第二百四十九話 ルート対リリ 前編
リリに連れられて地下の武舞台に移動した俺とリリは、武舞台に上がって対峙する。リリと決闘すると決めた以上は、俺はリリと決闘するのだが、それでも「どうしてこうなった?」と口にせずにはいられない。
女々しいと言われようが何だろうが、自分が造った武舞台で、まさか大切な妹と闘うこと日が来るとは誰が想像出来ただろうか。少なくとも、俺にそんな予定は微塵もなかった。
・・・はぁ、リリは随分と活き活きしているな。こんなことをするために整えた場所じゃないんだけどなぁ。
俺はリリの様子に遠い目をしてから、武舞台の下に視線を移す。カジィリアを筆頭に俺の見送りに来てくれていた皆はギャラリーとしてもれなく付いてきている。ひそひそと聞こえてくる声に耳を澄ませる限り、俺を応援してくれる声はない。
どうやら、家族だけでなく使用人も、シエラやヒューまでもリリの味方のようだ。いや、リリが味方に付けたと言った方が正しいか。
・・・決闘と言い出したリリを止める声がなかったことから考えても、事前にリリが話をしていたんだろうな。ずっとリリの姿が見えなかった理由は、多分そういうことだろう。それにしてもおかしいな。俺のホームでもあるはずなのに、この圧倒的なアウェー感。涙が出そうだ。
俺はほろりと心の中で涙を流してから、もう一つ気になる場所に視線を向ける。ギャラリーの居る場所とはちょうど反対に位置する武舞台の下。目視する限りそこには誰も居ないのたが、それでも武舞台のすぐ近くに誰かが居るような違和感がある。
・・・魔力を敢えて抑えて気配を断つとか並みの人には出来ないことなんだけど。その心当たり筆頭が、楽しそうに武舞台に上がってきたメルギアな訳だから、そんなことが王都で出来るのはあの二人組しかいないんだけど?んー、堂々と姿を見せたら良いのに、と思うけど、とりあえず今は放っておくか。
俺が考え事に結論を付けると、それを見計らったようにメルギアが「それで?勝敗はどうするのじゃ?」と俺の肩にポンと手を置いて尋ねてきた。メルギアは決闘の立会人を務める気満々だ。俺とリリとの決闘に嬉々としているメルギアに一言言いたいのを我慢しつつ、俺はリリの方へ振り向いた。
「決闘と言い出したのはリリからなので、勝敗の決め方は俺が決めさせてもらうけどそれでいいかな?」
「構いません。ルゥ兄様の納得がいくようにお願い致します」
「分かった」
どんな条件でも受けて立ちます!、と言わんばかりの表情をするリリ。こういう何かに立ち向かう勇ましく凛々しい姿は、姉のソフィアと通ずるものがある。やっぱり姉妹だなぁ、血の繋がりを感じつつ、その立ち向かう何かが俺である事実に肩を落とす。
「どうかしましたかルゥ兄様?」
「いや、何でもないよ」
俺はリリに首を振って見せてから、気を取り直してリリに勝敗条件を説明する。
「勝敗条件は、リリが俺に致命傷を負わせることが出来るだけの攻撃を当てること。この先、命を奪う覚悟がない者を連れて行けるほど甘い世界じゃない。だから、俺を殺すつもりで攻撃を当てることがリリの勝利条件だ」
俺の出した条件にリリは「ルゥ兄様を殺すつもりで、ですか・・・」と呟きながら目を伏せる。少し躊躇いを見せるリリに、俺は少しだけ安堵した。ここでもし、リリに「分かりました」と何の躊躇いもなく返事をされてしまったら、きっと俺は本気で泣いていた。
