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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第二百四十六話 予定調和 前編

俺が頭を抱えたくなるような事態に陥ったのは、魔族領に戻るため家族と別れの挨拶をしていた時だ。場所は屋敷の庭園、俺が植えたサクラの木の下。王都に帰って来た時と同じ場所からでなければ帰れることが出来ないという訳ではないのだが、ゆっくりと満開のサクラを鑑賞する時間を確保することは出来なかったので、見納めも兼ねていた。


「色々と手配をして頂き、ありがとうございましたお婆様。お陰でとても充実した時間を過ごすことが出来ました」

「お礼を言われるほどのことはしてませんよ。あれぐらいルートがしていたことと比べて大したことではないのですから。それよりも・・・」


カジィリアは首を横に振ってから少し困ったような表情を見せると、右手を伸ばして俺の頬に軽く触れる。


「これから成すことに覚悟を決めているあなたへ、こんなことを言うべきではないのでしょう。ですが、心情としては、もう少しゆっくりとしていけばいいのに、と思わずにはいられません」

「お心遣いありがとうございますお婆様。確かにゆっくりとした時間を過ごすことは出来ませんでしたが、それでも鋭気を養うことは出来ましたので大丈夫です。気力は十分ですよ」


カジィリアにしては珍しい弱気な発言に、俺はニッと笑みを浮かべて応えて見せる。これから魔人族と事を構えようというのだから、そのことで心配させてしまうのは仕方がない。家族に心労を掛けてしまうことは心苦しいところだが、俺はすでに多くの人を巻き込んでいるので、ここで立ち止まる訳にはいかない。


・・・今は少しでも余裕があるところを見せて、その心配を少しでも軽くするしかないよな。


俺が力こぶを作って、カジィリアに大丈夫アピールをしていると、フィアラが話し掛けてくる。


「うぅ。もう行ってしまうのねルートちゃん。母は寂しくてとても悲しいですよ。本当はもっともっとお話がしたかったのに」

「はぁ、寂しい気持ちは分かりますが、フィアラはさっきからずっとルートにくっついたままではないですか」


じとっとした目線を俺の背後にいるフィアラに向けるカジィリア。呆れ顔をするカジィリアの言う通り、フィアラは俺の背後から抱き付いて俺のことを離れてくれない。それは「そろそろ出発します」と屋敷を出た直後からのことで、ずっとこの状態である。


・・・抱き付かれるぐらいは仕方がないけど、余りクンクンと匂いを嗅ぐのはやめて欲しいけど。


「あはは。まあ、忙しくてほとんどと言っていいほど、フィアラ母様のお相手が出来ませんでしたからね。少しぐらいは大目に見てあげてくださいお婆様」


俺がフォーソンムからフィアラを連れて帰ったのは深夜と早朝の狭間、まだ空が暗く星空が見えている時間帯で、その日の朝食の時間になるまでの合間に、俺はフィアラと少し話をする時間はあった。だが、それから後の時間については、俺とフィアラはほとんど別行動をしていたため、俺はまともにフィアラと話せていない。


・・・まあ、その機会が全くなかった訳ではないんだけど。


使用人のために造った大浴場に気分転換と点検を兼ねて入っていると、隣の女湯にフィアラが入りに来た。たまたま俺が大浴場を造ったことを知ったフィアラが「ルートちゃんが造ったのなら、母である私が入らない訳にはいかないわね」と謎権利を片手に、物珍しさに目を輝かせて突撃したらしい。そして、隣の男湯に俺が入っていることを知ると、フィアラは男湯にも突撃しようとしたらしい。


いくら俺しか入っていなかったとはいえ、男湯に、しかも裸で突撃しようとする俺の実母は本当にお転婆が過ぎる。結局、それはエイディたち精鋭部隊の手で阻止されたのだが、その時エイディたちがフィアラと一緒に居てくれて本当に良かったと思う。いくら親子であっても、もう一緒にお風呂に入るような年齢ではないのだ。


