第二百七十五話 決着 中編
ヴェルドルトの侍女を名乗るメディファリア。そのヴェルドルトが大変なことになっているのにも関わらず、彼女は親子喧嘩ならその状況は当然の結果、と言ってのける変わり者だ。
・・・クソ親父自体が魔人族の中でも変わり者の部類に入ると考えれば、類は友を呼ぶってやつだろうか?何にしてもこの人、ただの侍女という訳ではなさそうだけど。
黙ってメディファリアの後ろを歩いていた俺は、少し歩く速さを上げて、メディファリアと並列して歩く。
「一つメディに聞きたいことがあるのですが、聞いてもいいですか?」
「わたくしにお答えできることなら何なりとどうぞ」
「メディが親父の侍女というのは本当のことなのでしょう。ですが、メディの役割はそれだけですか?」
「役割、ですか?それはどういう意味でしょう?」
何を問われているのか分からない、と済まし顔で首を傾げるメディファリアに、俺は「メディの魔力の多さ、ですよ」と答えて見せる。
「最も魔力が高いとされる親父、それに次ぐケイファムスの二人を除けば、一番目か二番目ぐらいじゃないですか?現状、この城に滞在する魔人族の中では、断トツの一番目ですし」
メディファリアから感じ取れる魔力はかなり強い。そんな人がヴェルドルトの侍女だけをしているとは考えにくい。俺は遠回しにメディファリアに指摘してしたが、メディファリアは「あぁ」と納得して頷くと「そうですね。魔人族の中でもわたくしは三番目ぐらいの実力はあるかと存じます」と、さも当然のことと言わんばかりに答えるだけだ。
「・・・ん?それだけですか?」
「え?それだけですが?」
メディファリアに、他に何かありますか?と雄弁に語る言顔をされてしまった俺は「それだけの実力者なら、本当は護衛とかも担ってるとかあるのではないですか?」と改めて問い掛ける。だが、俺の質問にメディファリアはきっぱりと「ございません」と言い切った。
「そうですか。変な勘繰りをして申し訳ありません」
「いいえ、ルート様がわたくしのことを疑われるのは仕方のないこと。むしろ、こうして一緒に来ていただいたこと感謝しております」
メディファリアは歩みを止めて綺麗な仕草でお辞儀をすると、再び歩き始めるが「あ、でも、役割と言う意味では一つだけございましたね」と口にした。
「そうなのですか?ちなみにどんな役割か聞いてもいいですか?」
「はい。陛下の夜伽の相手をする役割もございました。お手付きになったことが一度もなかったので少々忘れておりました」
・・・ん?え?何だって?今、さらっととんでもないことを言われたような・・・。
メディファリアの言葉がスッと頭に入ってこなかった俺は「もう一回言ってもらえますか?」とメディファリアに聞き返そうとしたが、それよりも前にメディファリアは扉の前に止まり「こちらです」と手を上げて指し示す。メディファリア彼女に連れてこられたのは、謁見の間と同じフロアにある一室で、ちょうど謁見の間の裏手にある通路を挟んだ向かい側部屋だ。
・・・このドアの向かいにもドアがあるな。位置的に謁見の間の裏口ってところか。ここから来た方が早かったんじゃと思うが、ふむ。
俺は念のため軽く索敵魔法を展開させながら、メディファリアに「ここが俺を連れてきたかったところですか?部屋の中に複数人の方が居るみたいですが?」と尋ねる。すると、メディファリアは軽く首を傾げてから、納得をしたような顔して「罠の類いでは全くございませんので、ご安心ください」と答える。その言葉に嘘偽りはない。
・・・それも気にはなったところではあるけど、出来れば誰が入るのかもおしえてもらいたかったな。まあ、誰がこの部屋に居るのか聞かなかったのは俺だけど・・・。とりあえず、目的はさっぱりだけど、俺に会わせたい人が居る、といったところだろうか。
