第三十話 吹雪の原因
メルギアの腕の中で揺られながら眠ってしまったせいか、前に見たことのある夢を見た。ひどく急いでいる女性に抱かれて運ばれる夢だ。抱かれているのは、物凄く揺れることを除けばとても心が落ち着くので、このまま抱いていて欲しいと思うのだが、やっぱり、前と同様に真っ暗な所に押し込められた。
真っ暗な闇の中、何れだけの時間が経ったのか分からない。外の喧騒が納まって静かになった頃、不意に暗闇の中に光が射し込んでくる。誰かが俺を押し込めた所を開けたらしい。その誰に俺は真っ暗な所から引き出されて、抱き上げられる。その人は、他の誰かに話しかけているようで横顔しか見えないが男性であることは分かった。顔がはっきりと見えないのだが、俺はこの男性を知っているような気がする。
誰なのか気になった俺は男性の顔をよく見ようと手を伸ばした所で目が覚める。
「ふぁ~。ん。・・・あれ、ここは?・・・ああ、そうか。メルギアに運んでもらっている間に寝ちゃったか」
大きく背伸びをした後、俺は寝ぼけ眼で辺りを見渡し、自室のベットで寝ていることに気が付く。窓に目をやると外は相変わらず吹雪いていた。・・・今、何時ぐらい何だろうか。ここ最近、常に空が厚い雲に覆われて吹雪いているせいで、日の光がほとんど入ってこないので薄暗い。だから、今一、今の時間が分からない。
俺は、もそもそと起き上がって、道具袋に手を伸ばし、中から時計を出して時間を確認する。メルギアと戦ったのが昨日のお昼過ぎで、今の時間は朝の五時。どうやら、半日以上寝ていたらしい。良く寝たなぁと呆れつつ、俺は自分の中にある魔力の残量を確認する。
魔力は完全とはいかないが、半分以上は回復している。となると、昨日出来なかった森の木々を治しにいかねばならない。朝は早いが俺は早速、出かけようとした所で、自分のお腹が「ぐぅぅぅ」と鳴り、思わずお腹を押さえる。・・・晩御飯も食べずに寝てしまったからお腹が空いたな。
「まずは、腹ごしらえだな。・・・ああ、そうだ。料理ついでにウィスピの機嫌も取っておくかな?」
俺は自分の朝ご飯とウィスピへの献上品を作りに台所へと向かう。調理をしているところで、リーゼが起きてきて、俺が居ることに目を丸くして驚く。
「おはようございます母様」
「おはよう。こんなに早く起きてどうしたの?もう、起きて大丈夫なの?昨日、メルギアさんに抱かれて帰ってきたからびっくりしたわ」
「あはは、すみません。メルギアさんにはみっちり、鍛えてもらいましたから。久しぶりに体力も魔力も限界でした」
「ふふ。あまり無茶はしないでね?」
俺は昨日出来なかった森の木々の治療があるので早速、出掛けようとしたけど、お腹が空いていたので、まずは腹ごしらえをするために料理していることを説明した。
「そう、分かったわ。ウィスピちゃんのためなのね。ところで、今作っているのは?」
「ウィスピへの詫びの品ですね」
「・・・また、変わったものを作っているのね」
「皆の分もあるから、デザートに食べて下さい。ところで母様?ちょっと顔色が悪いようですが大丈夫ですか?治癒魔法を掛けましょうか?」
「ちょっと気分が悪いけど大丈夫よ?自然なことだから」
「そうですか?分かりました」
俺はウィスピへの献上品をカゴに詰めて、道具袋に入れた後、手早く朝食を済ませて外に出た。さっき窓の外を見たときと全く変わらず、吹雪いている。・・・けど、俺には関係ないな。俺は昨日、メルギアに教えてもらったのを思い出しながら、魔力を放出し、火属性のマナに働きかけて、俺の周りを囲むように小規模の領域を作り出した。
・・・領域に雪は入ってこないし、進めばちゃんと俺に合わせて移動する。地面の雪も領域内に入ったら溶ける。よし、完璧だな。
「おはよう、ウィスピ」
「あら、早いじゃない。もう、歩き回って平気なの?」
「しっかり寝たからな。この通り、魔力も回復したから約束通り治しに来たんだ。あと、これ。昨日、治すといって出来なかったお詫びだ」
