第四十二話 下された王命
「ここまでの護衛、ご苦労さんやったなぁ。ほな、私たちは、商品をアイオーン商会に運ばなあかんから、ここでお別れや。じゃあ、またな。そやそや、ルート君、例の契約書を準備しておくから、また今度な」
王都に入ったところで、フリードは商会に行くと俺たちに別れを告げて、馬車を走らせて行ってしまう。随分と急いで行くんだなぁと馬車の様子を眺めていたら、ポンとエリオットに肩を叩かれて振り返る。
「さて、ルート君。君宛の書簡を預かっている」
「書簡ですか?」
俺が振り返るとエリオットは、道具袋から宝石が散りばめられた豪奢な筒を取り出して、俺の目の前に差し出してきた。いつも真面目なエリオットの顔が、いつもの三割増しぐらい真面目な顔をしているのがとても気になる。不穏な空気を感じながら俺は、豪奢な筒を受け取って、筒の中から一枚の羊皮紙を取り出して書簡の内容を確認する。
「えーと。ルート・エルスタード、貴公にエルグステア王立学園へ入学することを命ずる。なお、卒業するまでは、王都から出ることを禁ずる。レオンドル・エルグステアっと。・・・何ですかこれ?」
「この国、エルグステアの王様。レオンドル王から下った王命だね」
「・・・・え?」
突然の宣告に俺の思考が停止する。この国の王様から俺個人宛の王命って、一体全体どういうことだろうか?
「えっと。あの。どうして俺に王命が?どういうことでしょうか?」
「まあ、こんなことを突然、聞かされて驚くのも無理はないね」
エリオットは仕方がないといった顔見せると、なぜ、俺に王命が下ったのか理由を説明してくれる。説明してくれた内容を簡単に言えば、大の大人が苦戦するほどの魔獣を魔法で簡単に倒してしまう子供を、国として野放しにしておく訳にはいかないというものであった。早い話が俺は、この国から危険人物認定されてしまった訳だ。
「・・・あー。なる、ほど。なるほど。そうか、そうですか」
エリオットの説明は、さすがにショックが大きかった。自分としては、なんだかんだ言っても家族を守るため、皆を守るために良かれと思ってしたことだったのだ。それを、危険視されてしまうとは・・・。
・・・でも、八歳の子供が自分よりも何倍も大きい魔獣を倒せるだけの実力を持っているというのは、客観的に考えたら恐ろしい。特に、精神的にまだ幼いというところが恐ろしい。環境によって、白にも黒にも染まってしまう可能性があるだろう。そういう点からすれば、俺の本当の中身は、二十歳を超えた大人である。善悪の分別ぐらいは、自分で付けることが出来る。ただ、この世界の常識に沿うかどうかは別な話かも知れないが・・・。
「随分と思い悩んでいるね。さて、ルート君はどうしたい?」
「どうしたいって。エリオットさん、俺に選択肢はないですよね?」
「さて、それはどうだろう?」
「・・・もし、もしもです。この王命を俺が受け入れなかったらどうなりますか?」
「その場合は、君の一族を巻き込んだ処分が下される」
エリオットの言葉に、俺の心が一気に波立つ。俺のせいで、家族に処分が下る?何の冗談だ??
