第二百二十八話 業火の使い手対死霊使い 後編
「なっ!?馬鹿にしてんのか!?」
「馬鹿にはしていませんよ。言ったままの意味です。まあ、安心してください。俺が彼らに出している命令はただ一つ。己が受けた屈辱を晴らせ、です。あなたが彼らから恨まれるようなことをしていなければ、彼らに手を出されることはないでしょう」
俺の言葉を聞いてディックスの顔が見るからに青ざめた。そして、きっとその分、俺は良い笑顔をしているに違いない。それはそうだろう。アンデッドたちがディックスに向かって歩みを進めている時点で、ディックスがターゲットにされているのは明らかだ。俺の言葉はそのまま死の宣告に等しいと言っても過言ではない。もちろん、俺が彼らを止める気はさらさらない。
「やめろ、俺に近寄るな!触るな!くそっ!放せ!!」
一番にディックスまで到達したアンデッドが、ディックスを抱き締める様にして覆い被さる。すると、次の瞬間には、ガブリとディックスの肩に噛み付いていた。アンデッドの噛み付き攻撃は、肉を噛み千切ることが出来る程の強さがある様で、ディックスは「ぎ、ぐああああああああああああ」と大きな悲鳴を上げた。煩いディックスの断末魔に、俺が眉をひそめている間にも、他のアンデッドたちも、己が受けた屈辱を晴らすためにディックスに喰らい付いていく。
・・・群がる彼らの様子を見る限り、ロリコンは深い恨みを買っていたみたいだな。まさに因果応報。それよりも、ゾンビの攻撃手段といったらやっぱり噛み付き攻撃になるんだな。威力は申し分なさそうだけど、動きが鈍い分、動けない相手じゃないと余り活躍する場は出来なさそうだ。
思惑通りの状況を冷静に分析していた俺は、ふと妙な違和感を覚えた。でも、それが何かは分からない。一体何だ?と俺が首を傾げている内に、叫び喚いていたディックスの悲鳴がいつの間にか聞こえなくなっていた。それから程なくして、ディックスに折り重なる様に群がっていたアンデッドたちは、立ち上がって整列すると自分たちの目的を失ったかの様にその場で動きを止めた。
さっきまでディックスが立っていた地面には、ディックスのものと思われる血だまりと、ぼろ切れとなったローブが見て取れるが、すでにそこにはディックスの姿はない。ディックスは、肉片を一つ残すこともなく、アンデッドたちに食べられてこの世から消え去った。彼らの恨みの深さがよく分かる。
・・・これで少しは彼らの無念は晴れただろうか。
ディックスの処罰を終えた俺は、アンデッドたちを引き連れて捕縛した者たちの下へと戻る。セイキは楽し気に口端を上げて出迎えてくれるが、他の鬼族たちは驚きに目を見開いており、やや引き気味になっている様に見えた。ディックスとの決着は俺がつけるという話はしていたが、どんな風にするかは事前の説明では話していない。
アンデッドを使役してディックスを亡き者にするなど、誰も想像だにしなかっただろう。当人である俺も想像だにしてなかった。なぜなら、アンデッドを使役するということ自体が、あの死体の山を見たことで思い付いたことだったからだ。そして、俺が取った方法を考えたら、セイキを除く鬼族の反応は仕方のない反応と言えた。
「まだ会って間もない奴に言うことじゃなねぇけどよ。ルートは相変わらず何でも出来るな」
「確かにそういうのはもっと長い付き合いがあってから、言うべき言葉だと思います。あと、何でもは出来ませんよ。これもたまたまそういう知識を知っていただけで、それが出来るだけの魔力があっただけです」
