第五十二話 とある日常 学園編
「なあ、ルート。最近、食堂のご飯がおいしくなったと思わないか?」
「ええ、そうですね。実に良いことです」
廊下を一緒に歩きながら弾んだ声で問いかけてくるフレンに俺は、首を縦に振って肯定する。
学園には食堂がある。生徒は皆、食堂で昼食を取ることが義務付けられていた。それもこれも、今は昔、魔法使いの同士による毒混入事件があったせいらしい。それ以来、国の完全管理下で昼食が提供されるようになったそうだ。学食なんかあるんだなぁと軽く思っていた俺は、学食がある本当の理由を聞いて、昔の魔法使いは本当に殺伐過ぎると改めてため息が出た。
食堂は、元いた世界の学食のように色々メニューがある中から選べるようなものではなく、決まった料理がフルコースのような形で出てくるスタイルであった。選ぶ楽しみはないが、その分、迷う必要がなくて楽ではあった。ただ、食事が順番に運ばれてくるので、お昼休みはほぼ、昼食のための時間と化していた。
・・・出来れば定食みたいに一括で持ってきてほしい。
料理は、さすが国に選ばれて料理人なこともあり、決して不味くはなかった。決して不味くはなかったのだが、当初、母のリーゼの手料理に感じていた物足りなさを食堂の料理にも感じていた。昼食は、必ず食堂で取らなければならない以上、料理の改善はある意味、急務であった。
そこで学園に通い始めて一週間経った頃に、俺は学園長であるエリオットに直談判しに行った。おいしい食事を取ることは学生生活をより豊かに、より素晴らしいものにするためには、絶対に必要不可欠なことなのだと懇々と語った。そして、俺の熱量に苦笑するエリオットから食堂の食事を改善するという約束をもぎ取り、俺はアイオーン商会に流したレシピの話をした。
アイオーン商会のフリードは、俺の流したレシピの商品を張り切って売り出してはいたのだが、なかなか広げれずにいた。それというのも、アイオーン商会はルミールの町で一番大きな商会であっても、この王都では中堅クラスであるため、大店の牙城を崩せずにいたのだ。
だから、学園との取引が決まれば、商会としての箔が付くだろうし、何より生徒や先生に受け入れてもらえれば一気に顧客が広がる可能性が高いと考えた。
・・・俺が流したレシピで作った商品が売れれば、俺の懐が暖かくなる。アイオーン商会とっても商機を掴むことが出来るだろう。それに何より、おいしい昼食が食べれるようになる。正に一石二鳥、いや、三鳥である。
そして、俺の思惑通りに事が運び、今ではすっかり学園の食堂で、アイオーン商会から流れた料理やソース等のレシピが、昼食に使われるのが当たり前になっていた。ちなみに、商品ではなくレシピなのは、あくまで国が雇った料理人の手によって調理された物でなければ、生徒に提供してはならないと徹底されているためである。
・・・料理人は大変だと思うけど、頑張れと心の中で応援しておく。
とにかく、フレンや周りの生徒の反応から見ても、アイオーン商会から流れたレシピは十分に受け入れられたことが分かった。
「俺、特にこのマヨネーズとかいうソースが気に入った。何にでもあうよな」
フレンは、そう言いながら本当に出てくるあらゆる料理にマヨネーズを付けながら、おいしそうに食べている。だいたいの料理と相性が良いと俺も思うが、ちょっと色々と付け過ぎではないだろうか。徐々にマヨラーと化し始めているフレンが太らないかちょっと心配になるレベルだ。
「あ、もう無くなっちまったな」
「ちょっと、フレン。使いすぎよ?」
「そうだよフレン。僕たちの分も残しておいてくれよ」
取り分けられるようにテーブルに置かれていたマヨネーズを全て使い切ったフレン。エリーゼとレクトに責められて、口では「悪い悪い」と言ってるが、本当に悪いとは思っていない顔をしている。そんな、フレンに苦笑しながら、俺は道具袋を取り出した。
「本当はルール違反ですが、自前ので良かったらどうぞ」
俺は道具袋からマヨネーズの入ったビンを取り出してテーブルの上に置いた後、マヨネーズを少し取って一口食べて見せた。おいしものは皆で食べて欲しいと思うから出した訳だが、食堂が出来た経緯を考えると出しただけでは皆、手を出しづらい。だから、一応、毒味である。
俺が置いたマヨネーズにエリーゼとレクトが手を伸ばす中、アーシアだけが、黙ってマヨネーズを睨み付けていた。
「・・・毒なら入っていませんよ?それとも、アーシアはマヨネーズ、嫌いですか?」