波立つ心に併せるように身体の中で魔力が濁流のように渦巻き始める。さらに、俺のこの世界での存在理由に土足で踏みこまれたような感覚に、魔力が膨れ上がるとともに感情も沸々と高ぶり始めた。このまま、感情に身を任せたら怒りで我を失って、魔力を暴走させてしまいそうだ。
・・・だが、たった今、国から危険視されていると忠告を受けたばかりである。このまま、魔力を暴走させる訳にはいかない。
吐き出せない感情を、どうにか抑え込むために俺は心臓を右手で掴むように、胸の前で拳を握って肩を丸めた。・・・苦しい。何もかもを破壊したくなるような黒い感情とそんなことはさせないという自制の板挟み。俺の魔力は、どうやら感情に引っ張られているらしく、身体の外に出ようと身体の中で暴れまわっている。
「・・・ルート駄目。魔力が漏れて・・・。抑えて!」
ティアが叫んでるなんて珍しいなと傍目で見ながら、俺は全身を強張らせる。魔力を可視化出来るほど俺の身体から漏れ出ているのだ。周囲にも、俺自身にも、かなり危険な状態である。そんな時、ソフィアが俺に近付いて、両手で俺の顔を持ち上げる。俺の顔を覗きこみながら「何て怖い顔してるのよルゥ」と言って、ソフィアは俺にデコピンをした。
「アウチッ」
俺は、額を押さえながらその場にうずくまる。多分、渾身の力が込められていたのではないだろうか。一瞬、額が割れたかと思うぐらいの激しい衝撃と痛みが俺を襲った。
「うぅ、うぐ。・・・ひどいですよ。ソフィア姉様」
「ひどかったのはルゥの顔です」
俺は、涙目でソフィアに抗議すると、ソフィアは片目を瞑りながら茶目っ気たっぷりな仕草で言い返してきた。その後、ちょっとホッとしたような顔をしながら、「どうやら落ち着いたようね」と言って、今度は俺の頭を優しく撫でる。
「・・・むぅ。すみませんソフィア姉様」
「良いのよ。私はルゥのお姉様なんだから。それにね、さっきの話はルゥの好きにして良いのよ?」
「好きにって。でも、それは・・・」
「それに、これは私だけでなく、お父様もお母様、それにリリも同じ意見よ」
どうやら、家族は、俺に下った王命のことを知っていたようだ。自分たちに処分が下るかもしれないのに俺の好きにして良いって、そんなこと・・・。家族の暖かさとその重みを感じて、さっきとは別の形で胸が苦しくなる。・・・はぁ、こんなにも俺のことを思ってくれている家族を危険にさらすとか本当に何やってんだろうか。さっき自分は、精神的に大人だと思っていたことがとても恥ずかしい。顔を隠してながら、のた打ち回りたい気分だ。
一度、大きく深呼吸をした俺は、口を出さずにただ見守るように静観をしていたエリオットに向き直る。
「王命、謹んでお受け致します」
「うん。分かった。ルート君が受け入れてくれて良かったよ」
「いえ、まあ、エリオットさんからも再三、誘ってもらってましたし、俺も前々から学園には興味を持ってましたからね」
俺の回答にエリオットが安堵の顔を見せる。リッドたちもまた緊張した面持ちから笑みがこぼれる。
「全く、冷や冷やさせやがって」
「本当ですわ。まだまだルートはお子様なのですから」
「・・・ルート。落ち着いて良かった」
「ご心配お掛けしました。・・・というか、三人とも知ってたんですね?」
三人の様子が時折おかしかったのは、俺に王命が下ったことを知っていたからに違いない。俺は教えてくれても良かったのにと思いながらジトリとした目で三人を見る。すると、リッドは腕を組みをして「当り前だ」と呆れた顔をする。
「ルートが王都に残るってことは、俺たちのチームから抜けるってことだろ?」
「あっ」
リッドの指摘に、家族だけでなく仲間にも多大な迷惑を掛けていることに気が付いて血の気が引く。
「そんな顔すんなよ。別に悪い話だけって訳じゃないんでだぜ?今回、変則的にお前が抜けることになっただろ。俺たちが一端の冒険者になるまで、エリオットさんたちのチームに編入してもらえることになったんだ」
「ええ、そうです。ソフィア様と一緒に依頼を受けれるのですわ。なんて素敵。とはいえ、しばらくの間は、ルート、あなたのために、エリオットさんもソフィア様も王都に滞在するそうですけどね。ふふ、わたくしも生家に戻ろうかしら」
「・・・ひとまずは、アルさんが面倒を見てくれることになってる」