俺の答えを聞きながらセイキは自分の顎を撫でる。セイキの「そうか?」とでも言っていそうな、じとっとした目を見れば、俺の回答に納得してきないのは明らかだった。でも、これ以上の言葉は俺にはない。死霊使いの魔法を知ったのは、本当にたまたまなのだ。
「ふーん、知識ねぇ。ところで、どうしてこんなまどろっこしいことをしたんだルート?あの時、ルートが攻撃して、ディックスの野郎を燃やした時にもう決着をつけれただろう?」
「どうしてと聞かれるとそうですね。砦の中に入る前に、死体の彼らを目の当たりにしました。その陰惨な光景を見たら、彼らがどんな思いで死んでいったのか想像に難くなかった訳です。だから、彼らに復讐する機会が会ってもいいんじゃないか、と思ったのが切っ掛けですね。後は、闇のマナがすでに色濃く集まっていた、という理由もあります。死霊使いの魔法を使う条件が揃っていましたし」
「死者に復讐か。クッ、アッハッハ、やっぱりルートは面白いことを考えるな」
「まあ、普通の人はそんなことを思いもしないのでしょうね。でも、さっき言った通り、俺にはそれを実現出来るだけの知識があり、条件が揃ってましたからね」
たまたま無惨に殺された死体の山があった。彼らのひどい傷を見れば、非情な仕打ちを受けたのは明らかで、彼らが強い恨みを抱いて死んでいったのが容易に想像が出来る。だからこそ、俺は彼らに復讐する機会を与えた、と言えば聞こえはいいだろう。でも、どちらかと言えば、あのロリコンにどれだけの絶望を与えてから死んでもらうか、という方が意味合いとしては強い。
・・・それをわざわざ口にするつもりはないけど。
俺は一度目を閉じてから、フッと息を吐いて頭を切り替える。一つの仕事は終えたが、まだもう一つ俺には大切な仕事が残っている。
「はい、という訳で、今見て頂いた通り、あなた方の上官であった魔人族は、自らが死に追いやった彼らに喰われて死にました。では、今のを踏まえて、俺たちレジスタンスの仲間になるか、あるいは敵対しないことを誓って解放されたいと望む方は立ち上がってください」
「俺はレジスタンスに入るぞ!」
「これなら魔人族に勝てるんじゃないか!?」
「ぜひ、私を仲間に入れてくれ!」
「私はこれ以上、魔人族に関わるのは御免だ」
捕縛した者たちに改めて進退の確認をすると、次々に勢いよく立ち上がっていく。それはそうだろう。はっきり言って脅しに近い確認だからだ。でも、その勢いは長続きしなかった。半数ほど立ち上がったところで、ピタリと流れが止まってしまったのだ。
立たないということは、イコール死ぬことを選ぶということになる。だが、想像以上に命が要らない者が多いらしい。そんな彼らは黄色の光をしていた中立的な立場にある者たちばかりだ。意外な結果に、俺は一番近くでどっしりと胡坐をかいて、全く立つ気配のない虎の獣人族に話し掛けた。
「あなたはこのままここで死んでもいいのですか?別にレジスタンスに入れと強制している訳ではないのですよ?」
「・・・お前さんは少し変わった魔人族だとは思う。レジスタンスに肩入れしてる魔人族なんて想像もしなかった。だがな。やはり所詮は魔人族。同胞を魔物化して操るなど外道の極み。そんな奴の下に付くつもりなど毛頭ない!」
虎の獣人族の言葉に、座ったままの者が何人も頷いている。何だかんだで魔人族とは違うと言われることが多かった俺だったが、魔人族と何も変わらないと面と向かって言われたのは初めてだ。
・・・外道か。確かにアンデッド化するというのは、魔物化させるということ。死者を愚弄する行為だと言われて非難されても仕方がない。でも、俺は何の躊躇いもなく死霊使いの魔法を使用した。使用はしたし、それ自体を悪いことだとは全く思っていない。俺はアンデッドにした彼らのことをどう思っている?
