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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第二百三十三話 王都への帰還 ⑤

「ちょっ、ソフィア姉様!?突然何を言い出すのですか!?」

「ルゥはお黙りなさい。何事にもけじめと言うは必要でしょう?ルゥもそれぐらいのこと分かっているはずです」

「それはそうかもしれませんが・・・」

「私は黙りなさいと言いました」


またもやソフィアに威圧されて黙らされてしまった俺は、助けを求めてエリオットを見遣る。だが、エリオットは首を静かに横に振るだけで、何も口にはしなかった。依然として黙って見守れ、ということらしいが、それで本当に大丈夫だろうか。


・・・ソフィア姉様はシエラをどうする気なんだ。俺は本当に見ているだけで良いのか?


「ルートお願い止めないで。私はソフィア様の言うけじめをちゃんと受けたい。ううん、受けるべきなの。もちろん、私の犯した罪が、これぐらいのことで許される様なことじゃないことぐらい分かっている。けど、それでも私はちゃんとしたい」


俺に訴えかけるシエラの目は、さっきまで見せていた後ろめたさがにじみ出ていたものとは違っていた。過去と向き合う覚悟を決めた、そんな強い意志を宿した真っ直ぐな目だ。そんなにも良い目をするシエラのことを、俺が邪魔出来るはずもない。


俺はグッと握り締めていた拳から力を抜いて、小さく息を吐いてからその場を大人しく引き下がる。結局、俺は何も出来なかった、と俺が肩を落としていると、エリオットがポンポンと俺の肩を叩いてくれた。エリオットの優しさがとても身に染みる。


・・・エリオット義兄様は本当に出来た人だな。こんなにも良い人だからこそ、安心してソフィア姉様を任せられるってものだ。


慰めてくれるエリオットに俺が感動している内に、シエラはソフィアに視線を戻す。シエラは祈る様に両手を胸元で組んでから、キュッと口を引き結んで目を閉じる。そして、シエラはソフィアに向かって頬を差し出した。シエラの潔い態度にソフィアがコクリと大きく頷いた。


「良い覚悟ねシエラ」


ソフィアはそう言って大きく右手を振りかぶると、目にも留まらぬ速さで腕を振り抜いた。パンッ、と乾いた音がエルスタード家の広い庭園に響き渡る。その音の強さと、即座に真っ赤に変色したシエラの頬を見れば、ソフィアが一切の手加減も躊躇いもなく全力でシエラに平手打ちしたのがよく分かる。あれは痛いでは済まないレベルの威力に違いない。


その威力を分かりやすく言うと、大の男を一発で気絶させることが出来るだけの威力があるものだ。ソフィアが決闘を受けた時に俺がよく見た光景である。それでも、シエラは気絶することも、痛みに悲鳴を上げることも、泣き言一つ吐くこともない。


シエラは僅かに顔を歪めただけで、立ったままの姿で頬の痛みにじっと耐えてから、再びソフィアに向かって頬を差し出した。いくらでも罰を受けるというシエラの意思が、ひしひしと伝わってくる。


・・・シエラがそこまでの覚悟を持ってくれていたなんて・・・。


ソフィアはそんなシエラの様子を見て、今度は左手を振り抜いて逆側の頬を叩く。再びパンッと乾いた音が響き渡るとシエラの両頬が赤く染まった。ソフィアの利き手は右手になるが、バランスよく鍛練を積んでいるため、左手だからと言ってその威力が弱まるということはない。


見るからに痛々しい顔になったシエラだが、それでも再びソフィアに向かって頬を差し出した。シエラの罰を受けるという思いは、誰の目から見ても本気なのは明らかだ。そんなシエラの態度に、ソフィアはふっと表情を緩めると、自分が叩いたシエラの両頬にそっと両手を伸ばす。