そんなことを考えている内に、メディファリアが「どうぞお入りくださいませ」と言ってドアを開けてくれる。罠ではないとメディファリアに言ってもらったが、仮に部屋の中に居る者たちと戦闘になった場合を俺は一応想定する。と言っても、一番驚異になりえるのは俺を案内したメディファリアだ。特に問題はないと判断した俺は、念のため警戒はしながら部屋の中へと入る。
部屋は学校の教室ぐらいの広さがあり、壁際には書棚が並んでいるのが見え、部屋の中央辺りに背の低い四角テーブルとそれを取り囲む形でソファーらしきものが置いてある。書斎兼居間といった感じの寛ぎ用の部屋のようだ。
そのソファーに座って談笑している女性たちと、その傍らで何やら遊んでいる様子の子供たちの姿が見えた。もちろん全員漏れなく魔人族である。
・・・この人たちがメディが俺に会わせたかった人たち?当たり前たが、知らない顔の人ばかりだな。でも、何だろう。あの子供たちからは何か妙な感覚が・・・。
「突然私たちに、こちらに集まるように、と言って姿を消したかと思いきや、一体どこへ行っていたのですメディ様?あら?そちらの殿方はどなたです?」
談笑していた一人の女性が立ち上がりメディファリアに少し呆れたような口調で尋ねながら近付いてくる。だが、俺の顔をまじまじと見るや否や「ヒッ」と言って顔を強張らせて一歩後ろに下がると、その次の瞬間にはクルリと踵を返して、ソファーの傍らで遊ぶ子供の一人を抱き上げる。
その女性はそのまま子供抱えながら慌てて部屋の奥へと逃げた。突然子供を抱えて部屋の奥へと逃げる様子は、嫌でも他の女性陣の目にも入る。
「ユーザリア様どうしたのです!?」
「い、いい、忌み子です!」
ユーザリアと呼ばれた女性の一言で、他の女性陣も子供を抱きかかえたり、手を引いたりして、ユーザリアの後を追った。分かりやすいぐらいに、俺は嫌われているようだ。これが、忌み子に対する正しい反応かと思うと、ちょっと泣けてくるものがあった。
・・・うん。まあ、忌み子と呼ばれるぐらいなんだから、本当はこういう感じなんだろうな。シャーリィさんたちと接しているとそうでもなかったけど、やはりそれだけ根が深いのか。
心にグサッと刺さるものを感じ、若干の精神的ダメージを負った俺は、ちょっと恨めしい目をしながらメディファリアに尋ねる。
「はぁ、それでメディはこの光景を俺に見せたかったのですが?ちょっと傷ついたのですが・・・」
「想定通りの反応ではありましたが、そんな理由の訳はございませんよルート様」
俺の質問にメディファリアは苦笑気味に答えてくれる。でも、意図的ではなかったが、俺が彼女たちに拒絶されることはメディファリアの中では想定通りのことだったらしい。予め分かっているのであれば、そういうことは出来れば事前に言っておいて欲しいものである。心の準備が出来ていれば、多少なりともダメージは減っていたはずだ。
俺はメディファリアに俺をこの部屋に連れてきた理由を聞き返すために「じゃあ」と口にしたが、ユーザリアの「メディ様!これは一体どういうことなのです!?忌み子を城に引き入れるなど陛下はご存知のことなのですか!?」という怒号で掻き消されてしまった。
・・・ものすごい剣幕。まあ、これも当然の反応と言えば、当然の反応か。こっちは・・・、何というか、この人らしいって感じだな。
ユーザリアの怒号を受けても、何事もなかったような澄まし顔でメディファリアは口を開く。その口から出た言葉に、俺が驚くことになる。
「ご存知も何もルート様は陛下とち、ケイファムス様とお会いになられてますし、ルート様がすでに手を下されました」
・・・ちょっ、メディさん!その言い方だと殺っちゃったみたいになってるって!
