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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第二百六十三話 接触 前編

「さてと。ともかくまずは家に帰りましょうかシャーリィさん。すっかり辺りは暗くなってしまいましたしたからね。帰ったら急いでご飯の支度をしなければなりません」


気落ちするシャーリィに俺は家に帰ることを提案する。すると、シャーリィは「そうですわね。確かにお腹が好きましたわ」と言って手をポンと合わせた。表情が明るくなったところを見ても、俺はシャーリィの胃袋を掴むことが出来ているようだ。実はコンラーイに滞在中、俺は料理担当をしている。なぜなら、シャーリィが料理を作るのが苦手なためだ。


・・・いや、苦手とかどうとかそういうのレベルの話じゃなくな。これは、ある種の天性の才能か?はたまた闇のマナの悪戯か?


ワルターに包丁を持つのを止められるぐらいにシャーリィは料理が出来ない。でも、それは別に手先が不器用だから見ていて危なっかしい、と言うことでは決してない。シャーリィの包丁捌きを見せてもらったのだが、横から見ていてもとても安定していることが分かった。ただ一つ問題があるとすれば、なぜか出来上がった料理がダークマターになることである。それは俺の姉ソフィアが得意とすることなのだが、同類がここにも居たという訳だ。


どうして料理の出来上がりがそうなるのかは、傍で見ていても分からない。何か別の意味で呪われているじゃないか?と思えるぐらいに謎現象だ。ちなみに、シャーリィはあまり得意ではないそうだが光属性の魔法は使えるが、闇属性の魔法は全く使えないそうだ。光属性と闇属性は相反関係にあるため、そのどちらか一方の魔法しか使えないというのは、一般的で珍しいことは何もない。でも、実はそれだけじゃない要素があるのではないだろうか。


・・・やっぱり、光のマナに愛された者だったとしても、闇のマナに魅入られる要素がある?でも、そうだとしたら、俺自身も料理は出来ないはず・・・。うーむ。


結局、なぜダークマターが出来上がるのかの解明は出来ていない。だが、とりあえずはっきりとしていることはある。シャーリィはソフィアと同じ系譜の人間であり、料理を作らせてはならないということだ。それをコンラーイ滞在の初日に知った俺が、それからずっと料理担当を務めているという訳である。


・・・ダークマターはダークマターで、魔術具の何かしらの触媒に使えなくはなさそうではある。が、ダークマターの有効活用を考えるよりも、まずは食材を無駄にしないようにするのが、料理を嗜む者として務めだろうな。うん。


「でも、困りましたわ」


表情が明るくなったシャーリィだったが、そう言って左手を頬に添えて「ほぅ」とため息を吐いて表情を曇らせた。その理由は、シャーリィが右手でお腹のお肉を摘まむ仕草をするところに答えがありそうだ。


「アレクの料理が美味しい過ぎるので、ついつい食べ過ぎてしまって。ちょっと自重しなければなりませんわ」

「そう言ってもらえるのは嬉しい限りですね。腕の振るい甲斐があると言うものです。こうなったら、期待に応えられるよう今晩も頑張らせていただきましょう」


俺がグッと握り拳を作って意気込んで見せると、シャーリィは不満そうに眉をひそめて、ムッとした表情を見せた。


「そんなことを言って、アレクは私を太らせてどうする気ですか?」

「言っては何ですが、シャーリィさんはむしろ痩せ過ぎではないかと思います。もう少しふくよかになった方が良いかと思いますよ」


俺が痩せ過ぎだとシャーリィに指摘すると、シャーリィは予想外なことを言われたと言わんばかりに目を丸くして固まった。だが、一呼吸置いてから、ニヨニヨとした笑みを浮かべ始めた。俺をからかう時のコールディアやコトと言ったお姉様たちを彷彿とさせる意地の悪い顔に、俺は少し身構える。


「つまり、アレクは肉付きが良い娘が好みなのですね?銀狼のあの娘をアレクが気に入っているのが頷けますわ。それで、アレクに餌付けされて太らされてしまったら、私はアレクに食べられてしまうのかしら?」


シャーリィは自分の身を抱き締めながらそう言った。もちろん、何を言ってるんだこの人は?と俺が思ったのは言うまでもない。俺は真顔でシャーリィに答えた。


「はいはい。そういうことは夫であるワルターさんに全面的にお任せします。さあ、馬鹿を言ってないで早く帰りましょう。お腹が空きました」

「あら、つまらないですわ。あの人なら顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら取り繕った姿を見せてくれますのに・・・」

「それは相手が悪かったですね」


俺の反応が面白くないと少し頬を膨らませるシャーリィに、俺は「良くも悪くも慣れてますから」と答えておく。俺の言葉を聞いて思案顔になったシャーリィは、何かを思い出すかのような顔をして「なるほど」と頷いた。恐らく、ラフォルズでの話し合いの様子を思い出したのだろう。俺をからかうことを諦めたらしいシャーリィは「それは残念ですわ」と言って、家に帰るためにクルリと回って歩き始めた。


その振り向き様に、ぼそぼそっと呟く声で聞こえてきたシャーリィの「コールディア様やコト様とは仲良くなれそうですわ」という声は、聞き流しておこうと思う。


・・・あれ?さらりと受け流したはずなのに、何だか敵に塩を送ったような感じがするのは気のせいだろうか?気のせいだろうな?気のせいだと思いたい!


