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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第二百五十七話 魔人族の事情 後編

今までで一番真剣な表情をするワルターとシャーリィの二人に、俺は「落ち着いてください」と声を掛けてながら、手を上下させて二人に座るように促した。


・・・そりゃ、滅ぼすとか言われたら驚くし、気が気じゃないよな普通。でも、それだけじゃない、何だか焦燥感みたいなものを感じるような気がするのは気のせい?


俺が落ち着けと声を掛けても、緊張感を全く緩めないワルターとシャーリィの二人。そんな真剣そのものといった様子の二人を見て、俺がそんなことを考えていると、シエラに肩を小突かれてしまう。シエラの顔を見遣れば、どうにかしてあげなさい、とシエラの表情が物語っていた。


「えっと、昔、昔の話です。今はそんなこと考えてませんので大丈夫です。ほら、リリが物騒なことを言うから、ワルターさんとシャーリィさんを驚かせてしまったじゃないか」

「でも、ルゥ兄様のことだから、ヒャッハー汚物は消毒だー、ぐらいには思っていたのではないですか?」

「ぶふっ!?」


リリの口から出るはずもないワードが飛び出して、俺は思わず吹いてしまった。その話は、元ヒャッハーで世紀末なモヒカン頭をしていた冒険者のノースにしかしていない。


・・・確かノースさんとまだ出会って間もない頃に、武器を火炎放射器にしませんか?って提案した時に言ったんだったっけか?リリが知るはずのない台詞が、どうしてリリの口から・・・。


「なぜ、リリがそのことを知ってるんだい?」

「もちろんノースさんにルゥ兄様の話を聞いたからですよ?」

「ああ、うん、それはそうなんだけど、そうじゃなくて・・・」


ノースにしかしていない話をリリが知っていると言うことは、リリがノースから話を聞いたことは、聞くまでもなく分かっている。俺が知りたいのは、なぜリリがノースに俺の話を聞いているのか、ということだ。それにリリとノースが出会う接点はないはずである。


・・・いや、待てよ?接点がなくはないか。


俺はエルグステア学園の卒業生であるリリが、エルレインを通してノースと知り合いになった可能性があることに思い至り、思わずポンと手を打った。それと同時に、もしかしてリリは他にも色々な人に、俺のことを聞いて回ったのではないかということにも気が付いてしまう。俺が王都でやったあれやこれやを、リリは知っているのではないだろうか。


・・・うん、これ以上突っ込むと何だか墓穴を掘りそうな気がする。別に俺は何も悪いことはしてないんだけど。とにかくそんな気がする。


「何か気になることでもありますかルゥ兄様?」

「ううん、何もないよ。とりあえず、リリが言わんとしていることは分かった。楽観視は当然出来ないけど、悪いように考え過ぎて意固地になっても仕方がないことは理解したよ。止めてくれてありがとうリリ。それにシエラも巻き込んで悪かったな」

「はい!ルゥ兄様。もう大丈夫そうですね。私も安心しました」

「ほんと、いい迷惑だったわ、と言いたいところだけど、これぐらいなら大目に見てあげる」


リリとシエラの笑顔に俺が頷いて応えていると、コールディアとコトのひそひそ声が聞こえてくる。ひそひそという感じの割りには、俺にしっかりと聞こえる声量だ。俺が二人の声がする方に振り向くと、コールディアとコトの声量が大きくなった。


「これはいけませんね。そう思いませんかココ?」

「うむ、その通りじゃなコリィよ。妾もそう思うのじゃ」


コールディアとコトはお互いに顔を見合わせて、分かり合ったように頷くと、二人ともチラリと俺を一瞥してから勢いよく後ろに振り返った。二人の視線の先に居るのはリーズベルだ。


「遅れを取っているわリズ。今からでも遅くないのでルートにアプローチするのです」

「そうじゃ。小娘にはない大人の魅力で、ルートを魅了してやるのじゃ」


突然、訳の分からないことを言い出したコールディアとコトに、その場の皆が唖然とした表情になる。そんな中で、名前の上がったリーズベルだけは、ニッコリと微笑んでいた。背筋が凍り付きそうなぐらいに、ひんやりとした笑顔だ。リリといいリーズベルといい、実は氷のマナに愛されているんじゃないかと思えてくる。


