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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第五十三話 とある日常 王都自宅編

風の季節が終わり、火の季節に入った。昼間の気温がだんだんと高くなり、汗ばむ陽気となってきていた。「そんな汗をお風呂で洗い流したらどうですか?」というラフィの提案を受けて、お風呂を沸かしてもらうことにしてもらう。


お風呂自体、アレックスの実家に住むようになってから、両手で数えるぐらいしか入っていない。それは、単純にお湯を沸かすのが大変なためである。水は魔術具から出しているので、わざわざ井戸から汲む必要はないのだが、そこからお湯にする仕組みの魔術具がない。だから、毎日、入るという訳にはいかなかった。


もし、毎日、お風呂に入りたかったら、魔法でお湯を出せばいいんだけの話ではある。ただ、住み始めて間もない新参者が、あまり出しゃばるのは良くないだろうと思い自重中である。それに、何でもかんでも自分でやると「私たちの仕事を取るんですか!?」と涙目でラフィが怒る。


・・・最近は私「たち」と言うから、なかなか厄介である。


そんな事情もあったので、汗をかいてさっぱりするのに、久しぶりのお風呂の悪くないと思った。だから、お風呂を沸かしてもらうことにしたのだが、俺は一つ大事なことを忘れていた。



「さて、ラフィ?話を聞きましょうか?」


現在、裸のラフィをお風呂場に正座させて、俺も正座でラフィの前に座ってお説教タイムである。俺はすっかり、事ある毎にラフィが一緒に入ってくることを失念していたのだ。こんな時、本来であればソフィアがラフィをお風呂場から引っ張り出してくれるのだが、肝心のソフィアが残念なことに居ない。なぜなら、現在、ルミールの町の家に帰ってしまっているからだ。


裸の女性を前にしながら報告することじゃないのだが、母のリーゼから一週間ほど前の風の季節が終わりそうな頃に、そろそろ赤ちゃんが産まれそうだという便りが届いた。だから、不測の事態があっても対処出来るように光属性に愛されたソフィアをルミールの町に帰していた。


・・・妹のリリもそこそこ使えるはずなのだが、俺が自分でいけない分、ソフィアは保険である。


そんな隙をついて、ラフィからお風呂に入るように促されたのだ。なかなかの策士であるのだが、何だかちょっと残念過ぎて涙が出てくる。その有能さを他で発揮出来ないものだろうか。


ソフィアが居ない以上、俺がラフィをお風呂場から出すしかない。だが、残念なことに、補助魔法なしの俺の地力では、ラフィはピクリとも動かない。恐るべき脚力なのだ。かといって、補助魔法で力を上げて押し出すのは、女性の柔肌を傷つけてしまいそうで、実は少し怖い。


仕方がないので、なぜ毎度のようにお風呂に一緒に入ってくるのかを尋ねることにした。まあ、だいたいの理由は察しているのだが、本人の口から直接聞いたことがある訳ではないのでいい機会である。


「どうして毎度、毎度、一緒に入ってくるんですか?」


強めの口調でラフィに問いかける。だが、ラフィは視線を逸らしてこちらを全く見ようとしない。


「分かりました。質問を変えましょう。ラフィもお風呂に入りたいんですよね?だったら、俺と一緒に入らずとも、例えば、俺が入った後とか誰も使わなくなってから入ったらいいじゃないですか」

「それは駄目です!」


残り湯を使えばいいじゃないかと提案したら、逆に強い口調でラフィに言い返されてしまう。思ったよりも強い拒絶に俺は目を瞬く。


「残り湯だと冷めてるから嫌だということでしょうか?すぐに入ればそれほど、温度も下がってないと思うんですが」


広い湯船には、並々とお湯が入っている。だから、一人や二人、お風呂に入った程度で、すぐにお湯の温度が下がってしまうということはないはずだ。だが、ラフィは「そういうことではありません」と顔を大きく横に振る。俺は、眉間にしわを寄せながら「だったら、どういうことですか?」と問いただす。


ラフィの言い分によるとお風呂を使っていいのは、この館の主である祖母のカジィリアや俺といった貴族だけで、平民である使用人がおいそれと使っていいものではないと言い切った。しかも、胸を張って堂々とである。だが、ラフィが言ってることと、実際にやってることが違うので、俺は首を傾げるしかなかった。


「そう思っているなら、出てってくださいよ」

「それは嫌です。私はルート様のお身体を綺麗にするのがお役目なのです」


ラフィはグッと拳を握りながら宣言する。そんなお役目はいらないよと思いながら、俺はその一言を聞いてようやく理解した。要は、主の身体を洗うという大義名分を得た上であれば、入っても良いと考えているのだと。


「ねえ、ラフィ。ラフィは俺の御付をやる前は、昔になると思うけど、ソフィア姉様の御付をやってたんだよね?もしかして、その頃、ソフィア姉様がお風呂に入る時は、ラフィも一緒に入ってたんじゃない?」

「はい!よくお分かりになりましたねルート様。その通りです!」


・・・なるほど、よく分かった。元凶はソフィアじゃないか!


