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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第六十七話 魔法祭 中編

「エルレイン先生。すみませんがエスタを少しお借りしたいのですがいいですか?」

「ええ?ふぅ、まあ、良いでしょう。それじゃあ、ちょっと休憩にしましょうかエスタ」

「休憩・・・やった」


通信機から漏れ聞こえてきたエスタの声が、すでに疲弊しきった感じである。朝の授業が開始する鐘の音が鳴ってから二時間ぐらいしか経っていないはずなのだが、今日の撮影会はかなり過酷のようだ。


・・・家からたくさん服を持ってきたって先生、張り切ってたもんな。


「あ、出来れば服は着替えた状態で来てくださいねエスタ。黒装束だと目立ちますから」

「ルート!何でもいいけど、気安くあたしの名前を連呼するな!」

「心配しなくても、この辺りに俺たち以外の人はいないので大丈夫です。エスタではないのですから、それぐらい弁えてますよ」

「そうか、それならよか・・・っておい、ちょっと待て。それはどういう意味、ひゃん!」

「エスタ、言葉が乱れています。もっと女の子らしく。それが出来なければ丁寧に話しなさい」

「分かった。いえ、分かりましたから、わき腹を突っつくのは止めてください先生!」


何だか通信機の向こう側が楽しそうだなと思っていると、研究室の窓からエスタが飛び降りてくる。研究室は校舎の三階にあるというのに、当り前のように窓から飛び降りてくるのだから、忍ぶ者の身体能力は高いとソフィアから聞いていただけのことはあると思わず感嘆の息を吐く。


「で、あたしを呼んで何をさせようって言うんだ、ですか?」

「これはまた、随分と可愛らしい格好ですね。良く似合ってますよ」

「そ、そんなことは聞いてない!とっとと要件を言え!全くもう・・・」


エスタは顔を赤くしてゴニョゴニョと呟きながら、人差し指で朱色の髪をクルクルとこねくり回す。怒っている割には、満更でもなさそうなのは気のせいだろうか。エスタはエルレインに無理矢理着せられたと思われる黒を基調としたドレス姿で参上した。ドレスにはリボンの飾りや波模様が刺繍されており、一目見てゴスロリっぽいという感想が頭を過る。


・・・先生、良い趣味してるよ。ほんと。


「エスタ、ちょっとの間だけ、ここの番を頼みます」

「え?嫌だよ。なんであたしがそんなことしなくちゃいけないんだ。誰かが来たらどうするんだよ!」

「誰も来やしないので大丈夫ですよ。それじゃあ、行ってきます!」

「あ、おい、こらルート!」


嫌だと言うエスタの意見は聞き流して、展示場所の番をエスタに押し付けた。そして、俺はそそくさとその場を後にして図書室に向かう。エスタは基本的に押しに弱い。口では嫌だと言っていても、きちんと任務を果たしてくれるだろう。


「失礼します」

「あら、どうしたのですか。今は魔法祭の最中でしょう?」

「ちょっと、すぐにでも読みたい文献がありまして。昨日のと交換で借りていきたいのです」

「・・・まあ、良いでしょう。最近、一番、利用してくれてますからね。でも、速やかに済ませて早く戻りなさい?」

「はい、ありがとうございます」


昨日借りた文献を司書役の先生に返却し、入室料の支払を済ませたら、俺は一目散に守りの魔法陣の文献を見つけた本棚に向かった。文献が置いてあった棚にある羊皮紙の束を手に取って、後編がないか流し読みする。


「これは、違う。これも・・・ちょっと違う。これでもない。・・・・あ、これか」


守りの魔法陣について書かれた文献の後編を見つけた俺は、意気揚々と司書役の先生に文献を渡して貸出手続きをお願いした。


・・・これで自分でも守りの魔法陣を組み込んだお守りを作れるようになるかな。あと、さっき流し読みした文献の中で、気になるものがあったから次はあれ借りようっと。


鼻歌混じりで自分の展示場所に戻ると誰も来ないと思っていた屋台の前に、見覚えのある人が佇んでいるのが遠目で見える。予期せぬ来訪者に、エスタは椅子の上で身を小さくして縮こまってしまっていた。俺は急いで屋台に戻り、来訪者とエスタの間に割って入るようにエスタの前に立つ。


