第二百二十七話 業火の使い手対死霊使い 中編
「ルート!おい!ルート!生きてるのか!?」
「これは、どういうこと!?何してるのルート!」
「おい馬鹿!近付くんじゃねぇ嬢ちゃん!死にてぇのか!!」
「放してセイキ!ルートが!ルートが死んじゃう!」
自身の反省と魔人族の分析をしていると、セイキだけでなくシエラの声も聞こえてきた。シエラには、ディックスに襲われていたエルフの少女を頼んでいたはずだが、ここに駆けつけてくれたようだ。シエラの声は切羽詰まってたものがあり、俺が絶賛火に包まれていることにかなり動揺していることが分かる。
・・・ん、これ以上、シエラに心配を掛ける訳にはいかないな。それにしても、ある程度想定していたことではあるけど、ちょっとがっかりだな。
俺は火のマナに働き掛けながら、身体に付いた埃を振り払うかの様に手を動かして、俺を燃やす火を掻き消す。それだけで、ディックスの魔法は難なく消せすことが出来た。
結局、ディックスの攻撃魔法は俺が持つドラゴンのうろこの加護を突破することは出来なかった。ディックスを弁護する訳ではないが、コトに燃やされた時に比べたら、確かにディックスの攻撃魔法の方が威力は高かった。二人に燃やされた結果を俺なりに分かりやすく表現すると、コトに燃やされたのはちょっとぬるま湯のお風呂に入っているかの様な感じで、ディックスに燃やされたのはちょっと入るのを躊躇うぐらいには熱い温泉に入ったぐらいの感じだ。
「・・・すんすん。ん?いや、何かちょっと焦げ臭いぞ?あ、ちょっと服の裾が焦げてじゃないか。さすがにそれなりの威力があったってことか。ほうほう。って、感心してる場合じゃないな。こんなのリーズベルさんに見られたら何と言われるか。後で直しとかないと」
「ルート!大丈夫のなのっ!?無事なのっ!?」
駆け足で近付いてきたシエラは、食い気味に俺に話し掛けながら、俺の両肩をガシッと掴んで前後にガクガクと揺さぶってくる。ディックスに燃やされたよりも、余程強い衝撃だ。でも、シエラは燃やされた俺のことをそれだけ本気で心配してくれているということであり、何よりシエラはちょっと涙目になっている。
そんなシエラの姿を見て、嬉しい気持ちが心から溢れ出るのを止められなかった俺の口から「・・・このまま無防備なシエラの身体に抱き着いても?」と思わず願望がこぼれていた。そんなことを口にするつもりは全くなかったので、自分の発言にちょっとビックリだ。もちろん、シエラにキッと睨まれたのは言うまでもない。
「ルートはこんな時に何言っているの?馬鹿なの?」
「あ、はい、ごめんなさい。半分ぐらいは本気のちょっとした冗談です」
「はぁ、もう。そんな減らず口を叩けるなら大丈夫なのね」
ため息を吐いてガクッと項垂れるシエラの頭をポンポンと優しく叩いて宥めていると「何、俺のこと無視してんだよ!」とディックスが声を荒げた。俺は、もう少し空気を読んで欲しいものだ、と思いながら、項垂れるシエラを抱き寄せた。突然のことにシエラは目を白黒とさせてから、再び俺のことを睨んでくる。でも、今は無視だ。ディックスにシエラを傷付けさせるつもりは微塵もないが、俺に密着していればシエラもドラゴンのうろこの庇護下に入る。
「お前何をした!?なぜ俺の魔法を食らって燃えてねぇんだ!」
「何をしたと聞かれたら、俺は特に何もしてませんよ。ああ、火を掻き消すのには魔力を使いましたけどね。俺を燃やせなかったのは、単に魔法の威力不足だっただけのことではないですか?」
「そんな訳があるかよ。俺の火に包まれた奴が、何もしないで無事でいられる訳がねぇだろ!」
ディックスはそう言いながら、再び火の蛇を出現させて俺に向かって放つ。さっき見せた攻撃魔法よりも、魔力がより多く練られていることが分かる。