「あら、別にそんなの良かったのに。何かしら?」
「シュークリームだ」
正確には、シュークリームもどきなのだが。シュー生地はちょっと硬いし、中身も生クリームオンリーだ。今度、カスタードクリームに挑戦しようとシュークリームを作りながら思った。・・・なんか、最近、デザートばっかし作っている気がする。おかしいな、俺が食べたいのは和食なのだが。
俺はシュークリームの入ったカゴをウィスピに渡して、メルギアのブレス攻撃で傷付いた木々を見渡して樹属性の治癒魔法を行使する。
「・・・よし、これで良いかな?前の時とは違って比較的狭い範囲だったから、そんなにも魔力を使わなかったな。ウィスピ、これで良いだろ?」
木を治し終えた俺は、ウィスピの方を見遣る。ウィスピの顔の惨状を見て思わずクスッと笑ってしまう。
「ウィスピ。口の周りがクリームでベタベタだ」
「むぅ。おいしいけど、食べるのが難しいわ。これ」
俺は、ウィスピの口の周りに付いたクリームを取ってあげると、ウィスピは可愛く頬を膨らませながら抗義してくる。その様子を微笑ましく思いながら俺は「善処します」と軽く流そうとしてハッとする。きっと、リリもシュークリームを食べる時、同じ状況になるはずだ、と。
これは、見に帰らなければと思った俺は、ウィスピに「じゃあ、またな。昨日言った通り、たまにはウチに遊びにきてくれ」と言って、すぐさま家に帰った。家に帰るとリーゼから「随分と早かったのね」と言われる。「急いで帰るために補助魔法を使いましたから」と心の中で思いながら、「ただいま戻りました」と俺は答えた。
結局、まだ朝が早かったため、リリは起きていなかった。俺は、リリが起床するのそわそわしながら待つ。少しすると、ソフィアが起きてきた。「おはよう」と朝の挨拶を交わした後、ソフィアにメルギアから伝言を預かっていると言われた。
「メルギアから、風の季節に入った頃にクリューのことで困るだろうから、またその頃に遊びに来るって。あと、頑張れよって言っていたわ」
クリューのことで困るとはどういうことだろうか。それに頑張れとは?俺はメルギアの伝言に首を傾げるしかなかった。
しばらくしてから、リリが起きてきて朝食を取り始める。そして、最後にデザートとして出されたシュークリームに目を輝かせながら食べる。口の周りをクリームでベタベタにしながらも、おいしそうに頬張って食べている姿を俺は、ほっこりしながら眺めていた。・・・うん、満足満足。
朝の実にほっこりした雰囲気とは裏腹に、その日の夕食はとても重い雰囲気であった。なぜなら、アレックスとソフィアが少し険しい顔をしていたからだ。誰も一言もしゃべることもなく、お皿とカトラリーが当たる音だけがしていた。
そんな、息の詰まるような夕食を終えた後、アレックスが口を開く。
「この吹雪の原因が分かった。ソフィアはすでにギルドから通達を受けているな?」
「はい。父様」
「吹雪の原因ですか?」
「ああ、この吹雪の原因は、魔獣シロ・クマによるものだ」
重々しい雰囲気の中、思いもしなかったアレックスの言葉に少し驚いた。まさか、前世で耳にしたことのある名称が出てくるとは。
魔獣シロ・クマ、しろくま、白熊?白熊って南極だか北極だかに生息してるあの?実は毛の色は白じゃなくて透明だと言うあの?そんなのがこの吹雪の原因なのか?・・・いやいや、ここは異世界だ。そもそもシロ・クマと言っても白色かも分からなければ、熊かどうかもさえも分からない。
「魔獣シロ・クマですか・・・」
「実は、王都の方でもこの吹雪による被害が出ていてな。魔法ギルドが躍起になって原因を調べていたんだ。それで、ルミールの町の北部、この国と隣接する魔族領との境にある平原に強い魔力反応を感知したそうだ。その連絡を受けて、現場に一番近いこの町から斥候出して確認したら、魔獣を発見した。その発見した魔獣の姿を魔法ギルドに照会して、魔獣シロ・クマだと判明したんだ」
