第二百五十九話 提案 後編
「安心してくださいシャーリィさん。まずは確認をするだけですので、痛いことなどしませんよ。それに、仮に精神支配を受けていたとしても、別の方法で解いて見せます」
「そうなのですか?・・・分かりましたわルート様。ルート様は本当に博識なのですね」
「たまたまそれだけの知識を学ぶ機会があっただけですよ。環境が良かったと言えますね」
シャーリィの了解も得られた俺は、立ち上がって二人の下へと歩み寄る。精神魔法が掛けられているかどうかを調べることは、それほど難しいことじゃない。精神魔法を掛けられているということは、誰かの魔力に縛られていると言ってもいい。つまり、二人に俺の魔力を僅かに流し込んで、魔力の弾かれ具合で確認が出来るという訳だ。
ただ、対象者に流す魔力が少なすぎても駄目だし、多すぎても駄目だ。少なすぎると対象者の持つ魔力にそもそも弾かれてしまい、多すぎると今度は対象者の魔力の有無に関係なく素通りしてしまう。繊細な魔力操作と感覚が求められることなので、直接対象者に触れながらでないと確認するのは難しい。
「それでは申し訳ないのですが、お二人の手を拝借しても・・・。って、コールディア様とコト様は何か言いたいことがありそうな顔をしてますね」
椅子に座るワルターとシャーリィの背後まで来た俺は二人に手を出してもらおうとしたら、視線の先にコールディアとコトがニヨニヨとした含みのある顔でこちらを見ていることに気が付いた。明らかにからかいの色が見て取れるいやらしい顔付きだ。個人的には何も見なかったことにしてスルーしたいところだが、ここで放っておいても良いことがないことを俺はよく知っている。
「いや、何。まさかルートが精神魔法にまで明るいとは思わなかったからのう」
「えぇ、きっと私たちに知らず知らずのうちに魔法を掛けて、あんなことやこんなことを要求されていたかと思うと。何てやらしい」
「うむ、コリィだけでなく妾もいつの間にか手籠めにされていた訳じゃな」
コールディアとコトはそう言いながら、自分たちの身を案じるようにして自分の身体を抱き締める仕草をする。何言ってるんだこいつらは、と思うよりも前に、この二人がどんな状況であっても本当にぶれないことに、俺は思わず感心してしまう。
・・・はぁ、ホントいい性格してるよね二人とも。
「そうですね。コールディア様とコト様に精神魔法を掛けておけば、グリムッドさんやリーズベルさんたち、それにコト親衛隊の方々の心労が減るかも知れませんね。貴重なご意見、考慮させていただきますね」
俺がニッコリ笑顔でコールディアとコトの二人に精神魔法を掛けることに前向きな発言をすると、リーズベルがポンと手のひらを合わせながら「まあ、それはいい案ですねルート様」と賛同し、グリムッドも「悪くないやも知れませんな」と頷いた。コト親衛隊の八人も、賛成ですと言わんばかりに何度も頷いている。コールディアとコトの二人が「えっ?」といった顔になるが、当然の如く無視だ。
・・・これでちょっとは静かになるだろう。
「コホン、では改めてワルターさん、シャーリィさん。手を拝借してもいいでしょうか?」
俺は二人に向かって手のひらを上に向けてながら手を差し出す。ワルターとシャーリィは、今のコールディアたちとのやりとりに小さく笑ってから、俺の要求に応えてくれる。
「えぇ、もちろんですルート様」
「ふふっ、本当に仲が良いですこと。ルート様は愛されてますわね」
ワルターが俺の左手に、シャーリィが俺の右手に手を置いいた。今度は何やらワルターとシャーリィの二人から生暖かい目を向けられてしまうおまけ付きだ。確かに、コールディアたちと良い関係を築けているという意味では間違いはないのだが、素直にそれを肯定するのはちょっと難しい。
「あれは俺を弄って楽しんでいるだけなのです。そんな良いものではありませんよ」
「そうなのですか?では、そう言うことにしておきますわ」
シャーリィは、絶対にそう言うことにしておかないことが分かる返事をしながらクスクスと笑う。とても楽しそうだ。俺は「むぅ」と口を少し尖らせてから、集中するために目を閉じる。
「では、これからお二人に魔力を流します。構えずに自然体でいてください」
「分かりました」
「分かりましたわ」