「ソフィア姉様、どうしたんですか?」

「どうしたも何も、ルゥの様子を見に来たのよ?そしたら、ルゥじゃなくて可愛い女の子が居るんだもん。ちょっとびっくりしちゃったわ」

「わざわざ俺の様子を見に、ですか?それだけのために学園に来たのですか?」

「ふふ、本当は冒険者ギルドの要請で学園内の警備に来たの。ルゥをびっくりさせようと思って黙っていたのよ」


ソフィアの話によると人の出入りが激しくなる魔法祭の期間中は、よからぬ輩もまた多く出入りする。そのため、国から冒険者ギルドに冒険者の派遣依頼が出ているそうだ。そして、暇を持て余していたソフィアはそれを引き受けたらしい。その話を傍らで聞いていたエスタは益々小さくなりながら、俯き加減にちょこんと椅子に座っている。


「それでルゥ。その可愛らしい女の子とはどういう関係なのかしら?」


顔は笑顔なのに目が全く笑っていないソフィアが俺に問いかけてくる。こんなところで道草を食っていないで警備に戻った方が良いと思うのだが、話を聞くまではどこにもいかないというオーラがソフィアから出ていた。エスタが怯えているのでやめて欲しいものである。


「ソフィア姉様、まず一つ、間違いを正しておきます。この方はこう見えても成人しています。女の子、と子供扱いする言い方は良くありません」

「え、うそ!?そうなの?その、見た目で!?」


ソフィアはエスタが成人していると聞かされて、目を見開きながら驚きの声を上げる。俺はその気持ちはよく分かると心の中で頷きながらも、ソフィアの発言をたしなめる。


「ソフィア姉様、失礼ですよ?」

「あ、えと、その。ごめんなさい」

「あの、よく言われるので気にしないでください」


慌てて謝るソフィアにエスタが丁寧な口調で返す。なぜか俺のことをジトリと睨み付けながら。


・・・どちらかと言えば今は味方なんだけどなー。お前が言うなっていう顔、やめてくれないかなー。


とりあえず、ソフィアから先程までの険が薄れた。俺はエスタの突き刺さるような視線を背中に感じながら、今がチャンスとエスタの紹介をしておくことにする。もちろん、俺が名付けた仮称でだ。


「コホン、改めてこの方の名前はシノブです。闇属性の研究室の担当教員であるエルレイン先生のどれ、助手です」

「助手の人?聞いたことないけど」


首を傾げながら、怪訝そうな顔をするソフィアに、俺は肩を竦めてみせた。


「非正規ですからね。ほら、闇属性の研究室はエルレイン先生と俺の二人しか居ません。だから、手が足りないことがあるのですよ。シノブには魔術具の実験を手伝ってもらっているんです」

「へぇ、そうなの?」

「あ、はい。ルートの言う通り、実験の手伝いをさせて頂いております」


エスタは笑顔を浮かべながらソフィアの問いかけに答える。額に汗が浮かんでいるのが見えるのでかなり緊張しているのが分かる。けど、自信を持って欲しい。本当のことを話している訳ではないが、嘘は言っていない。実際に魔術具の実験に付き合わされているのだから。


「ルートとシノブが言った通りですソフィア様。初めまして、私が闇属性の研究室の担当教員をしておりますエルレインです」


ソフィアはまだ何か腑に落ちないといった表情を浮かべていると、通信機から研究室に居るエルレインの声が聞こえてくる。実はソフィアとエスタの間に割って入った際に、俺は通信機のスイッチを入れておいた。どうやら、エルレインは気が付いてくれたらしい。


「初めましてエルレイン先生。ルゥからすごい先生だとよく聞いております」

「あら、そうなのですか?一体どんな風に話してくれているのでしょう?」

「ふふ、それはですね・・・」

「ちょっと待ったソフィア姉様。いつまでもここで油を売っていていいのですか?」

「そうだわ。すぐに持ち場に行かないと。ルゥの様子を見るだけのつもりがちょっと長居し過ぎたわ。それじゃあねルゥ。エルレイン先生とシノブさん、今後ともルゥのことをお願いします」


