第三十七話 花見に行こう
「突然なんだがウィスピ」
「ほんとに突然ね。一体、何かしらルート?」
「花見がしたい」
メルギアの森で、ウィスピに修行の相手をしてもらっている時にふと、そう思いついた。この世界で言う風の季節は言わば、春である。春と言ったらやっぱり花見だろう。・・・出来れば桜が見たいなぁ。
「ルート。言ってる意味が分からないわ」
「ん?言葉のままなのだが?花見は花見だ」
俺の回答にウィスピは、腕組みをしながら頭を傾げる。ちなみに、ウィスピに修行の相手をしてもらっていると言っても、リリの姿で顕現したウィスピでなく、ウィスピが宿る木が相手である。リリの姿をしたウィスピに攻撃を加えることなんて、俺には出来ない。
修行としては、攻撃魔法は禁止、単純に俺が剣で木に攻撃を当てることが出来れば勝ちというものである。まあ、そう簡単には当てることが叶わないのだが。
ウィスピが自在に操る幾多のつるが俺に襲い掛かる。つたは、物凄いスピードであるとともに、その威力は岩をも砕く。この間、油断してまともに攻撃を食らった時は、腕がもぎ取れるかと思った。土属性で防御力を上げていたのにも係わらずにである。反射的に光属性の治癒魔法を瞬時に掛けた俺、マジグッジョブ。
あと、最近は、つただけじゃなくて葉っぱを硬化させてナイフのように飛ばしてきたり、その辺りに生えている雑草を伸ばして足を絡め捕ろうとしてきたりもする。実に、多様な攻撃を仕掛けてくるようになった。何だが、日々の鍛練を積んでいる俺よりも、やっぱりウィスピの方が強くなっているとつくづく思う。人間と精霊を比べるものじゃないとは思ったのだが、一度ウィスピに聞いたことがある。まあ、ウィスピには、「何言ってるの。ルートのせいじゃない」と素っ気なく言われただけなのだけど。・・・俺のせいって言われても意味が分からない。
・・・ああ、そうか。ウィスピは今、こんな気持ちか。
「悪いウィスピ。説明不足だったな。まあ、なんだ。風の季節は、色々な植物が芽吹く季節だろう?中には綺麗な花を咲かせる植物もある。それを眺めながら、食事をしたり話をしたりしながらワイワイと騒ぐんだ」
「ルートは騒ぎたいのかしら?騒ぐのだったら余所でやってちょうだい」
「いや、騒ぎたいという訳じゃなくて。・・・うーん、そうだな。おいしいものでも食べながら静かに花を見たいっていうのでどうだ?丹精込めてデザートを作るぞ?」
デザート作るという言葉にウィスピがピクリと反応する。こういうところは、分かりやすくて実に助かる。それに何より、精霊だけどこの人間味のあるところが俺はとても気に入っている。
「ま、まあ、仕方ないわね。そこまで言うなら良いじゃないかしら?」
「よっしゃ。じゃあ、そこで相談なんだが」
「はぁ。何をして欲しいのかしら?」
俺は、落ちていた木の枝を取って、地面に桜の絵を書く。『桜』と言ってもこっちの世界では通用しないだろう。あるかどうかも分からないし、こっちでの名前も分からない。とりあえず、似たようなものがあれば嬉しく思う。
「こういう形をした薄いピンクの花をたくさん咲かせる木を知らないか?」
「ふーん、そうね。ちょっと花の形は違うけど、そんな木ならこのメルギアの森に群生しているところがあるわね」
「本当か!?やった!さすがはウィスピ。メルギアの森全域を掌握してるだけのことはあるな!」
嬉しさのあまり、ウィスピに抱き付く。ウィスピは「きゃっ」と声を上げた後、「嬉しいのは分かったからちょっと離れなさい」と言いながら、つたを俺の首に絡める。俺は、そのつたに首を絞められながら後ろに引っ張られた。
「全くもう。それにまだメルギアの森全域は掌握出来ないわよ。あの忌々しいレッドドラゴンが住んでいる近くは、あのドラゴンの魔力で満ちてるから・・・。でも、必ず掌握してやるわ。あのドラゴンに好き勝手させないんだから」
「ウィスピは本当に、メルギアが嫌いだな」
「ふん、当たり前でしょ?」
・・・まあ、二人は、燃やす者と燃やされる者の仲だから仕方がない。
「それじゃあ、早速、下見をしたい。連れて行ってくれ」
「もう、修行は良いのかしら?分かったわ。ついてきなさい」
ウィスピはつたでブランコのようなものを作り、それに座りながら移動を始めた。「何それおもしろそう」と思った俺は、「俺も乗ってみたい」と聞いてみた「嫌よ」と素気無く断られる。実に残念だ。