だが、安堵したのも束の間、やはり、リリにやめるという選択肢はないようだ。俯き加減だったリリが、顔を上げた時には、覚悟を決めた表情になっていた。リリは是が非でも、俺に付いて行きたいらしい。
・・・自分の意思を曲げない姿勢は、見ていてとても好ましい。ほんと、少し見ない間にリリは強くなったんだな。
「今のは私が勝つための条件ですよね?では、ルゥ兄様の勝利条件はどうなさるのですか?」
「先に言った通り、俺は家族を傷付けるために魔法を学んだ訳じゃない。だから、俺はリリに手を出さない。その代わりに、それだといくらでも時間が掛かってしまうから制限時間を設けさせてもらうよ」
俺は道具袋から戦闘曲が流れる魔術具を取り出して音楽を流す。エルグステア学園の卒業生の相手を務めた時に使った魔術具だ。一曲分流れるのに大体二分ぐらい掛かる。俺は「これが五回繰り返したら終了。それまでにリリが勝利条件を満たせなかったら俺の勝ちだ」と説明した。
すると、俺の勝利条件を聞いたリリは、目をパチパチとさせてから口元に手を当ててクスッと小さく笑みをこぼす。
「甘い世界じゃないと仰っていたのに、その条件は私に随分と甘いのではないですかルゥ兄様?」
「攻撃しないのは確かに甘いかもしれない。でも、誰が何と言おうと、俺はリリに手を出すつもりはない。リリに譲れないものがあるように俺にだって譲れないものがあるさ」
俺がお互い様だと言って見せると、リリは口を尖らせて少し不満そうな顔付きになる。ついでに言うと、ソフィアも不満そうな顔をしていることに俺は気付いた。ソフィアは「私はルゥとガチンコで決闘したんだけど?」とでも思っていそうな顔付きをしているのだが無視だ。昔と今では、状況が違い過ぎるので今と同じには語れない。
・・・あの時は俺よりもソフィア姉様の方が強かったからな。
「・・・私も別に好き好んでルゥ兄様に攻撃をしたい訳ではないのですよ?」
「本当に?リリがそう思ってくれているなら、今からでもやめておくかい?」
俺が少し意地悪にそう聞き返すと、リリはふるふると首を横に振って「それは絶対に嫌です」と答えた。リリが即座に首を振ったことに俺が肩を竦めていると、リリは「私はルゥ兄様に勝って自分の望みを叶えます」と胸元でギュッと両手を組んで見せた。リリの決意は本当に固い。
「うむ、話しはまとまったようなじゃな?では、我は我の出来ることをしようかの」
メルギアはそう言うとパチンと高らかに指を鳴らす。すると、武舞台の周囲を覆うように結界が展開した。これでリリがどれだけ強力な魔法を放っても、ギャラリーに被害が出ることも、地下空間が崩れることもないだろう。
「これで全力が出せよう。お主のこれまでの努力を、思う存分、ルートにぶつけてやるとよいぞリリ」
「はい!ありがとうございますメルギア」
リリの返事にメルギアは満足そうに頷くと、俺の方を向いて顎をクイッと動かした。メルギアに何を言われているのかすぐに分かった俺は、手に持っていた魔術具をメルギアに向かって投げた。メルギアは片手で魔術具を受け止めると、自身は武舞台の端へと移動する。だが、メルギアは武舞台を下りるのではなく、武舞台の一番端でクルリと反転し、腕組みをしながら仁王立ちになった。
・・・武舞台の上に居る以上、そこも安全な場所ではないんだけど。まあ、メルギアを相手に心配するだけ無駄だな。それよりも、魔術具が壊れないだろうか?