前を歩くシャーリィの後ろ姿が、どことなく楽し気な様子なのは恐らく気のせいではない。シャーリィに何やらとんでもないことを気付かせてしまったような気がして仕方がなかった俺は、首を左右に振ってその考えを振り払う。


・・・よし。何かあったら、ワルターさんに助けを求めることにしよう。そうしよう。


グッと拳を握って、クッション材としてシャーリィの夫であるワルターを巻き込むことに決めていると、俺はあることに気が付いた。今日はまだ会ってないなぁ、と思っていた人がここで登場ということにだ。俺は「ところでシャーリィさん。帰る前にもう一つ仕事が残っているようなので、片付けておきましょうか」と言って、前を歩くシャーリィを呼び止める。俺は、シャーリィが向かっていた反対側となる右斜め前方の建物の陰にチラリと視線を向けた。


振り返ったシャーリィが俺の視線を辿るようにして首を動かすと「・・・そうですか。分かりましたわ」と俺が何を言わんとしているのか悟ってくれる。シャーリィは、俺が向けた視線の先に向かって「隠れて様子を窺っていないで、出てきたらどうですセドリック?」と話し掛けた。


「いやぁ、バレていたのか。これでも気配は消していたはずなんだがなぁ」


建物の陰から名前を呼ばれたセドリックが、頭をポリポリと掻きながら姿を現した。実は初日にシャーリィの作戦でばったりとセドリックに出会ってからというのも、毎日のようにセドリックとは顔を会わせている。つまり、これで八日間連続になるという訳だ。どう考えても、セドリックは俺たちのことを見張っていると言っていいだろう。


・・・さすがにもう偶然を装うこともしないか。


行く先々でセドリックと顔を合わせた時は「たまたま巡回する場所と被ったな。凄い偶然もあるもんだ」という話を本人から聞いていた。シャーリィの話でも、セドリックは王城に勤める兵士ということではあったが、その仕事は専ら街中の警らだとも聞いていた。そのため、二、三日続けて、出先でセドリックにばったりと出会ったことを然程不思議には思っていなかった。


・・・俺に敵意や悪意を向けられるってこともなかったしな。シャーリィさんには好意を向けていたけど。


「一番初めに言ったでしょう?この人は凄いんだって」

「あぁ、確かに聞いたな。と言うことは、俺に気が付いたのはアレクの力って訳か。本当にただの色男ってだけじゃなかったんだな。シャーリィのお眼鏡に叶うだけのことはある」


セドリックはそう言いながら、俺のことをまじまじと見つめてくる。セドリックからの視線は、相変わらず俺のことを値踏みするような視線だ。敵意や悪意がなくても、あまり気持ちのいいものではない。そんな俺の気持ちを察してくれたのか、セドリックの視線を遮るようにシャーリィが俺とセドリックの間に割って入った。


「まあ、セドリックは私が言ったことを信じてなかったのですか?」

「そんなことはねえさ。今のご時世で、わざわざ故郷から王都に連れて帰ってきたんだ。それだけの何かをアレクが持っていることを想像するのは難しいことじゃない」

「それだけの何か、ですか。ふふっ」

「うん?何がおかしいんだシャーリィ?」


シャーリィがクスクスと笑ったことに、セドリックが不機嫌そうな顔で腕組みをしながらシャーリィに尋ねた。


「いえ、別に。ただ、何か、の一言だけで済めばいいのですけど、と思っただけですわ」


シャーリィからチラッと含みのある視線を向けられた。その言い方では、丸で俺が何かとんでもないことをするみたいではないか。


・・・いや、まあ、今後のことを考えたら間違ってはないんだけど!