「・・・ということは、魔獣を討伐しに行くんですね?」
「その通りだ」
アレックスの話によると明日の早朝から討伐に出るそうだ。急な話だと思ったが、一刻も早く討伐するように王命が出ているらしい。討伐チームは、町の警備兵の中でも腕の立つ精鋭数名とアレックス、そして、上級冒険者であるエリオットたちとサポートとして中級冒険者のチームを三チーム付けて挑むそうである。
「正直な所、このメンバーで討伐出来るかどうか分からない。斥候の話によると魔獣はかなりの大きさだったそうだ。それに天候に影響を及ぼせるほどの魔力を有していることから考えても、かなりの強敵と考えている」
「王都から応援は来ないのですか?」
「こちらに向けて騎士団が動いてくれている。だが、それを悠長に待っている訳にはいかない」
「何故ですか父様?」
「魔獣シロ・クマが南下し始めたからだ」
利き腕が動かなくても十二分に強いアレックスが討伐出来るかどうか分からないとは。しかも、そんな魔獣がルミールの町に接近しつつあるそうだ。だから、悠長に騎士団の到着を待つわけにもいかない。どうやら、かなり厳しい状況のようである。・・・なるほど、アレックスもソフィアも険しい顔をしているはずだ。
「それでだ」と前置きを置いてアレックスが話を続けようとする。多分、危ないから家で大人しくしているようにとか、付いてくるなとか言われるのだろう。だが、それは聞けない話である。脅威が迫っているのであれば、俺も何とかしたい。少なくともこういう時のために鍛練を積み重ねてきたのだ。何より、家族を守ることこそ、俺をこの世界に呼んだルートとの約束だと思っている。
「ルート。今回の討伐にお前も付いてきてほしい」
「大人しくしておけってことですよね。でも、俺は・・・って、あれ?俺も行っていいんですか?」
「出来るば付いてきて欲しい」
思っていたのとは真逆のことを言われて、俺は目を瞬きながらアレックスを見た。戸惑っている俺の様子を見たソフィアから声が掛かる。
「ルゥ。今回の魔獣討伐は本当に危険なものよ。だから、怪我をする人が続出すると思われるわ。けど、私は戦闘要員で戦うから、治癒魔法のために前線からは離れられないの。そこで、私と同じくらい治癒魔法を使えるルゥに付いてきて欲しいの」
多分、ここで言っている怪我とは、生死に係わるような怪我のことを言っているのだろう。そんな怪我を直ぐに治癒出来る魔法使いは残念ながら少ない。この町だとソフィアか俺ぐらいなのだが、そもそもソフィアは魔法使いではないし、今回は戦闘要員なので戦列から外すわけにはいかないようである。
時間をたっぷりと掛ければ並みの魔法使いでも治癒は可能だろうが今回は、そんな時間を掛けてる余裕はないだろう。そこで、後方要員として、俺が適任だということになったそうだ。俺を推薦したのは、ソフィアらしい。そんなソフィアは、「本当は危ないから付いてきて欲しくないんだけどね」と小さく呟いて苦い顔をしている。
「そんな顔しないで下さいソフィア姉様。推薦してもらえたことは素直に嬉しいです。だから、俺も付いていきます」
「ルゥ・・・」
「すまんなルート」
「二人とも、任せて下さい!」
俺は胸をドンと叩いて胸を張った。求められているのは、回復役として役割なので、一応は、回復役に徹しよう。だが、場合によっては俺も・・・。
次の日の朝、日がまだ昇りらない早朝に俺、アレックス、ソフィアはリーゼに見送られながら家を出る。ルミールの町の西門に討伐チームが集合することになっていた。それにしても、相変わらずの外は吹雪がひどい。こんな中を行軍するのは大変だと思いながら町の門までだどりつく。
・・・まあ、自分の周りには、薄らと領域を作っているから俺は大した影響は受けてないんだけど。本当はアレックスやソフィアも入れてあげたいところではあるが、これはそこそこ魔力を消費する。だから、現在、省エネ状態なのだ。
