第三十九話 護衛依頼 道中
「それにしてもフリードさん。馬車って結構揺れますね」
「せやなぁ。この間、雨が降ったやろ?どうやら、地面が濡れてぬかるんだ街道で、馬車を走らせた奴がおるみたいやな。そのせいで、地面がガタガタになってもうてるわ」
ルミールの町を出発してから、半日ぐらいが経った。基本的にずっと座りっぱなしな訳なのだが、馬車がかなり揺れるのでお尻が痛い。治癒魔法で回復すれば良いだけではあるし、何なら補助魔法でお尻の防御力を上げておいても良いのだが、フリードの言葉を聞いて俺はポンと手を打った。
「あまり揺れると商品が傷んでしまうんやけどなぁ」
「そうか、じゃあこうしましょう」
俺は、手に魔力を収束させて解き放つ。土のマナ働きかけて、王都へと続く街道の地面をまっ平らに均した。ついでに、ちょっとやそっとのことで崩れないように土を凝縮してカチカチに固める。イメージは、完全にアスファルト舗装である。
突然、俺が魔法を使ったことに、フリードは目を丸くして俺のことを見ながら、心配そうに尋ねてくる。
「そないに魔法を使って大丈夫なん?何や見たところ、えらい遠くまで道が綺麗になってもうてるけど」
「ええ、問題ないですよ。これぐらいのことで魔力切れするようなことはないのでご安心下さい」
「そうか。せやったらええ。それにしても、地面が平らになって、めっちゃ快適に走れるな。これは思ってたよりも早く王都に着きそうやわ」
「喜んでもらえたのなら何よりです」
フリードと話をしていたら、ソフィアが荷台から顔を出して声を掛けてきたので、俺は後ろに振り返る。
「ちょっとルゥ?馬車の揺れが急に無くなったけど、どうせルゥ仕業でしょう?あなた、索敵魔法を常時展開してるんだから魔力は大丈夫なの?」
フリードと同じ様な注意を受けた俺は目を瞬きながら、フリードの顔を見遣った。フリードもちょうど俺の方に振り返っており、互いの目と目が合う。それが、おかしくして思わず二人して笑ってしまう。
「ちょっと、何で二人とも笑うのよ!」
「すみません、ソフィア姉様。フリードさんにも、ついさっき同じことを心配されたので」
「何や、そないな反応のソフィアを見るのは初めてやなぁ。新鮮やわぁ」
「もう、フリードさん、からかわないで下さい。とにかく、ルゥは、あまり魔力を使いすぎちゃ駄目よ?」
「分かってますよソフィア姉様。無茶はしません」
ソフィアは、頬を膨らませながら少しご機嫌斜めで荷台の中へと戻っていった。
「怒られてしまいました」
「怒られたなぁ」
俺とフリードは、同じ様なバツの悪い顔を浮かべながら肩を竦める。それがまたおかしくて、声を押さえながら笑い合った。
夕方、日が完全に落ちてしまう前に、野営の準備を始めることになった。夜間は、星明かりしかないため、基本的に真っ暗で危険なためである。光属性で明かりを出せばと思ったのだが、フリードから、日中ずっと馬車に揺られていただけとはいえ皆、疲れていること、馬も休ませてあげる必要があることを聞かされて納得する。その分、朝は夜明け前に出発することになるそうだ。
「ところで、不寝番の順番はどうしますか?」
「不寝番?ルート君たちの場合、魔法使いが二人も居るからね。この結界を張る魔術具で囲ったら良いよ」
てっきり、こういうときのセオリーとして、周囲を警戒するための不寝番を交替でやると思っていた。だが、魔術具の結界で丸ごと囲ってしまうから、わざわざ起きて警戒をする人は不要なのだそうである。さすが、魔術具。何て便利なんだ。・・・俺としては、焚き火の前に一人座って、火を眺めながらちょっと物思いにふけっちゃう、みたいなことを想像していたので、ちょっと残念である。
次の日の朝、日が昇る前に起きて朝食を取る準備を始める。依然として、ご機嫌が斜めのソフィアの機嫌を取るために、ソフィアの朝食を俺が作ることにした。ただ、集団行動をしているのに一人だけのために準備をするのは、あまり良くないだろうと思った俺は、結局、全員分の食事を用意することに決める。
ただ、その時は、良かれと思ってしたことだったのに、その後、王都にたどり着くまでの食事は、全て俺が作ることになる。皆から食事係として任命されてしまうことになり、ちょっとだけ後悔することになるのは、その日のお昼の話である。
朝早くから出発して、何事もなくお昼を迎える。その間、フリードに馬車の引き方を教えてもらったのだが、中々に難しい。これでも色々なことを出来ると思っていたのだが、動物相手には、うまくいかないようである。・・・うーん。まずは、馬と仲良くするところから始めてみるかな?後で餌やりでもしてみようっと。