リリの攻撃手段は間違いなく魔法になる。時間を制限しているので、短時間で火力のある攻撃手段を考えれば尚更だ。それに、リリはエルグステア学園の魔法使いコースを首席で卒業したと聞き及んでいる。
それを成し遂げたのは、リリ自身の努力によるところも大きいのは間違いない。それに加えて、リリは魔法を使うための根源であるマナを可視化することが出来る。リリが魔法使いコースで首席で卒業したのは、当然の結果と言えるだろう。兄として実に鼻が高い。
そして、俺の予想通り、リリは帯剣した剣ではなく、初めから指図棒サイズの杖を手に取った。でも、これだけは言っておきたい。リリが得意なのは決して魔法だけ、という訳ではないことを。
ソフィアに師事したリリは、ソフィアの厳しい手解きを受けて剣の腕も大人顔負けの実力を身に付けたらしい。俺は今までにリリが剣を手に取った姿を一度も見たことがなかったし、リリが本格的に剣を手に取ったのは俺がルア平原で転移させられた後からと意外とその期間は短い。それでも、そのたった数年で、リリはソフィアの剣技を自分の物にして見せたらしい。武に秀でるところは、恐らくエルスタード家の血の成せる業といったところだと思う。
文武両道、頭脳明晰、それに幼さはあるとはいえ容姿の整った美しさと可愛さを持ち合わせたリリは、まさに才色兼備と呼ぶに相応しく、学園では非公式ファンクラブが結成されるほど、リリの人気は絶大なものだったらしい。中には少々困った輩も居たそうだが、リリはそれさえも見事に円満解決して見せたのだそうだ、というような、俺が居ない間のリリの話を、俺はソフィアやラフィから聞いていた。
・・・ウチの妹マジハイスペック。時間があればリリと剣の打ち合いを興じてみたかったところだけど、今は我慢だな。今後の楽しみにとっておこう。
リリは逸る気持ちを抑えるかのように一度大きく深呼吸すると、ニコリと微笑んで杖を俺に向けてくる。準備万端といった感じだ。
「では、ルートもリリも準備は良いな?」
「えぇ、いつでもどうぞ」
「はい、私も問題ありません!」
「うむ。良い返事じゃ。では、これよりルートとリリの決闘を開始する。始めよ!」
メルギアの開始の合図と共に戦闘曲が流れ始めた。リリは開始の合図と同時に「ジオケティア、メルガルスト、ダートアスク、ノクトシアーズ。どうか力をお貸しください」と言って、魔力を放出し始める。俺はリリが呼び掛けた名前に俺は思わず自分の耳を疑った。今、リリが口にした名前は風、火、土、水の大精霊の名前だったからだ。
・・・下位属性の四大精霊に直接呼び掛けた!?
俺の驚きを余所にリリは魔力を練り上げ続ける。一つ指摘をするなら、明らかに魔法発動までの時間が掛かり過ぎている。だが、大精霊への呼び掛けに失敗したという訳ではなさそうだ。ウィスピみたいに目に見える形での顕現ではないが、異質というか異様な気配がリリの周りに集まり漂っている感じがする。何より、俺は何とも言えないプレッシャーに襲われる。
・・・リリは本当に大精霊に力を借り受けることが出来るようになったってことか。なるほど、メルギアが結界を張った理由が良く分かる。何度でも言わせてもらおう。ウチの妹マジハイスペック。
俺がリリに感嘆の息を吐いている内に、まずは土属性の魔力が練り上がったらしい。俺の足場が正方形にボコッと迫り上がり、同時に俺の真上に石柱を出して落としてくる。どちらも中々のスピードだ。並みの冒険者なら迫り上がる足場に貼り付け状態となって、身動きが取れないまま頭上の石柱と挟まれて潰されてしまうところだろう。
「けど、これぐらいの攻撃なら」
俺は迫り上がる足場を蹴って、足場から飛び下りる。その次の瞬間には、迫り上がった足場と石柱が衝突してズシンと鈍く重たい音が地下空間に鳴り響く。
俺はリリの攻撃魔法を難なく回避したが、リリはすでに次の手を打っていた。いつの間にか空中に二本の石柱が出現していたのだ。しかも、しっかりと俺を挟む形でだ。リリは俺が武舞台に足が付くよりも前に、二本の石柱を俺に向けて飛ばす。初手に随分と単純な攻撃をしてきたな、と思ったていたが、どうやら俺が空中で身動きが取れないところをリリは狙っていたらしい。でも、まだ甘い。