ソフィアの手がシエラの頬に触れると、無数の淡い光の粒が現れた。ソフィアの治癒魔法の光だ。少しして治癒魔法の光が消えて、ソフィアの手がシエラの頬から離れた時には、シエラの頬はソフィアに叩かれる前に戻っていた。


シエラは自身に治癒魔法を掛けられたことを理解出来ていないのか、不思議そうに自分の頬をペタペタと触り始める。その様子を見たソフィアは、クスッと小さく笑ってから再びシエラの頬に軽く触れる。


「治癒魔法を掛けたからもう可愛い顔に戻ってあるわ。痛いじゃ済まないぐらいの強さで叩いたはずなのに、それでもシエラは自分の意思を曲げなかった。シエラの覚悟、見せてもらったわ。私はその姿を見れて十分よ。これでシエラの行いを洗い流してあげます」

「そんなソフィア様。これでは、罰になりません。こんなにも優しくしてもらう権利は私になんて・・・」


こんな罰じゃ甘い、と言い募ろうとするシエラの口をソフィアは人差し指で押さえると「昔みたいにソフィアお姉ちゃん、と呼んではくれないの?」と優しく微笑む。シエラは「ソフィア、お姉ちゃん」と掠れるような声で呟くと、顔を押さえて泣き始めてしまった。ソフィアは泣き崩れるシエラを引き寄せて抱き締めると、幼い子供を宥めるかの様に優しくシエラの頭を撫でた。


・・・さすがソフィア姉様。俺よりも女性の扱いが分かっていると言うか、しっかりお姉様していると言うか。敵わないなぁ本当に。


「それはそれとして。まさかルゥがシエラと一緒に帰ってくるとは全く思わなかったわ。その辺り、私はルゥにじっくり詳しく聞かせて欲しいのだけど?」

「それは私も気になります。奥手と思っていたルートが、まさか嫁を連れて帰ってくるとは、ね。エルスタード家の今後にも関わることですし、現当主として知っておくべきことでしょう」

「ふふっ、私も聞かせて欲しいわルート。シエラちゃんとどんな再会をしたのかを」


ソフィアの質問に、カジィリアとリーゼの二人も追随してきた。三人の様子は、俗に言う恋バナに花を咲かせたい、といった感じだが、その目は獲物を捉えた肉食獣の目だ。このまま三人に捕まったら、間違いなく根掘り葉掘り聞かれて時間が掛かるに違いない。時間があるのであれば、俺もシエラのことをたっぷり語らないこともないが、残念ながら今は恋バナに花を咲かせている時間はない。


・・・とりあえず、この場は丸く収まった。シエラも無事に受け入れてもらえたとなれば、ここにこれ以上の長居は無用。よし!ここは戦略的撤退だ!


「お婆様、母様、ソフィア姉様。また詳しく俺から話をさせてもらいますが、これから俺は必要な物を買い出しに行かなければなりません。シエラは置いていきますので、良かったらシエラから聞いてください。それでは!」

「あ、ちょっと!待ちなさいルゥ!」


俺はソフィアの止める声を背中に聞きながら、そそくさとその場を立ち去った。口では待てと言っていたが、ソフィアが追いかけてくる気配はない。ソフィアが追いかけてこなければ、カジィリアとリーゼが追いかけてくることもまずないだろう。エルスタード家女性人の魔の手から逃げ延びた俺は、その足で屋敷の正面へと向かった。


あの場にシエラを一人で残してしまったが、ソフィアが誰の目にも分かる形で、けじめを付けてくれたので、取って食われることはないだろう。とは言え、カジィリア、リーゼ、ソフィアの三人が、俺に向かって背筋がゾクリとする様な、とても良い笑顔をしていた。シエラはそんな三人から質問攻めを受ける可能性が極めて高い。後でシエラには謝って置いた方がいいのは間違いないだろう。


・・・それにしても、ソフィア姉様の行動には本当に驚かされた。けど、雨降って地固まるって感じになって本当に良かったよ。正直なところ、家族みんながシエラを受け入れてくれるかどうかは、賭けの要素が強かったからなぁ。