ウィスピに連れられて森の奥へと進む。すると途中で、結界が行く手を阻んだ。どうやら、桜と思しき木があるのは結界を越えた先にあるらしい。俺は、結界の前で立ち止まって空を見上げた。その瞬間、しゅるっとつたが俺にしっかりと絡み付く。
「あれ、既視感」と思った時には遅かった。気付いた時には、俺はつたによって空中に投げ出されていた。前の時は、振り子の反動を利用して飛ばしていたのに、今回は上に引き上げられただけで軽く飛ばされた。俺は、やっぱり、ウィスピは確実に強くなっているなぁと感嘆の息を吐く。
「さてと、俺も成長してるところを見せないとな」
前の時は、あたふたしながら地面ぎりぎりのところで発動させた重力属性の魔法によって九死に一生を得るという状態であった。だが、今の俺は、あの時と比べたら、色々と経験を積んでこれでも成長している。これしきのことでは、もはや動じる俺ではないのだ。
俺は、空高く飛ばされて結界を越えたところで、魔法障壁を自分の下に出して、足場とした。・・・うん、高いところから景色を見渡せるのは、やっぱり壮観だな。
メルギアの森を見渡していると、一角だけピンク色をした木が群生しているを発見する。多分、あそこがウィスピが言っていたところに違いない。俺は、その木が群生している位置まで魔法障壁を斜めに伸ばして、滑り台のようにして滑り降りた。
「うん、なかなかにスリリング」
「おもしろそうなことしてるじゃないルート?」
「そうだろ?やってみたかったら、そのブランコで手を打とう」
「まあ、自分でやろうと思えば出来るけど、考えておくわ。っていうか、ルートもこれ、自分でやろうと思えば出来るでしょ?」
「ん?出来ると言われたら出来るけど、自分でやるのと人にやってもらうのとでは気持ちが違うだろ?」
「・・・はぁ。でも、そうかもね」
俺が地上に降り立つとつたのブランコに乗ったウィスピがやってきて合流した。そして、少しだけ歩いた後、桜と思しき木が生えてる場所で、俺は上を仰ぎ見て、その光景に感動と郷愁を覚える。
桜とは確かに花の形が違う。けど、似たような木がそこにはあった。すでに満開から少し過ぎてしまったぐらいであったが、花見をするには十分である。それに、花びらが儚く散っていく様は、まさしく桜と同じように風情があった。・・・そうそう、これだよこれ。
「・・・んんん!」
「唸り声なんて上げてどうしたのかしら?思っていたのと違った?」
俺は、感動に打ち震える。そこにこの場所を教えてくれたウィスピから声を掛けられて、ウィスピへの感謝の気持ちがあふれだす。俺は、感謝の気持ちを表すためにガバッとウィスピに抱き付いていた。
「ありがとうなウィスピ。これに間違いない!」
「あーはいはい、嬉しいのは分かったから。・・・全くもう。気安く精霊に抱き付くのはあなたぐらいなのかしら?」
ウィスピは呆れながらも俺の背中をポンポンと優しく叩く。精霊に気安く抱き付くと言うが、妹のリリの姿で顕現している方が悪い。
「で、どうするのかしら?」
「もちろん、明日に花見をする」
「そう、デザート楽しみにしているわよ?」
俺はウィスピと別れた後、明日の準備のために、ルミールの町に足りないものを買いに向かった。ついでに、冒険者見習い仲間であるリッド達も参加しないか確認をすることにした。
「花見?何だそれ?それよりも、明日はチビ達の面倒を見ないといけないから俺は参加出来ないぜ。悪いな」
「お花見ですの?ソフィア様も行くなら、わたくしも参加しますが、明日はソフィア様、遺跡調査でいらっしゃらないでしょう?パスですわ」
「・・・お花見?悪いけど明日は外せない用事があるから参加出来ない」
リッド達には、三者三様の理由で断られてしまった。三人を誘ったことでハッキリと分かったのが、どうやら花見をするという概念は、この世界にはないらしい。精霊であるウィスピには、通じないだけかと思っていたらそうじゃなかった。・・・ううぅむ。皆、それほど花に興味はないということだろうか。
次の日の朝、俺はリリを連れて家を出た。メルギアの森に向かう途中で、ヒューと合流し三人で花見の場所へと向かう。ちなみに、ヒューに関しては昨日、ルミールの町から家に帰るところで会っていた。いや、正しくは、襲われたかな?