「・・・はぁ、さすがにそろそろ煩いな。それが通用しなかったのを今見たばかりだろうに」
俺は魔力を火のマナに捧げて、ディックスと丸っ切り同じ形をした火の蛇を作り出して、ディックスの火の蛇と真正面から衝突させる。俺の火の蛇がディックスの火の蛇を飲み込むと、そのままの勢いでディックスに襲い掛かった。ディックスは正面に魔法障壁を出して抵抗を試みるが、俺の火の蛇は魔法障壁を喰い破って、ディックスを丸飲みにした。
「ぐっ、があああああああああ!!」
火に包まれたディックスは情けない声を上げながら、纏わりつくを火を懸命に振り払おうと身体をじたばたとさせる。だが、いくら振り払おうとディックスは火に包まれたままだ。そんなことで魔法で出した火が消えないことぐらい、業火の使い手と呼ばれているディックスが知らないはずがないのだが、対処出来ないぐらいに動揺しているらしい。
・・・ふーん、火の魔法が得意と言っても、火に対して特別な耐性を持っているという訳ではないのか。魔人族だから特別なものを持っている、という訳ではないらしい。その当たりは、他の種族と何ら変わらず普通なんだな。
「・・・おっと、いけない。お前にはまだ死なれては困る」
ディックスが動きを止めて、その場にバタリと倒れた。俺は慌てて魔法を掻き消して、虫の息となっているディックスに申し訳程度の治癒魔法を掛ける。ディックスはぐったりと地面に横たわったままで、身体からはモクモクと煙が上がっており、辺りには焼けた肉の臭いがしている。でも、心配はいらない。ディックスはまだ生きている。その証拠にディックスは焼け焦げた痕の残る顔をぷるぷると小刻みに震わせながら懸命に上げると、俺のことを睨みながら「この、あくま、が・・・」と吐き捨てている。
・・・悪魔か。これからすることを考えたら、言い得て妙だな。いや、もしかすると悪魔以上のことかもしれないか・・・。
俺は一つ息を吐いてから、俺のこと睨むディックスにゆっくりとした足取りで歩を進める。闇のマナに大量の魔力を捧げながらだ。
ディックスは俺が近付くよりも前に身体を起こして立ち上がると、忌々しいと言わんばかりの表情で俺のことを再び睨んできた。その顔には先程まであったはずの焼け焦げた痕が、綺麗にさっぱりに、とまでは言えないが消えていた。俺はディックスから敵意のない魔力の流れを感じ取っていたので、ディックスは自分で治癒魔法を使ったのだろう。
・・・魔力に長けているというぐらいだから、それぐらいは出来て当然っていうところか。でも、回復が十分ではないところを見ると、得意という訳ではないらしい。というか、どう見ても単純に練習不足だな。
火属性の治癒魔法の回復力は、闇属性に次いだ下から二番目ではある。でも、それは治癒魔法が不得意な理由にはならない。例え属性の効果が低かったとしても、それは魔法の精度と魔力があれば十分に補うことが出来るのだ。それが出来ていない言うことは、治癒魔法を満足に練習して来なかったということに他ならない。
「ふん、馬鹿が!今のはちょっと油断しただけのこと。何を考えて情けを掛けたのかは知らねえが、止めを刺さなかったことを後悔させてやらあ!」
そう声高に啖呵を切ったディックスは、俺に向かって手の平を広げなから両手を突き出してくる。見た目だけで言えば、その突き出した両手から攻撃魔法を放つつもりなのだろう。だが、ポーズだけでいつまで経っても何かが起こる気配はない。
「・・・あん?何だ!?どうなってやがる??なぜ、魔法が出ない!?」
ディックスは焦りを口にしながら、何度も何度も同じ両手を突き出すポーズをする。だが、それでも一向に魔法が出ることはない。本来であれば、ディックスは手元で凝縮させた魔力を使った強力な攻撃魔法を繰り出すつもりだったのだろう。でも、残念ながらディックスが魔法を使うことは出来ない。ディックスは自分の置かれた立場が全く見えていないのだ。