俺が抜けることで戦力不足に陥るリッドたちの迷惑にならなければそれで良いのだが、皆の言い様だと俺が居なくても全く問題ないといった感じだ。・・・もうちょっと惜しんでくれても良いんじゃないかなぁとちょっと寂しく思う。
けど、エリオットたちのチームに加えてもらえたのなら、冒険者見習いとして二年目の課題である、小金貨一枚を稼ぐというのはきっと達成出来ると思う。皆が、一人前の冒険者になれるだろうとも思い、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「そうなると、明日の朝には、リッドたちは王都を出てしまうんですよね?」
「ああ、そうだな。明日の朝には、帰路の護衛依頼で王都を出発することになってるな」
「ということは、皆と一緒に居られるのは、明日の朝までか・・・」
「いや、残念だけど、それは出来ない」
少しでも皆と一緒に居たいと思ったのだが、エリオットから駄目だと即座に却下されてしまう。
「何故ですか!?」
俺はどうして一緒に居られないのかとエリオットに詰め寄ろうとした。だが、一歩踏み出したところで、膝から崩れるようにして、前のめりに倒れてしまう。
・・・あれ?身体に、力が入らない。
魔力を喪失し過ぎた時のような感覚に似ている。どうやら、身体の中で魔力を暴走させた影響が出たらしい。俺はふと薄れゆく意識の中で、この世界に来てから一体、何度目の気絶だろうかと思いながら意識が暗転する。
気が付くと俺は横に寝かされていた。目が開かず、身体もまだうまく動かせないが意識だけは、はっきりとしてきた。左頬に感じる柔らかさ、誰かに頭を撫でられている感覚から察するに、多分、ソフィアに膝まくらをしてもらっているのではないだろうか。それに、馬が大地を蹴る蹄の音と車輪のガラガラという音が聞こえるから、馬車に乗せられてると思われる。
「エリオットさん。ルゥを追い詰めるなんてひどいですよ。こんなにも疲弊して」
「いや、すまない。ルート君にとって大切なものを見極めようと思ったんだけど、予想以上だった。家族のことに対してかなりの執着心があるね」
「はい。ルゥは私たちのことを大切に思ってくれています。でも、多分、根っこのところは違うんですよね。去年の惨劇で、この子が想いを寄せていたシエラを失ったのが原因だと思います。それ以来、人が変わったように修行を始めましたからね」
「自分の大切なものを守るために強くなることは悪いことじゃない。でも、気を付けた方が良い。思いが強くあれば強くあるほど、君たち家族に何かあった時、ルート君はさっきみたいに、簡単に魔力を暴走させてしまうかもしれない」
「そう、ですね。そうならないように私たちも気を付けます」
ソフィアとエリオットの二人が俺の話をしているのだが、何とも居た堪れない気分だ。二人とも俺が気を失ってるものとして話をしているから余計に、である。二人が俺のことをどう思っているのか興味がないと言えば嘘になるが、あまり聞いていて良いものではないだろう。俺は、頑張って目を見開き、身体を無理矢理起こした。
「ん、ぐっ。・・・ふぅ。ここは?」
「起きたのねルゥ。身体は大丈夫?」
「ちょっと、身体が重いですが大丈夫です」
「ここは馬車の中、今は移動中だよルート君」
音を聞いて想像していた通り、俺は馬車に乗っていた。正面にエリオットが、横にソフィアが座っている。馬車は、フリードの荷馬車ような屋根や壁が布で出来た簡素なものではなく、しっかりとした木で出来ていた。荷を運ぶためのものではなく、人を運ぶための馬車だと一目で分かる。・・・木の触り心地がとても良い。なかなか良い馬車のようだ。ただ、窓がないので外が全く見えない。
それにしても、一体どこに向かっているというのだろうか。それにリッドたちは・・・。
「ご迷惑お掛けしました。それで、あの、リッドたちは?それにどこに向かっているんですか?」
「まあ、落ち着いて。まずは、リッドたちの話をしようか。皆、君が倒れて心配していたし、呆れていたよ」
「うぐっ」
エリオットの話によると三人とも呆れながらも、「さすがルート。最後まで俺たちの予想もつかないことをしてくれる」と褒めていたらしい。・・・あれ、それって褒められてる?
