第二十四話 遭遇
「魔法障壁!!」
なぜだ。どうしてこうなった。
現在、自分を覆う形で魔法障壁を張っている。正確には二枚目の魔法障壁を。一枚目はいとも簡単に破壊されてしまった。・・・危うく消し炭になるところだ。
森を抜けた出先に大きな赤い岩があった。燃えるような色合いの岩に興味を引かれて俺は、その岩に近づいて、どんな材質なんだろうとべたべたと触っていた。その岩は、硬いけど少し弾力があり、均一の模様のようなものがあった。「うろこみたいだなぁ」と思っていたところで頭の上から声が降ってくる。
「誰だ、我の眠りを邪魔するものは・・・」
お腹に響くような低い声に、顔を上げた俺は声の主を見て、思わずガッツポーズをした。少し眠たそうに半目になってはいるがドラゴンの顔があったのだ。どうやら俺は、ドラゴンの身体の一部を岩と勘違いして触っていたらしい。それにしても、ついに、ファンタジーの醍醐味であるドラゴンに出会った。さすがでかいなぁと感心する。・・・までは良かった。
ドラゴンは半目のまま俺の方を見ながら口をガバッと開けた。俺は、その口の中に魔力が集約されるのを感知した。
「へ!?」
ドラゴンと出会えた喜びは一気に吹っ飛び、頭の中で警鐘が鳴り響いた。やばい、これは本気でやばいと。俺は、すぐに水属性の魔法障壁を張った。勝手な想像だが、色が燃えるように赤いドラゴンだったので火のブレス攻撃が来ると思ったのだ。
魔法障壁を張った次の瞬間、俺はドラゴンのブレス攻撃で炎に包まれた。予想通りに火の攻撃であったのでこのまま耐えれると思っていたらその考えは甘かった。
「そんな。火属性の攻撃なのにヒビが・・・」
相性的に考えれば水属性で火属性を防げるはずなのに、魔法障壁にどんどんとヒビが入っていく。このままではと思った俺はハッとして、すぐに氷属性の魔法障壁を張った。二枚目の魔法障壁を張ったところで、水属性の魔法障壁は破壊されてしまった。
「ふぅ、どうやら氷属性なら大丈夫そうだ。でもなぜ、水属性が・・・。相性を超えるほどの魔法力?」
氷属性の魔法障壁はヒビが入ることもなくドラゴンの攻撃を防ぐことが出来ていた。だが、一体この攻撃はいつまで続くのだろうか。このままだと、魔力が尽きる。そう思った俺は、この場を逃げるべく少しずつ森の方へ後退を試みる。だが、一メートルもいかないところで魔法障壁が何かに引っかかって動けなくなる。
なぜ動けないんだと思い後ろを見遣ると先ほどはなかったドラゴンのしっぽが俺の逃げ道を塞ぐようにそこにあった。どうやらこのドラゴンは俺を逃すつもりはないらしい。
「・・・こうなったら攻撃?でも・・・」
正直なところ、全力で魔法障壁を張っていないとドラゴンの攻撃に持ちそうになかった。だから、攻撃に転じるだけの余裕がない。・・・逃げれない。戦えない。永遠と攻撃を防げるわけでもない。あれ、これ詰でないか?
俺は、自分の絶望的な現状に項垂れた。
「ほう、我の炎の息に耐えるとは、ただの虫でないな・・・。ん?なんだ、人の子ではないか」
再度、頭の上から声が聞こえたので顔を上げるとドラゴンのブレス攻撃は終わっていた。俺は思わず、その場に崩れて尻もちをついた。
「だが、人の子が我の炎の息に耐えるだと?お主何者だ?」
ドラゴンは怪訝そうに俺に顔を近づけてきた。俺は、金縛りにあったかのように動くことが出来ない。完全に蛇に睨まれた蛙の状態であった。
「ふーむ。なるほどのう。そういうことか」
何に納得したのか分からないが、ドラゴンは俺から顔を放した後、さらに言葉を続けた。
「いや、何。すまぬな小さき者よ。子虫が我の眠りを邪魔してると思ったので消し炭にしてやろうと思ったのだ」
「え?あっと・・・その。それなら仕方ないですね」
ドラゴンの言葉に俺は苦笑いで返すしかない。
「ふむ。ところでお主、名は何と言う?」
「ルートと言います」
「ルートか。我はレッドドラゴンのメルギアと言う。特別にメルギアと呼んでよいぞ!」
「メルギアさん?」
「メルギアで良い」
「・・・分かりました。ありがとうございます。それじゃあ、メルギア。一つ聞きたいのですが良いですか?」
「何だ?」
「今俺が出てきた森はメルギアの森と呼ばれているんですがメルギアが主ということですか?」