家に帰る途中、俺は背後から物凄い衝撃に襲われた。その衝撃で前のめりに倒れ込み、砂地でプロ野球選手さながらのヘッドスライディングをすることになる。不意を突かれたこともあり、俺の身体の前面は擦り傷だらけとなった。
何事かと振り返ったら、そこにはヒューが嬉しそうに立っていた。「何で居るんだ?どうやってきた?」と聞いてみたところ、なんと雷属性を数日で使いこなし、ここまで猛スピードで飛んできたらしい。やっぱり魔族は違うなぁと感心しつつ、俺はふと思った。もしかして、その猛スピードのまま俺に突っ込んできたんじゃないか?と。
その後、ヒューをその場に座らせて、俺も正座をしながら小一時間ぐらいヒューに説教をした。魔法は使い方によっては、多くの人を傷つけることが出来るものである。特に基本の六属性以外は尚更だ。子供に教えを説くのは、大切なことなのである。・・・まあ、今の俺は八歳の子供なんだけど。
ただ、俺との約束を守って、折角、遊びに来てくれたというのに、説教で半泣きにしてしまった。そのお詫びも兼ねて今日の花見に誘っていたのだ。リリと楽しそうにおしゃべりをしているので、二人とも良い友達になれそうで何よりである。
メルギアの森、ウィスピの宿る木がある開けた場所で、ウィスピと合流する。ヒューがウィスピのことを見て、リリにそっくりとはしゃいだ後、ウィスピが精霊だと知って慌てながらリリの後ろに隠れてしまう。
・・・ふーむ。やはり、精霊というものは、本来、恐れられるというか、恐れ多いという存在なのだろうか。
俺は、ウィスピに近付いて、にやにやしながら小声で「怖がられたな」とからかったら、すねの辺りを思いっきり蹴飛ばされた。痛い。
三人を引き連れて昨日、見つけた場所へと移動する。当然、途中で結界に行く手を阻まれるのだが、今日のウィスピの行動は、昨日と違っていたことに俺は驚く。
「ちょっと、離れてなさい。結界を部分的に無効化して通れるようにするから」
「んん!?ちょっと待ったウィスピ。そんなこと出来るのか?」
「そうね。これぐらいの結界なら壊すことなく無効化するぐらいのことは、出来るようになったかしら」
「・・・じゃあ、どうして俺は昨日、空高く飛ばされたんだ?」
「ルートが空を見上げてたから、あの時みたいに飛ばして欲しいと思ったのだけれど?」
・・・まあ、いいか。ヒューは飛べる良いけど、リリのことはちょっとどうしようかと思っていた。安全な方法があるならそれに越したことはない。
俺は、少し脱力感を覚えながら、ウィスピの開けた結界の隙間を通る。そして、昨日の場所へと向かって移動を再開した。
「うわー、素敵。ルゥ兄様が熱く語ってくれた通りです。凄い綺麗」
「本当に綺麗。こんなの初めて見たよルート」
昨日の場所にたどり着くと、リリとヒューがうっとりと満開の木を見上げながら感嘆の声を出す。そんな二人の様子に俺は満足する。やっぱり、花見は良いものだと。うんうんと頷きながら二人の楽しそうな様子を見ていたら、俺の服の袖をウィスピがクイクイと引っ張る。
「さあ、着いたわよ。早くデザートを出しなさい」
着いて早々のウィスピの要求に俺は目を瞬く。植物を司る樹属性の精霊ともあろうお方が、花よりだんごで良いのだろうか。・・・ああ、いやいや。元々、デザートで釣ったのは俺だったな。
それでも、食欲が優先な精霊に苦笑しつつ、俺は準備に取りかかる。本当はビニールシートを敷いて地べたに座りながらのんびりと花を眺めたいところなのだが、残念ながらそんなものはない。持ってきたデザートを置くためにも、俺は小さなテーブルと人数分の椅子を樹属性の魔法で、木を加工して作った。そして、テーブルの上に、お皿に乗せて持ってきたデザートを道具袋から出して並べる。
