第二十八話 メルギア対ソフィア
メルギアと笑いあったところで、メルギアが立ち上がった。あれ、もう帰るのかな?と思ったらそうではなかった。
「さてと、目的の一つは達成したし、そろそろ行くかのルートよ」
「行く?どこにですか?」
「何、ちょっとお主を鍛えてやろうかと思っての。外にじゃよ」
どうして俺を鍛える話しになっているのか分からないが、ドラゴンに鍛えてもらえるとかすごい話じゃないだろうか。それに、俺も家の中に籠りっぱなしで身体を動かしたいと思っていた。だが、外は吹雪でとてもそんなことを出来るような状態じゃない。
「鍛えてもらえるのはうれしいのですが、外は吹雪ですよ?」
「ん?吹雪が嫌であれば、領域を作れば良かろう」
「領域?領域とは何のことでしょう?」
「む。もしかして無自覚か?すでにお主はやっておるではないか」
「それじゃよそれ」とメルギアは俺の身体の周りを縁取るように指を動かす。メルギアの指を目で追った後、俺は下を向いて自分の身体を見つめてハッとする。
「もしかして、自分の周りの空気を暖めてることですか?」
「そうじゃ。お主、火のマナに働きかけておるのであろう?要はそれを拡大させて領域を作るのだ。折角だから外に出たら見せてやろう」
そんなことが出来るのか。それは便利そうだと思いながら俺も立ち上がり、玄関へ急ぎ足で向かう。すると、外出から帰ってきたソフィアと玄関先で鉢合わせした。
「おかえりなさい。ソフィア姉様」
「ただいまルゥ」
ソフィアは俺と挨拶を交わした後、俺の後ろにいるメルギアに気が付く。すると、俺の耳元に顔を寄せながら「綺麗な方ね。どなた?」と聞いてきた。なぜ、こそっと聞こうとするのか。
「メルギアさんと言います。フロールライトを採りに行った時にお世話になった方なのです」
「そう。初めましてメルギアさん。ルゥの姉のソフィアと言います」
「これはご丁寧に、ルートの姉君よ」
「ところで、これからどこかに行くの?外は凄い吹雪よ?」
「ああ、これから、ルートを鍛えてやろうかと思っての?外に出るのじゃ」
「ソフィア姉様。魔法で吹雪をどうにか出来るので心配には及びませんよ?」
俺は「これから教えてもらうのです」と嬉しそうにソフィアに話したら、なぜかソフィアが不機嫌な顔になる。その後、ニコッと目が笑ってない笑顔になったソフィアがメルギアの前に立ちふさがった。
「あの、差し出がましいかもしれませんが、ルゥを鍛えるのは私の役目です。ルゥがお世話になった恩人にそんなことをさせるわけにはいきません」
「ふむ。別に我は問題ないのだがの。それに、お主がルートを鍛えるのか?」
メルギアは手を顎に当てながら、ソフィアの頭からつま先までを値踏みするように見る。「ふむ」と一言つぶやいた後、ニヤッと笑いながら「お主に勤まるとは思えないのだがの」と爆弾を落とした。
「なっ!?それはどういう意味ですか!」
「ん?見たままのことを言ったつもりなのだがの。それに我は、お主よりも強いぞ?」
「何を言って・・・」
見る見るソフィアの顔真っ赤になっていく。あんなにもはっきりと怒りをあらわにした顔のソフィアは初めて見た。それとは対象的に、メルギアは、そんなソフィアの様子を見ながらニヤニヤと意地の悪い顔をしている。このドラゴン、もしかしてソフィアを煽って楽しんでいるのではないだろうか。
見かねた俺はメルギアを止めるために、メルギアの服を少し引っ張った。だが、どうやらその行動が俺がメルギアを選んだとソフィアに受け取られたようで、ますますソフィアの機嫌が悪くなる。
「分かりました。メルギアさんがそこまで言うなら、私と勝負です」
「ほう?」
「私が強いと証明してあげます。そして、ルゥは私が鍛えます!」
ソフィアの発言に俺は焦る。人の姿をしているが相手はドラゴンだ。ソフィアが勝てるわけがない。俺は「ちょっと待った」と声を出そうとしたら、メルギアに口を塞がれてしまった。「何を?」とメルギアの顔を見遣るとメルギアはしたり顔になっている。もしかして、はなっからソフィアを引っ張り出すために煽っていたのだろうか。
「よかろう。では、外へ行こうかの?」