・・・エイディはお婆様の御付だから、あれもきっとお婆様の采配だったんだろうな。


という訳で、フィアラは俺とのスキンシップを取ることに失敗をしていた。そんなこともあったせいか、俺との別れの時間となって、フィアラは幼子を愛でるように俺にべったりべたべたな状態だ。折角、感動の再会を果たしたのに、碌に構ってあげることが出来なかったので、最後ぐらいは大目に見ておこうと思っている。


・・・子供扱いと言えば、いつの間にか俺の呼び方がちゃん付けになっているんだよなぁ。初めはルートって呼び捨てだったのに。ちゃん付けで呼ばれたのはアーシア以来だな。うーん、まあ、これぐらいも良しとしておこう。


「はぁ、全く。これではどちらが子供か分かりませんね」


カジィリアは頭が痛いといった感じに、額に手を当てながら首を左右に軽く振ると、フィアラが俺の肩に顔を置いてカジィリアと俺を交互に見る。


「私はお母様の子供で、ルートちゃんは私の子供。どちらも子供だから、何も問題はないわね」

「貴女という()はああ言えばこう言う・・・。全く、いくつになっても変わらないのですから」

「あら、私はお母様の子供なのですから。そうそう性格が変わるものではないでしょう?」

「ほほほ、それはどういう意味ですフィアラ?」


・・・すみませんが、俺を挟んで睨み合うのはやめてもらえませんか?


俺を挟んでバチバチを火花を飛ばし合うカジィリアとフィアラ。とりあえず、カジィリアの笑顔が恐い。ついでに言うと、フィアラは俺の身体をグイグイと押して、カジィリアとの壁にしよう俺の身体を動かそうとしている。この母親は、俺を親子喧嘩に巻き込む気満々だ。


・・・多分、昔からこんな感じだったんたろうなぁ。容易に目に浮かぶ。


カジィリアがフィアラを叱り、それをフィアラがのらりくらりと理由を付けてかわす。そんな想像をしながら俺が困惑気味に頬を掻いていると、俺との別れの挨拶待ちをしていたアレックスとリーゼが、その様子を見て小さく笑って、微笑ましそうな目でこちらを見ていることに俺は気が付いた。俺からすると今の状況は微笑ましいものでも何でもないので、見ていないでどうにかして欲しい。


「父様もリーゼ母様も、見てないで助けて欲しいのですが?」

「クッ、それはすまなかった。だが、また二人のこの光景を見ることが叶ったこと思うとな」

「ふふっ、さすがのルートもお義母様と実の母には形無しね」


俺はアレックスとリーゼに助けを求めてみるが、二人は楽しげにそう言うだけで何もしてくれる気配はない。どうやら、二人に俺を助けてくれる気はないらしい。


・・・二人にとって微笑ましい状況と思っているのは違いないんだろうけど、巻き込まれたくない、というのも透けて見える気がする。父様もリーゼ母様もひどい。


そんなこと思っていると、リーゼがアレックスの二の腕に触れながら「それにしても、またこの光景が見れるなんて本当に良かったですね貴方」と話し掛けると、アレックスは「ああ、本当に。昔と変わらなさすぎて涙が出そうだ」と言って深々と頷いた。


アレックスの口振りからしても、やはりこういう光景は日常茶飯事のことだった。俺が、思った通りだった、と心の中で頷いていると、アレックスは徐に俺に近付いて、俺の左肩にポンと手を置いた。


「妹を、フィアラを連れ帰ってくれたこと、改めて礼を言わせて欲しいルート。本当にありがとう」

「俺にお礼は不要ですよ父様。色々な偶然が重なっただけですから。本当にたまたまです。ただ、そうですね。そういう意味では、その偶然を作り出してくれたウィスピにお礼を言ってもらった方が良いかもしれませんね。ウィスピが俺を精霊の道から助けてくれて、その先にフィアラ母様が居た訳ですし」