「ふふ。毒が入ってるかもなんて疑ってませんよぉ。今までに食べたことがない味でとてもおいしいわ」
「だったら、どうしてそんな難しい顔をしてるんでしょう?」
普段は、ほんわかおっとりとしたお姉さん、といった感じのアーシアが何時にもなく真剣な様子に、俺は眉をひそめながらアーシアに問いかけた。
「これ、確かアイオーン商会というところが販売しているのよねぇ?」
「そうですね、俺の地元、ルミールの町では一番の商会なんですよ」
「うん、知っているわぁ。でも、私の知る限り、今までにこんな商品はなかったはずなのよねぇ」
俺は王都ではまだまだ名の売れていないアイオーン商会のことを知ってもらおうと思いアーシアに地元の自慢の商会だと説明した。だが、既に知っいると言われてしまう。知っているとは思っていないかった俺は目を瞬いているとアーシアは頬に手を当てながら首を傾げて、何か言いたそうな視線を俺に向けてきた。
「何だか、ルートちゃんが来てから、出回り始めたように思うのよねぇ。ルートちゃんは何か知らない?」
「・・・申し訳ないですが特に何も知りません。けど、どうして俺に聞くんですか?」
「ほら、ルートちゃんって不思議な子じゃない?今までにない、変わった物が出回り始めたから何かを知ってるんじゃないかなぁって」
アーシアの観察眼に俺は脱帽する。おっとりしてると見せかけて、実はかなり出来る人なのかもしれない。ただ、正解にたどり着いているアーシアには悪いが、俺がレシピ提供者であることを教えるつもりはない。まだまだ、付き合いの短いアーシアがどういう人物なのか俺には分からない。多分、そういう人物ではないと思うが、早い話、金になると分かって擦り寄って来たり、問題ごとを持ち込まれたりするのは困るのだ。
・・・それよりも、ちょっとそこの男子二人!アーシアの不思議な子って言葉を聞いて、不思議と言うよりかは変だよなと言い合うのは止めなさい。
とりあえず、フリードに流したレシピに関することを知っているのは、アイオーン商会の人と交わした契約書を統括している商業ギルドの一部の人。それと商業ギルドから契約に関する報告を受ける国の役人だけである。だから、俺みたいな子供がが関わっているということを知る人物は、ほんの一握りなので、面倒事に巻き込まれないように秘密にしておこうという方針でフリードとも話をしている。
「不思議と言うより、変わってるじゃないかしら?」
「エリーゼまで。ちょっとひどくありません?」
「事実でしょう?ルート、あなた今日の午後は、騎士コースの生徒に混じって剣の稽古をするんでしょう?そんな魔法使いは、今までに見たことも聞いたこともありません」
戦闘訓練の時、最後まで残ったウィルとの決着は、剣で勝負をつけていた。初めは互角ぐらいに渡り合えていたのだが、勝負は地力の差で俺が負けた。いくらソフィアに鍛練をつけてもらっているとはいえ、流石に三年という年齢差を埋めるまでには至らなかったのだ。ちなみに補助魔法は一切、使用していない。そんなことをしても楽しくないから当たり前である。
そんな感じに真正面からぶつかり合って勝敗をつけたことで、俺はウィルたちと戦闘訓練を通して仲良くなった。そして、俺が剣で負けてことを悔しがっていたら、ウィルから「だったら、騎士コースに剣の稽古に来るかい?」と誘ってもらう。
それを聞いていた騎士コースの先生も顎を擦りながら「ふむ、魔法使いであるのに、あれだけの実力があるならば、他の奴らの良い刺激になるかもしれんな。いつでも参加しにくると良い」とニヤリと笑いながら許可が出た。
「また前例を作るのかってマリク先生にも似たようなこと言われましたけど、好きにしていいって言われたので何も問題ないです。それに、剣の稽古は結構、楽しいですよ?」
「まあ、ルートの場合。ご両親であるアレックス様やリーゼ様が騎士で、それにソフィア様も剣を主体とされていることを考えれば分からないこともないけど。でも、ルートはあれだけの魔法が使えるんだから、魔法を極めた方が良いじゃないかしら?」
呆れたような口調のエリーゼに対して、俺は力こぶを作りながら言い返す。
「手数が多いのは良いことだと思うんです。それに身体も鍛えられますし」
「はぁ、そんなことを言う魔法使いはルートだけよ」
・・・単純に剣を振り回せるが新鮮だという理由もあるんだけどね。なぜ新鮮なのかは、誰にも言えないので口にはしないけど。