ソフィアは「持ち場に行くわね」と手を振りながら足早に立ち去った。何とか何事もなくソフィアを追い払うことが出来て俺は胸を撫で下ろす。ただ、ある意味では有名人で、皆の人気者であるソフィアが警備になんかついて大丈夫なのだろうか、むしろ混乱が起きるんじゃないだろうかと別な意味で不安になった。


そんなことを思っていると、ソフィアの姿が見えなくなったことで、緊張の糸が切れたエスタが大きなため息を吐くと目をちょっと赤くして俺のことを睨む。


「はぁー。・・・寿命が縮まるかと思った。誰も来ないって言ったのにルートの嘘つき」

「あはは。面目ないです。ソフィア姉様と朝食を一緒に食べた時には、そんなこと一言も言ってなかったんですよ。俺を驚かせようと黙っていたとは全く気付きませんでした」


俺は頭を掻きながらエスタに言い訳をするが、エスタはちょっとご機嫌斜めだ。俺は機嫌を直してもらうためと展示場所の番をしてくれたお礼を兼ねて、道具袋から冷凍庫の魔術具を取り出した。冷凍庫といっても今は冷気の出力を抑えているので冷蔵庫となっている。


「エスタ、お礼にこれをどうぞ」

「冷た!?何だよこれ?」

「ルルカで作ったジュースです」


俺は冷蔵庫から小瓶を取り出し、瓶の王冠を外してエスタに手渡した。ルルカで作った百パーセント果汁の炭酸ジュースである。エスタはそれを受け取ると躊躇いもなく口を付ける。素直に口を付けてくれるということは、信用してくれているということで嬉しいことなのだが、エスタの場合は、もう少し疑うことも覚えた方が良いような気がする。


「ん。なんだこれ、口の中がしゅわしゅわするぞ?」

「ちょっと手を加えていますからね。悪くないでしょう?エスタは成人しているからお酒を飲めますよね?似たような感じのお酒を飲んだことないですか?」

「あたしはお酒を飲んだことがないから知らないな。けど、ルートが言う通り、悪くない。うん、悪くないなこれ。美味しい」


炭酸ジュースを一口飲んでびっくりしたエスタだったが、二口目からはゴクゴクと喉を鳴らしながら美味しそうに飲み干した。良い飲みっぷりだなぁと感心していると、エスタはなぜか申し訳なさそうな顔をしながら俺のことを見る。


「なあルート。もう一本もらえないか?」

「それは構いませんが、そんなにも喉が渇いていたのですか?だったら、お茶を入れますよ?」

「あ、いや、その。・・・雇い主がさ、喜びそうだなぁって思ってさ」

「ふーん、点数稼ぎですか?まあ、エスタには迷惑を掛けましたし良いでしょう」

「本当か?やった!」


俺は冷蔵庫からもう一本小瓶を取り出してエスタに渡すと、エスタは嬉しそうに破顔する。そこまで喜んでもらえると渡し甲斐があるなと俺は思った。


「あ、そうだ。エスタ、雇い主にそれを渡すのは別に構いませんが、くれぐれも俺からもらったとは言わないように。いいですね?」

「え、どうしてだ?駄目なのか?」


不思議そうに首を傾げるエスタに、俺は首を横に振りながら答える。


「面倒なことになりたくなかったら言うことを聞いてください。そうですね、隙を見て盗んできた、とでも言っておけばいいでしょう」

「んー?分かった。ルートがそう言うならそうしておく」

「ところでルート?私への労いはないのでしょうか?」


・・・あ、先生のこと忘れてた。


俺はもう一本、炭酸ジュースをエスタに渡してエルレインに届けてもらうことにした。


結局、魔法祭二日目もソフィアが様子を見に来たぐらいで、誰も見学しに来ることはなかった。そのお陰で守りの魔法陣に関する文献の書き写しが、何事もなく完了した。



翌日、魔法祭三日目の朝。授業開始の鐘の音が鳴る頃に展示場所の椅子に座って待機をしていると、今日はエルレインに呼ばれていないはずのエスタがやってくるのが見える。しかも、いつもの黒装束ではなく、普通の町娘のような生成り色のワンピース姿をしていた。エスタのその姿だけで、何が起こったのか全てを悟った俺は、ただただため息しか出なかった。