「・・・ふふっ。なるほど。これは参ったな。俺は紛れもなく魔人族じゃないか」
虎の獣人族の一言で、俺はディックスの最後を見ていた時に感じていた違和感の正体に気が付いてしまった。俺は非情な死に方をした彼らに対して同情は持っていても、それ以上の感情は正直に言って持っていない。あくまでも彼らは俺にとっては赤の他人なのだ。
そして、魔人族は他種族に対しては厳しい態度を取るが、同族に対しては例え血が繋がっていなくても家族同様の絆を持つ、と俺はゾーから話を聞いていた。
俺はその同族の範囲が、自分の家族であり、友人であり、仲間であるということ。自分の身内と判断した者たちは助けたい、守りたい、救いたいという気持ちを抱くが、それ以外に関しては特に沸き立つ様な感情を抱かない。何より、俺は身内に対して危害を加えようとする者には、どこまでも非情になれる。
今思えば、王都の貧民街で出会ったクートとクアンの兄妹が、セイヴェレン商会に目を付けられて襲われそうになった時、オーナーのゲオールドを極刑まで追い込んだがいい例だろう。あの時、ゲオールドだけでなくゲオールドに敵対勢力の排除を依頼していた貴族もろとも死に追いやることなったが、それに対する後ろめたさは全くない。むしろ、それで良かった思っているぐらいだ。
・・・例え俺が本物ではなく、半分だけだったとしても、流れる血には逆らえないってことか。
今の俺にとって最も疎む対象となっている魔人族だ。でも、今まで自分の行いを振り返れば、虎の獣人族の言う通りで、俺は紛れもなく魔人族である。内心では、どこかで分かっていたつもりだが、改めてその現実を突き付けられると、何とも言えない感情が胸の中で渦巻いた。
「・・・ト!」
「・・・-ト!」
「ルートってば!」
「シエラ?」
少しぼんやりとしてしまった俺は、シエラの怒るような声色で呼び掛けられていることに気が付いて振り返る。そこには不満たっぷりといった感じに、眉間に深い皺を寄せたシエラが立っていた。シエラは振り返った俺の顔に両手を伸ばして俺の頬を触れる。俺の顔を包み込んでくれるシエラの手が、何だかとても暖かい。
「何て顔をしているのよルート」
「何て顔か・・・。すまないシエラ。心配掛けてしまったかな?」
俺がシエラに謝るとシエラは俺の顔を包む手に力を入れて、俺の顔をむぎゅっと押し潰す様に挟んでから両頬を引っ張り始める。
「はぁ、ルート?私はどうしてそんな顔をしているのかを聞いてるの。ちゃんと私の質問に答えなさい」
理由を話すまでこの手は放さない、と雄弁に語るシエラの表情に俺は一度目を瞑る。シエラに話をするかどうか俺は迷った。何も話さずにシエラの手を振り解くのは容易いことではある。でも、俺にそれをする気力はないし、シエラを傷付けてしまう様な真似は絶対に嫌だ。
最終的に、このままいつまでもシエラに頬をつねられている場合でない、と判断した俺は、話すから手を放して欲しいとシエラの手に触れる。シエラは「絶対だからね」と言って、俺の頬を解放してくれた。
「さっきぼやいた通りだよ。俺は紛れもなく魔人族なんだなって。魔人族が俺のことを忌避する様に、俺も魔人族のことを忌避している。それなのにも関わらず、俺は魔人族であることからは逃れようがないんだなって思ったら、な」
「そういうこと。そうね。確かに死者を魔物化して操るなんて、外道と言われても仕方なのないことだと私も思うわ。でもねルート。それがどんな方法であれ、私は父様に、皆に一矢報いる機会を与えてくれたことに感謝してる。きっと父様たちもルートに感謝しているはずだわ」
どれだけ敵わない相手であっても、それが正面からぶつかり合って殺された結果なら受け入れられる。でも、アンデッド化させた彼らは、ただ弄ばれて殺された者たちなのは明らかだった。恨み辛みを抱きながら亡くなったのは間違いないので、その無念を晴らす手助けをした俺にシエラは感謝してると言ってくれる。
「この人もきっとそう思っていると思うわ。そうでしょう?」
「それは・・・、それを答える義理はない」
虎の獣人族はシエラの質問に言葉を詰まらせてから、首を横に振って口を噤んだ。答えることを拒んでいるが、俺には虎の獣人族の感情が索敵魔法で伝わってくる。でも、索敵魔法を感じ取った感情で判断しなくても、彼が否定の言葉をしなかったのが答えと言って問題ない。
・・・そうか。そういう風に思ってくれて・・・。それに、今更だけどこの人は初めから俺に敵意を全く向けてなかったな。
「だからそんな顔をしてないで胸を張ってルート。それとも、ルートは父様たちをアンデッド化したことを後悔するの?それこそ父様たちに対してのとんだ侮辱だわ」