俺はそこまで話してから、少し背筋を伸ばして佇まい直す。本当はアレックスの方に身体ごと向き直りたいところなのだが、未だにフィアラから解放されていないので仕方がない。


「それと、感謝しなければならないのは俺の方ですよ父様。俺を魔族領から助け出してくれてからも、何年もの間、フィアラ母様のことを諦めずにずっと探してくれていましたよね?本当にありがとうございます」


俺がアレックスにお礼を言い返すと、アレックスは嬉しそうにフッと軽く息を吐いてから「それこそお礼は不要だぞ。俺は家族として、兄として、当たり前のことをしただけだからな」と言って、不敵な笑みを浮かべて見せた。とても頼りがいがある姿だ。


・・・こういう大人な姿は見習いたいところだな。うんうん。


「ふふっ、なるほど、分かりました。では、そんな頼りがいのある父様に、是非この状況をどうにかして欲しいのですがお願い出来ますか?」


俺は改めてアレックスに助けを求めてみたが、アレックスは不適な笑みを深めながら、すぐさま首を左右に振って見せた。


「残念ながらそれは無理だ。俺が間に入ったところで止まるものではないからな。母上とフィアラの好きなようにさせておくしかない。それがいつものことだから仕方がなのだ」


・・・そうか。頼りがいがある父様でも、この状況は打破出来ないのか。やっぱりウチの家系は女性の方が強いんだなぁ。


「いつものことですか・・・。何というか、フィアラ母様とは僅かな時間しか共に過ごしていませんが、容易に想像出来てしまうところが凄いですね」


俺がボソリと呟くようにそう言うと、それを聞いたフィアラが「どれだけ過ごす時間が短かったとしても、ルートちゃんが私のことを分かってくれていて嬉しいわ」と感激しながら俺から一度離れると、飛び付くようにして再び抱き付いてきた。


・・・ちょっと自分の都合のいいように捉え過ぎのような気がしなくもないけど。でも、そんなポジティブなところがフィアラ母様の良さなんだろうな。


フィアラに感情の赴くままに抱き付かれ、それをカジィリアが窘める。でも、フィアラは俺から離れることはない。そんな光景にアレックスは「本当にフィアラは変わらないな」と呆れつつ、俺の肩をポンポンと叩いて労ってくれて、それを微笑ましく見ていたリーゼは「私も折角なのでルートに抱き付いておこうかしら?」と言って俺の頭を撫で始めた。俺の置かれている状況が、どんどんと悪くなっていっている気がするのは気のせいだろうか。


・・・あれ?何だか収集がつかなくなってきている気がするんですけど?誰か、誰か助けて。ヘルプミー!


俺が親世代にもみくちゃにされて途方に暮れていると、それを見兼ねたソフィアが「そろそろルゥで遊ぶのはそれぐらいにしてください!」と言って、俺の腕を強引に引っ張ってフィアラたちと引き離してくれた。カオスな状況から助けてもらったことは嬉しいが、俺で遊んでいたというソフィアの指摘に、カジィリアたちから否定の声が上がらなかったことには誠に遺憾である。


・・・むぅ、俺は弄られていたのか。まあ、こういう家族みんなでの団らんみたいなものはあるようでなかったからな。そこまで悪い気はしないか。


もみくちゃになっていたのを抜け出たところで、ソフィアが俺の腕から手を放してくれる。俺は乱れた衣服を整えてから、ソフィアに拝むようにしてお礼を言う。


「ありがとうございますソフィア姉様。本当に助かりました。さすがソフィア姉様。頼りになります」

「ふふん。もっと褒めてくれてもいいのよルゥ。なーんてね。あのまま放置していたら、いつまで経っても私たちの番にならないのだもの」

「フフッ、確かに。災難だったねルート君」

「笑い事ではありませんよエリオット義兄様。あ、そうだ。調合釜の件、学園側の手配をエリオット義兄様がしてくれたと聞きました。お礼が遅くなって申し訳ありません。ありがとうございました」