俺は逃げてきた方向を見遣りながら「ありがとうソフィア姉様、そして、シエラは頑張れ」と心の中で合掌してから、屋敷に入るために正面玄関のドアに向かって歩を進める。本当は魔の手から逃げ延びたこの足で、屋敷を出て買い物に行きたいところではあった。だが、実は買い物をするために必要な肝心な物を、俺は残念なことに持っていない。


こちらに戻ってくる前の話になる。必要な物を買い揃える算段を立てるために、道具袋の中身を確かめていた折、俺は商業ギルドのギルドカードが道具袋の中に入っていないことに気が付いた。記憶を遡ってみたところ、ギルドカードは自分の部屋の机の引き出しに、入れっ放しにしていたのだ。


多少の金銭は道具袋の中に入ってはいる。だが、それでは俺が買い揃えたいと思うものを支払うには全く足りない。それだけ多額のお金が必要になる。今までに色々なものに手を出して稼いだ多額のお金は、商業ギルドに預けてある。だから、高額な買い物の支払いを行うためにはギルドカードが必須という訳だ。


屋敷の玄関のドアの前までやってくると、俺がドアノブに手を掛けるよりも前にドアが勝手に開いていく。ドアに覗き穴などどこにもないので、屋敷の中から外の様子を見ることは出来ないはずなのだが、相変わらずドアの開くタイミングはピッタリだ。


・・・まあ、間違いなく気配を感じ取ってるんだろうな。


エルスタード家の使用人は漏れなく武芸に秀でた者ばかりだ。使用人としての仕事だけでなく、腕を磨くための鍛錬にも余念はないので、それぐらいのことは出来て当然、当たり前の結果、といった感じだ。ただ、物凄く今更なことだが、この家の使用人はちょっと特殊だ。多分、普通の使用人には、そんな能力は求められていないだろう。そんなことがふと頭を過った俺は小さく笑いながら玄関のドアを潜った。


「「「おかえりなさいませ」」」」


屋敷の中に入るとメイド長のエイディと執事長のロベルトを筆頭に数名の使用人が左右に並んで俺のことを出迎えてくれる。エイディやロベルトたちとは、俺がルミールの町へ救援に向かうために屋敷を抜け出した時以来の再会となる。


俺が屋敷を抜け出した時、俺に勝手をさせないために使用人総出で俺を屋敷から出さない様にしていた。それでも俺は屋敷を抜け出していたので、エイディやロベルトたちからの心証は良くなかったはずだ。それでも、俺が王都で暮らしていた時と何一つ変わらない雰囲気で出迎えてもらえたことに、俺は顔が綻ぶのを止められない。


「その、ただいま戻りました」

「本当によくお戻りになりましたルート様」

「ルート様がお元気そうで何よりです」


ロベルトとエイディが代表して俺に言葉を掛けてくれる。二人とも目を細めて俺が無事に帰ってきたことを喜んでくれている。いや、それはロベルトとエイディに限った話ではなかった。


「ありがとうございます。皆には本当に心配をお掛けしました」

「ルート様に驚かされるのは慣れているつもりでしたが、屋敷を抜け出されたのには、本当に肝を冷やしました」

「えぇ、そうですね。ソフィア様からお伺いしましたが、屋敷を抜け出した方法がまさか屋敷の天井を魔法で破って抜け出すとは思いもよりませんでした。次からは屋根の上にも見張りを配置しないといけませんね」


孫を見るような目をしていた二人だったが、何だか話をしている内にひんやりとした冷気が漂ってくるような笑顔になっていく。それだけ二人には心配を掛けたということだろう。


「うっ。今後はなるべく心配を掛けない様にします、と言いたいところですが、今の俺は安易にそれを口にすることが出来ませんね」


俺がまだまだ心配を掛けることになる、とロベルトとエイディの二人に正直に話す。すると、ロベルトとエイディは二人して顔を見合わせると、仕方なさそうにふっと息を吐いてから優しく微笑む。