シエラは最後の言葉を言いながらビシッと人差し指で俺のことを指差した。そして、じっと俺の目を見つめてくる。シエラに真剣な眼差しを向けられて、俺はシエラの目から目が離せない。シエラが俺のことを心配してくれていることが痛いほど伝わってきて、いつの間にか強張っていた俺の身体から、ふっと余計な力が抜けた気がした。
「・・・もちろん後悔はしてない。それがどれだけ外道で、間違ったことであったとしても、俺がそうした方がいいと決めて実行したことだからな」
「そう、それでいいの。ルートはそうでなくっちゃ」
「それに、俺が本当に道を踏み外しそうになった時は、シエラが止めてくれるんだろう?」
暗にこれからもずっと俺と一緒に居て、間違ったことをしそうになったら諭して欲しい、という意味を込めてシエラに尋ねると「好き勝手やってるルートを止めれる気はしないけど、考えてあげなくもないわ」とシエラは返事してくれる。これは少し脈が出てきたと思っていいのかもしれない。
「おーい、お二人さん。いちゃつくならせめて全部終わらせてからにしてくれるか?さすがに待たされているこいつらがちょっと不憫だ」
「いっ、いちゃついてなんかないわよセイキさん!」
「そうか?まあ、そういうことにしておくけどよ」
「そういうことって、別に私は・・・」
いちゃつくなら後にしろ、とセイキに窘められて、シエラが顔を赤くしながらセイキに反論する。でも、セイキの言うことの方が正しい。俺はシエラとセイキの様子を尻目に、俺小さく笑ってから捕縛した者たちに向き直る。
・・・レジスタンスに迎え入れるなら信用に足る者を迎え入れたい。出来れば自分の行いが許せなくて死を選ぼうとしている彼の様な人たちを。
「お見苦しいところを見せました。そして、各々で判断して頂いたのにも関わらず、選別方法を変更することを先に謝っておきます」
俺はそう宣言してから、アンデッド化した者たちに指示を出す。出した指示はディックスの時と同じ指示だ。今の今までピクリとも動かなかった彼らだが、俺の指示を受けて捕縛した者たちの輪の中になだれ込んでいくと、所々で悲鳴が上がり始めた。もちろん、逃げ出そうとする者もいたが、それは鬼族の精鋭の手によって阻まれた。
アンデッド化した者たちの動きが完全に止まる頃には、捕縛した者たちが三分の二になっていた。アンデッド化した者たちに殺されたほとんどは、索敵魔法を可視化した時に赤色の光だった者たちばかりだ。きっと魔人族と一緒になって、彼らのことを貶めていたのだろう。
生き残った者たちには、レジスタンスに協力するか、敵対しないことを誓って解放されるかを選んでもらう。その確認をセイキたちに任せて、俺は最後の一仕事をすることにした。
「手伝ってくれてありがとうございました」
俺はアンデッド化した者たちに一礼して、手のひらを合わせながら光のマナに魔力を捧げる。このまま、彼らを連れていくことは出来ないし、魔物と化している彼らを放置する訳にもいかない。魔法で死体をアンデッド化させた者としての最後の責任、浄化魔法で彼らの解放だ。
場に光のマナの気配が満ちると、アンデッド化した者たちの足元から白い光粒が立ち上り始めて、彼らの身体を包み込んでいく。そして、全身が光に覆われて一際強い光を放った次の瞬間、身体が完全に消滅していく。その光景を目の当たりにしたシエラが、胸元を押さえながら少しずつ一人のアンデッドに近付いていく。シエラと同じ銀色の髪を持つアンデッド、シエラの父親だ。
シエラの父親は、シエラが手の届く距離まで近付いたところで、シエラの頭に手を伸ばして優しく撫で始める。その次の瞬間、眩い光に辺りが包まれて、シエラの父親は姿を消した。すでに他のアンデッド化した者たちの姿も綺麗さっぱりと消えている。浄化完了である。
「とう、さま・・・」
父親の姿が消えてしまったことに、シエラはその場に立ち竦んで肩を震わせる。最後の最後に父親と触れ合えることが出来たのに、その父親が目の前で消えてしまったのだ。悲しくない訳がない。
こういう時こそ、何でもいいから何か一言でも声を掛けるべきだろう。気の利いたことを言えるかどうかは分からない。それでも、シエラのことを愛している一人の男として、だ。そんな決意をしながら、俺が声を掛けようとシエラに近付いた時には、シエラはもう泣き止んでいた。
シエラはすでに先を見据えているかの様な強い光を目に宿しながら、「ありがとうルート」と俺に向かって微笑んでくれる。完全に不意打ちとなるシエラの微笑みに思わず胸がドキリとした俺は、改めてシエラと共に歩みたいと強く思った。
次回、やることやったので主人公、国に帰ります。




