閑話 罪と罰 前編
一方その頃。ゾー視点です。
私はワルター様とシャーリィ様のお二人と数年ぶりに出先で再会を果たしました。お二人とはルート様がお産まれになられる頃まで、ヴェルドルト王の側近として一緒に働いた仲です。
どうやら、ワルター様とシャーリィ様は、私が忙しく飛び回っていることをどこからか聞きつけて、私を訪ねるためにラフォルズに来られる途中だったようです。久しぶりに旧知の仲を温めることが出来た私は、お二人のためと思いワルター様とシャーリィ様をラフォルズにお招きしました。
一緒に働いていた当時の話になりますが、お二人がルート様にお会いするのを楽しみにされていたことを知っていたからです。
もちろん懸念があることは分かっていました。ワルター様とシャーリィ様が、レジスタンスとしての敵対相手である魔人族だということは、変えようもない事実です。でも、お二人はヴェルドルト王の側近として共に働いた間柄であり、私はお二人の人となりをよく存じ上げていたので問題はないと判断しました。
ヴェルドルト王と同じく融和派であるお二人は、鳥人族である私のことを他種族だから、と見下すことなく、同じ働く仲間として受け入れてくださいました。そして、ヴェルドルト王のことを共に支える立場である私たちは、互いに切磋琢磨してきた仲でもあったのです。
それに、そんな信頼の置けるワルター様とシャーリィ様のお二人をルート様に引き合わせることは、ルート様のためにもなるとも思いました。ルート様は、魔人族に対してひどく悪感情を抱いておられます。それはルート様の生い立ち、母親と共に命の危険に晒されたことなどを踏まえれば、仕方のない面は確かにあります。
それでも、ルート様の父親はヴェルドルト王であり、ルート様に魔人族の血が流れるのは逃れようのない事実です。そのことに強い忌避を示される節のあるルート様が、ワルター様とシャーリィ様とお会いすることで、魔人族に対する悪感情を少しでも和らげることが出来ればと思ったのです。人の善悪は、種族に縛られるものではありません。
・・・それがまさか、ラフォルズにワルター様とシャーリィ様をお連れした翌日に、ルート様が魔人族の王都コンラーイに向かわれることになるとは思いもしませんでした。あの御方もそうでしたが、ルート様の行動を読むのも本当に難しいですね。
私は昨日の出来事を思い返しながら、目の前でシャーリィ様の手を取り、目を閉じて集中をしているルート様を眺めます。その顔立ちにヴェルドルト王の面影があることが見て取れて、私はお二人が親子だということを強く感じました。隣で同じく二人を見守るワルター様も、温かい目をされているので同じようなことを思っているのかも知れません。
「よし、掴みました!これで、転移が出来ますよ」
しばらく間、ルート様の様子を見守っていると、集中されていたルート様はそう言って目を見開き、やり切った感じの表情をされました。自身のイメージではなく他人のイメージした場所へ転移する時は、魔力を通して相手のイメージを受け取った方が、正確に転移が出来るようにそうです。
相手のイメージを魔力を通して受け取るという意味が、転移魔法が使えない私には正直なところ分かりません。どういう理屈でそんなことが出来るのか想像もつきませんが、転移魔法が使えるルート様がそういうのだからそういうものなのでしょう。
・・・あぁ、でも。ルート様に転移魔法を教えたシエルフィーア様は、その話を聞いてきょとんとした顔をされてましたね。となると、やはりルート様が特別なのでしょう。
我が主のご子息は、とんでもなく大物であることに私が小さく笑みをこぼしていると、転移の準備が出来たことに息をついていたルート様が、不意に顔を上げて遠目をします。私もつられてルート様の視線の先を追いました。
「ん、やばい。もう少しゆっくりとしたかったですが、そうも言ってられなくなりましたね」
ルート様が見つめていた先に目を向けると、リリ様にクリュー様、シエルフィーア様それにヒューやバルアスクたちがこちらに向かってくるのが見えました。私は「なるほど」と頷いてから、すぐにルート様に向き直ります。私の行動を見たワルター様も察したようです。
「行ってらっしゃいませルート様。シャーリィ様、ルート様のことを宜しくお願い申し上げます」
「ルート様、くれぐれも気をつけてください。シャーリィ、ルート様のことを任せましたよ」
「えぇ、分かってますわあなた、ゾーさん。私に任せてください」
「では、ゾーさん、ワルターさん行ってきます」
ルート様がそう言うとルート様とシャーリィ様の姿が忽然と消えます。何も問題がなければ、お二人はすでにコンラーイへと転移したことでしょう。このラフォルズからコンラーイまで、私が風属性の補助魔法を自身に掛けて全く休まずに飛び続けてとしても、一週間ぐらいは掛かります。それを一瞬で移動出来てしまう、転移魔法は本当にとても便利なものです。
「ああ!やっぱり間に合わなかったじゃない!バル」
「本当だよ。ルートのお見送りしたかったのにぃ!」