「ルート様にはまだ為すべきことがある、ということですか」

「ルート様は単に帰って来られた、という訳ではない。そういうことなのですね」

「えぇ、むしろこれからが本番。そのための準備をしにここに戻ってきました。っと、これ以上の詳しい話は長くなってしまいますので、買い物に行ってからお婆様たちを交えて皆に話しますね」

「かしこまりました。ルート様が何をなさるおつもりなのか気になるところではございますが邪魔をする訳には参りませんからね。それで、お出掛けになられるのであれば、馬車をご用意致しましょうか?」

「いいえ、それは必要ありません。一度、部屋に行ってからその足で出掛けます」

「かしこまりました」


ロベルトの提案に俺が首を横に振って見せるとロベルトは初めから俺の答えが分かっていた様に「かしこまりました」と返事をする。そんな様子を見て、エイディがクスクスと小さく笑う。


「ふふっ、ルート様は本当にお変わりありませんね。こちらに来られた頃、一人歩きは危険なので馬車で移動してください、と口を酸っぱくしていた頃を思い出します」

「確かに懐かしいです。でも、それこそ心配は無用ですね。俺はあの頃をよりもさらに魔法の腕を上げましたら」


あの時よりもさらに強くなったので何も心配はない、と俺が胸を張って見せると、その場に居た使用人の全員が笑うのを堪えきれずに笑顔になった。皆には笑われてしまったが、それでも嫌な気分は全くない。和やかで温かい雰囲気に、俺は自分の家に帰ってきたことを改めて実感した。


「お出掛けになられるということは承知致しました。ところで、お食事の方はいかがなさいますか?」

「そうですね。昼食は不要ですが、夕食までには屋敷に戻れると思うので、夕食はお願いします」

「承りました。ルート様が戻られたことを知ったゾーラが随分と張り切っておりました。こりゃ、いつにも増して腕によりを掛けなくちゃいけないねぇ、と嬉しそうに申しておりましたよ」


エイディがゾーラの声色と喋り口調を真似ながら、俺が帰ってきたことを知ったゾーラが何を言ったのか教えてくれる。エイディのものまねが意外と似ていることに驚きだ。そして、エイディがそういうことをする姿を見せてくれたことが初めてのことである。


俺は懐かしさだけでなく、俺のまだ知らない新しい発見に小さく笑ってから「それは嬉しいですね。ゾーラには楽しみにさせて頂きます、と伝言をお願いします」とエイディに伝言を託して、その場を後にした。


・・・ゾーラの料理か。きっとさらに腕を上げてるんだろうな。すっごく楽しみだ。


俺はエントランスの階段を上がって三階の踊り場を左手に曲がる。そのまま道なりに進んだ一番奥にある部屋が俺の部屋だ。屋敷の中は、俺が暮らしていた頃と何も変わらない。使用人の手によって綺麗に整えられており、埃一つ見当たらない。磨き込まれた装飾品は、ピカピカに輝いていた。


使用人たちの変わらぬ働きぶりに感心している内に、俺は自分の部屋のドアまでやってきた。ここでも、俺がドアに手を掛けるよりも前に自動でドアが開く。当たり前の様に自動で開くドアに、俺は小さく笑みをこぼしながら、俺は自分の部屋に入ってからクルリと踵を返した。


「ただいま戻りましたラフィ」

「おかえりなさいませルート様」


ドアを開けてくれたのは俺の御付をしてくれているメイドのラフィだ。ラフィはスカートを摘まんで挨拶を返してくれると、淡々とした様子でドアを閉めてくれる。家族であるカジィリアたちだけでなく、使用人のロベルトやエイディたちも嬉しそうな表情で迎えてくれていたのだが、ラフィの表情はどちらかと言えば硬い。思っていたよりも淡白なラフィの反応に、俺は思わず首を傾げた。

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