外は相変わらず雪が吹き荒れていたが、メルギアは「見とけよ?ルート」と言って、手に魔力を収束させた後、空中に向けて解き放った。すると火のマナが呼応してメルギアを中心にして、家がすっぽりと収まるぐらいのドーム状の領域が出来上がる。領域の境目から外は雪が吹き荒れているのにも関わらず、その境目から内側には全く雪が入ってこない。また、領域の中は暖かく、何より、地面に降り積もっていた雪までも瞬時に解けてなくなった。
「どうじゃ?領域の形や大きさは自由に変えられる。当然、魔力を多く消費すればその分大きな領域を作り出すことも出来るし持続させることも可能じゃ。今回は我に追随するように領域を作ったが、その場に留めることも出来るの」
「すごいです。メルギア」
メルギアは家の庭先まで歩いていくとメルギアの言った通り、領域もそれに合わせて動いた。怒っていたソフィアもさすがにこの魔法を前にして感嘆の息を吐いていた。
「それじゃあ。早速始めようかの?ソフィアよ」
「え?ちょっと待ってください。まさか、家の目の前でやるつもりですか?」
「そうじゃが?」
家の前で、ドラゴンがドンパチやる?何の悪い冗談だろうか。俺の家やこの周りの一帯に被害が出ない訳がない。それに、可能性は低いと思うがもしかしたら、人目に触れる可能性もあるかもしれない。・・・目立つのはやっぱりまずいと思う。となれば、人目に付き難くて闘っても問題がないところに行かなければ。
「申し訳ないのですが場所を移しましょう」
俺は今にも始めようとしている二人の手を取って、無理矢理引っ張って移動した。
「で?どうしてここに来たのかしら?ルート」
「だって、仕様がないじゃないか。人目に付かなくて闘える場所って思いつくのはここだけしかないんだから」
メルギアとソフィアを連れてきたのはメルギアの森、ウィスピの居る森の開けた場所である。現在、顕現したウィスピからの猛抗議を受けていた。
「分かるでしょう?私があいつのことが苦手だってことは!!」
樹属性の精霊であるウィスピは火属性にめっぽう弱い。それに、メルギアと初めて出会ったとき、ウィスピ本人ではないが森の木々を焼かれてしまっている。ウィスピにとっては目の敵であった。
「分かってる。けど、他に場所がないんだ。被害が出たところはちゃんと治すから許してほしい」
俺は、「この通り!」とウィスピを拝み倒す。根負けしたウィスピは「はぁ、もう、仕方がないわね」と許可をくれた。だが、どうやらタダという訳にはいかないようである。
「ここでやるのは認めてあげる。けど、その代わりこの間、リリのお祝いの時に食べたアレを作りなさい」
「アレ?アレってもしかしてパンケーキのこと?」
「そう。それよそれ。そしたら許してあげる」
ウィスピは両手を腰に当てて、少し胸を張りながら「どう?」と凄んでいる。顕現したウィスピの見た目は色違いのリリなので、凄まれても可愛いである。それにしても、随分と人間臭い要求をしてくる精霊だ。俺は思わず「クスッ」と笑う。
俺が笑うのを見たウィスピは「何で笑ってるのよ!」とつたをしゅるっと俺の背後に伸ばし、俺の背中に鋭いツッコミを入れた。バシッという快音と共に俺の背中に激痛が走る。
「あいたた。悪い悪い。パンケーキは作るから許してくれ。ただ、作ってここに持ってくるのじゃあ、パンケーキが冷めておいしくなくなるから、出来たら家に食べに来てくれ。その方がリリも喜ぶしな」
「良いわ。食べに行ってあげる。お祝い以来、リリの顔を見てないから会いに行くのも悪くないしね」
ようやくウィスピと話がまとまったところで、待ちぼうけを受けていたメルギアとソフィアから声が掛かる。二人は何やら呆れたような顔で俺のことを見ていた。
「のう?もう良いかの?」
「話はまとまった?」
「あ、はい。お待たせしました」
俺が始めてもいいと許可を出すとソフィアは腰の剣を手に取り構えて、メルギアに向き直る。
「メルギアさんも武器を」
「我は武器なぞ持っておらぬ。それにお主相手には不要であろう」
メルギアはここにきてもソフィアを煽るのをやめない。メルギアの返答を聞いたソフィアは一度きつく目を閉じた後、スッと真剣な眼差しになった。・・・なるほど、これが完全にキレた時のソフィアなのか。俺はそう直観した。
「ええっと、それじゃあ。二人とも準備は良いですね?それでは始め!」
