方がマシです。次に騎士の場合ですが、今し方言った通り、斬撃を放てるなら、間違いなく魔法使いになれます。つまり、今の騎士コースに在籍する者では事実上、使用は出来ません」
「なるほどな。では、今のところは其方専用の魔法という訳だ」
・・・俺専用か。そんな風に考えたことなかったな。けど、今の条件をクリアしていて使えそうな人には心当たりがある。俺の後ろで絶賛、誇らしげな態度を取っているソフィア姉様だ。
「今のところは、ですね。今、お話した通りではありますが、挑戦するなという訳では決してございません。我こそは、という方がいらっしゃれば、是非頑張ってみてください」
言うべきことは言い終えたし、やるべきことはやり終えた。そろそろ、この注目を一身に浴びる状態から解放されても良いはずだ。俺は王様に暇乞いをすることにした。
「魔法剣に関する説明は以上です。それでは、わたくしめは退場させて頂きたく存じます」
「ふむ、下がってもよい。大義であったぞ。ご来賓の方々には、学園に新たな風を吹かせる若人に今一度、大きな拍手を送って欲しい」
王様の言葉もあって、観客席から割れんばかりの拍手を起きた。王様から退場の許可をもらい俺はホッと胸を撫で下ろす。俺はクルリと後ろに振り返るとソフィアがスッと寄ってきて腕を差し出してきた。ソフィアの意図するところは、すぐに理解したが、俺はとても複雑な気持ちになる。
・・・普通、エスコートするのって男女逆じゃね?
そう思ったのだが、ソフィアとの身長差を考えると俺がエスコートする側では、どう考えても様にならない。だから、俺は何も言わずにソフィアの腕に手を掛けて、ソフィアにエスコートされる形で闘技場の南側の出入り口を目指して歩く。
「ソフィア姉様、一つ良いですか?」
「何かしら?」
「通路に入ったら、一目散で帰りましょう」
「どうして?」
ソフィアは不思議そうに目を瞬きながら俺を見下ろした。俺はこの後起きるであろう懸念事項をソフィアに伝える。
「長居したくない理由は二つあります。一つ目は、ソフィア姉様が大観衆の前に姿を出したことです。王様の閉幕の挨拶が終われば、間違いなくソフィア姉様に会いたい輩が集まって騒動になると思います」
「ふふ、それはやきもちかしら?」
「・・・二つ目は、俺自身が目立ち過ぎました。本当はここまで注目を集める予定などなかったのです。観客の中には、熱を帯びた視線を送ってくる者が何人も居ました。こちらも、閉幕の挨拶が終わると同時に詰め掛けてくるに違いありません」
「うぅ、無視された。・・・それで、騒ぎになる前に帰りたいという訳ね」
「その通りです。騒ぎになって何か面倒事が起こるのは真っ平御免です」
やるべき責務は果たしたので、これ以上の面倒事はいらないとソフィアに宣言すると、ソフィアは苦笑しながらコクリ頷いた。そして、闘技場の南側の出入り口から通路に入ったら、俺とソフィアは、一目散に駆け足で闘技場を後にした。
闘技場から飛び出した足で、そのまま二人だけで学園を飛び出したところでソフィアが「何だか駆け落ちみたいね」と楽しそうに微笑んだ。今までに見たことがないぐらいにソフィアは上機嫌である。
俺は上機嫌なソフィアを見上げながら、それはそれで何だか面倒なことになりそうな雰囲気を感じ取る。そして、思わず「ソフィア姉様は置いてきても良かったかな?」と考えてしまったのはここだけの話だ。
これにて魔法祭は終了です。
やっと日常?に戻れる。