第二百六十一話 王都潜入 中編
「そうか。ついにワルターを見限ったってことか。意外と長かったな」
「あら、ワルターはワルターでちゃんと愛しています。失礼なことを言わないで欲しいわ」
「うん?あぁ、ということは子供のためか。シャーリィはずっと欲しがってたもんな」
「えぇ、そうです。彼はレッドカンスから帰ってくるのに護衛をしてくれたのですけど、とても優秀なのですよ」
「へぇ、と言うことは、その色男は同郷って訳か。それにしても、シャーリィのお眼鏡に叶うなんて、だたの色男って訳じゃないんだな」
セドリックは俺のことを値踏みするかのように、頭の天辺から足のつま先に掛けて視線を滑らせると、ニカッと笑みを浮かべながら俺の背中を容赦なくバンバンと叩いた。土を司るイエロードラゴンのダストアからもらったうろこの恩恵のお陰で全く痛くはなかったが、明らかに初対面の者を叩く強さではない。
・・・もしかして、このセドリックって人、シャーリィさんのことが?
俺を叩いたことで気が済んだのか、セドリックは踵を返して歩き始めると、手をヒラヒラさせながら「まあ、何にしてもここは立ち入り禁止区域なのはシャーリィもよく知ってるだろう?他の奴に見つからない内に、さっさと家に帰れよ?てか、そういうことは外じゃなく家でやれ」と言って去っていく。そんなセドリックにシャーリィは「はいはい、分かってますわ」とちょっとおざなりに答えた。
俺はセドリックの背中が家の陰に隠れたところで、俺の腕に抱き付いたままのシャーリィにすぐさま視線を向けた。
「今のセドリックという男性の方は、シャーリィさんとワルターさんのお知り合いの方ですよね?完全に俺のことをシャーリィさんの浮気相手だと思われてしまいましたが、良かったのですか?嘘とはいえ、ワルターさんに怒られるんじゃ・・・」
「ふふっ、安心してください。何の問題もありませんわ。だって浮気でも何でもないですもの。そんな顔をしなくても大丈夫ですわアレク」
シャーリィはクスクスと笑ってから、魔人族の習慣について教えてくれる。
「魔人族は、子供が出来にくいという話をアレクはご存じですか?」
「えぇ、知っています。そして、その分なぜか他種族との間には、出来やすいのですよね?」
「その通りですわ。ですから、どうしても子供が欲しい場合は、複数の相手と結婚することが出来ることになっています。身体の相性というのもあるみたいなのです。それに、本当にそうでもしないと中々、子供が出来ないのですわ」
シャーリィの説明からすると、魔人族は重婚が認められているそうだ。しかも、その形態は多夫多妻もあり得るそうで、考えるだけでも家族構成がややこしいことになりそうだ。
魔人族は、心がおおらかだと言うべきか、同族であれば血が繋がってなくても家族同然と考えているから問題ないなのか、そこまでしないと種を存続出来ないから仕方がないと割り切っているのか。習慣と言われても、今一ピンと来ないところが悩ましい。
俺がそんなことを考えて眉間に皺を寄せていると、シャーリィは俺の様子見て不思議に思ったのか「人族でも複数の方と結婚している人がいらっしゃいますから珍しいのことではないですわよね?」と尋ねてくる。シャーリィの言う通り、エルグステアでも王族や貴族階級の者が、優秀な血を残すために重婚していることは珍しくも何ともない話ではある。
だが、それは一夫多妻となるので、魔人族の習慣と同列に考えるのはちょっと違うように思う。俺が「うーん」と唸って明確な言及を避けていると、シャーリィは俺から離れて胸元でポンと手を合わせた。
「まあ、この話はこれぐらいにしておきましょう。それよりもこれで種まきは出来ましたわ。目的は果たしましたし、セドリックに言われた通り移動しましょう」
「そうですね。ここが立ち入り禁止の場所ということであれば移動した方がいいでしょう。ただ、ところでその種まきというのは何のことですか?」
「先ほどのセドリックは王城に勤める兵士になるのですが、口が軽いことで有名なのです」
「口が軽いですか?それって不味くありません?」
いくら複数人と結婚することが認めらえているとはいえ、シャーリィに二人目の男が現る!、みたいな噂が流れてしまっていいのか俺には判断がつかないことだ。でも、俺の心配を余所にシャーリィは何てことない顔で「大丈夫ですわ」と頷いた。
「むしろそれが好都合。アレクと私が男女の仲だと勘違いされていた方が、アレクと二人揃って王都を出歩いていても何の不思議にも思われません。どうでしょう?完璧な作戦と思いませんか?」
