第四十話 護衛依頼 襲撃
王都に向けてルミールの町を出発してから、三日目の朝となる。ここまで何事もなく順調に進んでいた。しかも、俺が魔法で地面を綺麗に均しているため、予定よりもかなり進んでいるらしい。この調子で行けば、今日のお昼過ぎぐらいには、王都に着くとの話である。
今日は、王都行きの最終日ということもあって、冒険者見習い四人全員が一番目の馬車に乗っている。子供四人とはいえ、さすがにスペースがなかったので、荷物を少し他の馬車に移してから出発した。
「あーあ。それにしても暇だよな。馬車に揺られるだけなのは、もう飽きたぜ」
「もう、不謹慎ですわリッド。何もないことは良いことではなくって?」
「リッドも馬車を引かせてもらったらどうですか?結構、面白いですよ?」
「分かってるよアンジェ。けど、余りにも身体を動かすことが少なくて、身体が鈍っちまうって思わないか?あと、ルート。俺は、馬を引くよりも馬に乗りたい派だ」
「・・・私は、魔力を練る訓練をしてるから暇ではない。ルートが地面を均してくれたお陰で馬車が揺れなくて快適」
暇だと言う、リッドの言うことも確かに分かる。ただただ、長時間、馬車に揺られて移動するだけというのは、中々に堪えるものがある。かといって、時間を潰すための遊び道具がある訳でもない。ここに、トランプでもあれば、皆で遊んで楽しかったかもしれない。・・・とはいえ、護衛が遊び呆ける訳にはいかないんだけどね。
そんなことを思いながら、リッドたちと他愛のない話をしていたら、不意に索敵魔法で敵意を感知する。進行方向の少し先にある大きな木の陰に、人が四人がいる。そのことには、早い段階で気付いていたのだが、つい先ほどまでは、特に敵意など全くなく、警戒する対象とはしていなかった。それが、急に索敵魔法に引っ掛かった。
・・・こちらを視認してから敵意をむき出しにした?ということは、盗賊か?
でも、何かがおかしい。はっきりとしなくて、何かものすごくもやもやする。何だろうこの違和感。・・・敵意は感じるのに悪意を感じない?まだ、索敵魔法に不慣れなだけなのかもしれないのだが、悪意のない盗賊なんて居るだろうか?
「・・・リッド。不謹慎ですが喜んでください。こちらを狙ってる奴らが居ます」
俺の言葉に、リッドたち三人の顔が引き締まる。
「何!?それは本当かルート」
「ええ、街道沿いのほら、あの大きな木が見えるでしょう?その陰に四人、人が居るのですが、敵意を感じます」
「間違いなのですわね?」
「恐らくは。ただ、気になることがあるので、とりあえず、近付いて様子見ですね。戦闘準備だけは怠らず」
「・・・分かった」
「よっしゃ、腕が鳴るぜ!」
リッドたちに戦闘準備を指示してから、俺はフリードにも声を掛ける。
「フリードさん。恐らく、敵襲があります」
「ああ、聞こえとったで。とりあえず、どないするんや?」
「ひとまずは、あの大きな木まで近付いて下さい。敵意を向けられているとはいえ、襲ってこない場合もあるかもしれませんし」
「襲ってきたらどないする?」
「そしたら、全力で応戦するだけですね。でも、まずは相手の情報が欲しいです。だから、危険かもしれませんが接近をお願いします」
「分かった。ええやろ。任せたで」
もし、本当に盗賊なのだとしたら、接近などせずに遠巻きで魔法攻撃してしまえば良いだろう。こちらには俺とティアの二人も魔法使いが居てるのだ。わざわざ接近戦に持ち込む必要はない。ただ、間違っていた場合は、こちらが加害者になってしまう。相手の正体がハッキリとしない今は、迂闊に手を出すのは悪手だろう。
大きな木に近付くにつれ、索敵魔法で感じる敵意がだんだんと大きくなものとなる。間違いなく襲ってくるということが感覚的に分かった俺は、皆に馬車の前に出るように指示を出し、俺も馬車から飛び降りた。
「ひゃっはー。そこの馬車止まれぇ!俺たちは盗賊だぁ!命が惜しければ馬車を置いてとっとと失せろ!」
リーダー格と思われる男が、大きな木の陰から飛び出してきた。大きな声でこちらを脅しながら俺たちの前に剣を構えて立ち塞がる。その男の後に男二人と女一人が続いて出てくる。同じように剣を構えて、道を塞ぐように横並びになった。
・・・リーダー格の人、オレンジ色をした見事なモヒカン頭だ。・・・世紀末かな?