今もエルグステア学園の学園長を務めるエリオットは、魔法ギルドからの打診を受けて、学園で所有する調合釜を魔法ギルドに運ぶように手配をしてくれていた。一時的に調合釜を使った授業が出来なくなり、学生たちに迷惑をかけてしまったので、この穴埋めはどこかでしなければならないと俺は考えている。


・・・そう考えると、今回は色々なところに借りを作ってしまった。魔人族の件に片か付いたら、改めてお礼回りをしないとな。


「お礼は不要だよルート君。先程、アレックス様が仰られていたことと同じ、私に出来ることをしたまでのことだからね。それに、これから君が成そうとすることからすれば些細なことだよ」


気にすることなど何もない、と言ってくれるエリオットに俺は「学生や先生方に迷惑が掛かったと思うので、些細なことではないと思いますが・・・」と呟く。すると、エリオットが「私はルート君の義兄(あに)だからね」と言ってくれた。エリオットに、兄に甘えろ、と言われていることに気が付いた俺は小さく笑ってから「分かりました」と頷いておく。


・・・エリオットさんが義兄様になってくれて本当に良かった。ただ、ブラコンのエリーゼに次に会うのがちょっと恐いところだけど。


「ところでルート君。父上から君宛に伝言を預かっているんだけど、聞いておくかい?」

「レオ義伯父様からの伝言ですか?何となく悪い予感しかしませんがお伺いしましょう」


俺が首を縦に振って了承すると、エリオットは「コホン」と一つ咳払いをしてから口を開く。


「全く!何もかも一人で背負いおってからにこの大馬鹿者が!そなたに直接文句を言わねば気が収まらないので、絶対帰ってくるのだぞ?もし、帰ってこなければそなたのパン工房を俺が私物化するからな?、だそうだ」


エリオットは、レオンドルの声色と話し方を真似ながらレオンドルの伝言を話してくれた。エリオットのものまねが意外とレオンドルに似ていることに、さすが親子と納得してから、俺は伝言に対して返答をする。


「それは是が非でも帰ってこなければなりませんね。パン工房を王様に私物化などされたら、ロンドさんの胃が持ちません」

「クッ、気にするはそこでいいのかい?」


エリオットに笑われてしまったが、気にするところは間違っていないので問題ない。ロンドは俺が今日、王都滞在最終日ということで、自らの意思で貴族街にあるこの屋敷までパンを焼きに来てくれた。しかも、俺の依頼のせいでずっと働き詰めの上に、碌に寝てない状態でだ。お陰で俺は夕食にロンドの美味しい新作パンを食べることが出来て、とても満足している。その恩に報いるためなら、俺はいくらでも防波堤になるつもりだ。


・・・王様を相手にすることなんかになったら、ロンドさんの胃にマッハの速さで穴が開いちゃうのは間違いないな。


「無論です。俺がレオ義伯父様に文句を言われるのはいくらでも耐えられますが、ロンドさんはそうではないですからね。レオ義伯父様をパン工房に入り浸らせる訳にはいきません。それに美味しいパンは、皆のものですからね」

「分かった。では、父上にはそう伝えておくよ」

「はい、次に帰って来た時にいくらでも怒られます、ともお伝えください」


エリオットとそんなやり取りをして小さく笑い合っていると、今まで黙っていたソフィアが意を決した表情をしながら、俺の右手を両手でギュッと握り締めてくる。ソフィアの表情は、今までに見たことがないぐらいに真剣なものだった。

三日と言ったな、あれはうそだ。

と、冗談はさておき、三日はゆっくりしたいなと思った結果になります。


なお、本当は前話に予定調和のタイトルをつけて、頭を抱える事態を今回の話に持ってくるつもりでした (ぼそっ


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