開始の合図と共にソフィアは一気にメルギアに詰め寄って斬りかかる。怒りのせいだろうか。いつもよりも素早い一撃である。だが、メルギアは少し身体を反らすだけでヒラリとソフィアの剣を回避した。それでも、ソフィアは続けて、縦に横に斜めにと流れるように連続攻撃を繰り出した。しかし、メルギアは全ての攻撃を紙一重でかわしてしまう。いや、正しく言えばわざと紙一重でかわしているようである。・・・だって、メルギアの顔がニヤついている。
メルギアは避けるだけで一切攻撃をしなかった。しかも、避ける動きに一切の無駄がなく最低限の動きだけでかわしているせいか、メルギアの立ち位置は最初の位置からほとんど動いていなかった。一方、決闘が始まってからずっと攻撃を繰り出して動き回っているソフィアには、徐々に疲れの色が見え始めていた。
「ふむ、まあ、こんなものかの」
メルギアはボソッと呟いやいた後、ソフィアの懐に素早く入った。突然、攻勢に転じたメルギアの動きにソフィアは対応出来ない。
「なっ」
「ほれ」
「キャッ」
メルギアは攻撃を繰り出した。どこからどう見てもただのデコピンにしか見えなかったのだが、デコピンがソフィアの額に当たった瞬間、ソフィアが仰け反るように後ろに飛ばされてそのまま倒れ込む。ソフィアは痛みのせいか額を押さえながら動けないでいた。しばらくするとソフィアの額の辺りが光に包まれる。恐らく光属性の治癒魔法を使ったに違いない。
ソフィアはこれでメルギアとの力の差をはっきりと分かったはずだ。ソフィアの顔もさっきまでと違って怒りの色は消えていた。俺は、痛みから立ち直ったソフィアに勝ち目のない決闘を終わりにするように声を掛けようとした。だが、俺が声を出すよりも先にソフィアから声を掛けられる。
「はぁ、はぁ。ねぇ、ルゥ。このままじゃ勝てないのは良く分かったわ。けど、諦めるつもりはないわ。だから、お願い。補助魔法を掛けて」
ソフィアからの思いもよらない突然のお願いに俺は目を丸くして驚く。ソフィアは全く決闘を止める気なんかない!?
多分、止めても止まらないだろうなと思った俺は、さてどうしたものかと考える。特に前もって取り決めたわけではないのだが一応、一対一の決闘スタイルで始めている。果たして途中から手を出して良いものだろうかと。返事に困った俺は、ちらりとメルギアの顔を見遣る。すると、メルギアは「よかろう」と言うかのように首を縦に振って許可を出してくれた。
「・・・分かりました。それでどうしますか?」
「素早さを。風属性の補助魔法をお願い」
俺はソフィアに風属性の補助魔法を掛けた後、再度、二人から距離をあける。ウィスピから「止めなくて良かったの?」と聞かれたので、ソフィアの目に諦めの色はなく、真剣そのものだったので止めるに止めれなかったと肩を竦めながら答えた。・・・それに何だろう、ちょっと嬉しそう?
ソフィアは補助魔法が掛かったことを軽く剣を振りながら確認した後、メルギアに攻撃を仕掛けた。先ほどとは比べ物にならないほど素早い剣撃がメルギアを襲う。メルギアもさっきと同じように避けることが出来ずにいた。そして、ついにソフィアの剣がメルギアを捉える。
メルギアに当たると思った剣はキンッという金属音と共にその動きが止まる。一体何が?と目を凝らして見ると、メルギアが人差し指でソフィアの剣を止めていることに気が付いた。しかも、人差し指の周りだけに魔法障壁を張っているのが見える。・・・なんて器用なことを。
「ふむ。なかなか良い動きだの。さすがにこの身体で斬られると痛いので防がせてもらったぞ」
メルギアの言葉に、ソフィアが少し口の端を上げている。・・・もしかして笑ってる?よほど、攻撃を防がせたことが嬉しかったのだろうか。
その後もソフィアは攻撃の手を緩めることなくメルギアに斬りかかった。メルギアは最初のように避けることは出来ずにいたが、全て魔法障壁を纏った人差し指で防いでいた。メルギアに攻撃が一切通用していないソフィアであったが、実に楽しそうに剣を振るっている。さっきまであれだけ怒ってたソフィアが楽しそうにしている様子を見て、俺の頭の片隅にもしかしてソフィアって「戦闘狂?」という文字が思い浮かぶ。・・・が、余りにも物騒だったのですぐに頭を振ってその考えを振り払う。
しばらくの間、森の中に金属音がこだました。