第四十九話 乗っ取った反省会
「さて、皆さんは口々に好き放題言ってましたが、自分たちに反省すべき点は一切ないとおっしゃるのですか?」
俺は、魔法使いコース一年生、約二十名全員を見渡せる位置に移動してから、皆に向かって質問を投げかけた。Aクラスの皆は黙って神妙な顔していたが、BクラスとCクラスの生徒はそんなものはないと言った顔付きをしている。本当に自分たちには何の非もないという態度により一層、腹が立つ。
「分かりました。ならば、一つずつ確認していきましょうか?俺は他のチームの戦闘訓練を見ていないので分かりませんから、引き合いに出して悪いですが同じチームであったアルトさんとベルドさん、それにモニカさんとキーリエさんにお伺いします」
俺が名前を呼んだ四人は、嫌そうな顔をして俺のことを見る。だが、俺は何食わぬ顔で質問を続けた。
「では、まず、アルトさんとベルドさんに質問です。魔法使いが騎士より有利な点とは何ですか?」
「騎士は接近して戦うが、魔法使いは遠距離で戦えることだ」
誰もが分かっていることを何故聞くんだと言わんばかりにアルトは、怪訝そうに質問に答える。
「そうですね。では、あなた方お二人は、どうして攻撃魔法を放つために、騎士に近付いたのですか?」
俺の質問を聞いたアルトとベルドは、「ぐっ」と唸りながら苦虫を噛み潰したような顔をして黙りこむ。二人の顔を見ていれば、答えはハッキリと分かっているけど、答えたくないと考えていることが手に取るように分かる。
「答えて頂かなくても結構です。近付かなければ、攻撃魔法を当てられないからですものね。それでは、さらに質問です。学園に入ってから授業以外で魔法制御の練習をされたことはありますか?」
自分たちが気にしていることをさらっと言われたことに、目をひんむいて驚くアルトとベルド。そんな二人に俺は、畳み掛けるように質問する。二人には悪いが、感傷に浸るのはまだ早い。
「それは・・・ない」
「・・・俺もない」
「それは、そうでしょうね。俺はこの学園に通い始めたこの一月近くに、一年生の誰かが演習場で魔法の練習をしている姿を見たことがありません。先生に言えば、使用出来ますよね?」
正確には、実際に演習場を目で見た訳ではない。
俺は、王都に来てから索敵魔法の練度を上げるために常時、索敵魔法を発動している。補習のために放課後も残って勉強していたので、一年生全員の動向は全て把握していた。二、三年生は時折、演習場を使用していたが、残念ながら一年生で演習場を使用していた奴は一人もいない。だから、直接見ていない俺が、誰の姿を見てないと言っても、ここにいる全員はそれを知らないので何も問題もない。
・・・別に、こんなことを追及するために発動してた訳ではないのだけどね。
「それは」と言って口ごもる二人に俺は、さらに言葉を言い重ねる。
「不意打ちのような形であったとはいえ、近付いて攻撃魔法を放たなければ、例え魔法反射されても避けるなり、防ぐなり出来たのではないですか?魔法制御が未熟なことが分かっているのになぜ、練習しないのですか?やらなくてもどうにでもなると思っているのですか?」
アルトとベルドの顔色が悪くなってきたところで、Cクラス全体にも問いかける。
「Cクラスの皆さんはどうですか?アルトさんとベルドさんと同じだったのではないですか?それとも同じように練習なんか積まなくても出来ると思っているのですか?」
Cクラスの生徒一人ひとりを見ていくように視線を移す。Cクラスの生徒は、目を泳がせるようにして俺の視線を避け、誰一人俺と目が合う生徒はいなかった。それだけで、自分たちもアルトとベルドの二人と同じだったということを答えているようなものだ。
そんな残念な様子に、わざとらしく「はぁ」と深いため息を吐いた後、再度、制服の内側から杖を取り出して構える。自分の前に野球ボールぐらいの火球を作り出して杖を振るい、今は誰も居ない闘技場の広場を楕円形を描くように飛ばす。
「俺だって初めは魔法制御が出来た訳ではありません」
初めのうちは出来なくても、練習を重ねに重ねてきたことを説明しながら、俺はもう一つ同じ大きさの火球を作り出して、先ほど飛ばした火球とは反対周りになるように飛ばす。二つの火球は、俺たちの居る観客席の対岸辺りでぶつかり、弾けて消えた。その様子見た皆から、小さく「おぉ」と感心する声が漏れ聞こえる。
「さて、今度は、モニカさんとキーリエさんに質問です。お二人もまた、魔法制御は不要と考えますか?」
「不要・・・とは言いません。でも、Cクラスよりか腕は確かです」
自分の番が回ってきたと身構えたモニカとキーリエ。少し震える声でモニカが質問に答える。キーリエは、その答えに恭順を示す様にコクコクと頷いた。確かに、Cクラスよりかはマシである。だが、マシなだけだ。俺は、片眉を上げながら小馬鹿にするように質問を続ける。