セドリックは朝の時間帯にこの周辺を見回りしているらしく、シャーリィはセドリックと鉢合わせることを狙って、この場所を転移先に選んだのだそうだ。そして、口が軽いセドリックに俺がシャーリィの新しい恋人であるという噂を流させることは作戦だったとシャーリィは教えてくれた。
シャーリィの得意げな様子に、俺はワルターがシャーリィを推薦した本当の理由が分かったような気がした。シャーリィという女性は、想像以上に強かな女性だったのだ。
・・・その作戦、事前に教えておいて欲しかったなぁ。
思わずそう思った俺だったが、この女性は敵に回してはいけないな、と心に決めるのが早かったことは言うまでもない。再びシャーリィに腕組みをされるがまま、俺はシャーリィに引っ張られる形で、その場を後にした。
魔人族の国の王都コンラーイにシャーリィと転移魔法でやってきて七日間の時が流れた。拠点はワルターとシャーリィの家を使わせてもらっており、この間ラフォルズには一度も帰ってはない。なぜなら、コンラーイの中で索敵魔法を徐々に広げて慣れさせているためだ。継続的に魔法を展開し続けるのが、早く慣れるための一番のコツである。
もちろんやっていることはそれだけじゃない。俺は毎日のようにシャーリィにコンラーイの街中を案内してもらっている。決して、連れ回されている訳じゃないということは、念のため断言しておきたい。
コンラーイの街並みは、エルグステアの王都と比べてかなり質素な造りをしていた。全ての家が白に近い灰色の壁をした石造りをしておりため清潔感はある。ただ、街並みがその白に近い灰色一色しか色合いがないため、エルグステアの王都と比べて街並みに華やかさがなかった。
魔人族の王都ということで立派なものを想像していたし、もしかしたら、隷属させた魔族から巻き上げて、絢爛豪華で煌びやか過ぎて目がチカチカするような街並み、みたいなのも想像していたのだが全く違っていた。
だが、そんな質素な感じに見える街並みだが、その家の造りにはとても興味深いものがある。家の壁は灰色の石を積み上げたものではなく、大きな一枚岩から切り出したかのような造りで、継ぎ目なども全くないので、どことなくコンクリートを彷彿とさせる懐かしさがあるのだ。
シャーリィの説明によると、街そのものは魔力流を制御するための遺跡を造る時に一緒に造られたもので、天人族が魔術具を使って造ったものなのだそうだ。家の造りを見れば魔法で造ったことはすぐに想像がついたが、魔術具で造ったとなると、どんな魔術具を使ったのか想像もつかない。
・・・大きな岩を均等に切り出す魔術具?いや、壁となる岩そのものを出した方が早いか?もしかして、ボタン一つでババーンと家が出来上がるとか?
そんなことを想像するのがちょっと楽しかったりもするのだが、シャーリィのその話を教えてもらって一つ疑問に思ったことがある。魔人族が天人族に隷属させられた記憶が残る街並みを、そのままにしていることだ。
魔人族にとってその事実は、思い返したくもない出来事のはず。遺跡の事情があるにせよ、街並みを造り変えるぐらいのことはしてもおかしくないと思ったのである。
だが、それにはちゃんと理由があった。家は下手に壊すことが出来ないほどの強度で造られているのだそうだ。魔力に一番長けた魔人族が下手に壊すことが出来ないと言うのであれば、そのままにしている理由には納得だ。遺跡に影響が出るような攻撃が出来る訳がないので、手を出すに出せなかったということだろう。
それにそのままにしている理由は他にもある。生活のインフラがとても充実しているのだ。
日が落ちたら勝手に明かりが付く街灯や短距離移動用の動く歩道といった外の設備。家の設備でいくと、近付けば開く自動ドア、手をかざすだけで明かりがつくランプに、エアコンのような空調機。冷凍冷蔵庫だって完備してある。それにボタンを押すだけで火が付くコンロ。もちろん火力の調節もばっちり可能だ。
水回りも魔術具で好きなだけ水が出せるし、もちろんお湯も出すことが出来る。排水も魔術具で処理されるので、どれだけ水を出しっぱなしても問題はない。お風呂に入るという習慣がないことを除けば、コンラーイでの生活は、俺が元居た世界と同じぐらいに近代的、いや魔力と言うとんでもエネルギーを使っていることを考えると、元居た世界よりも進んでるかもしれないものだった。
・・・エルグステア学園では学ばなかった俺の知らないロジックで動く魔術具の数々。明らかにハイテクノロジーな魔法技術。コンラーイは魔術具の宝庫だった!