「それと、三人からそれぞれ伝言を預かっているよ」
「ちょっと聞くのが怖いですがお願いします」
「まずリッドから、『お前が王都から出られるようになるまでの三年間、俺もその間に強くなってみせるからな。そしたら、また一緒に遺跡にでも潜ろうぜ』次にアンジェからは、『一年後、一人前の冒険者になったら、一度王都に戻ろうと思ってますわ。その時にでも、顔を見に行って差し上げますわ』最後にティアから、『私も一年後には学園に入学することになってるから、その時に宜しくルート先輩』以上が三人からの伝言だよ」
三人の伝言から俺との再開を望んてくれていることが分かって、胸がじんわりと暖かくなる。それに愛想を尽かされてなくて良かったと心底ホッとした。
「エリオットさん。三人に会った時にありがとうと伝えて頂けますか?」
「もちろん。承ろう」
「ありがとうございます。ところでさっきリッドの伝言にあった、三年間、王都から出られないというのは?」
「王命にもあったと思うけど、ルート君は学園を卒業するまでは王都から出られない。その学園を卒業するのに三年間は通う必要があるってことさ」
「ああ、そういうことですか。ちなみに王都から出られないって何があってもですか?」
「何があってもだね。それに、すでに君はもう王都から出られない」
エリオットとの話によると、王都を取り囲んでいる外壁には、結界の魔術具が仕込まれており、常時、発動しているらしい。そして、許可を得た者でなければ王都に入ることも、逆に出ることも出来ないそうだ。許可なき者が結界に接触すると弾かれてしまうそうである。俺の場合、外から王都に入るのに一旦、許可を取得して、中に入った時点で、許可をはく奪されたらしい。・・・いつの間にそんなことが。
「そう、ですか。分かりました。ということは、母様の出産に立ち会うことは、出来ないのですね。それに、新しく出来る弟か妹に会えるのは三年後ということか・・・。ソフィア姉様、母様が出産する時には必ず同席してください。ああ、それにリリにもお願いしておかないと。リリには手紙を書くので持って行ってくださいね」
「ええ、分かっているわ。だから、ちょっと落ち着きなさいルゥ。また倒れるわよ?」
ソフィアに落ち着けと言われて俺は、ハッとして大きく深呼吸をした。どうやら、リーゼたちに三年間は会えないと分かって、興奮してしまったようだ。完全に無自覚だったことに内心、俺は焦る。・・・家族のことで暴走するかもってさっき聞いていた時、そんなことないよと思っていたけど、そんなことあるかもしれない。
「ええと。それで、今はどこに向かっているんですか?」
「今向かっているのは、これから三年間、ルート君が住む家だね」
「家ですか。えっと、学園の寮とかですか?」
「確かに、他国や地方から学園に入学する者もいるから学園に寮はあるけど、ルート君の場合は違うね」
「父様の実家に向かっているのよルゥ」
俺は話題を変えるために、馬車が向かっている行き先を聞いてみた。すると、アレックスの実家に向かっていると教えられる。そういえば、アレックスとリーゼは王都出身だった。アレックスの実家ということは、祖母が居るはずだ。祖父はアレックスが若いころに病気で亡くなっていて、今は一人で住んでいるって聞いたことがある。ということは、俺は、祖母に預けられるということなのだろう。・・・まあ、身内なら、何とかなるかな?
「父様の実家ですか。どんなところですか?」
「え?まあ、そうね。行けば分かるわよ」
ソフィアは、苦笑いを浮かべると頬を掻きながら、目を泳がせる。教えてもらえないとは、どういうことだろうか。・・・ものすごく不安になるんですけどソフィアさん?
「さて、ルート君が倒れる前に質問していたことなんだけどね。実は、学園の新学期が、風の季節の一月目から始めっている。だから、ルート君は一月分、出遅れてしまっているんだ。それを取り戻すために、明日から学園に通ってもらうことになる」
「・・・そういうことですか。確かに、一月分出遅れてるのは辛いですね」
「まあ、ルート君なら大丈夫だと思うけどね。おや、どうやら着いたようだね」
エリオットと話をしていると馬車が止まった。だが、少ししてからまた、馬車が動き出す。
「あれ?着いたのでは、なかったのですか?」
「ああ、今止まったのは、門を開けてもらったんだと思うよ?」
「門?」
エリオットの言葉に俺は首を傾げる。そして、少し馬車が走ったところでまた、馬車が止まった。その後すぐに、御者と思われる人が馬車のドアを開けてくれる。俺はソフィアに手を引かれるようにして馬車から降りた。
「え?」
馬車を降りた目の前には、大きなお屋敷が広がっていた。その大きさにあんぐりと口を開いて見惚れてしまう。すると、馬車に乗ったままのエリオットから声が掛かったので俺は、後ろに振り返る。エリオットは「じゃあ、頑張って。また、明日」と爽やかな笑顔を見せた後、御者に出発するように指示を出した。御者はすぐにドアを閉めてると馬車を走らせて行ってしまう。
そして、俺は再度、正面に向き直って大きなお屋敷を見上げてながら思った。
・・・何これ?俺、三年間もここに住むの?