・・・この場で、そんなことを言ったら、そりゃあ当然そうなるよ。全くあの人たちは・・・。


「コールディア様、コト様、後で話がありますので、覚悟しておいてくださいね?」


淡々とした口調のリーズベルにそう言われたコールディアとコトの二人は、ビクッと身体を震わせてから「話の続きをどうぞ」「うむ、コリィの言う通りじゃな」と言って、さっきの発言をなかったように振る舞い始めた。でも、リーズベルのひんやりとした笑顔は今も継続中である。リーズベルの制裁から逃れられないのは、その笑顔を背中にひしひしと受けるコールディアとコトの二人が一番良く分かっていることだろう。


・・・からかい九割、場を和ませてくれようとした一割ってところかな?とりあえず、二人はリーズベルさんにしっかりと叱られてください。


俺が心の中でコールディアとコトの二人に合掌をしていると、ワルターとシャーリィがクスクスと小さく笑っていることに気が付いた。さっきからワルターとシャーリィの二人には見苦しいところをばかりを見せてしまっている気がする。俺は慌てて二人に謝った。


「何だか、色々と申し訳ありません」

「いいえ、ルート様が謝られるようなことではありません。むしろ、良いものを見せていただきました」

「そうです。ルート様は、皆様と随分と良いご関係を築かれているのですね。素敵です」


魔人族の血を引く俺が、他種族と良い関係が築けていることに、ワルターとシャーリィから羨望の眼差しを向けられる。融和派である二人は、他の種族とこういった気の置けない関係を築きたいと思っているのだろう。


・・・魔人族がこういう人たちばかりだったら、魔族領はもっと平和だったんだろうな。


「ありがとうございます。ただ、今のコールディア様とコト様の発言からの一連の流れを見て、そう思われたのであれば、何だか素直には喜べませんね」


俺がそう言うと、コールディアとコトが目元を押さえて嘆き始めた。二人ともとてもわざとらしい。


「まあ、ひどい!それはどういう意味でしょう?」

「本当に。ルートは妾たちのことが嫌いになったのじゃな?」

「えぇ、えぇ、きっとそうです。私たちのことは遊びだったのですね」


明らかにオーバーリアクションのコールディアとコトの二人。俺はそんな二人をじとっと睨んでから、ワルターとシャーリィの二人に「分かっていただけましたか?」と尋ねる。ワルターとシャーリィは「仲が良いことと、苦労されていることは」と言って、再びクスクスと笑った。


「苦労していることを分かってもらえたようで何よりです。では、二人の後の始末はリーズベルさんにお任せしますね」

「かしこまりましたルート様。私にお任せください!」


言いたい放題のコールディアとコトの後始末をリーズベルへ明確に一任すると、リーズベルはキリッとした表情で、はきはきとした頼もしい返事をしてくれる。彼女に任せておけば、万事解決で間違いないだろう。そんな彼女と対照的な表情をしているのがコールディアとコトの二人だ。


「あのねリズ?そこまで張り切らなくてもいいと思いますよ?」

「そうじゃぞ?それに、コリィの側近たるリズがルートの言うことを聞く必要はない訳じゃし」


あせあせといった感じにリーズベルに言い繕うコールディアとコトの二人だが、リーズベルに「お姉様方はお黙りください」と笑顔で一蹴された。取り付く島もないといった様子のリーズベルに、コールディアとコトが恨めしそうに俺のことを睨んでくるが、俺はもちろん無視だ。


「さてと、ワルターさんとシャーリィさんに一つ聞きたいことがあるのですがいいでしょうか?」

「そちらのお二方は宜しいですか?」

「自業自得なので気にしていただかなくても結構です」

「ふふ、ルート様がそう仰るのなら」


コクリと頷いてくれるワルターとシャーリィの二人に、俺はさっきの二人の様子を尋ねる。


「先ほどの、魔人族を粛清だとか根絶やしだ、という話になった時のお二人の様子が少しに気になったのです。当然、同族が襲われる話を聞かされたら、必死で止めるのが道理。ただ、それだけではないような感じに見受けられました」


俺の質問を聞いたワルターとシャーリィは、大きく目を見開いてから相好を崩した。


「ルート様はよく見ていらっしゃいますね」

「えぇ、本当に。先程の話、実はこの人と私がルート様を訪ねた理由の一つに関わるものだったです」

「俺を訪ねた理由の一つですか?」


「はい」と頷いたシャーリィは「ルート様はその気になれば魔人族を滅ぼすことが出来るのですよね?」と尋ねてくる。そんな物騒なことを聞かれるとは、と思いつつ、俺は自分の考えをシャーリィに話す。