「そんな!?何ということを・・・。メディ様は止めなかったのですか!?」
「親と子の問題に、他人であるわたくしが止めるはおかしなことですから」
「他人ですって?貴女だって私たちと同じ立場でしょう?むしろ私たちよりも・・・」
「同じではございません。わたくしはまだ何もされておりませんので」
案の定、メディファリアとユーザリアの言い合いが始まってしまう。いや、一方的にユーザリアが怒鳴っているというのが正しいか。でも、それは、どう考えてもメディファリアの話が悪かった。
ユーザリアは間違いなく俺がヴェルドルトを殺したと勘違いしているに違いない。すぐにでもその勘違いを正したいところだが、ユーザリアの勢いに俺の口を挟む隙がない。怒りを露にするユーザリアを、メディファリアが淡々とした口調で軽く受け流すといった感じだ。
延々に二人の会話が続きそうな感じではあったが、それは突然終止符を打たれることになる。赤子の二重奏の泣き声が部屋の中にこだましたからだ。
「も、申し訳ございません。ほら、お願い。セシル、シフォン泣かないで、ね?」
両腕に赤子を抱えた女性は、泣きわめく赤子あやしながら、申し訳なさそうに部屋の隅の方へ移動する。遠目で少し分かりづらいが、赤子の見た感じの大きさ同じように見えるので、双子の赤ちゃんなのだろう。
騒ぎを起こしてうるさくしてしまったことを心の中で謝ってから、俺はこの場に居る皆の意識が赤子に向かったことが、ちょうどいい区切りだと判断した。俺はパンと手のひらを一つ叩いて、今度は俺に注目を集める。
「はい、ちょっと落ち着きましょうか。ユーザリアさんの言う通り、確かに俺は忌み子です。つまり、言うまでもないでしょうが、俺はヴェルドルトの息子という訳ですね。そんな俺がどんな目に遭ってきたのか、大人である貴女方なら分かっていることでしょう。だからこそ恐怖されていると思います。でも、勘違いはしないでください。俺がここに居るのは何も殺され掛けたことを恨んで魔人族を根絶やしに、という訳ではないのですから。その証拠に、クソ親父を殴り飛ばしはしましたが、今もちゃんと生きてます。殺してません。そうですよねメディ?」
「確かに陛下は生きていらっしゃいますね。なぜルート様がそうなさらないのかは未だによく分かりませんが」
「そ、そうなのですか?そうだったのですね」
ヴェルドルトが生きていることを知ったユーザリアは落ち着いたようで、抱える我が子をギュッと抱き締める。ユーザリアにギュッとされて一、二歳ぐらいの女の子はちょっと苦しそうな顔になるが、嬉しそうでもある。
小さい子の反応に少し癒されてから、俺はメディファリアに向き直った。
「さてと、ところでメディ。いい加減にこの部屋に俺を連れてきた理由を教えてください。それに、この方たちは、一体誰なのですか?」
「この方々は、陛下の側室の方々です」
部屋の中に居た女性は五名。その全員がヴェルドルトの妻だとメディファリアは教えてくれる。思わず俺は「クソ親父の?全員がですか?」とメディファリアに尋ねると、メディファリアは迷うことなく「はい、全員です」とコクリと頷く。どうやら、聞き間違えということはないらしい。
・・・ちょっと待った。この人たちがクソ親父の側室だというのであれば・・・。
「・・・となるとこの子たちは」
「ルート様にとっては異母兄弟になりますね」
泣き出してしまった双子の赤ちゃん、ユーザリアが抱く一、二歳ぐらいの女の子、手を引かれている三、四歳ぐらいの男の子が一人に、女の子が二人、そして、ずっと俺のことを睨んでいる五、六歳ぐらいの男の子の計七人。それが、俺の兄弟らしい。
・・・わぉ。弟妹が一気に七人も出来たでごさる。と言うか、魔人族って子供が出来づらいって話じゃなかったっけ?それをこんなにも子沢山に恵まれて・・・。精神支配を受けていたとはいえ、何やってんのクソ親父!フィアラ母様にこの状況を何と言えば・・・。