「はぁ~。・・・エスタ。折角、忠告してあげたのに、正直に話したんですね?」

「うぐっ、よ、よく分かったな。さすがはルート。・・・えへへ」


・・・えへへじゃない!


「どうせ、監視対象と面識が出来ているのなら、女の武器でたらし込んで金になる情報を聞き出してこい、とでも言われたのでしょう?」

「・・・はい、その通りです」


俺はジトッとした目を向けながらエスタに尋ねると、エスタは肩をガクッと落としながら答えた。俺は頭が痛いとこめかみを押さえる。


「だから、盗んだことにするように言ったのに・・・」

「そ、そんなに怒らなくても、いいじゃない?」

「ん?なら、エスタはどうする気ですか?そんな格好をしてきたということは、俺をたらし込まなければならなくなったのでしょう?」

「・・・ほ、ほら~。お姉さんに甘えても良いだぞぉ?」


エスタは抱きついてこいと言わんばかりに両手を大きく広げると、甘い声を頑張って出して誘ってくる。だが、今の俺にはそれが寿司屋の宣伝ポーズにしか見えなかった。エスタの行動にイラッとした俺は「ハッ」と鼻で笑う。


「あ、ひど!今、鼻で笑ったな?恥ずかしいの我慢して頑張ったのに・・・」

「今ので頑張った?今ので靡けと?本気で思っているんですか?随分と甘く見られたものですね」

「うぅ、ルートが怖い。・・・その、あの、ごめんなさい」

「はぁ、全く。どうしたものかな。・・・とりあえず、魔法祭はもう始まっているので、エスタはすぐに研究室に行ってください」

「あの、今日は先生に用はないんだけど」


エスタは胸元で両手の人差し指をツンツンと合わせながら抵抗を見せるが、俺は素気無く却下する。今の話は全て通信機を通して、エルレインにも聞いてもらっていることを告げて、「大人しくエルレイン先生のお説教を受けてください」とひんやりする笑顔でエスタを送り出した。


・・・どうやら、今日はエスタのことで暇な時間を潰すことになりそうだ。はぁ。



それから数時間、エスタのことをどうすればいいか腕組みをしながら唸っていると、ついに一人目の見学者が現れる。


「ルート?そんな難しい顔してどうしたんだ?」

「ああ、フレン。いらっしゃい。気にしないでください。ちょっと考え事してただけなので。それよりも、よく来てくれました。フレンが初めての見学者ですよ」

「そうなのか?まあ、ルートとのところだけ遠いからな。わざわざ来るやつなんかいないんじゃないか?」


フレンはからかうように歯を見せながらニシシっと笑う。そんなフレンに俺は「そんなところにわざわざ足を運んだフレンは友達思いということですか?」と返したら「うむ、大いに感謝してくれ」とフレンは胸を張った。


「ふふ、ありがとうございます。ところでフレン一人なのですね。他の皆はどうしたんですか?」

「ん?レクトとアーシアは故郷の国から家族が来てるからな。家族と一緒に回ってる。エリーゼはしっかりと勉強しなくちゃって張り切ってたので別行動だな。まあ、三人とも明日か明後日ぐらいにはここに来るんじゃないか?」

「そうですか。で、フレンは今日、ここに来たということは全部見終えたのですか?」

「まあな。難しい研究報告なんかは、すっ飛ばしたけどな」


フレンは腰に手を当てながら、「分からないものを見ても仕方がない」と胸を張る。興味があるものだけを次々と見ていったらしい。フレンらしいと言えばフレンらしいのだが、もう少しちゃんと見学をした方が良いような気がして仕方がない。