「俺が今までに闘ったことがある魔人族の実力を考えると、出来なくはないと思います。まあ、魔人族の中でも最弱、みたいな相手ばっかりだったとも言えなくはないかも知れませんが・・・。ただ、そうですね。今の俺なら遠距離魔法で、大きな街を一つ消すことぐらいなら容易に出来るかと思います。不意打ちの高威力の攻撃魔法に抗える魔人族が、一体どれぐらい居ることでしょうね」


俺がシャーリィの質問に真面目に答えると、ワルターとシャーリィが完全に引いてしまった。物騒極まりない話だと自分でも分かっているが、話しの流れを考えるとここで嘘を吐いても仕方がない。それに話を振ってきたのは、シャーリィの方である。


「もちろん、さっきも話した通り、そんなことをするつもりはありません。その手段を取るのであれば、レジスタンスの仲間集めに奔走することも、集めた仲間に魔人族へ対抗するための厳しい鍛錬を積んでもらうこともない訳ですし。それで片を付けるなら、全く意味のないことになってしまいますから。そこについては安心をしてください」


安心した、と言った感じの表情ではないが、ワルターが「分かりました」と頷く。


「ルート様にその気がないとはいえ、やはり無理を言ってここに来たのは正解でした」

「それはどういうことでしょう?」

「ルート様たちレジスタンスが決起されたら、最終的に攻め入るのは私たち魔人族の国ターグディエンの王都コンラーイになるでしょう。ですが、コンラーイを戦渦に巻き込む訳にはいかないのです」


ワルターはそう言うと「ルート様は、ゾーから魔人族の過去を聞かれていますね?」と俺に尋ねてくる。過去に魔人族がとある国に実質的に乗っ取られて、苦汁をなめた時代があった話を俺はゾーから聞いている。


「昔、他国の画策で、魔人族が俺のように魔人族と別種族との間に産まれたハーフの子供、つまりは忌み子の手によって、国を乗っ取られたという話ですね?それと、魔人族の王都を戦渦に巻き込む訳にはいかない話とどういった関係があるのでしょう?」

「魔人族の国を乗っ取ったのは、天人族と呼ばれる種族になるのですが、天人族は魔法技術に随分と優れた種族でした」

「天人族、ですか。聞いたことがない種族ですね」

「呼び名のとしては、私たちの間でしか知られていないようですね。もっぱら彼の者たちは、古代人と呼ばれることの方が一般的かと思います」


ワルターの説明によると、魔法技術に優れた天人族は色々な場所に実験場を造り、魔法技術を磨いていたらしい。その名残が今も遺跡として残っているそうだ。エルグステアに点在する遺跡は古代人が造ったものと言われているが、どうやらその天人族が造った施設の可能性が高そうだ。


天人族という字面から俺は、天使のように頭に輪っかがあって、背中に羽の生えた姿を想像するが、どうやら見た目は人族とほとんど変わらなかったらしい。でも、空を自在に飛ぶことが出来たらしいと、ワルターが説明をしてくれる。


・・・羽もないのに空を飛んだってどういうことだろう?魔法?それとも魔術具?ちょっと気になる。気になるけど・・・。


「空を飛んだと言う話は大変興味深いですが、重要なのはそこではないようですね?」

「はい、その通りですルート様。コンラーイにはその天人族の遺跡があり、それは今も生きているのです」

「遺跡が生きているのですか。一体何の遺跡なのでしょう?」

「魔族領全域を範囲とした魔力流の制御です。ルート様は魔力流はご存じですか?」

「えぇ、もちろん。学園に通って学びましたから」


この世界のあらゆるものに魔力が宿っている。人や動物、草木や虫と言った生き物だけでなく、水や石といった無機物も例外ではない。つまりは、この星そのものにも魔力が宿っており、大地に含まれる魔力は地中で川のように流れているらしく、その自然現象が魔力流と呼ばれている。


「さすがルート様ですね。博識でいらっしゃる」

「たまたま学ぶ機会があっただけというだけのことですよ。でも、なるほど。この魔族領で魔力流の制御ですか。天人族は、魔族領の大地に宿る魔力をも自分たちのものとしようとした、と言う訳ですね」

「その通りです。その遺跡を戦渦に巻き込んで破壊される訳にはいかないのです。これは、魔人族の保身のために言っているのではありません。魔族領に住む全ての者に関わることなのです」