お昼休みが終わり、午後の授業が開始する鐘の音が鳴る頃に、俺は騎士コース側にある運動場に足を運んだ。運動場には、騎士コース一年生の生徒が簡易な胸当てと小手を身に着けた姿で集まっていた。戦闘訓練の時に参加していなかった人たちがいるようで、あの時よりもかなり騎士コースの生徒が多い。
人の多さに驚きながら辺りを見渡していると、集団の中に戦闘訓練で戦ったウィルたち姿を見つけて、駆け足で近寄って声を掛けた。
「こんにちは皆さん。今日は宜しくお願いします」
「やあ、来たねルート。歓迎するよ。ところでルートはその格好でやるのかい?」
騎士コースの生徒は軽装で身を固めている中、俺一人だけ制服姿である。どこからどう見ても浮いているが何も問題ない。
「大丈夫です。制服を補助魔法で強化しておきますし、仮に当たりそうになったら薄く魔法障壁を張りますので。それに、汚れても浄化魔法で綺麗にだって出来ます」
胸を張って自信満々に答える俺をウィルたちは目を瞬きさせて顔を見合わせると「やっぱり、ルートは凄いね」と感嘆の息を吐く。
剣の稽古は、素振り、剣舞の型と始まり、わらのような草を束ねて作られてた人形に撃ち込みをした。人形は見た目に反してかなり頑丈で、剣をいくら撃ち込んでも全然斬れなかった。ちなみに自分の剣は校則上、持ってくることが出来ないので、騎士コースの備品を貸してもらったものだ。
・・・剣がなまくら?いや、それはなさそうだな。草がものすごく丈夫なのか。何かに使えるかもしれないから、ちょっと端っこをもらっておこうっと。
撃ち込みが終わって休憩を挟んだ後、一対一形式の組手が行われた。一定時間、経過したら相手をどんどんと交替させていき、疲れて動けなくなった者から外れていくというものである。これがかなりハードなものだった。なぜなら、騎士コースの生徒がこぞって俺を相手に組手をしたがったからだ。俺は騎士コースの誰よりも組手をすることとなった。
・・・それにしてもこれ。傍から見たら、小さな子供を大きな子供たちが寄ってたかって、いじめてるようにしか見えないな。まあ、俺は楽しいから良いだけど。
結局、騎士コース一年生、多分百人近い全員と一回ずつは、やったんじゃないだろうか。当たり前だが、さすがにそんな人数を相手にして、俺の体力が持つはずない。仕方がないので、治癒魔法による体力の回復と補助魔法による体力強化は解禁した。
「はぁ、はぁ、結局、最後まで立っていられたのはルートか。一番数をこなしたはずなのに大したものだね」
「まあ、俺だけ魔法でドーピングしていましたからね」
ウィルや他の騎士たちが大の字で運動場に寝転がる中、俺一人だけ突っ立っていた。俺はいつもこれだけの稽古をしている騎士コースの生徒たちを見て感嘆の息を吐く。
・・・これじゃあ、戦闘訓練で魔法使いコースの生徒が負けても当然のように思える。まあ、その努力を凌駕してしまうのが魔法ではあるのだが。
「はは。皆、君と手合せしたがっていたからね。それと、魔法を使えることを含めて君の実力だろう?そんなに申し訳なさそうにする必要はないよ」
「ふふ。ありがとうございます。お陰様で良い汗が掛けましたし、楽しかったです」
相変わらずウィルは、清々しい人である。そのことに気を良くしていると、アウラが近付いて、少し不安そうに話し掛けてきた。戦闘訓練の時に、ゴツイ鎧と盾を身に着けていた重装備の子である。火属性の補助魔法が少し使えると聞いていたとはいえ、華奢な身体であの重装備をしていたことを考えるとかなりギャップがある。
「稽古に参加してくれて嬉しく思いますが本当に良かったのですか?」
「クラスの皆には呆れられましたけど、全く問題ないですよ?それに、身体を鍛えることは魔法使いにとっても必要なことです」
「それはどういう意味だい?」
ウィルは「よっ」と言いながら、身体を起こして立ち上がると首を傾げながら質問をしてくる。
「うーん、そうですねぇ。例えばです。俺の力が十あるとしましょう。火属性の補助魔法で二倍上げることが出来るとしたら二十ですね。そして、身体を鍛えたことで力が十五になったとしましょう。そしたら、魔法で上げれるのは三十になります」
「なるほど。地力が上げればその分、魔法で能力を上げれるということだね」
「そうです。でも、だったら、魔法で三倍上げれるようになればいいじゃないかとクラスメイトから言われてしまったんですけどね」
