第二十九話 メルギア対ルート
息が完全に切れて動けなくなるまでメルギアに斬りかかっていたソフィア。今は、満足そうに大の字なって寝ころんでいる。嫁入り前の淑女がそんな恰好をしていて良いのかと思わずツッコミたいところであったが、清々しいほどにさっぱりとしたソフィアの顔に毒気を抜かれる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「満足ですか?ソフィア姉様」
「はぁ、はぁ。すごいわねメルギアさんは。同性でこんなに強い人がいたなんて・・・」
ソフィアにメルギアの正体を言うつもりは全くないが、嬉しそうに話している姿を見て、少し申し訳ない気持ちになる。残念だけど人間ではないんだよなぁ・・・。まあ、同性であることには違いないから半分は合ってるということで許してほしい。
「ソフィアよ。なかなか悪くなかったぞ?お主も我のことをメルギアと呼ぶが良いぞ!」
どうやら、メルギアはソフィアのことを気に入ったらしい。身内が認められたのは素直に嬉しく思う。それにしてもこのドラゴン、あれだけ攻撃を防いでいたのにも係わらず汗一つかいていない。何事もなかったように涼しい顔をしているメルギアを見て感嘆の息を吐く。
「さてと、それじゃあルートよ。お主の番じゃぞ?」
「・・・お手柔らかにお願いします」
俺は、心の中で「死なない程度に」にと付け加えた。ソフィアに対しては一方的に攻撃をさせていたが、俺も同じ様にしてもらえるとは限らない。それに、そもそも俺を鍛えると言っていたのだ。・・・あのデコピンの威力を考えると本当にうっかり死なない様に気を付けないといけないと思う。
俺はメルギアと向かい合う位置に移動して腰に掛けていた剣を取って構えた。すると、メルギアは方眉を上げて不思議そうな顔をする。
「む、お主も剣を戦うのか?魔法使いじゃろう?」
「魔法だと辺り一帯に与える被害が大きいので」
「ふぅむ。まあ、よかろう。但し、全力で来るのじゃぞ?」
少し不満そうではあるがメルギアから剣で戦う許可をもらって俺は、安堵する。だって、魔法の撃ち合いなんかしたらこの辺り一帯が焦土と化す未来しか見えない。流石に治すと言ってもその光景を見たウィスピは良い気分ではないだろう。ただ、「全力で」と言われてしまった。となれば、端っから補助魔法で最大限引き上げおいたほうが良いだろう。
俺は、風、火、土属性の補助魔法で素早さ、筋力、防御力を上げた後、ソフィアに声を掛ける。
「ソフィア姉様。開始の合図をお願いします」
「ええ、分かったわ。頑張ってねルゥ。それじゃあ、二人とも準備は良いですね?それでは、始め!」
開始の合図と共に俺は、メルギアに詰め寄り剣を振り抜く。メルギアは軽く身をよじり剣をかわした。俺は、諦めずに連続で攻撃をするもやはり、当たらない。・・・分かっていた。風属性の補助魔法で素早さを上げたソフィアでやっとメルギアに攻撃を防がせることが出来ていた。だが、補助魔法で素早さを上げた俺は、そんなソフィアよりも残念ながら遅い。当てられないだろうなぁとは思っていたことだがちょっと悔しい。
メルギアはソフィアの時と同じ様にかわすだけであったが、俺が剣を振るうたびに、あからさまに不満そうな顔をする。どうやら、かなりお気に召さないようだ。
「・・・ふむ。ルートよ。我は全力でと言ったはずじゃぞ?」
「えっと」
メルギアは腕を組みながら少し考える素振りを見せた後、「仕方ないのう。本気にならねば死ぬぞ」と至極物騒な言葉を発して、俺のことをキッ睨んだ後、メルギアの口の周りに魔力が収束し始める。
まさか、こんなところでブレス攻撃!?
