第三話 修行の開始
さて、約束を果たすと決めたもののどうしたら良いを考えた。
(大切な人を守るにはどうすれば? → 強くないと守れない → じゃあ、強くなるにはどうすれば? → 強くなるには体を鍛えるしかない)
と安易な発想のもと、体を鍛えることに決めた。
といっても、当り前だが現代社会におけるジムなんかある訳がない。
「うーん、とりあえず、走るか」と考え、家の周りを走ることから始めるとする。
ルートの家はルミールの町から西部に広がる農業地帯にあった。父アレックス曰く、「町の中では息が詰まる」とのことらしい。何か嫌なことでもあったのだろうか。
アレックスの事情はさておき、家の周りは短い草の草原となっているから走るには持って来いである。
「さて、遠出することは禁止されているから、ひとまず、家の周りを何周出来るか走ってみるか」
惨劇が起きて以降、シエラの墓参りは許可をもらったが遠出することは禁止されている。
近々、アレックスが率いる町の警備兵と冒険者達の混成チームによるメルギアの森の安全圏再確保と魔獣の討伐が行われる予定であり、安全が確認されるまでは禁止とのことだ。
「確かに、ルートの家ってどちらかといえば町よりも森に近いもんなぁ」
「はっ、はっ、はっ、はっ・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ・・・」
家の周りを三週したところで完全に息が上がってしまった。
「はぁ、はぁ、ちょっとルートさん。流石に体力無さすぎじゃないですかねぇ?」
ルートはどちらかと言えばインドア派であった。数は多くないが家にある本を読んで過ごすことが多い子供であったのだ。
元騎士団長なだけあって比較的大きな家であるとはいえ、その周りをたった三週で息が上がるのが早すぎると思った。が、悩んでも体力が付くわけでもないので、子供だとこんなものだと割り切ることにした。
「どうせ、直ぐに身に付くものでもないし、地道にやるさ」
少し休憩をした後、筋トレを始める。腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットのローテーションで鍛えることにした。途中、俺の筋トレ風景を見た姉のソフィアから「何してるの?」と聞かれたので思わず「筋トレしてます」と返事をしてしまった。
ソフィアは心底、不思議そうな顔をしながら「そう、頑張ってね」と言って立ち去った。あれはどう見ても頭の上にクエッションマークがいっぱいに違いない。いずれ、きちんと説明をしておこうと心に決める。
身体を鍛え始めて数日後、休みの日であったアレックスから剣の稽古に誘われたので受けることにする。
「では、まずは素振りから始めるか」と言って、剣を振り始める。俺もアレックスから貰った木剣を見よう見まねで振った。木剣とはいえ、中々の重さがあり、剣を振り回すというより振り回されるという感じだ。
しばらく剣を振り、俺の息が上がったところで休憩に入る。
「ルートは、もうちょっと体力が必要だな。まあ、これからだ。これから」と言いながら頭をポンポンとされたので、「鋭意、頑張っているところでなので期待していて下さい」と言っておいた。
休憩後、木剣による対人稽古をした。「さあ、打ち込んでこい」と言われたので一生懸命に打ち込む。アレックスは簡単に俺の打ち込んだ剣をさばく。そして、俺がバテた頃合いに一閃。剣の腹で頭を叩かれた。
「ふぐぅっ・・・痛いです父様」
「あっはは、すまん。隙だらけだったからついな」
「むぅ、ひどいです」と訴えておく。
それにしても流石は、元騎士団長だと思った。利き手である右手は昔、任務中に負った怪我のせいで、上手く力が入らなくなったとは聞いていた。だから、素振りや対人稽古では、左手で剣を扱っていたが、何ら問題無さそうに見える。
「左手でも十分に強いのではないのですか?」聞いてみたところ、「左手だと右手の半分も実力が出せないからなぁ」とのこと。どんだけ強いんだよと思わず突っ込んでしまいそうになるのであった。
そして、その日以降は、走り込み、筋トレに加えて木剣の素振りで身体を鍛えることにした。
更にそれから数日経ったある日、今度はソフィアが剣の稽古を付けてくれることになった。
「まずは素振りから始めましょうか」と言われたので剣を振り始める。