「なるほど、確かに狙いは悪くない。でも!」
俺は魔法障壁を足場にして、襲い掛かる石柱をヒラリと避けて見せる。それでも、リリは諦めずに俺が避ける場所を先読みして、いくつもの石柱を出現させて襲い掛からせてくる。面白かったのは、攻撃が外れて足元に転がった石柱を再度動かしたり、その転がった石柱を起点にして、新たに石柱を生やしたり、といった意表を突いた攻撃だ。出現させた魔法を飛ばすことをイメージしがちだが、発想の転換が素晴らしい。
それでも、リリが自分の手足のように自在に操る石柱を、俺は全てかわして見せた。攻撃の速さや威力を考えると、俺の体術の師匠になるブルードラゴンのシアンの鉄拳よりも少々劣るので、それ程難しいことではない。何よりまだ決闘は始まったばっかりだ。
俺がリリの攻撃を避け続けた結果、武舞台の上が石柱だらけになった。石柱が積み重なっているところが多数あり、リリの姿も見えづらい。ほんの数分で、武舞台の上の景色が様変わりだ。
・・・うーん、物量は確かに凄いけど、ちょっと物足りないような。
そんなこと思った矢先、石柱に紛れて何か小さいものが猛スピードで飛んできた。フラグ回収が早すぎる。石柱のせいで大きいものに目が慣れていたこともあり、俺は少し反応が遅れてしまう。何とか身体を後ろに反らして、直撃を免れはしたが、リリの攻撃は俺の頬をかすめていった。じりっとした痛みを感じた頬を親指で拭うと、親指に血がついた。
・・・ダストアからもらったうろこの恩恵を突破してくるか。さすがは大精霊に力を貸してもらってるだけのことはある。
土を司るイエロードラゴンのダストアからもらったうろこは、端的に言えば防御力が上がり、身体が丈夫になる効果がある。余程の物理攻撃でない限り、俺の身体に傷一つ付けることさえ出来ない状態にあるのだが、リリの攻撃魔法は、その恩恵を軽く超える威力があるということになる。
俺に傷を付けることが出来たことに勝機を見出したのか、リリは俺の頬を傷付けた魔法を空中に無数に展開させる。リリが俺に飛ばしてきたのは、土属性で作った石弾だった。でも、ただの石の塊という訳ではない。拳銃の玉のように先を尖らせて細くしてある。
・・・昔、俺がやっていたことをリリは覚えてくれているんだな。
魔法でただの石の塊を飛ばすだけでは芸がない。威力を上げるためにはその形や大きさはとても大事なことだ。でも、ここで重要なのが魔法で形作る大きさによって魔力消費が違うということ。当然、大きく形作る場合の方が魔力消費が激しいのは言うまでもない。
まだ俺が魔法を使い始めて間もない頃は、まだまだ自身の扱える魔力量が多くなかった。だから、俺は魔力を抑えつつ高威力の攻撃魔法を出すために色々と試していた。その結果導き出した一つが、石弾を拳銃の玉に見立てて飛ばすである。魔法はイメージが明確に出来ることが大切であり、さすがに実物を撃ったことはないが、テレビやゲームでイメージが付いていたので、お陰で威力が高かった。
・・・リリは銃という概念そのものは知らないし、俺は教えてもないから、俺の魔法をイメージして使っているんだろうな。
虚空を見上げれば、三百六十度見渡す限りにおびただしい数の石弾が出来上がる。いつでも発射準備は万端といった感じに、細く尖った先は俺の方に向けてある。あれが全て一度に向かってきたら避けるのはさすがに難しいな、と俺が考えていると、リリが俺の心を読んだかのように、石弾全弾を俺に目掛けて降り注がせた。
・・・それにしても、さっきからずっと俺の思考がリリに筒抜けになっているのような気がして仕方がない。よく顔に出てると言われるけど、そんなにも顔に出てるだろうか?いや、これはリリの作戦がうまく当てはまったということに違いない。うんうん。
さすがリリ、と心の中で妹を称賛しながら、俺は降り注ぐ石弾の雨に身構えた。