ドラゴンの名前が森と同じ名前であったのが気になり、衝動的に聞いていた。口にしてからかなり仕様もないことを聞いてしまったと思ったのだが、メルギアは特に気にすることもなく淡々と答えてくれた。メルギアの説明によるとこの場所に住んではいるが、別に主というわけではないらしい。恐らくだが勝手に人がそう呼んでいるだけだろうとのことだ。
「でも、俺、森の奥にドラゴンが居るなんて聞いたことがないんですが?」
「ふむ。この辺りに住み着いたのはもう何百年・・・千年?も前の話だからの。大昔過ぎて忘れられたのではないか?」
「千年ですか。それはまた、大昔ですね」
「まあ、人の子にとってはそうだろう。だが、我らドラゴンは永遠に等しい時を過ごすからの。だから、時には神聖なものとして崇められたり、時には悪しきものとして疎まれたりしておる。そう言えば、数百年前にあることが原因で人族と魔族相手に大戦になったこともあったのう。うむ、実に懐かしい」
メルギアは遠い目をしながら、昔を懐かしんでいた。何と言うか、さすがはドラゴンだ。話が壮大過ぎてついていけない。
「時にルートよ。お主ここに何をしに来た?先ほどの口振りだと、我に会いに来たと言うわけでもなかろう?」
「え、ああ、そうでした。フロールライトという魔草を採りに来たんです」
そう口にした時、腕につたが絡みついてきて、後ろに引っ張られてハッとした。・・・あ、ウィスピのこと、すっかり忘れてた。俺は少しよろけながら後ろを振り返って思わず「わぁ」と声を上げる。森は広域な範囲が燃えて無惨な姿になっていた。
振り返った俺の腕をウィスピが何か訴える様に軽く二回引いた。ああ、分かってる。治せってことだろう?
俺は、真っ黒焦げに焼け落ちてしまった木々に樹属性の治癒魔法を行使した。かなり広い範囲を癒したのでかなり、魔力を消費してしまったが元に戻すことが出来た。ウィスピも満足そうである。
「ふぅ。これで良いかな」
「お主変わってるのう。木なぞ、放っておけばまた生えてくるだろうに」
「アハハ。まあ、原因は俺にありますから・・・」
まあ、一番の原因はメルギアですけどという思いは頭の片隅に放り投げておく。
「そう言えば、フロールライトだったかの?それならすぐそこの大穴の壁に生えておるぞ。青色の草じゃからすぐに分かるだろうて」
「本当ですか。ありがとございます」
メルギアの言っていた通り、森からちょっと離れた場所に大きな穴があった。ドラゴンが大穴と言うだけあって本当にでかい。村一つか二つぐらい出来そうな程であった。しかし、この穴は一体どうやって出来たのだろうか。明らかに自然に出来たものとは思えない程に、穴は綺麗に円を象っているし、壁はほぼ垂直だ。そして、穴の下を見ると底が見えない。
俺は、腕を組みをしながら「どうやってこんな穴が」と呟く。すると、穴まで一緒に付いてきたメルギアがその答えを教えてくれた。
「この穴は先ほどの言った大戦時に我の炎の息で開いたものだ」
「え?じゃあ、さっきの炎の息は本気ではないと」
「あれは、寝ぼけておったからの。大した威力じゃなかろうて」
「そう・・・ですか」
メルギアの言葉に俺は、本気を出されていたら消し炭になっていたんだなと恐怖する。そして、このドラゴンは何があっても怒らせまいと心に刻んだ。それにしても、昔の人は、どうやって戦ったのだろうか。ソフィアたち上級冒険者が束になって戦っても全く勝てる気がしない。よく、人類は滅びなかったなと思う。そう言えば、魔族とも言っていたからその辺りが鍵だろうか。
「ほれ、ルート。何をぼうっとしておる?あそこに生えているのがフロールライトじゃ」
「へ、あ。どこですか。・・・ああ、あれですね。なるほど、確かに青色」
十メートルぐらい下の壁に青色の草が生えているのを見つけた。やった、色々あったけど、ついに目的の物を見つけた。あとは、採取するだけである。
「しかし、お主。どうやって採るのだ?飛べぬであろう?」
重力属性を使える様になったのだから、出来ないことはないだろうなとは思った。だが、さすがに練習もしてないようなことをぶっつけ本番でやるつもりはない。
「確かに飛べません。けど、足場がないのなら、足場を作ればいいんです」
俺は、メルギアにそう回答すると土属性の魔法で、フロールライトが生えている所まで下りれる様に階段を作った。そして、作った階段で下りてフロールライトに近づいた。本当に綺麗な青い色の草で、魔草なだけあって微量の魔力を感じる。俺は、フロールライトが生えている回りの土を抉るようにして採り、大事に道具袋に入れた。