魔人族からすれば俺がやろうとしていることは、とんでもない話になるだろう。でも、それを弄られるのはちょっと不服だ。俺はすかさずシャーリィに突っ込む。


「ちょっと待ってくださいシャーリィさん。何だかトゲのあるような言い方なのは気のせいですか?」

「ふふっ、何のことかしら?言っている意味が分かりませんわ。きっとアレクの気のせいですわね」

「あ、絶対気のせいじゃないやつじゃないですか。むぅ」


俺がぶすっとした表情で答えるとシャーリィは益々楽し気に笑う。シャーリィと出会った当初の彼女が見せていた俺に対する恭しい態度は、完全に鳴りを潜めてしまっている。


・・・気安い感じなのは望むところだけど。人を弄って遊ぶのはやめて欲しいなぁ。


俺が不満げに口を尖らせていると、蚊帳の外になっていたセドリックが、わざとらしくため息を吐いてから「そういう、ちちくりあうのは家でやれって言っただろうに」と呆れたように言った。どこをどのように見たら、これがちちくりあっているように見えるのか、と俺はすぐに思うが、俺が反論をする前にセドリックが挑戦的なことを口にする。


「まあ、お前さんたちをこのまま家に帰してやれるかどうかは分からないがな」

「あら?どうしてかしら?」

「惚けるなよシャーリィ。お前たちは目立ち過ぎたんだ。いくら同郷の恋人を連れてきたとは言え、王都の中を毎日のように連れ回すのは明らかにおかしい。一体、何を企んでいるんだシャーリィ?」


セドリックはそう言ってシャーリィに厳しい視線を送る。やはり、俺たちがセドリックと毎日のように鉢合わせになったのは、セドリックがずっと俺たちのことを監視していたからということで間違いなかった。初めて出会った時点で、俺たちのことに目を付けていたのだとしたら、セドリックは警らをする兵士として中々、優秀である。


「企んでるだなんて人聞きの悪い。と言いたいところですが、事実なので否定はいたしませんわ」

「すんなりと認めちまうんだな・・・」


シャーリィの答えにセドリックは苦虫を潰したような顔をしてから、キッと俺を睨んらんで人差し指で俺を差す。


「アレクがどれだけ凄いやつなのかは知らないが、こいつ一人だけで何が出来ると言うんだ!おかしなことを考えずに大人しくしておけシャーリィ!それでなくてもお前は抑制呪具を付けられているんだぞ!?」

「大人しく、ですか。それは聞けませんわセドリック。このまま何もせずに傍観していたら、本当に取り返しのつかないところまで行ってしまいますもの。私はそれをどうにかしたいのですわ」

「あぁ、シャーリィならそう言うだろうな。だが、思いだけじゃどうにもならないことだってある!さっきも言ったが、人一人連れて来たからと言って、それが何になると言うんだ?何にもならないし、何も変わりはしない!」


剣幕な様子で捲し立てるセドリックではあるが、そこにはシャーリィの身を案じて心配してくれていることが見て取れる。すでに罰を受けているシャーリィが事を起こせば、いくら同族を大事にする魔人族とは言え、次に与えられる罰はもっと厳しいものになることは容易に想像出来る。セドリックは、シャーリィにそんな目に遭って欲しくないと心の底から思ってくれているようだ。


・・・謀反を起こそうとしていることを疑っていて、今の話で決定的になったのにも関わらず拘束しようとはしないぐらいには甘い人、か。


セドリックが初めから俺たちに疑いを持っていたとすれば、一人でこの場に居るのはちょっとおかしい。一人でどうにか出来るだけの実力者であれば、警らという下っ端の仕事はしていないそうだからだ。でも、セドリックはここまで一人で俺たちのことを監視していた。そこから考えても、セドリックは端から俺たちを捕まえる気はないと考えてもいいだろう。剣幕にシャーリィを諭そうとしているのもいい証拠だ。


・・・シャーリィさんの見込み通りの人って訳だな。ふむ。となれば、俺が取るべき行動は。


セドリックという人物は、気性の少し荒い面はあるが、どうやら人が良いと呼ばれる類いの人のようだ。俺はセドリックとシャーリィの話に割って入るようにして「では、セドリックさんは今のままで良いと思っているのですか?」と尋ねみる。


「なるようにしならない!それぐらいのこと、俺なんかにわざわざ聞かなくたって分かることだろう?」

「セドリックさん。それは答えになっていません。俺はこのままで本当に良いのか、それとも悪いのかを聞いているのです。魔人族が他種族を蹂躙しようとしているこの状況をどう思っているのですか?」


俺がそんなことを聞きたい訳ではないと首を左右に振って見せると、セドリックが「このっ!?」と感情的に声を荒らげて俺の胸ぐらを掴んだ。


だが、俺が何も抵抗せしないことに、すぐに頭が冷えたようだ。怒りを自制したセドリックは、俺の胸ぐらから手を離すとため息混じりに「たくっ、変に肝が据わったやつだなこいつ」と、じとりとした視線をシャーリィに向けながら文句を言った。

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