コンラーイにあるという天人族の遺跡の役割は、魔族領の大地に流れる魔力流を無理矢理に流れを変えること。もし、遺跡を破壊してその機能が失われると、魔力流を無理矢理に捻じ曲げた反動で魔力流が暴走し、魔族領全域が魔力の暴走で吹き飛んでしまうらしい。俺の街を一つ消すという話が、大した話じゃないと思えるほど、より物騒な話だった。


「なるほど。それは確かに壊される訳にはいきませんね。でも、そんな遺跡停止させてしまえば・・・と思いましまが、それも結果は同じことなのでしょうね。・・・でも、例えば、変化させた魔力流を元に戻し、反動を少なくしてから停止させてみては?」

「それが駄目なのです。魔力流を制御する方法が私たち魔人族には全く伝わっておらず分からないのです。分からないまま動かして、間違いがあったとしても元に戻すことすら出来ないため、下手に試すことも出来ないのです。彼らからにしてみれば、私たち魔人族は遺跡を維持するためだけの存在でしたから・・・」


ワルターは力ない様子でそう話してくれる。俺はワルターの最後の一言に嫌なものを感じて、俺はワルターに問い掛けた。


「ワルターさん。ちなみにその遺跡の維持というのは具体的には何をしているのですか?」

「魔人族は遺跡へ常に魔力を供給する役目を担っています」


ワルターとワルターの話を横で聞くシャーリィの顔色が悪い様子を見て、俺はすぐにピンと来た。遺跡の効果は全く違えど、常に魔力を供給しなければならない遺跡の存在を俺は知っている。それはエルグステアの王都の地下にある遺跡。エルグステア学園の先輩であり、友人でもあるシルフィアが、礎の巫女としてその生涯を捧げようとした遺跡と一緒ではないかということに、俺はすぐに思い至った。


「誰かを犠牲にしている、ということですか?」


俺がそう尋ねるとワルターが目を丸くして「ルート様はご存じだったのですか?」と尋ねてくる。どうやら、コンラーイあるという遺跡はエルグステアの王都にある遺跡と同じタイプのもので間違いはなさそうだ。と言うことは、魔人族の誰かが使い捨て電池と同じ扱いでその生涯を終えていることになる。


「俺は似た様な事例を知っていただけです」

「ルート様は、エルグステアの遺跡をご存じなのですね」

「はい。友人がその遺跡に入ったことを知って、色々とありましたので。でも、あの遺跡は内部の人間でさえ知る者は少なかったのに、ワルターさんはご存じなのですね」

「天人族が残した数少ない文献の中に、エルグステアの遺跡に関する情報があったのです。エルグステアとの交流を持とうとしたのは、その遺跡の情報を得るためでもありました」


俺が「なるほど」とワルターに相槌を打っていると、コールディアが「誰かを犠牲にしている、とはどういう意味でしょう?」と尋ねてきた。


「言葉のままですよコールディア様。俺が知る遺跡と同じなら、人一人が入れるだけの大きな魔石が遺跡にあります。その中に魔人族の誰かを生きたまま入れて遺跡に魔力供給をしていると言う訳です。つまり、魔人族の誰かの一生を犠牲にして、遺跡の維持をしている、ということですね」

「そんな遺跡が・・・。でも、待ってください。一生を犠牲にしてと言うことは、その魔石に入れられた人が亡くなったとしたら?」

「代わりの人が次に入る、と言うことになりますね」


俺の話にコールディアをはじめとして、その場に居合わせた全員が絶句する。人の命を犠牲にする遺跡があると聞かされたのだから仕方がない。しかも、魔人族の維持がなければ、魔族領全域が消し飛ぶという話である。


言い方を変えれば、魔人族は魔族領に住む全ての生命をずっと守ってきたといって過言ではないだろう。そんな魔人族を俺たちは打ち倒そうと躍起になっている。どれだけの魔人族が犠牲になったのか、ということを思えば同情に値する話ではあると思う。でも、だからと言って、何でもしていいと言う理由には決してならない。


・・・そう、何をしてもいいって話ではない。ないんだけど。はあ、古代人もとい天人族は碌なことをしないな本当に。


一人を犠牲にするか、皆を犠牲にするかの選択肢を迫られたら犠牲が少ない方を選ぶに決まっている。特に同族のことを赤の他人でも大事にするらしい魔人族なら尚更だ。天人族にとってさぞ魔人族は手のひらで転がしやすかったに違いない。魔人族は天人族の被害者であり、今もなお負の遺産を背負わされているという話に、俺はため息をつかずにはいられなかった。

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