すでに門には数人の人が集まっていた。顔を知らない人が多かったがその中に顔見知りの人を見つけて声を掛けた。
「おはようございますフリットさん。もしかして、フリットさんも今回の討伐チームのメンバーの一人ですか?」
「やあ、おはようルート君。そうなんだよ。今日は宜しくな!」
フリットは数ヵ月前に起こったクリムギアの襲撃の後すぐに、エミリという人と結婚をした。結婚してからは、大事な人を守れるようにとアレックスの猛特訓を受けて鍛えに鍛えまくったらしい。そして、実力が認められて今回の討伐メンバーに選ばれたそうである。
「実は、エミリが妊娠していてね。もう、数ヶ月もしたら子供が産まれるんだ。けど、最近の吹雪のせいでかなり寒い日が続いているだろ?そのせいで、体調を崩しがちなんだ。だから、今日は絶対、吹雪の原因なっている魔獣を倒す!」
フリットはぎゅっと握り拳を作りながら意気込みを語った。俺と似たような理由で魔獣に挑もうとするフリットの言葉に俺は共感して胸が熱くなる。俺は「頑張って倒しましょう!」と同じく握り拳を作りながらフリットを激励した。
フリットと話を終えた後、不意に後ろから左肩を叩かれて俺は振り返る。
「よう、ルート」
「あれ?リッド、アンジェ、ティア。どうしてここに?今日は呼ばれてないはずですよね?」
今日の討伐には呼ばれていないので、居るはずのない冒険者見習い仲間が居て、俺は目を丸くして驚く。
「呼ばれない。アルさんにルートが行くなら俺も行きたいって言ったら、今回は遊びじゃない!ってめっちゃくちゃ怒られた。だからせめて、見送りだけでもしたいって言って集合時間を聞いていたんだ」
「一緒に行けなくて悔しいですわ。ルート、ぐれぐれもソフィア様のことをお願いしますわね。それにあなたも十分に気を付けて下さいまし」
「・・・ルートなら大丈夫だと思うけど気を付けて」
どうやら、わざわざ見送りのためだけにこんな朝早く、しかも吹雪の中、駆けつけてくれたそうだ。
「・・・ところでルート?あなたのローブ、胸のところが不自然に膨らんでない?」
ティアが俺の胸の部分を指さしながら頭を傾げる。ティアが言う通り、胸の辺りのローブが膨らんでいる。
俺は、「ああ、実は。ほら出ておいで」と言いながら俺の胸を膨らませている原因をポンポンと軽く叩いて顔を出すように促した。ローブの首元から顔を出したそれは元気良く「キュー」と鳴く。
「ルート、それってこの間のドラゴンの子供じゃないか」
「ええ、そうです。名前はクリューって付けました。今は、しっかりと躾けたの大人しいですよ?」
本当は、クリューを連れてくるつもりなど微塵もなかったのだが、俺が出発の準備をしていると、不意に胸に飛び込んできて、それから全く離れようとしてくれなかった。置いて行かないでと言わんばかりで俺の胸のところにしがみ付き、無理矢理に剥がそうとすると、そのまま胸のお肉も引き千切れそうだったので、仕方なく連れてきた。もしかしたら、魔獣に関してクリューは何かを感じ取っているのかもしれない。
折角なのでリッドたちにもクリューと仲良くなってもらおうと触ってみてと俺は促す。恐る恐るといった感じに三人がそっとクリューに触れるとクリューはそれに抵抗することなく、ちょっとくずぐったそうに身体をよじりながら鳴いた。
クリューをいじってもらっているところで、討伐チームのメンバーが全員揃ったようで、アレックスから出発の号令が出た。
「よし、全員揃ったな?それでは、そろそろ出発するぞ!」
「あっと、俺、行かないと」
「おう、魔獣なんかぶっとばして無事に帰ってこいよ?」
「光の女神様にご武運をお祈りしておきますわ」
「・・・無事に帰ってきて」
「はい、ありがとうございます。行ってきます!」
こうして、吹雪が吹き荒れるの中、討伐チームは魔獣シロ・クマを倒すべく北へと出発した。