・・・死に掛けて興奮状態なのは仕方ない。でも、そろそろ現実と向き合ってもらわないとな。
「ちょっと血が頭に上りすぎではないですか?自分の置かれた状況が全く見えてない」
「はあ?お前何を言って・・・」
ディックスはそう言って自分の身体を見下ろす様に視線を落とす。一呼吸置いてから、何かに気が付いたディックスが、ハッとした顔をしながら顔を上げた。
「お前!俺の魔力に何しやがった!!」
ディックスが気が付いた様に、ディックスは魔力が抑えられている。それは俺が呪いでディックスの魔力を減衰させたからだ。どれだけ魔力に長けた魔人族と言えど、その肝心な魔力を自由に使えなければ、ディックスも最早ただの人だ。
・・・ルミールの町を襲っていた奴は、五体満足に動けない様にしてやったけど、魔力を奪ってやるだけで十分に魔人族を無力化出来そうだ。やはり、禁忌の魔法と呼ばれるだけのことはある。
呪いの有効性を確かめることが出来た。俺は満足のいく結果に頷きながら、何やら口煩いディックスを無視したままディックスの真横に並び立つまで歩を進めた。今にも殴り掛かってきそうな表情を浮かべるディックスの肩に、俺はポンと手を置いてにっこりと微笑み掛ける。もちろん、優しい言葉をディックスに掛ける訳ではない。
「察しが悪いですね。それぐらいは考えてください。それに、問われてそれをわざわざ答えると思っているのですか?」
「くそっ!一体何が目的だ!こんなことを俺にして許されると思うなよ!」
「何が目的だと言われたら、さっき話した通りこの砦を落とすためです。厳密には、ここに捕まっていた人たちを助け出すためではありますけどね」
俺はそこまで答えて一呼吸おいてから、さらに笑みを深めて見せた。今なら悪魔と言われてもおかしくない顔をしているのではないだろうか。
「あと、こんなことをして許されるかどうかですが、俺にとってはそんなこと関係ないでしょう?なぜなら、俺の存在そのものが魔人族にとって許されないことなのですから。ほら、あなたも言っていたでしょう?忌み子は殺しても罪にならないとかどうとか、ね。そんな忌み子である俺にあなたは何を期待するというのですか?」
俺の言葉を聞いてディックスはグッと息を飲むと、俺の視線から逃れる様に俯き加減になった。反論はないらしい。ようやく静かになった、と俺が冷めた目でディックスを見ていると、ディックスは再び顔を上げて話し掛けてきた。何を考えているのか透けて見えるディックスのへらへらとした表情は、見ているだけで思わず手を出したくなる。でも、その役目は俺じゃない。
・・・それにしても、この状況でそんな顔が出来るとは。かなり神経が図太いと見える。
「なぁ、俺の負けだ。完敗だぜ。話には聞いていたけどよ。まさか、忌み子がこんなにも恐ろしい強さだとは思わなかった。けどよ、それだけの力があれば、本国の奴らにも気に入ってもらえると思うぞ。わざわざレジスタンスなんて弱い奴らに付き合う必要なんか全くねぇ。そうだ、何なら俺が口利きをしてやる。これでも俺は顔が広いんだぜ?だからよ・・・」
「命乞いですか?では、そういうことはまず敵意を隠すようにすべきですね」
殊勝な言葉と向けられる敵意が全く合ってない、と俺が指摘すると、ディックスはギョッと目を丸くしてから目を泳がせた。さっきからとても分かりやすい反応だ。ディックスの分かりやすい反応は呆れてものも言えないレベルだが、そんなことよりも一つ嫌な仮説が俺の頭を過って、俺はこめかみをグリグリと押さえる。
・・・俺が人からよく考えていることが顔に出てるって言われるのは、もしかして魔人族の特有のものなんじゃないだろうか?