「じゃあ、食事係は満場一致でルート君に決定やな」
「あの、こういうのって普通、皆で準備するものじゃないのですか?」
「まあ、あれや。出来る人に任せた方がうまいもんが食える。それに、彼の人には任せられんやろう?食えへんもんが出てくるで?」
「ちょっとフリードさん?それはどういう意味かしら?」
ソフィアは、とても素敵な笑顔なのに、全く目が笑ってない表情を浮かべながらフリードににじり寄る。フリードは脱兎のごとく逃げ出すが、ソフィアの速さに敵う訳もなく、あっさりと捕まり、拳骨を食らって頭を押さえている。
「ソ、ソフィア様が作ったものなら、わたくし何でも食べれますわ」
「アンジェ。声が上擦ってますよ。無理はしないように。命は一つしかないんですから」
アンジェが必至のフォローを見せていたが、俺は命を粗末にするものじゃないと諭す。当然、俺にもソフィアの拳骨が飛んできたことは言うまでもない。俺は、小さなたんこぶをこさえながら、大人しく食事係として食事の準備をすることにした。
料理は何でも良いと言われた。広大な草原、気持ちの良い天気、複数人の食事と考えて、俺はバーベキューをすることに決めた。完全にアウトドア気分である。俺は、鋼属性の魔法で鉄を出して、お肉を焼くためのコンロを製作する。コンロの上に金網を置いたところで、今度は具材の準備をすることにした。フリードから商品を少し使っても良いと言われたので、いくつかの食材を一つずつもらって調理を始める。
・・・まあ、調理といっても、肉はさすがに切って、少し塩で下味は付けるけど、野菜は魔法で加工して、後はそれらを魔法で作った金串に指していくだけの簡単なお仕事である。
「なあ、ルート君。これらの道具、どっから出したんや?それにこの野菜。一個ずつしか持っていかへんかったのに何でこんなにも、ぎょうさんあるんや?・・・あ、いや、魔法やということは分かってる。分かってるんやけど・・・」
「魔法ですね、フリードさん。まあ、そういうのが使えると思って頂ければ」
「なあなあ、ルート君。それを使えば・・・」
「そこまでですフリードさん。商人であるフリードさんが言いたいことは何となく分かります。でも、俺は、自分が責任を取れる範囲でしか使用するつもりはありません」
「ほう。それはどういうことやろ?」
「これらの魔法を商売に使えば、簡単に農家の人と鍛冶屋の人の職を奪うことが出来るでしょう。職を奪ってしまって、その人たちの生活はどうなるでしょうか?俺が面倒を見れる訳ではありませんし、そこまで責任は持てません。本当は、別にそこまで気にする必要はないのかもしれませんが、俺はそこまで非情にはなれません。まあ、正直なところ、皆が皆、使えたら俺も好き勝手にやるですけどね」
「・・・ふーん。なるほどなぁ。うん、ええなええな。ルート君は、なっかなかに男前やわ。めっちゃ気に入ったで」
串刺しにした食材を俺は次々と焼いていく。人数が多いので、金網の下からだけでなく金網の上にも魔法で火を出して、焦がさないように注意しながら、火で挟み込むようにして焼いた。その様子にフリードからは「めっちゃ器用なことするなぁ」と褒められる。魔法による火の扱いに関しては、色々な場面でよく使うので、かなりうまく使いこなしていると思っているので、褒められて素直に嬉しい。
「なあ、ルート。これだけでもおいしいんだが、何か野菜に付けるソースないか?」
リッドが口をモグモグさせながら、野菜に付けるソースが欲しいと言われる。本当は、焼肉のたれがあったら最高だろう。だが、残念ながらそんな物はない。あると言えば、作り置きして冷やして保存しているマヨネーズぐらいだろうか。俺は、道具袋からマヨネーズを取り出してリッドに渡す。それを、フリードが興味深そうに眺めていた。
「ルート君。私もこれ付けてみてもええか?」
「ええ、もちろん。構いませんよ」
フリードがスプーンでマヨネーズを少し取り分けてた後、人差し指にちょっと付けてペロッと舐める。すると、全身をプルプルと震わせて、驚愕の顔をしながら俺の方を向く。
「なんやのこれ、めっちゃうまいやん。ルート君、これどないなってんの?」
「うーん。それは秘密ですね。基本的には、ありきたりな食材の組み合わせなのですけどね」
「ええ、教えて欲しいわ。ほんまにめっちゃくちゃうまいやん。これ絶対売れるわぁ」