「そうですわ。バルアスクさんが起きて来るのが遅かったから・・・。ルート兄様どうかご無事で」
「悪かったって。俺だって兄貴の見送りをしたかったんだぜ?でもよ、確かに寝過ぎたかもしれねえけど、ちょっと兄貴が出掛けるの早くねえか?」
ルート様が転移してから程なくして、後ろから騒がしい声が聞こえてきます。こちらに向かっていたバルアスクたちがたどり着いたようです。
振り向けば、リュミーとヒューとルーベットの三人がバルアスクを取り囲んで責め立てる姿が見えました。バルアスクといつも一緒につるんでいるオゥレンジとルングの二人は、巻き込まれないように少し離れた場所に避難しているのが見えました。
・・・バルアスクには災難なことですが、ここは犠牲になってもらいましょう。わざわざ騒ぎを大きくする必要はありませんからね。その分、ルート様が戻って来られた時には、このことをお話ししておきましょう。
実はバルアスクの言っていることが正しく、バルアスクたちには「朝食を摂る時間帯に王都へ出掛ける」と伝えられていましたが、実際は朝食を作り始める時間帯に出発することになっていました。ルート様はバルアスクたちに嘘の時間帯を伝えられていたのです。
バルアスクが怒られている様子に私が苦笑をしていると、リリ様とクリュー様、それにシエルフィーア様の三人が、ルート様が転移した場所の手前まで歩いて来て立ち止まりました。
「リリ姉様、父様行っちゃったね。クリューも父様のお見送りしたかったのに」
「全くルゥ兄様ったら仕方のない人ですね。出発直前になって、やっぱり連れていってください、と私とクリューが我が儘を言い出すことを危惧したのでしょう。ルゥ兄様ったら、私たちに嘘の時間帯を教えたに違いありません」
抱き付くクリュー様の頭を優しく撫でながら、リリ様は先ほどまでルート様が立たれていた場所をジッと見つめます。私はリリ様の発言に少し驚きました。ルート様から「何だかリリには、思考を読まれている気がするんですよ」と聞いておりましたが、確かにリリ様はルート様のことをよく分かっていらっしゃるようです。
さすが条件付きとはいえルート様と決闘に勝利を収めて、自ら進んでこちらに来られただけのことはあります。初めにその話を聞かされた時は、何を言われたのか分からず思考が停止してしまったものです。なぜなら、見た目はどこからどう見ても箱入りの姫、といった感じの女の子なのですから。
そんな女の子が、ルート様に決闘を挑み、あまつさえその決闘に勝利を収めただなんて、一体誰が信じるというのでしょうか。少なくとも決闘の当事者であるルート様からの話でなければ、私も信じなかったことでしょう。
ただ、リリ様がそういう少々過激な行動を取られる方だと言うことは、すぐに察することが出来ました。性格は似ていらっしゃいませんが、リリ様の纏う空気がどことなくルート様の実母であるフィアラ様を彷彿とさせるものがあったからです。
魔人族との結婚という茨の道を突き進んだフィアラ様。その行動力の高さは、リリ様にも言えることです。そういう意味では、ルート様ご自身の行動力も高いので、もしかしたらエルスタード家の血のなせるわざではないかと思えます。
・・・妹君として一緒に育ったルート様が、リリ様とのご結婚を嫌がられてはいらっしゃいますが、リリ様のような方がルート様の妻として加わることは、私個人としては賛成ですね。暴走しがちな主の手綱を握ってくださる方はとても貴重な存在ですから。
「あぁ、そういうこと。通りで昨日の夜のルートが、どこかよそよそしかった訳ね。ちょっとすっかりしたわ」
リリ様の話を聞いたシエルフィーア様が、納得したようにポンと手を打ちました。私には昨夜のルート様がよそよそしかったようには全く見えませんでしたが、分かる人には分かるようです。どうやら、シエルフィーア様もまたルート様のことをよく分かっているようです。
「ふふっ。シエラ姉様もちゃんと気付かれていたようですね。ルゥ兄様のことを気に掛けていただいているようで安心しました」
「えっ!?いえ、これは別に。気に掛けてるとかどうとかではないわ。ただ、ちょっと気になっただけと言うか何と言うか・・・」
嬉しそうなリリ様の一言に、シエルフィーア様は頬を赤く染めながらしどろもどろに否定をされます。でも、答えは火を見るよりも明らかです。そのシエルフィーア様の姿を見てリリ様がクスクスと笑います。
・・・シエルフィーア様とのことをルート様はぼやかれていましたが、何の心配もなさそうですね。この様子をルート様にお伝えしたら喜ばれることだとは思いますが・・・。いえ、ここはリリ様に任せておけば大丈夫でしょう。
ルート様を支えてくれる二人の存在に私は心強いものを感じると同時に、ひどい寂寥感に襲われました。ラフォルズに身を寄せる際に生き別れになってしまった愛する妻シィーのことを不意に思い出したのです。
・・・行方も生死も不明。別れ際の状況を考えたら希望はとても低いことは分かっています。分かっていますが私は・・・。