俺はこれ以上、何を言ってもラフィの気持ちが変わることはないと悟って大きくため息を吐いた。とりあえず、この場は大人しく背中を流してもらうことにした。もちろん、前は自分でやる。いくら子供だとはいえ、男としての尊厳があるのだ。


そして、湯船には結局、二人で入る形となった。当然、ラフィとの距離は空けている。それをラフィが「私のことがお嫌いですか?」と聞いてきたので、「好き嫌いの問題ではありません」とだけ答えておいた。


・・・とにかく、貴族だとか、平民だとかのしがらみがあるのなら、環境を整えればいいじゃないか。率直に、平穏無事なお風呂に入りたい。



その日の夕食の席、カジィリアと食事を共にすることになっていた俺は、カジィリアに「使用人のお風呂場を作りたい」と進言した。突然、何を言いだすのかと苦言を受けると思っていたのに、「ええ、構いませんよ」とあっさりと許可が下りてしまう。折角、許可をもらったのに、俺は目を瞬きながら思わず「良いのですか?」と聞き返してしまった。


「ルートが使用人に何かしてあげたいと思ってのことでしょう?その気持ちを私は尊重したいと思います。それに私も前々から必要ではないかと思っていたのですよ」


カジィリアの話によると昔、屋敷で働いてくれている使用人に労いの意味も込めて、お風呂を開放する話をしたことがあるらしい。だが、カジィリアと同年代で現在も現役である、執事長のロベルトとメイド長のエイディの二人から「大変ありがたいお話ですが、主従の分別はつけなければなりません」と断られたそうだ。


・・・この家の使用人たちは、基本的に真面目で働き者なのでとても好印象だ。だが、ちょっと頭が固いと思う。そう思うのは、身分差の重みを知らないからかもしれないけど。


「それで、いつ頃から建築を始めますか?私の知り合いの業者に声を掛けておきましょう」

「いえ、お婆様。自分でやるので必要ありません」


俺の言葉を聞いたカジィリアは、目をぱちくりと開けて固まってしまう。多分、「何を言ってるのかしらこの孫は」と思われているような気がする。さすがに説明不足だったことを反省しながら、俺はカジィリアにルミールの町の実家でも、魔法でお風呂場を造ったことがあることを説明した。


俺の話を聞いたカジィリアは、楽しそうに「ふふっ」と笑いながら、「本当に、ルートには驚かされてばかりですね。分かりました、好きにやってみなさい」と言ってくれた。


「任せて下さい。皆のために立派なお風呂場を造ってみせます!」


・・・すでに構想は頭の中で出来ている。善は急げと言うし早速、明日、学園から帰ってきたら突貫作業だ。



カジィリアに許可をもらってから二日後、使用人のためのお風呂場が出来た。とりあえず入浴出来るレベルではあるのだが、今はそれで十分だ。


・・・本当は、取り付けたい魔術具がたくさんあるのだが、その辺りはこれから開発だな。


俺はひとまずお風呂場が完成したことカジィリアに告げて、お披露目をすることにした。お披露目に参加するのは、使用人を束ねるツートップ、執事長のロベルトとメイド長のエイディ。この二人には、お風呂場の使い方を屋敷で働く全ての使用人たちに説明してもらうためという名目でついてきてもらった。


そう言っておくことで、頭が固いと聞いた二人に、お風呂場を使わないという選択肢を与えないためである。後のメンバーは、俺にお風呂場を作ることを決意させた張本人のラフィとカジィリアの四人である。


「それで、どこにあるというのですか?」


四人には、まず貴族用のお風呂場である別館まで足を運んでもらった。だが、別館までたどり着くとカジィリアが首を傾げながら質問してきた。それもそのはず、別館以外に新たな建物なんてどこにもないからだ。初めは地上に新たな建物を造って、それから中を整えていこうと思っていた。