「なるほど。確かにCクラスよりは、遠くから魔法攻撃をされてましたものね。で、そのあと、どうなりましたか?」
「無様に魔力切れで負けましたよね?」と言葉は出さずニコッと笑みを浮かべながら二人を見る。二人はその意図に気付いたようで悔しそうに唇の端を噛みながら俺のことを睨む。そこまで、睨むなら一つ改めて聞いておこう。
「お二人は、自分たちの攻撃魔法が反射されると分かっていながら、ずっと同じように攻撃を繰り返していましたがなぜですか?」
「それは・・・」
モニカとキーリエは互いの顔を見ながら、言葉に詰まる。どうせ、数を打てばいずれは当たるとでも軽く思っていたに違いない。魔法反射を「たかが」と称していたのだから、ほぼこの考えで当たりだろう。だからこそ、行き当たりばったりで考えもないから言葉に詰まるのだ。
「一つ、ハッキリ言わせてもらいましょう。俺から見たら、Cクラスの二人もBクラスの二人もやっていることは五十歩百歩です。魔法制御と魔力量に違いがあるだけで、中身は全く変わりません」
俺が二つのクラスは同じレベルだと宣言したら、Bクラスの生徒が弾かれたように顔を上げて俺を睨んでくる。その顔には、そんな訳ないだろうと怒りに満ちた顔をしている。
「そんな顔をされるのであれば、Bクラスの皆さんにお伺いしましょう。攻撃魔法を放つ時、自分の目の前以外から放ったことがある人はいますか?」
Bクラスの生徒は、キョトンとした顔になって反応がない。どうもその反応を見る限り、、質問の意味が分からないといった感じであった。そうか、ちょっと分かりづらかったかったか。
「モニカさん、攻撃魔法を放つ時、どこから魔法を発生させて相手に飛ばしますか?」
「あなたがさっき言ったように、自分の目の前からでしょう?」
「ありがとうございます。通常、自分の目の前に魔法を発生させて、相手に向かって飛ばします。では、なぜ自分の目の前から魔法を発生させるんでしょうか?もう一度、モニカさん」
「それは、魔法を使うときの基本でしょう?」
モニカは頬に手を当てて首を傾げながら、俺の質問に答えてくれる。なぜ、そんな基本的なことを聞いてくるのかと心底、不思議で仕方がないといった感じに見える。
「確かに、基本です。では、なぜ基本なのでしょう?」
「・・・言ってる意味が分かりません。はっきりとおっしゃって下さい」
「分かりました。これも実例を見せた方が早いですね」
俺は、闘技場の広場にいくつもの火球を出現させて空中を漂わせる。それだけでも、すでに自分の目の前以外に魔法を発生させている訳なのだが、俺は皆に分かりやすいように、自分の目の前に水球を作り、「これが皆さんが考えていることです」と説明しながら、水球を飛ばして火球の一つを消す。
そして、今度は「これが目の前以外からといった意味です」と言いながら、地面から吹き出す様に水柱を立て、全ての火球を一瞬で消し飛ばす。「分かってもらえましたか?」と視線を闘技場の広場から観客席に戻すと皆、唖然とした顔で固まっている。
「自分の目の前から魔法を発生させるのは、それが一番、安定するからです。つまりは、これもまた魔法制御の一つという訳ですね。魔法制御が出来ていれば、任意の場所から魔法を発生させることが出来ます。だから、Bクラスの皆さん。今のを見て驚かれたということは、皆さん、自分の目の前からしか出せてないということでしょう?ほら、Cクラスの皆さんと何ら変わりないと思いませんか?」
BクラスもCクラスもやっていることは一緒だということを改めて突き付ける。反論したいけど反論出来ないと言った感じ「ぐっ」と悔しそうに奥歯を噛み締める生徒がチラホラ見えた。
・・・そろそろ嫌というほど自覚出来たかな?
「さて、俺から見た皆さんは、努力する気がなければ、そもそも向上心がない。さらに自分たちと同じレベルでない者を蔑み中傷するし、魔法使いコースの一年生で同士であるというのにクラス間での協調性もないのですが、それでも皆さんは一切反省すべき点はないとおっしゃられるのですか?」
俺は改めて一番初めにした質問を繰り返す。思うところがあって項垂れている生徒もいれば、年下の子供にそんなことを言われたくないといった苛立ちを見せる生徒もいた。そんな反省するという意識にまだ至ってない生徒からの視線を俺は、一人ひとり睨み返しながら、杖を掲げて宣言する。
「俺みたいなガキに言われて腹立たしですか?ならば、今すぐにでも決闘でも喧嘩でも、何でも受けて立ちます」
「さあ、かかってこい」と言う感じに挑発するが、誰一人乗る生徒はいなかった。決闘の宣言をした後に、もう一度、俺を睨んでいた生徒を一人ひとり見遣るが、全員視線をそらして俺と目を合わせようとしない。・・・挑む勇気がないのであれば、初めっから睨んでくるな!