俺はワルターとシャーリィの二人へ均等に少しずつ魔力を流していく。個人が持つ魔力量は人それぞれに当然違う。だから、まずは俺の魔力を流した時に拮抗する量を探ることから始めるのが、精神魔法が掛かっているか確認するコツだ。
・・・ん、やっぱり抑制呪具のせいか、魔力が拮抗する地点が早いな。まあ、これは想定の範囲内。あとは、ここから反発が起こるかどうか。
・・・うーん、これは・・・。念のためもう一回、流す魔力量を変えてやっておくかな。
・・・よし、こっちは確認が出来たな。さてと、近付いたついでに二人のこれも確認しておくか。実はずっと気になっていたんだよな。
「・・・ふぅ、終わりました」
かなり集中をしていたので、どれだけの時間が掛かったのかは分からない。ちょっと趣味に走ってしまったので、余計に時間が掛かってしまったが十分な成果は得られた。とりあえず、俺はいつの間にかかいていた額の汗を手で拭ってから、首をぐりぐりと回す。少々、身体に力が入っていたみたいで、首や肩がこった感じがする。
「それでどうだったのですか?」
「もったいぶらずに教えて欲しいのじゃが?」
集中していた反動で俺が小休憩をしていると、コールディアとコトが真面目な顔で、確認結果を催促してくる。何度も茶々を入れてきた二人だが、本当に大事なことには、さすがの二人も真剣になるようだ。いつもそうして欲しいとは言わないが、もう少し真面目な度合いを増やしてくれたらと思う。
「安心してください。二人ともシロです。精神魔法は掛けられてませんでした」
「そうですか。では、一先ず安心ですね」
「なんじゃ。もったいぶっておいて結局は何もなかったのかえ」
俺が確認した結果を話すと、その場に安堵の空気が流れる。疑いの目を向けた俺自身も、ワルターとシャーリィの身の潔白を確認することが出来たことには満足だ。ただ、それは良かった、とこのまま終わっていい話ではない。こうなると、ワルターとシャーリィが話してくれた有用な話を無視する訳にはいかない。
「ワルターさん、シャーリィさん。ご協力ありがとうございました。それと、お二方のことを疑って申し訳ありません」
「いえ、ルート様が仰られた可能性がないとは言い切れませんでしたので、ルート様が謝られることではありません。むしろ、確認をしていただきありがとうございました」
「えぇ、そうですね。何事もないことが確認出来て良かった。私たちも一安心ですわ」
ワルターとシャーリィは、俺が疑いの目を向けたことに気分を害することなく、自分たちが操られていなくて良かったと喜んでくれる。その様子を見て俺は確信した。まだ二人と接した時間は僅かなものではあるが、二人が人がいいと呼ばれる部類の人で、二人が魔人族であっても信用に値する人だということに。
・・・となれば、次に移すべき行動は、彼らの示してくれた道を確かめる、だな。
「お二人に提案があるのですが聞いていただいてもいいでしょうか?」
「本当に驚きましたわ。まさか一瞬でコンラーイにたどり着いてしまうだなんて」
シャーリィは辺りをきょろきょろと見渡しながら、驚嘆と感心の入り交じる声を上げる。それもそのはず。ついさっきまで周りの風景は森だったのだが、今はすっかりと風景が変わっている。魔族領でも西の果ての方にある迷いの森ラフォルズから、魔人族の国ターグディエン、その王都コンラーイに一瞬でたどり着いたからだ。もちろん、そんなことが出来たのは、俺が転移魔法を使ったからである。
話は遡ること半日ほど前の話になる。
俺はワルターとシャーリィの二人に、コンラーイを案内して欲しいとお願いし、その報酬として二人の首に付けられた抑制呪具を外す提案をした。
ワルターとシャーリィの二人の首に付けられていた抑制呪具は、勝手に外そうとすると魔力を一気に吸い上げて装着者を殺す呪いは付与されていたが、呪いの構成を弄ることに対して発動する罠の類は一切付いていないものだった。
こういう行動に制限を付けて自由を奪う魔術具は相場として、勝手にどうにか外そうものなら首を吹き飛ばすぐらいの罠があってもおかしくない。だが、二人に付けられた抑制呪具には、特に何も施されてなかったのだ。
それだけ抑制呪具の効果に自信があるのか、そんな物騒なものを同族には付けさせない魔人族の優しさなのか、はたまた、呪いの構成を弄られることをそもそも想定していなかったのか、理由は分からない。理由は分からないが、俺にとってそれは好都合だった。