「もうちょっときちんと見ておいた方が良いんじゃないですか?一年生が見学だけなのは、来年の研究室選びの一環でもあるでしょう?」

「ああ、それなら俺は火属性の研究室に入るって決めてるから必要ない。やっぱり、得意な属性を極めたいからな。さあ、そんなことよりもルートは一体、何を作ったんだ?」


フレンはその話はもう終わりだと言わんばかりに話を切ってきたので、お節介はこれぐらいにしておくことにする。俺は通信機を手に取って、スイッチを入れた状態でフレンに手渡した。


「これが俺が作った魔術具です」

「小さいな。で、これで何が出来るんだ?」

「何だと思いますか?」


フレンはしばらくの間、「うーん」と唸って通信機を色んな角度から見ていたが、不意に俺のことを見ると「お前も大変だよな」と言って、通信機を放り投げてきた。どうやら、早くも考えることを放棄したらしい。


「何がですか?」

「いや、だってさ。人気のない闇属性なんかに入ったせいで、ルートはずっとこんな場所に一人で居るんだろ?碌に魔法祭を見てもないだろ?」

「んー、そうですね。フレンの言う通り、闇属性の研究室に所属しているのは俺一人なので、人手不足というのは否めません。ですが、それを帳消しにするぐらい得るものはありましたよ。ウチの担当教員のエルレイン先生は、魔術具の製作に関しては超一流なのです。この魔術具だって、先生が居たからこそ完成したようなものですし」


俺は自慢げにエルレインのことを話すとフレンは「そうか」と肩を竦める。やれやれと言った顔をしながら「まあ、ルートも変わり者だもんな」とニカッと笑いながら失礼なことを言ってきた。


「むー、その言われ方は心外ですね」

「あはは。けど、本当のことだろ?だってほら、闇属性の授業をしてくれてるフォルフィ先生だって、いつも何かブツブツ呟いていて、ちょっと不気味だし。それにルートのとこのエルレイン先生も恐ろしい物作ってるって噂を聞くぜ?」


フレンの言い草に俺は眉根を寄せる。一年生の闇属性の授業を受け持つフォルフィの場合、あれはただの性格である。人見知りする性格なのだそうで、面と向かって人と話すのが苦手なのだとエルレインから聞いたことがある。そのせいで、小声で話す癖がついているそうだ。だから、ブツブツ呟いているように見えるだけであって、闇属性を専門とするから性格がどうこうと言うのは関係ない。完全に先入観から来る思い込みである。


ちなみに、エルレイン先生の噂は、エルレイン先生本人が流したものだ。なぜ、そんな噂を流すのか?それは闇属性の研究室に人を寄せ付けないためにである。これに関しては自業自得だ。


「と言う評価を受けてますが、エルレイン先生はどう思いますか?」

「そうですね。私の噂はともかくとして、フォルフィ先生には今の話をして、フレンにはきっついお仕置きを受けて頂きましょうか」

「だそうですフレン」


フレンは通信機から突然、女性の声が聞こえてきたことに驚くと口をポカンと開けて固まってしまう。しばらく間、お地蔵様のように固まっているので俺は思わず両手を合わせて「ご愁傷様です」と拝んでおいた。


「え?何?ちょっと待て。今の声は一体?先生?どういうことだ?」


意識が帰ってきたフレンは動揺を隠せずにいる。だが、俺はそんなフレンの様子を気に掛けることなく、胸を張って通信機の説明をする。すると、フレンは俺の両肩を持って「初めにちゃんと説明しろよ!」と身体を揺さぶってくる。俺は「言ったら面白くないじゃないですか」と笑って返しておいた。


「くそー、はめられた。覚えとけよルート!」


フレンは捨て台詞を吐くと肩を落としながらとぼとぼと帰っていく。俺は手を振りながらそれを見送っているとエルレインに話し掛けられる。


「良かったのですか?」

「クラスメイトだからこそ、でしょうか。自分が所属するところをあまり悪く言われるのは気分が良くないですからね。それにフレンは学んだはずです。誰がどこで聞いているか分からないのに陰口を叩くのは良くないと。これで一歩、大人に近付いたに違いありません」