「はぁ。本当に情けない。俺と戦闘訓練をした騎士のウィルさんたちは、俺との実力差を目の当たりにしても、正々堂々と真正面からぶつかって来てくれましたよ?きちんと相手に対する尊敬の念を持っておられました。それにそれだけじゃない。そんな劣勢の中からでも、自分たちの糧とするために必死に何かを得ようとされていました。素晴らしい向上心です」
俺の言葉を全員が項垂れるようにして聞いている。これで自分たちがさっきまで騎士たちを罵っていったことが、どれだけ恥ずかしいことだったか分かってもらえただろうか。分かってもらえてなかったら嫌なので、一言だけ付け加えておこうと思う。
「いい加減、自分たちがどれだけ恥ずかしいことをしていたか分かりましたよね?あと、これ以上聞くに堪えない騎士たちへの侮辱を言うようであれば、俺が叩き潰してやるから覚悟しろ」
身体の芯から底冷えするような声を出したつもりで最後の言葉を言い放つ。すると、隣に立っていたマリクがぎょっとした目で俺を見る。その後、俺の肩をガシッと持って「やるなよ?」と声にならない声で俺に言う。
・・・はっはっは、先生ったらやだなぁ、もう。今のは殺し文句じゃないですか。心配しなくても王都に謹慎中の身である俺は、問題を起こす訳にはいかない。
俺は、マリクを安心させるようにニコッと笑顔を返すが、マリクは頭が痛いと言った表情になる。もしかして、マリクは心配性なのではないだろうか。もし、マリクが胃痛に悩んでいそうだったら、いつでも治癒魔法をして上げようと心に決めた。
「さて、俺が言いたいことはここまでです。願わくば、俺から見たら三つも年上であるお兄様、お姉様のあなた方が、俺にとって尊敬出来る人であって欲しいと心から思います」
俺の言葉を聞いた皆は、項垂れながらも、やってやるぞといった前を見据えた目をし始めていた。なんだかんだ言っても、心根の強い者ばかりが集められたのが魔法使いコースの生徒だと俺は思っている。そうでなければ、こんな荒療治みたいな行事を毎年、学園側がやる訳ないのだ。
「それじゃあ、次の話をしましょうか」
「「「「「「まだあるの!?」」」」」」
次の話題に移ろうとしたら、皆の悲鳴のような総ツッコミを受ける。早速、仲良くなってきたみたいで何よりである。ただ、俺は言いたいことはここまでだとは言ったが、話は終わりと言った覚えはない。折角、学んだことがあるのだから、今日のことは次に繋げれるようにすることを忘れてはならない。
「まだ終わりませんよ。折角、魔法反射という今までに見たことがない現象を目の当たりにしたのです。これについて、しっかりと対策を練った方が良いと思いませんか?」
確かにそれは興味あると言った表情を皆が作る。俺はそれに気を良くしながら、話が長くてちょっとだれ始めてきたフレンを指さした。
「それじゃあ、俺の戦闘訓練を食い入るように見ていたフレン。俺は、あの魔法反射には三つの弱点があると思っています。それを答えてください」
不意に質問を振られたフレンは「俺!?」と目を瞬いて驚く。それでも「そうだな」と口にした後、何かを思い出す様に上を見上げる素振りをした後、俺に視線を戻して自信有り気に答えを出す。
「魔法反射が有効なのは、あの盾を構えている方向だけか」
「その通りです」
厳密に言えば、盾を構えた向きに対して、180度に魔法を反射する壁が作られる。全方位に壁を展開出来る訳ではないのである。だから、俺が一番初めに放った雷の一部は、盾を持った重装備の二人から最も離れた位置にいた二人、ルーファンとミントに直撃した。
「そして、それが一番の弱点だと思っています。盾を構えてない向きから攻撃すれば良い話なのですから。今回の戦闘訓練は五対五だったことを考えれば、二人が盾を引き付けて、後の三人で騎士の側面や後方から攻撃すればもっと違った結果が出たんじゃないでしょうか」
「・・・ちょっと待って。それが分かっていたのなら、どうしてもルートは正面から戦っていたの?あなたがさっき見せてくれた任意の位置から攻撃魔法を放てば勝てたでしょう?」
俺の話を聞いたエリーゼが、腕を組みながら怪訝そうに聞いてくる。その答えは実に単純だ。
「え?だって、それだけで終わらせてしまったら面白くないでしょう?それに、魔法反射の仕組みを知りたかったですしね。だからこそ、色々と試させてもらいました」
手をグッと握って「楽しかったです」と宣言するとエリーゼは、呆れた顔をしてから深い深いため息を吐いた。どうして、そんな顔するんですかね?解せぬ。