何と言っても俺は呪いを可視化することが出来るカスグゥエンの眼を持っている。呪いの構成を看破することが出来る俺にとって、強制的に呪いの効果を乗っ取ることは難しいことではない。今までにも何度もやって来たことであり、今では得意分野、その道のプロと言っても過言ではないだけの自信もある。
ワルターとシャーリィはそんな俺の提案に「そんなことをしなくてもいくらでもご案内いたしますが、危険ではないですか?」と、俺が抑制呪具を外せることよりも、俺がコンラーイを訪れることを不安視されてしまう。もちろん、コールディアやコトたちからは「どういうつもりですか!?」と猛反発を受けた。
レジスタンスの今後を左右するかなり重要な話であることは分かっている。それを誰にも相談せずに進めようとしているのだから、反発を受けても仕方がなかった。
でもそれは仕方がない。なぜなら、ワルターとシャーリィの二人に精神魔法が掛けられていないか確認した後に、抑制呪具の確認もついでにしている時に、コンラーイに潜入することを思い付いたからだ。二人の協力があれば、潜入捜査がやりやすいのではないか、と。
もちろん、それがどれだけ危険なことであるか、ということも分かっているつもりだ。俺と言う存在は魔人族から見て、敵対勢力のトップであり、魔人族の歴史的に見て最も忌むべき存在。そんな俺が、敵の本拠地で見つかりでもしたら、俺は寄ってたかって命を狙われることになるのは明白だ。
猛獣がひしめく檻の中に自ら入るような行為なのだから、ワルターとシャーリィが不安視をし、コールディアとコトたちが反発するは当然と反応と言えた。
でも、俺は頑なに譲らなかった。魔人族との闘いに、想像以上に早く終止符を打てるかも知れない可能性をワルターたちには提示してもらったのだ。虎穴に入らずんば虎子を得ずということわざは、正に今の状況のことと言えた。
危険を冒せば敵の喉元に噛み付くことが出来るチャンスが巡ってきた訳である。それならば、手をこまねいている場合でも、指をくわえて待っている場合でもない。俺は魔人族との闘いに終止符を打つ可能性を確かめるために、コンラーイに潜入する意義をコールディアたちに説明をした。
俺の説明にコールディアたちの表情は、納得をした、という感じではなかったが、表立って反対を口にはしなくなった。表情の話だけすると後がとても面倒くさい感じの顔をしていたが、やりたいようにすればいいと、と思ってくれているものと、自分の都合が良いように解釈をした。
それよりもさらに大変だったのは、リリとクリューの二人だ。二人は魔族領へ付いてきた時と同じく当然の如く、俺と一緒にコンラーイへ行きたがったが「人数が多いと動きづらいから駄目だ」と今回は突っぱねた。
特にリリは魔人族が攻める対象となる人族になる。そんなリリを猛獣の檻の中に連れていける訳がない。クリューなら黒髪なので、まだコンラーイに行っても溶け込むことが出来るかも知れない。でも、クリューが一緒に来ることも俺は許可しなかった。リリにクリューを出汁にされないようにするためである。だから、俺はリリとクリューの要求を二人まとめて突っぱねた。「絶対に何事もなく帰ってくるから」と何やら無事に帰って来れないフラグめいた約束して、リリとクリューには折れてもらった。
・・・リリとクリューが折れてくれたのは良かったけど、こっちの方が後が怖いんだよなぁ。まあ、その辺りの埋め合わせは、このミッションをクリアした時に考えることにしよう。そうしよう。
俺はそんなことを考えながら、シャーリィと同じように俺もきょろきょうと辺りを見渡す。転移した場所は、三階建てぐらいの建物に囲まれたどんづまりで、朝の時間帯であるのにも関わらず、満足に日の光が当たらないため辺りはとても薄暗い。行き止まりの裏道といった感じの場所だ。どうやら、シャーリィがイメージしてくれた通り、人気のない場所に俺たちは転移したみたいである。見渡した限り、近くに人の姿はない。
・・・まずは第一関門突破ってところだな。
俺が警戒を解いてホッと息を吐いていると、シャーリィが俺の顔を下から覗き込むように近付いてくる。シャーリィは俺の顔をまじまじと見ながら「それに、まさかそんなことも出来るなんて信じられませんわ」と言って感嘆の息を吐く。
シャーリィが言っているのは、俺の瞳の色のことだろう。俺が忌み子であることを悟られないための秘策がそこにあった。