本日用意したのは、シュークリーム、クレープ、クッキー、プリンである。もっと色々と再現をしたいのだが、なかなかレパートリーが増えない。それは、この辺りでは、砂糖が手に入らないせいである。はちみつや樹液、果物で甘味を代用しているから上手くいかないことが多い。
来月、風の季節二月目に入ってすぐ、冒険者見習いとして最後の研修と言える護衛依頼がある。実際には、商人と商品を守りながら王都に行くことになっている。王都は、この国の中枢であることを考えれば、きっと色々な物があるに違いない。そこで砂糖が手に入ればと思っている。・・・欲を言えばお米があると殊更嬉しい。
俺は、テーブルの上にデザートを並べ終えてから、舞い落ちる花びらを掴もうと遊んでいるリリとヒューを呼んで、椅子に座るように促す。ちなみに、ウィスピはすでに座っており、準備万端である。二人を椅子に座らせた後、俺は道具袋からリーゼに許可をもらって持ってきたワイングラスを四つと大き目のビンを一つ取り出す。そして、ワイングラスにビンに入った液体を注いだ。
「わぁ。しゅわしゅわしてます。父様がよく飲むお酒見たいですねルゥ兄様。まさかお酒ですか?」
「いや、ルルカで作ったジュースだよ。ちょっと手は加えているけどね」
花見だから、ビール片手におつまみと洒落込みたいところではあるが、残念ながら全員未成年である。精霊であるウィスピに年齢制限があるかは分からないが、見た目はリリと同じだから未成年扱いだ。
アレックスがよく飲むお酒がビールっぽい感じであったのだが、それを持ってくる訳にはいかない。でも、せめてビールのシュワシュワ感が欲しかった。そこで準備したのが炭酸ジュースである。風属性で空気を、水属性で水分を操り、魔力に物を言わせて強引に作り上げた逸品である。我ながら思いつきにしては、良く出来たと思っている。
「よし、これで準備出来たな。それじゃあ乾杯しようか」
「ルゥ兄様。乾杯って何ですか?」
「まあ、なんだ。食事を始めますよって言う合図みたいなものと思ってくれたら良いよ。それじゃあ、皆、グラスを持って。俺が乾杯って言うから、皆も乾杯と言ってくれ。乾杯って言った後は、こうしてグラスとグラスと軽く触れ合わせるのが習わしだ」
「そうなのですか?初めて知りました」
「何かおもしろそうだねルート」
「良いから早く食べましょう」
「それじゃあ、乾杯!」
「「「乾杯」」」
それにしても、花見として来たのには違いないのだが、椅子に座り、テーブルで優雅にデザートを食べるという光景は、これじゃない感が半端なかった。けれど、楽しそうにしてくれている三人を見ていたら、これはこれで良いかと思えた。そのことに満足しながら俺は、ルルカ100%の炭酸ジュースをあおるように飲み干す。そこで、ふと花見をしに来た肝心の木の名前を聞いていないことに気が付いた。
「そういえば、ウィスピ。この木の名前を聞いていなかったけど、何て言う名前なんだ?」
「ん?こおくになあえあんえなえあお」
「ごめん、食べ終わってからもう一度お願い」
「・・・・ごくん。この木に名前なんてないわよ。森の奥あるから、今まで誰の目にも留まらなかったみたいのようね。・・・ルート、あなたが名前を付けなさい」
「俺が?勝手に付けても良いのか?」
「ええ、この木もそれを望んでいるかしら」
名前を勝手に付けても良いと言われたので俺は、迷うことなくその木を「サクラ」と名付ける。ウィスピから「変わった響きだけど悪くないわね。この木も喜んでいるわ」と言われたので問題はなさそうだ。
デザートも食べ終わり、十分に花見を満喫した後、ウィスピに頼んでサクラから種を分けてもらった。折角、綺麗なのに森の奥だけでしか楽しめないのでは、もったいない。
もっと人目につくところに植えてやろうと俺は密かに企む。