俺はそう答えながら肩を竦める。そう言った張本人は、火属性が扱えるフレンだ。その考えも確かに間違っていないのだが、一つ大きな欠点がある。それは、身の丈に合わない補助魔法は、使用後に身体への反動が大きいということだ。俺は身をもって体験したことがあるので知っている。全身が筋肉痛のような状態になって大変なことになるのだ。
「少しだけ補助魔法が使える身としては、私もそうするものだと思いますが、ルート君は不満そうですね?」
「ええ、まあ。いくら魔法で能力を上げれるといっても、身体を鍛えないとその限界は増えないんです。クラスメイトに説明しても分かってもらえなかったんですよ」
俺はアウラに説明しながら口を尖らせる。フレンに説明しても、全くピンとこないといった顔をして、全く理解してくれなかった。だから、いつかその身で経験してもらうと思っている。一度、体験すれば嫌というほど分かるだろう。・・・フフフ。
「それに、身体を鍛えるだけじゃなくて、剣技を磨くのも必要だと思ってます。魔法剣も悪くないと思うんですよね」
「魔法剣?あの戦闘訓練で雷を剣にしていたあれかい?」
「あぁ、あれもある意味では魔法剣ですが、それとは違います。俺が言いたいのはこれです」
俺は借りている剣に火属性を纏わせて、刃の部分が薄らと赤い光を帯びた状態にしてウィルたちに見せる。
「えっと、どうしようかな。あっ、あれが丁度良いか」
先程、剣の撃ち込みで使った草の人形に近付いて俺は剣を縦に振りおろした。さっきは全く斬れなかった草の人形が、火属性を纏わせた剣で斬りつけるとスッと刃が入って、ざっくりと斬れる。さらに、斬りつけたところから火が噴き上がり、草の人形を焼いた。
「こんな感じです」
「何と言うか本当に、ルートは器用なことをするね」
「・・・ねぇルート君。これ、私でも使えるのでしょうか?」
「ええ、それほど難しくないので練習すれば出来ると思いますよ」
アウラが興味津々といった表情を見せる中、その様子を周りで見ていた他の生徒も「自分にも教えて欲しい」と近付いてくる。魔法使いになれるだけの技量はないが、少しだけ使える人たちらしい。
その後、魔法が少し使うことが出来る騎士コースの生徒を相手に魔法剣の講義をした。講義と言ってもやり方というか、イメージを伝えるだけなのだが。それでも、皆は真剣に聞いてくれた。その様子に俺はフレンたちクラスメイトの皆にも、これぐらいの姿勢が欲しいなと思ったところで、心の中でポンと手を打つ。
・・・騎士コースの皆を強くすれば騎士コースには負けていられないと、魔法使いとしての矜持が働いて、発奮するんじゃないだろうか。
戦闘訓練以降、魔法使いコースの一年生は、確かに前向きな姿勢へと変わってきていた。けど、それでもまだ、ちょっと努力が足りなように思っている。騎士コースの稽古に参加して、その思いがより増した。それに、これは一年生の実力を全体的に引き上げることに繋がるのではないだろうか。
そんなことを考えながら、俺の講義は熱を増す。聞いてくれるアウラたちもまた、それについてこようと必死さを見せてくれた。
・・・皆が強くなってくれれば、俺が目立たなくなるかなという打算もあるので、アウラたちには是非、頑張って欲しい。
次の日の朝、ホームルームの最中にマリクから俺宛の伝言を預かっていると話を掛けられる。
「なあ、ルート。よく分からんのだが、騎士コースの二年生と三年生の担当の先生方から、剣の稽古に来て欲しいって言われたんだがお前、一体、何を企んでる?」
「やだなぁ、先生。企むなんて人聞きの悪い。ちょっとアドバイスしただけです。とりあえず、エルレイン先生が外出してしまっている時は、研究室に入れませんので、その時であれば午後が空くので良いですよとお伝え下さい」
「はぁ、目立ちたくないとか散々言っていた割りに自重しないなお前は。まあいい。それじゃあ、騎士コースの先生方には、そう伝えておく。正式に打診があったらまた教えてやる」
「宜しくお願いします」
恐らくだが、騎士コースの二年生と三年生の先生方が、わざわざ俺に参加の申し出をしてくるということは、魔法剣を教えて欲しいということではないだろうか。騎士コース一年生の先生方がしゃべったかな?
一年生の実力アップを目指していたが、どうやら、学園の生徒全体を巻き込んだプロジェクトになりそうだ。
・・・ちょっと規模が大きくなりそうだけど、学園としても生徒の実力の底上げに繋がるなら別に良いよね?