そんな天人族が残した魔術具の数々に俺のテンションが上がらない訳もなく、色々な魔術具を目の当たりにして思わずテンションが上がってしまったことを、シャーリィにちょっと引かれてしまったのは、ここだけの話である。
・・・そんなことをしに来た訳じゃないのは分かってはいるけど、目的外のこととは言え、何かを得て帰りたいと思うのは仕方がない。それに、ずっと気を張って緊張しっぱなしっていうのは疲れてしまうからな。うん、仕方がないことだ。
「何をぼんやりとしているのですかアレク。今日は北区を見て回るのでしょう?」
コンラーイは円形に街が造られており、北、南、東、西の四つの区画に整備されている。街はその円形の中心に向かって段々と地面が高くなるように盛り上がっていて、その盛り上がっていく地面の下に例の遺跡があるそうだ。王都の下に遺跡があるためか、エルグステアの王都と比べてコンラーイはかなり小さい。そして、その最も高い中心に王城がドドーンと構えている。
ただ、王城と言っても、エルグステアの王城やロクアートの首都ノクトゥアにあったリベール城みたいに、西洋風の石造りで出来たザ・ファンタジーの城と呼べるような形ではない。どちらかと言えば砦や要塞と評した方が正しい感じの角張った造りをしていた。
元々は城というよりも天人族の研究施設だったとだと思えば、外観が王城と呼べるほど立派でないのは仕方がないことだと言えるだろう。
「ほら、早く乗ってください!移動しますわよ!」
シャーリィに手を引かれて、俺は一辺の長さが二メートルぐらいある正方形の石板の上に乗った。それもまた天人族が残した魔術具の一つだ。ルンディボと呼ばれている魔術具は、決まったルートを行き来するだけではあるが、石板に乗って中長距離を移動することが出来る。
初めて乗った時に俺のテンションが爆上げになったのは言うまでもないが、シャーリィに「転移魔法ほどではありませんわ」と呆れられてしまった。確かに転移魔法は便利だが誰でも使える訳ではない。これは魔術具として完成されているので、ルンディボは魔力供給さえすれば誰でも使うことが出来る優れものだ。
・・・ルミールの町近郊にあった遺跡を考えると、転移陣が使われてないのはちょっと不思議ではあるけど。
何にしても、街中で転移魔法を使うのも、補助魔法で身体強化をして走り回るのも目立ってしまうので、ルンディボという移動手段があるのは僥倖だった言える。お陰で、随分と効率的にコンラーイを見て回れることが出来ていた。
「はい、すみません。では、お願いします!」
石板に乗った俺が合図を送るとこちらを見守っていた魔人族の男性が、コクリと頷いてから腰の高さぐらいの台座に手をかざす。彼はルンディボを起動させるために在中する起動員で、ルンディボが止まる各地点に一人ずつ配置されている。彼らに行きたい場所を伝えると、そこに一番近い場所に着くようにルンディボを動かしてくれるという訳だ。
俺とシャーリィが乗った石板に彫り込まれた文様が淡く光ると、石板がふわりと浮いた。その次の瞬間、石板は地面と平行して滑るようにして、北区に向かって一気に加速する。足元の石板だけ急激に動いた場合、普通は慣性の法則で俺たちをその場に残して、足元の石板だけ行ってしまうところだがそうはならない。
急激な動きにも関わらず、ちゃんと俺たちを乗せたまま移動をしている。すごいところはそれだけじゃない。ルンディボは急激な動きによる身体への負荷はほとんど感じないし、自動車で高速道路を走るぐらいのスピードで移動しているのに空気の抵抗もない。単純な移動手段としては、かなり快適で便利な代物と言っていいもので、是非エルグステアに持ち帰りたい代物の一つだ。
・・・まあ、その仕組み自体は解明されてないらしいから、持ち帰るのはかなり難しいけど。碌でもない負の遺産はあるけれど、天人族の魔術具を作製する技術力が、他の追随を許さないぐらいに優れているところは、魔術具技師のライセンスを持つ者としては羨むところだ。
「あぁ、今日は楽しみだなぁ」
「アレク?何度も説明しましたが、今までに見て回った南区、東区、西区とは訳が違います。期待しているようですが、施設に入ることは絶対に無理ですわ」
シャーリィの案内で、これまでに南区、東区、西区の三区画を見て回っていた。それぞれの区画には、大きく分けて住宅エリアと生産エリアがあり、その生産エリアは東西南北で役割が違う。
シャーリィとワルターの家がある南区は畜産業で、生産エリアにはいくつかの大きな建家があって、それぞれの建物ごとに違う種類の魔獣が飼われていた。魔族領における食用肉というのは、魔獣の肉が一般的になる。一番の理由は、飼育のしやすさだ。魔獣は雑食になるが、食べ物から得ているのは魔力になる。つまり、食料として魔力を与えてやれば育てることが出来るという訳だ。
しかも、魔力を過剰に供給してやれば魔獣としての等級が上がる。さらに等級が上がれば必然的に身体が大きくなる上に、質の良い肉と素材が手に入るといった寸法だ。魔力に長けた魔人族にとって魔獣を飼育するのは、効率的でとても相性の良い方法と言える。実は、この方法はレジスタンスでも採用している方法だったたりもする。
・・・図らずも同じようなことをしていたとは。