「はぁ、一番の子供に言われてたら世話無いですね」


魔法祭三日目の終了の鐘が鳴るのと同時に俺は研究室に戻った。もちろん、エスタの件を片付けるためである。研究室に入るとエルレインにしこたま説教されたのか、エスタはソフィアが来ていた時よりもさらに小っちゃくなって椅子に座っていた。俺は椅子を持ってきてエスタに向かい合うようにして座る。


「さてと、エスタ。俺はあれから色々考えました。今回は、正攻法で行こうかと思います」

「ルートはもう思いついたのか?さすがだな」


力なく褒めてくれるエスタに苦笑しながら、俺はエスタに説明をする。


「話は簡単です。俺には想い人が居る。だからエスタの誘惑には靡きません。そういうことにします」

「ん?ルートは好きな人が居るのか?」

「・・・エスタは目をキラキラさせて一体、何を言ってるんですか?」


俺に想い人が居るという設定の話をしているのに、エスタはちょっと目を輝かせながら聞き返してきた。女の子が恋バナに心揺らすのはとても微笑ましいが、今はそんな話をしている訳じゃない。俺は目が笑ってない笑顔をエスタに向けて黙らせる。


「あくまで設定の話です。誰のためだと思っているですか全く」

「うぅ、ごめんなさい。ご迷惑お掛けします。・・・ところで、あたしはルートに想い人が居るから情報を引き出せなかったって、雇い主に報告すればいいのか?」

「報告すればいいのか?じゃないですよ。昨日の今日で、いきなりそんなこと話したら逆効果でしょう?ちゃんと考えてください」


俺は考えなしに物を言うエスタを叱り飛ばしながら、自分で考えるように促した。エスタは腕組みをすると首を傾げながら考え始める。しばらくの間、考え込んでいたのだが、待てど暮らせど一向に答えが出る気配がない。そして、ついにはエルレインの説教で疲れたのか、エスタはうとうととし始める。


・・・絶対、忍ぶ者に向いてないよエスタ。


俺は「はぁ」とため息を吐いてから、船を漕ぐエスタの額に渾身のデコピンを食らわせる。


「ひゃう!」

「いいですか?一回しか言いませんよ?死ぬ気で覚えてください」


俺は起きたエスタをジトッと見ながら作戦内容を説明する。


「まず、数ヶ月間は俺を靡かせようとアプローチを試みたが失敗したと報告してください。その際、それでも、少しずつ仲良くなっているとも報告するのです。雇い主は、相手は子供だからと甘く見て、俺を靡かせようと継続する命令が出るでしょう」


・・・これでまずは、まとまった時間が稼げるはずだ。


「それでも、うまくいかないことにだんだんと雇い主は業を煮やすはずです。そこで初めて、俺に想い人が居るから靡かないのだという話をしてください。もし、エスタが今日、その話をしてしまったら、まるで俺がエスタの魅力にやられて内情を打ち明けてしまったみたいになるでしょう?内情をさらけ出せるほど仲良くなったと雇い主が思ってしまうはずです」

「なるほど、そういうことか。それで、その後はどうしたらいい?」

「その後のことは分かりません。雇い主がエスタに命令を継続させるのか、エスタ以外の女性を俺に差し向けるのか、はたまた、力尽くに出るのか。まあ、力尽くで来たら有無言わさず叩き潰しますけどね」


エスタは俺の最後の言葉を聞いて、一気に顔を青くする。エスタには俺の魔法がどれほどの実力があるのか、ということを見せたことがある。だから、言葉通りのことが出来ることをエスタは知っている。


「ルート。あなた、さらりと恐ろしいことを言いますね」

「そうですか?降りかかる火の粉は払うものでしょう?まあ、どう転ぶかはエスタ次第です。しっかり、頑張ってください」


エスタは自信なげに「ハイ、ガンバリマス」と片言で返事する。不安しかないが、こればっかしはエスタに頑張ってもらうしかない。

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