トゲトゲのついた肩パットじゃないのが実に残念。・・・いやいや。今は、そんなことを考えてる場合じゃないな。それにしても、何というか、やけに芝居じみている気がする。リーダー格以外の人は、ちょっと顔を赤めて恥ずかしそうにしているのは、多分、気のせいじゃない。それに、盗賊と名乗った割に、妙に身なりが整っているように思う。軽装ではあるが、きちんとした金属製の胸当てをしており、見た目はまさに冒険者、といった感じだ。
そうなると、一番に考えられるのは、先輩冒険者による模擬戦というのが妥当な線か?それだったら、敵意はあるけど、悪意が感じられなかったことに一応の説明がつく。
「リッド、アンジェ、ティア、ちょっと、良いですか?」
俺は小声で三人を呼んで顔を寄せ合い、今の推察を話す。
「なんだよ、本物じゃないのか」
「それなら安心ですわね」
「いや、それは逆だと思いますよアンジェ」
「なぜですの?」
「見た目の年齢から考えて、明らかに俺たちよりもベテランの冒険者ですよ?普通に考えたら、冒険者見習いである俺たちでは勝てませんよ」
自称盗賊の四人は、リーダー格の人を含めてエリオットかそれ以上の年齢に見える。俺たち冒険者見習いからすれば格上の相手だろう。しかし、そうなると初めから勝ち目が薄い戦いを強いられることになる訳なのだが、これの意図するところは何だろうか。
・・・うーん、如何にして窮地を切り抜けるか。いや、最優先なのは、護衛対象を如何に守るかかな。ただ、もし、万が一、俺の推測が外れていた場合は・・・。
「で、どうするんだよルート?」
「・・・そう、ですね。とりあえず、撃退しましょう」
「簡単に言いますわね。ベテラン冒険者が相手だとたった今、ルートが言ったのではありませんか。どうするおつもりですの?」
「相手は見たところ四人とも剣を使う接近タイプです。こちらは俺とティアが魔法を使えますし、リッドも弓があるでしょう?ソフィアを前衛にして牽制をしつつ、遠距離攻撃で相手を戦闘不能に追い込みましょう」
「わたくし一人で前衛ですの!?無理ですわ」
「・・・ルート。それだとアンジェがかわいそう」
アンジェは、目を見開いて無理だと首を大きく横に振る。ティアからも無謀だと咎められたが、それでも、俺は大丈夫だと言葉を続ける。
「アンジェならいけます。ソフィア姉様の鍛練で受けた剣を思い出してください。ソフィア姉様以上の剣の使い手はそうそういません。それを受けていたアンジェなら絶対にいけます。それに、もちろんアンジェが危なくないようにしっかりと補助魔法を掛けますよ」
「・・・ルート。あなた、また悪そうな顔をしているわ。ゴーレムの時、以来かしら?久しぶりに見るわね」
「ええ、そんなことないですよ?折角なので、先輩冒険者たちの胸を借りようと思っているだけですよ?」
「いやいや、どう見ても悪い笑顔をしてるぜルート」
「・・・分かりましたわ。ソフィア様から教えて頂いた全てをぶつけてやりますわ!」
話がまとまった後、俺はアンジェに補助魔法を掛けて、アンジェを前衛に、俺、リッド、ティアを後衛として陣形を取って、盗賊たちと向かい合う。
「おいおい、どれだけ待たせるつもりなんだ。話はまとまったかよガキども!その様子じゃ、無謀にも俺様たちに刃向う気のようだな?ガキだからといって容赦はしねえぞ!!」
リーダー格の男が、凄味のある声で俺たちをビビらせようとしてくる。だが、俺たちが話し合いをしている間、しっかりと待ってくれていた。もし、これが本物の盗賊だとしたら、ずいぶんと律儀な盗賊ということになる。