「じゃあ、呆れた顔をしたエリーゼ。後の二つは分かりますか?」
「・・・はぁ、そうね。あの魔法を反射する壁は魔力を消費して作り出している、かしら。盾を持った二人は、あなたの攻撃魔力を受けに受けて、最後は糸が切れたようにその場に倒れていたわ」
「正解です。当たり前かも知れませんがあの魔法反射もまた、魔法の一種。恐らくは、盾とあの鎧が魔術具になっているんだと思います。多分、盾や鎧にも内在されていると思いますが、基本的には自身の魔力を消費して壁を作り出していたんでしょう」
重装備の騎士の片割れのアウラは、自身を火属性の補助魔法で強化しているとウィルから聞いた。だから、アウラは騎士の中でも魔力を扱うことには長けている者と言える。恐らくは、そういう生徒が盾を装備する役だったと思う。
魔法反射にどれだけの魔力を消費にしているかは分からないが、結構な量の攻撃魔法を叩き込んだところで、魔力の枯渇で二人は崩れ落ちた。そのことを考えると彼女ら自身の持つ魔力だけでは足りないと思っている。魔法を扱えるのに敢えて騎士コースを選んでいることを考えても、魔力量が心許ないはずなのだ。
だからこその重装備なのかなと思い、戦闘訓練終了後にウィルに聞いてみたが、詳しくは教えてはもらえなかった。まあ、ウィルも詳しい仕組みを知っている訳ではなかったので仕方がない。ただ、あの盾と鎧は、騎士コースと魔法使いコースの教員たちによる共同開発だと教えてもらった。今度、時間があるときにでも、その先生を探したいと思う。
「さて、残りはあと一つです。分かる人はいますか?」
最後の一つは、俺の戦闘訓練をよくよく見れていれば気付くことが出来る。だが、かなり難易度が高い。俺が気付いたのは途中からだったし、多分、意識して見ていなければ、見落としてしまうだろう。答えを出してくれたフレンとエリーゼも、さすがに分からないようで首を捻って降参といった態度になってしまっていた。
「コホン。さすがに最後の一つは難しいので、俺が答えますね。それは、複数の攻撃魔法を同時に受けた時、魔法反射で意図的に返せるのは一つだけということです」
俺は、どの属性でも反射出来るのか次々と試した。結果は素晴らしいもので、属性に関係なく反射されてしまった。それでは、今度は一遍に攻撃したらどうなるかを試したが、それもまた反射されてしまったのだが、今までと違う点があった。それは、自分に跳ね返ってきた攻撃魔法が一つだけだったということである。
何度か同じことを試して検証し、最終的には、大きな火球に小さな火球を衛星のようにくっつけて、目立たないように放ち、魔法反射の壁に着弾する瞬間に、小さい火球が先に着弾するようにした。その結果、大きな火球と小さな火球はどちらも反射されはしたが、俺のところに跳ね返ってきたのは小さい火球だけであったので間違いない。
「以上の三つが、俺が思った魔法反射の弱点です。もちろん、他にもあるかもしれないですし、逆に、この弱点を克服してくることもあるでしょう。でも、とりあえず、今の話を聞いてどうですか?先ほど、盾なしでもう一回やらせろとか言ってましたが、そんな必要はないと思いませんか?」
弱点の話を興味深そうに聞いた皆は、「次こそは」と気合の入った目をしていた。ところどころでは、「ああしてはどうか」「こうしてはどうか」と話し合いを始めたところもある。その光景に満足しながらマリクを見遣り、「言いたいことは言い終えた」とアイコンタクトを取る。
マリクは、「ちょっとヒヤリとする場面もあったが、大方うまくまとめたか」と呟きながら、俺の頭をガシガシと撫でた。その感触を心地よく思いながら、一仕事終えた気分で安堵していると俺のお腹が「ぐぅぅ」と大きく鳴いた。・・・そういえば、とっくにお昼は過ぎている。
お腹をさすりながら、腹減ったと思ったところで、お腹の大きな鳴き声で俺に注目が集まっていることに気が付く。さっきまで皆からの視線を散々受けていたのだが、今はちょっと状況が違う。そう思った途端、とても恥ずかしくなってきた俺は、「お腹が空いたので食堂に行きます」と言いながら、そそくさとその場を後にした。
小走りで観客席から階段に通じる通路に出たところで、後方からちょっと楽しそうに笑う声が漏れ聞こえてきた。締まらないなぁと思い頬を掻くが、楽しく笑えるぐらいが丁度良いか思い直し、俺も笑顔で闘技場を後にした。