昼食は盛況で終わる。メインであるはずのバーベキューよりもマヨネーズがとても人気が高かった。特にフリードの食い付き方が、完全に商売人のものになっていたのがとても印象的あった。俺はその様子見て、前々から思っていたことを行動に移してみても良いんじゃないかと心を動かされる。そして、昼食後、再び馬車に乗って走り始めたところで、フリードに話しかける。
「フリードさん。ちょっと商売の話を良いですか?」
「何やろ?あ、もしかしてさっきのマヨネーズとかいうソースのことか?」
「ええ、そうですね。フリードさんが扱ってる商品って基本的に食材関係ですよね?そこで、俺が今までに色々と作ってきたレシピを買って頂ければと思ってます」
「ほんまか?ええで、ええで。なんぼなら売ってくれるんやろか」
「ああ、すみません。買ってもらうという言い方は良くなかったですね。出来れば売れた分の利益の一部を俺に入るように出来ませんか?」
レシピをいくらで売り付けたらいいのか正直、相場が分からない。値段を付けてもらったところで適正なのかどうかも判断が出来ないのだ。そこで思い付いたのが、利益の一部をマージンとしてもらう方法である。そんなやり方がこの世界にあるかどうかは分からないが、売れたら売れた分だけ収入が入るようにしていれば、とりあえず値段を考える必要がない。
・・・それに長く収入が得られる方が、俺としてはありがたいんだよな。道具袋を買い取るために必要な大金貨一枚を貯める道のりは、まだまだ長いからな。
「どうでしょうか?」とフリードに尋ねたら、フリードは、俺に馬車の手綱を押し渡すと腕組みをして、下を向いてブツブツと喋りながら考え込んでしまう。多分、頭の中でどれぐらいの利益を生み出せるのか計算をしているのに違いない。
しばらくすると、フリードが顔を上げて「よし、これでどうや」と三本の指を立てながら俺の方を見る。だが、俺には立てられた指の意味が分からなくて、首を傾げるしかなかった。
「えっと、すみませんフリードさん。つまりはどういうことでしょう?」
「ん?ああ、すまんすまん。わからんよな?ルート君のレシピから作った商品、それで稼いだ利益の三割でどうやろか?」
「え、そんなにも良いんですか?」
「そんなもんちゃうかな?まあ、人によってはもっとがめつい奴はおるで」
人によっては、それを考えたのは俺なのだから、利益は全部俺のものだということを主張する人は珍しくないそうである。さすがにその考えはどうなのだろうか?と思うし俺は、そこまでがめつくなれない。
「すでに完成してあるレシピをアイオーン商会の御用達の食品工房に持ち込むだけやし、ちょっと試作品を作るぐらいで、初期投資はそれほど掛からんやろう。もちろん、販売に関しても全面的にウチが引き受ける。商品の原価に人件費、これらを差し引いた利益の三割っちゅうことでどうやろう?」
「俺は、それで良いですよ。でも大丈夫ですか?勝手に決めちゃって」
「かまわへんよ。これでも私は、アイオーン家の末っ子やから、商売の一角を担ってるんや。それに君のレシピには、十分に商機があると思ってる。今、めっちゃくちゃ燃えてるわぁ。絶対に、損はさせへんで?ただ、残念なのは今すぐに、という訳にはいかへんのよなぁ」
「フリードさんってアイオーン商会に雇われてる人じゃなくて、アイオーン商会の人だったんですね。それなら安心です。それにしても、今すぐ出来ないというのはどういうことでしょう?」
「ああ、権利をハッキリとさせるためにな、契約書を交わすんやけど、今はそないなもの持ってきてへんからな。それに契約書は、魔術具の一種やから魔法を使えるもんがおらんと使えへんのよ。まあ、その点、ルート君は魔法使いやから、契約書さえあればええんやけど。・・・今度、王都にあるアイオーン商会の支部でやろか」
「え?あぁ。はい、それじゃあ、それでお願いします」
確か王都に滞在するのは、一晩しかなかったはずなのだが、そんな時間があるのだろうか。ルミールの町に戻ってからでも良いのでは、と俺は首を傾げるも、少しでも早く契約をしてしまいたいというフリードの商魂たくましい姿に俺は思わずクスリと笑う。・・・この人に任せれば、うまい具合にやってくれそうだ。
「それよりも、なあ、ルート君。君さえよかったらウチの商会に入らへんか?君みたいな優秀な人材、めっちゃ欲しいわ」
「ちょっと、フリードさん。ルゥを勝手に勧誘しないでもらえますか?」
「あかんか?何なら私の専属の料理人でも・・・」
「フ、リ、イ、ド、さ、ん?」
フリードは、本日、二回目となるソフィアの拳骨を食らう。そろそろ、フリードの頭の形が変わってしまうかもしれないと俺はちょっと心配になった。