メルギアと初めて出会った時のような火のブレス攻撃が来ると思った俺は、とにかくすぐに魔法障壁を張らねばと思い魔法障壁を展開しようとした。だが、魔法障壁を張るよりも先にメルギアの攻撃が早かった。メルギアの口元が軽く光った後、赤白いビームのようなものが真っ直ぐ俺に向かってきた。メルギアの攻撃は俺の頬を掠めるとそのまま後ろの木に当たる。
一瞬何が起こったのか分からなかった俺は、自分の頬にジリッとした火傷のような痛み感じてハッする。俺は、後ろに振り向きメルギアのブレス攻撃が当たった木を確認した。木にはゴルフボール位の穴が空いており、貫通して向こう側が見える。また、穴の周りと穴のなかは熱のせいで炭化していた。
俺は、心の中で叫ぶ。ビーム兵器かよと。
「さて、ちょっとはやる気になったかの?全力で来ぬとお主がその木のようになるぞ?」
木を確認した後、メルギアのほうに振り向きなおすと有無を言わせないと言った雰囲気でメルギアに忠告される。
・・・全力で、か。これでもそこそこ全力なんだけど。身体への反動を無視して限界を超えた補助魔法を使えということだろうか。でも、あれはなぁ。数日間、全身筋肉痛のような状態になってまともに動けなくなるんだよなぁ。しかも、何故か治癒魔法では治せないし。でも、このままだと間違いなく俺に風穴が空く・・・。
となるとやはり、あれか。あれを使えということか。あれは、騒ぎになるのが面倒なのであまり人前で使いたくないのだが。でも、まあ、ここに居るのはソフィアだから問題はないか。後で色々と言われそうだけど。それにしても、メルギアは俺が使えるのを知っていて言ってるんだろうか。ドラゴンには、その人が使える属性を知る術でも持っているんだろうか。
「・・・分かりました。それじゃあ」
俺は、自分に掛けた風、火、土属性の補助魔法を打ち消し、それらの属性の上位と考えられる、雷、核熱、鋼属性の補助魔法を改めて掛けなおす。また、ブレス攻撃を受けたときにことを考えて魔法耐性が上がる水属性の上位、氷属性の補助魔法も掛けた。・・・ああ、そうだ。ついでに剣にも氷を付与しておこう。
準備が整った俺は、「さあ、これで文句はないだろう」と思いながらメルギアを見遣る。だが、メルギアは何をしているんだと言わんばかりの不満顔をしていた。
・・・あれ?おかしいな??思っていた反応と違う。「やっと、全力を出したか。さあ、かかってくるがよい!」ぐらいなことを言うと思ったんだけど。全力とはこのことではなかったのだろうか。おかしいなぁと首を捻りつつも俺は、剣を改めて構えた。そして、「行きます!」と一言断ってからメルギアに斬りかかる。
メルギアは、俺の動きに目を丸くして驚く。だが、結局、振り下ろした剣は左手で掴まれて簡単に受け止められてしまった。それでも、さっきまで、微塵も当たる気配がなかったことを考えれば、やっと攻撃を防がせることが出来た。それに・・・。
「ほう、見違えるほど、良い動きでないかルートよ。それに中々の力だの。これがお主の全力ということか・・・。む?」
メルギアは左手で掴んでいた剣を振り払うように放す。だが、すでに遅い。メルギアの左手は、剣に付与した氷属性によって氷に包まれていた。メルギアは氷漬けになった左手を眺めながら高らかに笑う。
「クッ、ククッ、アハッハッ、アッハッハッハ・・・。良い、良いぞ!やはり、お主は面白い!!」
メルギアは氷漬けの左手を振り上げると左手が炎に包まれる。氷は見る見るうちに溶けて無くなってしまった。やはり、直接、攻撃を叩き込まないと表面を凍らせるだけでは効果が薄そうである。