「ルート。お主、やはり、変わってるのう。だが、実に面白い。気に入ったぞ」
フロールライトを採って戻ると、メルギアにそう声を掛けられた。自分では変わったことをしているつもりはないのだが、なぜか、メルギアに気に入られる。まあ、メルギアの機嫌が良さそうなので何よりである。
「さて、じゃあ、そろそろ帰るかな」
「何だ、もう帰るのか?」
「急いで帰らないと日が暮れてしまいますので。それに、魔力が心許ないですし・・・」
メルギアのブレス攻撃を防いだり、そのあと、森の木を癒したりしてかなりの魔力を消費してしまっている。正直なところ、帰りの途中で雷属性の補助魔法を維持出来なくなりそうだ。魔力の使用配分を間違えずにいかなければ。
「ふむ。だったら、我が送ってやろう」
「え。いや、それはまた。大変、嬉しい話ですが・・・。メルギアに迷惑掛ける訳には。それに町の人に見つかると大変な騒ぎになりますし」
運んでもらうなんて恐れ多いとは言えずに言葉を濁す。だが、そんなことはお構いなしにメルギアは言葉を続ける。
「だったら、途中まで送ってやろう。ほら、背中に乗るがよい」
「あー。・・・アリガトウゴザイマス」
断ることが出来ないことを悟った俺は、大人しくメルギアの厚意に甘えることにした。
「それでは、失礼します」
「乗ったな?じゃあ、しっかり掴まっておれよ?」
メルギアはそう言うと羽を羽ばたかせ身体が浮いていった。ドラゴンの体格を考えると羽が小さいように思うにだが、どうやって、飛んでいるんだろうか。不思議だ。
メルギアはある程度、空中に上がったところで、一度止まった。「あれ?」と思って油断した次の瞬間、猛スピードでメルギアが飛び始めた。俺は、あまりのスピードに危うく落ちそうになる。良かった、念のため、補助魔法で身体能力を上げていて助かった。
「どうだ?ルート」
「すごく速いですね。最高です」
出来れば徐々にスピードを上げて欲しかったけどと心の中で付け足しておく。
「あ、もう、結界のところまで。メルギア、あの結界のところまでで大丈夫です」
「ん?もうよいのか?」
「はい。これ以上は人に見つかるかもしれませんので」
「そうか。それは、残念だ。そうだ、また、いつでも我に会いに来るがよいぞ」
「うーん。あの場所に行くのは結構、時間が掛かるので簡単には会いに行けないんですよね」
「ふむ。そうか・・・」
会いに来いと言われて、面倒事になりそうだと思った俺は、メルギアの誘いをやんわりと断ったつもりなのだが伝わっただろうか。・・・伝わってたらいいな。
空中で結界が途切れてるところでメルギアに止まってもらい、その場所から降りることにした。
「ありがとうございました。メルギア。助かりました」
「何、礼には及ばぬよ。我も久しぶりに楽しかったからの。それにしても、この高さから降りて大丈夫なのか?いや、大丈夫なのだな」
「はい。それでは」
「またの」
またのか。どうやら、また、会いに行く必要がありそうだと思いながら俺は、落ちていく。地面が間近に迫ったところで、重力属性を使った。俺は、そのままウィスピがいる場所まで歩いて戻る。メルギアのお陰でかなり早く戻って来ることが出来たので、少しウィスピのところで休んでいこう。
「ただいま。ウィスピ」と俺は、声を掛けながらウィスピにもたれ掛かって座った。ウィスピは俺を労うように俺の頭をつたでポンポンと軽く叩いた。いや、本当に疲れたよ。色々ありすぎて夢でも見ていたような気分だ。「はぁ」と深く一息を吐いたところで、ウィスピから「フロールライトを出して」とせがまれる。
俺は、道具袋からフロールライト出して、ウィスピに渡す。どうするのかな?と眺めているとウィスピはフロールライトに魔力を送り始めた。すると、フロールライトが淡く青い光を帯始め、一つのつぼみを付けた。
これが、夜になると咲くらしい。既に、幻想的な感じであるから、どんな感じで咲くのか楽しみである。
俺は、ウィスピからフロールライトを返してもらうと植木鉢を作成し、それにフロールライトを丁寧に植えた後、家に帰った。
その日、疲れていた俺は、フロールライトが咲く瞬間を見ることもなくいつの間にか寝ていた。