だが、建物を造っていく過程で、「あれ、これ別館よりもでかくなるんじゃね?」ということに気が付いた。このままだと間違いなく「主が使う建物よりも立派なものは使えません」とか言われそうだなと思った俺は、お風呂場を地下に造ることにした。


「出入り口を野ざらしにする訳にもいかなかったので、別館から中に入ります」


俺はお風呂場を地下に造ったことを説明しながら、別館の中に皆を案内して、地下に下りるための階段を指し示した。


「実はランプの魔術具を付けてないので、今は暗いのです。とりあえず、当面の間は俺が光を出しますね」


俺は魔法で次々と光を出して、辺りをどんどん明るくしていった。そして、「行きましょう」といって階段を降りる。階段を降りると二手に通路が分かれている。二手に分かれている通路のそれぞれの壁に「男」と「女」と書いたプレートを張り付けてある。


「ここで男女に分かれるようにしてあります。内装としては、左右対称としてあるのでどちらも同じような感じです」


俺は説明を続けながら男側の通路を進む。通路を進むとドアがあり、そこを開けると脱衣所になっている。脱衣所には、脱いだ服を置くための木で作った棚を壁際に設置してある。初めは鍵付きのロッカーを作ろうかと思っていたのだが、よくよく考えれば、ここは自宅なのだから、そこまでのセキュリティはいらないとただの木の棚にした。


そして、脱衣所を抜けてお風呂場へと入る。イメージとしてはスーパー銭湯だ。脱衣所から入ってすぐに、身体を軽く流すためのかけ湯をする場所を設けてある。


そこから湯船に行くまでの壁伝いに、身体を洗うための場所を造った。一人ひとりが腰を掛けれるように木で作った小さな椅子とその目の前に鏡を設置して、石鹸とリンスを置いてある。一応、お湯が出る蛇口もあるのだが今は出ない。お湯を出す魔術具は追々、作るとして、今は代用として大きな水がめを置いてある。


湯船はゆったりと入れるように広くして、さらに天井を高めにしたことで伸び伸びとした空間に仕上げたつもりだ。ちなみに、男女の境目は当然、高い壁で区切っている。ただ、天井までは伸ばしてない。完全な壁にしてしまうと閉鎖的な感じになってしまうからである。


「壁の上は、開いているのですね」

「わざわざよじ登る人はいないと思うのですが気になりますか?」


カジィリアが男女の境目の壁を見上げながらボソッと呟いた。もしかして、問題があったかなと思い、質問をしてみると「いえ、何も問題はありません。ねぇ、エイディ?」とエイディが居る方に振り返りながら話を振った。エイディは、カジィリアの言葉を肯定するように大きく首を縦に振るとジトッとした目でロベルトを見る。そんなロベルトは、涼しげな顔でエイディの視線を受け流した。


・・・なんというか、仲が良さそうだなこの三人。


三人のちょっと楽しげな雰囲気に目を瞬いているとラフィがこそっと「お三方は、若い頃からの知り合いなのですよ」と教えてくれた。なるほど、通りで気心が知れた仲といった感じな訳だ。


・・・そうなると、ロベルトは何か昔にしたんだろうか。ちょっと気になる。


「ところでルート。先ほどがから気になっていたのですが、天井の所々に穴は何ですか?」

「お婆様。あれは、換気をするための穴です。地上に繋がっていますが、穴は人が落ちないように囲っているので大丈夫です。他に何か質問はありますか?」


質問を募集するとラフィが俺の袖を軽く引っ張って「ルート様、あの小さな部屋は何ですか?」と指を指して聞いてくる。


「あれは、まだ魔術具が出来ていないので、今はただの小部屋ですがサウナになります」

「ルート様、サウナとは何ですか?」

「サウナと言うのは、部屋中を蒸気で熱して温度を高く保った部屋のことです」


サウナの説明をするが、四人とも俺の説明に首を傾げてしまう。そんな部屋で一体、何をするのかと顔に書いてある。どうやら、王都にサウナのようなものはないらしい。


・・・サウナがないかもしれないということは予め想定していた。こんな時のための考えていた、伝家の宝刀を出すしかないな。


「熱い部屋に入って汗をかき、新陳代謝を上げるのは身体にとても良いそうです。そう本に書いてあるのを読んだことがあります。ちなみにサウナの目の前にある小さな湯船は、火照った体を冷ますための水風呂にします」


皆の知らない知識は、全て本から得たと言っておく。紙が羊皮紙しかなく高価であるため、本はあまり普及していない。つまり、そういう本があるかどうかはすぐに確認のしようがないのだ。だからこそ使える手である。