「ねえ、ルート。あなたの掛けてくれた補助魔法、すごい力があふれてきますわ。・・・別にわたくしがあの四人を倒してしまっても構わないのでしょう?」
「え?ええと、まあ、問題ないですよ。多分、それだけのことが今のアンジェなら出来ます」
さっきと違ってかなりの自信を見せるアンジェ。ソフィアに良いところを見せようと意気込んでいる。アンジェのセリフは、ちょっとフラグ的に良くないのだが、まあ大丈夫だろう。何があっても良いように、基本の六属性ではなく、その上位属性の補助魔法を掛けた。子供の力といえども、飛躍的に能力が上昇することは、自分で何度となく試しているから折り紙つきだ。
「行きますわ!」
雷属性で素早さを上げたアンジェは、目にも止まらぬ素早い動きで、リーダー格の男の懐に入って、斬りつける。男は「何!?」と驚いた声を上げながら、必死にアンジェの剣を受け止めた。
「ぐっ。素早いだけじゃねえ。嬢ちゃんのくせに、やたらと力がありやがる。くそ、魔法の強化か。おい、おめえら、油断するなよ。舐めて掛かったら痛い目にあうぞ」
「リーダーは大袈裟っすね。と言いたいところっすけど、どうやら大袈裟でも何でもなさそうっすね。何っすか今の動きは。めっちゃ素早かったっす」
「なるほど。期待の、とは聞いていたけど。こちらも本気で掛からないと駄目そうですね」
「子供相手に気が引けると思ってたけど、心配無用のようね」
一気にリーダ格の男のところまで斬りかかりに行ったアンジェは、リーダー格の男と鍔迫り合いの状態となる。動きの止まったアンジェを狙おうと、取り巻きの三人がアンジェを取り囲んで斬りかかろうとする。
俺とティアは、そうはさせじと三人に目掛けて、魔法で風の刃を飛ばす。風の刃が三人に襲い掛かるが、相手との距離があるせいか、当たる寸前のところで避けられてしまう。
「やっぱり、魔法使いは厄介っすね」
「おめえら。この嬢ちゃんは俺が押さえておく。先に魔法使いを潰してこい!」
リーダー格の男の命令で、取り巻き三人は、俺たちに向かって走り出す。
「させませんわ。あなた方全員は、わたくしが相手です!」
アンジェは、鍔迫り合いを弾いて一旦、間合いを取ると、鋭い剣撃でリーダー格の男の剣を弾き飛ばす。そして、アンジェは、くるりと身体を反転させると俺たちに襲いに掛かろうと走り出していた取り巻き三人を背後から襲う。
「なっ!」
「ふがっ」
「きゃっ」
アンジェは、剣の腹や柄の部分で取り巻き三人に打撃を加える。背後から不意を付かれた三人は、アンジェの攻撃を真面に食らい、為す術もなくその場に崩れた。
「ふ・・・ふふ、ふふふ」
「あの、アンジェ?」
・・・ヤバイ。アンジェに変なスイッチが入ったかもしれない。
アンジェは、恍惚な顔を浮かべている。模擬戦と思われるとはいえ、練習ではなく、初めて本格的に人間を相手にした対人戦闘。それを圧倒的な力で相手を倒したのだ。アドレナリンが蛇口を捻ったように出ているに違いない。
俺も魔獣シロ・クマを打ち倒した時は、ちょっとテンションがハイになっていたので身に覚えがある。あの時は、魔石を抉り出した後に、皆が俺のことを引いた目で見ていることに気が付いて、一気にテンションが下がった。その時、初めて自分が魔獣シロ・クマの返り血で、全身血まみれになっていることに気が付いたぐらいだったのだ。
「さあ、あの男で最後ですわ」
「あの、アンジェ。アンジェさん?ちょっと落ち着いた方が・・・」
「うるさいですわルート。お黙りなさい。わたくしは極めて冷静です」
「あ、はい。すみません」
・・・アンジェは鋭い視線で俺を睨む。とても冷静であるようには見えないんだよなぁ。