なんだかんだ、毎日、しっかりと素振りをしているから、剣に振り回されるということはなくなっていた。
というか、鍛えたら鍛えた分だけ体力や筋力が付いたのを感じる。ルートの身体は中々にハイスペックなんじゃないかな?と思う。流石は、両親ともに騎士であっただけのことはあるということだろう。
「うんうん、思っていたよりも大分、様になっているわね。それじゃあ、次は剣舞の型を覚えましょうか」と言ってソフィアは剣舞を始めた。その、本当に舞っているかのような剣さばきに俺は思わず見惚れてしまう。
「型の一つ一つが攻防のための動きだからしっかりと覚えてね。って、ルゥ、ちゃんと聞いてる?」
剣舞が終わった後、ソフィアにそう聞かれる。俺はハッとして思わず、「凄く綺麗でしたソフィア姉様」と口走っていた。
「な、何を言ってるのもう」と言いながらソフィアは顔を赤くする。
(う~ん、こんなにも綺麗で、可愛らしいところがあるのにどうして未だに独り身何だろう)と意識を飛ばしていると不意に、脳天に衝撃が走る。どうやら拳骨をくらったらしい。
「うぐぅ」
「ルゥ?今、もの凄~く失礼なこと考えてなかったかな?」
頭がへこんだかと思った。それにしてもこの家の女性は拳骨が好きすぎる。ルートとなってからはまだ一度も無いが母のリーゼも怒るときは拳骨という記憶が残っている。拳骨に伝統でもあるのだろうか。しかし、そう考えると妹のリリは、年齢的なこともあるだろうがそんな面は一切ない。このまま健やかに優しい女性として育って欲しいと思う。
(そういえば、ルートになってから一度もリリのこと、まともにかまってあげたことないな。いつかちゃんと遊んであげないとな)とまたもや意識を飛ばしていた。
「お~い、ちゃんと聞いてますか~?」とソフィアは俺の目の前で、手をパタパタさせるが反応を見せない俺を見て「ちょっと、強くしすぎたかしら」とボソッと呟く。
「ちゃんと聞いてますよソフィア姉様。ただ、本当に綺麗だったなぁと思っていただけです」と俺は涙目になりながら、そう言って誤魔化す。
気を取り直して、剣舞の動きを見よう見まねで剣振る。これがとても難しかった。ソフィア曰く「頭で考えているうちは全然ダメ。型の動きをしっかりと身体に叩き込んでね」とのことだ。素振りと併せて取り組むことにしよう。
ぎこちない剣舞を終えたあと、ソフィアとも木剣による対人稽古することになった。「さあ、かかってきなさい」と言われたので俺は剣を打ち込む。さすがは、凄腕の冒険者と呼ばれることはある。簡単に剣をさばかれる。感覚的にアレックスよりも剣さばき上じゃないだろうが(素人目だけど)。
それでも、何とか一太刀でもと思い、勢いよく突きを繰り出そうとしたところ、草に足を取られてしまう。そのまま前のめりにソフィアに突っ込むような形となってしまった。突きを往なそうとしていたソフィアは不意な動きに対応出来ずそのまま剣を振り下ろす。
ガッと鈍い音とともに俺はそのままうつ伏せに倒れ込んだ。
「きゃあ、ルゥ!大丈夫!?」とソフィアは慌てた声を出しながら俺に近づき、その場で膝をついて俺を仰向けにした。
「うぅ、・・・お星様が見えますソフィア姉様」
「ごめんなさい、ルゥ」
「いえ、姉様のせいではありません。変に足を取られた俺が悪いんです」
ソフィアが振り下ろした剣が俺の頭に綺麗にヒットした。会心の一撃ではないだろうか。頭がものすごくズキズキする。さっきの拳骨の何倍も痛いと思いながら少し頭を揺らす。そこであることに気付く。
(あれ、これってもしかして膝枕されてる?)
ソフィアは俺を仰向けにした後、その頭をそのまま自分の膝の上へと置いていたのであった。(こんな綺麗な女性に膝枕をしてもらえる日が来るとは)と痛みを忘れて思考を飛ばしていた。すると、頭から額にかけて何かが流れる感じる。汗かな?と思い手で拭ったところ、手が真っ赤になった。どうやら盛大な傷を負ったらしくどんどん血が流れてくる。
「いけない、すごい血が・・・。早く傷を塞がないと」とソフィアはそう言って、俺の頭に手を掲げる。次の瞬間、ソフィアの手から暖かな光があふれ俺の頭を包み込むのが分かった。
「すぐに治癒魔法で傷を塞ぐからね」
俺はその言葉を聞いて内心で叫んでいた。
(しまった!鍛えれば鍛えるほど実感のある身体ですっかり忘れてた!この世界、魔法があるんだった!)