「本当は、大きな湯船にも実装したい魔術具があるのですがその辺りも追々です。とりあえず、こんな感じなのですがどうですか?」


気に入ってもらえたかな?と思いながら使用人の三人に尋ねてみる。するとロベルトとエイディの二人が俺の目の前まで歩み寄ってくると徐にその場に跪いた。


「ルート様の過分なる心遣い、ありがたく存じます」

「わたくしたちへの寛大なご配慮、嬉しく思います」


二人から堅苦しいお礼の言葉をもらい思わず俺は苦笑する。とはいえ、否定的な回答ではなく、受け入れてもらえたことにホッと息を吐く。


「良かったら早速入ってみますか?すぐにでもお湯を入れますよ?」

「本当ですか!?」


出来れば実際に入ってみて感想が欲しいなと思った俺は早速、お風呂に入らないかと提案してみた。すると、ラフィが胸の前で手を握り、嬉しそうな表情を見せた。だが、俺の提案を聞いたロベルトとエイディの二人は「なりません」と言って、スッと立ち上がり、ラフィの両隣に立つとラフィの耳を勢いよく引っ張っる。「ひゃん」というラフィの悲鳴がお風呂場にこだました。


「ルート様はすでにかなりの魔力を消費していらっしゃるのではありませんか?」

「これ以上、負担をお掛けする訳には参りません。学業に差し障ります」


ラフィの耳を引っ張りながら、二人は俺の心配を口にする。その言葉に俺は眉をひそめた。


・・・しまった。そう来たか。


魔力の消費に関して言えば、大した問題ではないし、学業に差し障るということもない。これでも魔力の量は人一倍多いと思っているし、その辺りは努力をしているのだ。ただ、口で問題ないというのは簡単なのだが、それを証明することは難しい。魔力の残量が目に見えて分かる、なんてことはないからだ。


・・・多分、大丈夫だと言っても無理をしていると言い返されるのが関の山だろう。切実に、ステータス画面が欲しいところだ。


ロベルトとエイディの言葉を聞いたカジィリアもちょっと心配そうな顔になっているのを視界の端に捉えながら俺は考える。ここで回答を間違えると折角、造ったのに使用されない状態になってしまうかもしれない。そうなってしまうと当初の目的が達成出来なくなってしまう。それだけは避けなければならない。


・・・ここは、戦略的撤退だな。


「俺はまだまだ魔力の余裕はありますので学業に支障は出ませんよ。ですが、心配されてしまっては仕方がありません。今日のところは、ここまでとしておきましょう」


俺の回答に二人は「分かってもらえて何より」といった表情を浮かべて首を小さく縦に振る。ラフィは耳を押さえながら、残念そうに眉尻を下げていた。その様子を見ながら俺はニッと笑って話を続ける。


「という訳で、学業に支障がなければ良いのであれば、学園がお休みである闇の日は、このお風呂場を使う日としましょう。使用人の皆には、お風呂でさっぱりして欲しいですし、俺も魔力制御の練習が出来ますからね」


「俺の鍛練のために付き合ってくれるでしょう?」と言葉を続けると、ロベルトとエイディの二人は驚いたような顔をして目を瞬いた後、クスッと小さく笑みをこぼした。


「それは、お付き合いしなければなりませんな」

「ええ、そうですね。ルート様の仰せのままに」


こうして毎週、闇の日は、使用人のためにお風呂場を開放する日となった。今はまだ、お湯を入れるだけなのだが、これからどんどんと設備を充実させていこうと思う。とにかく、俺がゆっくりとお風呂に入るための計画は見事に達成された訳だ。


・・・と思っていた。


「で、どうしてラフィは入ってくるんですか?」


俺は相も変わらず別館のお風呂場に一緒に入ってくるラフィをジトッとした目で睨む。ラフィはちょっと目を泳がせた後、「ほら、ルート様の身体を洗うのは私の役目ですから」と額に汗を浮かばせながら答えた。


「本音は?」

「ルート様と一緒に入れば週に二度入れるかなぁと」


それを聞いて俺は納得してしまった。なるほど、ラフィの方が一枚上手だ。


どうやら、ゆっくりお風呂に入るためには、毎日でもお風呂に入れる環境を作り出す必要があるようだ。俺は、大きくため息を吐きながら、お湯を出せる魔術具を急ぎ作り出してやる!と決意を新たにした。

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