リーダー格の男は、弾かれた剣を拾い上げて、こちらに振り返る。男は、取り巻き三人が倒れている光景を見て、ギリッと奥歯を噛み締めると顔を真っ赤にしてプルプルと打ち震え始めた。
「くそ、よくも。よくも殺りやがったな!」
激情したリーダー格の男は、全速力でアンジェに向かって走り出す。アンジェもまた、男に向かって走り出した。二人の剣が、お互いに届こうとした瞬間、ソフィアの大きな声が聞こえてくる。
「二人ともそこまでよ!アンジェ、剣を引きなさい」
ソフィアの声を聞いたアンジェは、ピタッと動きを止める。そして、剣を鞘に収めるとソフィアの下に笑顔で走っていった。リーダー格の男も動きを止めていたが、ソフィアの下に走り出したアンジェを背後から襲わんとばかりに睨み付けている。
「ぐっぐぐ。くそ!」
「落ち着けノース。三人とも無事だよ」
「エリオット・・・。それは本当か?」
「ああ、間違いない」
「・・・はぁ、何だよ。そうかよ。俺はてっきり殺られたかと」
エリオットは、リーダー格の男のことをノースと名前を呼んで近付いていった。どうやら知り合いの様である。ノースと呼ばれた男は、エリオットの話を聞いて、その場に崩れるようにへたり込んだ。俺は事の顛末を聞くために二人に近付く。
「エリオットさん、それにノースさん?ですか。大体の事情は予想してますがお話、聞かせてもらっても良いですか?」
「勿論だよ、ルート君」
エリオットの話は、俺が大体、予想していた通りの内容であった。盗賊に扮した冒険者が、護衛依頼を受けた冒険者見習いを襲うのは、毎年の恒例行事らしい。これは、王都にある冒険者ギルドとその他の町に点在する冒険者ギルドとの親睦を深めるために長年行われているそうだ。
そして、ノースたち四人は、王都の冒険者ギルドに所属する冒険者。彼らは、個々の実力から言えば、上級冒険者に近い実力を持っているが中級冒険者であるらしい。それは、全員が剣を主とした近接戦闘型のため、チームとしてのバランスがあまり良くなく、相手に魔力を自在に操れる魔獣や魔物、魔法使いが居た場合、力負けしてしまうことが多いそうだ。そのために中級止まりとなっているらしい。
だから、魔法使いに対して思うところがあるノースたちは、今回の護衛依頼の盗賊役を買って出た。何せ、相手の冒険者見習いたちには、魔法使いが二人も居る。日頃の鬱憤を晴らすために、俺たちにギャフンと言わせるつもりでいたらしい。
「それが、ここまでこっぴどくやられるとは思わなかった。噂に聞いてはいたが、まさか本当にすげえとはな」
「そうでしょう?実力だけじゃなくて、頭も切れる。何せ、今回の襲撃を見抜いた上で、立ち回っていたんですから」
「・・・まあ、結果だけ言えば、ちょっとやりすぎましたけどね」
アンジェが向こうの方でソフィアに正座させられて、説教されているのが見える。怒られながらもソフィアを独占出来て嬉しそうにしているアンジェのことをぶれないなぁと思う。というか、多分、後で俺も怒られそうだとなと俺は頬を掻く。
すると、ティアが後ろから俺のローブを引っ張ってきた。何事かと振り返るとティアが「あれ」と指を指す。ティアの指の先を目で追っていくと、リッドが両手と両膝を地面について、見事な挫折のポーズをしていた。
「えっと、リッドは一体、どうしたの?」
「・・・俺に一つも出番がなかったって落ち込んでる」
「あはは・・・あー、確かに」
アンジェが活躍し過ぎて、完全に空気となっていたリッドは「俺の出番が・・・」と呟いている。どうやら今回の模擬戦は、誰も得することがなかったように思えて、俺は大きく息を吐いた。