「剣をその様に使うとはの。ふむ、折角、面白いものを見せてもらったのだ。我も特別に面白いものを見せてやろう!」
え?嫌な予感しかしないので遠慮します、とは流石に言えるはずもないのでメルギアの動向を注視する。いざとなったらすぐにでも魔法障壁を張らなければならない。
メルギアは炎を出している左手をまるでその炎を掴むように手を握り締めた。すると、炎の揺らめきが段々と収まり、炎が剣を象っていく。そして、炎の揺らめきが完全に無くなると、刃が真っ赤に燃える一本の剣となった。
俺は、「そんなことも出来るのか」と驚愕する。その様子に気が付いたメルギアは、得意そうな顔をした後、俺に斬りかかってきた。俺は、メルギアの攻撃を剣で受けるとキンッと硬質な音が鳴り響いた。・・・すごい、元は炎なのにちゃんと硬くなってる。何それ俺も使ってみたいと思わずテンションが上がってしまう。
「何ですかそれ!?すごくカッコいいです」
「カッコいい?その様に言われたのは初めてだの。だが、悪くない」
「どうやってるんですか?」
俺は、期待に目を輝かせながらメルギアに聞いた。教えてもらえるだろうか。
「ん?まあ、秘密にするようなことでもないから構わぬかの。要は固定化するイメージと膨大な魔力が有れば良い。コツさえ掴めば、お主ならば使えるじゃろうて」
どうやら、メルギアの炎の剣は魔力に物を言わせた代物らしい。それなら、炎じゃなくて氷の方が作りやすいんじゃないだろう。いや、だったら、鋼属性なら・・・。ん?いやいや、初めから硬いものじゃ何の面白みもないじゃないか。形のないもの・・・風とか雷とか、何だったら光とか闇とか・・・。
「おーい。何やら考え込んでおるようだがそこまでじゃ。そろそろ再開するぞ?」
「へ?あっ、はい。すみません。お願いします」
メルギアはそのまま左手に持った炎の剣で俺を攻撃してくる。メルギアの剣捌きは、素人目の俺でも分かるぐらいデタラメである。だが、それを物ともしないドラゴンとしての地力により、とにかく一撃が重い。しかも、素早い。そして、炎の剣だけあって打ち込まれるたびに焼け付くような熱気が襲ってくる。
俺は、メルギアの攻撃に防戦一方の状態となってしまう。防ぐのに精一杯で、全然、攻撃出来る隙がない。何か、この状況を打破する方法は出来ないだろうか。・・・そうか、だったらさっきのやつで・・・。
メルギアが炎の剣を縦に大きく振りかぶって斬りかかってきた時に俺は、勝負に出る。両手で持っていた剣を利き腕である右手だけで剣を持ち、左手はメルギアの視界から見えないようにやや身体の後ろに隠す。そして、メルギアの剣を力の限り受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。その間に左手に氷の剣を作り出し、メルギアを斬り付ける。
剣を作り出すのにまだ、コツを掴めていないせいだろう。氷の剣は、剣というよりはナイフといった短さであった。だが、メルギアの意表を突くことには成功したようで、メルギアの右手に攻撃が当たる。メルギアの右手が少し斬れるとともに当たった部分が氷に包まれた。
メルギアは目を細めながら右手を眺めた後、にんまりと上機嫌な顔をこちらに向けてくる。見た目が綺麗なだけあって、吸い込まれそうな笑顔である。
「ふふっ。本当にお主は・・・。早速、使ってくるとはの。まだ、使いこなせてはおらぬが初めてならば十分。これは、我も本気を出さねばならぬの」
そう言うとメルギアは、今度は右手から炎を出し始める。氷は瞬く間に溶けてなくなり、炎は剣を象っていく。まさかの二刀流である。・・・何これ、攻撃を当てる度に剣が増えていく仕様でしょうか?
二刀となったメルギアは、相変わらず、型も何もあったものじゃないデタラメな動きだが、俺は剣で捌ききれない。一刀でやっと防戦が出来ていたのだ。もはや防戦すら出来なかった。俺は思わず魔法障壁を張る。
「魔法障壁で防ぐか。だが、甘い!」
メルギアの剣を魔法障壁で防ぐとメルギアは先ほどのビーム兵器、もとい、ブレス攻撃を繰り出してきた。ブレス攻撃が魔法障壁に当たると数秒は防ぐことが出来たが、いとも簡単に貫通して、またもや俺の頬をかすめていった。・・・この人は鬼か!いや、ドラゴンだけど。
とにかく、数秒はあのブレス攻撃を防げるんだ。防いでいる内に、頑張って動き回って攻撃をしかけるしかない。勝てる気は微塵もしないが、とにかく今の俺の力をぶつけることにした。
「はぁ、はぁ・・・・、はぁ、はぁ・・・」
一、二時間前にソフィアがしていたのと全く同じように現在、俺は大の字で寝転がっている。身体中に切り傷と火傷を負っているが自分で治療するほどの魔力も残っていない。結局、メルギアの攻撃が激しくてあまり、攻撃をさせてもらえなかった。
あのブレス攻撃、見た目が見た目だけにてっきり直線的なものだとばっかし思っていた。だが、真っ直ぐ俺に向かってくると思った攻撃が曲線を描いて真横からきたのには心底びっくりした。しかもそれだけじゃない。一本の攻撃が複数に枝分かれして八方から襲ってきた時は、正直死んだと思った。結局全て俺の身体を掠めるだけではあったけど。
メルギアは俺を鍛えてやると言っていたのだから、別に殺すつもりはなかったと思う。・・・多分。それにしても、俺と違ってメルギアはとても元気である。それに、何だかお肌がとてもつやつやしているような気がする。
「はぁ、はぁ・・・・。メルギア・・・。もしかして、食べた?」
「んん?何のことかの?」
メルギアは手を口に当てながら悪戯っぽい顔をしてすっとぼけている。いやいや、手で隠してるけど顔が笑ってるって。どうやったのか分からないが、どうやら俺の魔力はメルギアに食べられていたらしい。
俺は、ふと思ったことを聞くために、メルギアを手招きして小声で話しかける。
「・・・まさか、そのために来たんじゃないでしょうね?」
「何を言っておる。メインはお主を鍛えることじゃ。魔力はまあ、・・・あのブラックドラゴンが気に入ったものなのだ。どんなものか気になるであろう?・・・実に、美味であった」
やっぱり魔力目当てじゃないか!美味ってなんだよ!?とツッコミたいところである。
「さて、そろそろこんなところで休んでおらず、お主は帰って休め。といっても、動けぬか。仕方がないの。我が運んでやろう。我相手にあれだけ戦えたのだ。まあ、問題はなかろう」
問題とは一体何なのか少し気になったのだが、俺は脱力していて聞く気になれない。メルギアは俺のことをお姫様抱っこするとソフィアにも「帰るぞ」と言って、歩き始めた。ソフィアもその言葉にしたがって歩き出す。最初はあれだけ剣幕を見せていたのに今は、メルギアのことを認めたらしい。
だが、帰ろうとする俺たちの前に、眉間のしわを寄せて腕組みをした一人の少女が立ちはだかる。少女と言っても精霊だけど。
「ちょっと、これどうするの?」
俺とメルギアが戦った跡は、散々な状態となっていた。俺自身は被害を出さないために魔法攻撃はしなかったがメルギアは容赦なくブレス攻撃をしていた。そのせいで、周りの木々は穴だらけである。よく見るとウィスピの依代になっている木にもダメージがあることに気が付いた。
「ごめん。本当にごめん。明日、必ず来て治すから」
メルギアにお姫様抱っこされている俺の言葉に説得力の欠片もあったもんじゃないなぁとは思いながらも、ウィスピに平謝りする他なかった。ウィスピは不満そうな顔で頬っぺたをぷすぷすと刺してきた。けど、一つ深いため息を吐いた後、「絶対、明日来なさいよ!」と言って、許してくれる。
体力と魔力は使い果たしたけど、久しぶりに思いっきり身体を動かすことが出来たし、色々と得るものも多かった。実に充実した日だったなぁと思っていると俺はいつの間にかメルギアの腕の中で眠ってしまっていた。