「いや、もうお前に喧嘩を売るつもりはねぇぜ。本当だ。魔法が使えない今の俺がお前と闘っても勝ち目なんか全くねえだろ?抵抗するだけ無駄ってもんだ。だから、もう降参だ。信じてくれ」
「はぁ、薄っぺらい言葉ですね。でも、良いですよ。俺はあなたと違って、無力となった者を一方的にいたぶる様な趣味は持ち合わせてはいません。無力なあなたにこれ以上俺は手を出すつもりはありませんよ」
ディックスは、俺の物言いにカチンとした顔をしてから、甘ちゃんめ!とでも書いていそうな顔をして「ほ、本当か?」と尋ねてくる。少しは顔に出さない努力をして欲しいものだ、と俺は頭が痛い思いをしつつ「えぇ、もちろん。何なら約束しますよ。俺は、絶対に手を出しません」と改めて答えて見せる。
・・・そう、俺は、な。
俺がそう心の中で呟いていると、ずるずると何かが地面を摺る音が聞こえてくる。俺は音のする方に顔を向けると、こちらに向かって近付いてくる複数の人影が見えた。
「・・・あぁ、ようやく来たようですね。初めて使ってみたのでどうなるかとは思いましたが、うまく魔法が発動した様ですね。魔法がうまくいかなかった時はどうしようかと思っていましたよ」
「はぁ?何を言って・・・なっ!?なんだと!?そんな馬鹿な、アンデッドだと!?まだ殺してから三日も経ってねえぞ!?」
こちらに近付いてきていたのは、建物の陰で放置されていた殺された者たちだ。俺が闇のマナに魔力を捧げて発動させた魔法は二つある。一つはディックスに掛けた呪い。もう一つはアンデッドの使役だ。
エルグステア学園の地下遺跡に潜った折りに、古代人が書き記したと思われる死霊使いに関する研究結果を俺は読んでいた。それに書かれあった方法で、俺は闇のマナに大量の魔力捧げて、俺の魔力で死体をアンデッド化させて使役したという訳だ。
アンデッドは、死体がそのまま動いている。ひどい傷口はそのままで、臓腑が見えていたり、垂れ下がったりしている者も多い。当たり前だが死んでいるので血色も悪く、団体で足を引き摺って歩いてくる。よく見ると中には、上半身だけで地面を張っている者の姿も見えた。さながら、ゾンビものの映画やゲームのワンシーンの様だ。
・・・薄暗いしこれは中々の迫力。身の毛もよだつ光景とは、まさにこんな光景だろうな。
「お、おい。あのアンデッドどもこっちに近付いて来てるぞ!俺の魔法でとっとと燃やすから俺に掛けた呪いを解きやがれ!」
「おや?呪いと分かっていたのに、さっきは俺に何をしたのか聞いていたのですか?」
「あ、いや、それはそうだが。んなことは今はどうだっていいだろ!それよりも早くしろ!!アンデッドなんか俺の魔法で瞬殺してやるからよ」
再び口煩くなってしまったディックスに、俺はため息を吐いてから、こちらに向かってくるアンデッドたちに近付いて見せた。
「何だ?お前がやるってか?まあ、この際、それでも構わねぇが・・・」
「一つ、あなたは勘違いをしているようですので訂正しておきます」
「勘違いだと?」
俺は迫りくるアンデッドたちの目の前でクルリと反転して手を広げて見せる。その間にもアンデッドたちは俺の両脇を素通りして、ディックスに向かって歩を進めていく。
「彼らは俺が魔法でアンデッド化させた言わば俺の眷属です。だから、見ての通り、俺が彼らに襲われることはありませんのでご心配なく」
「魔法でアンデッド化させただと?何だそれは!?そんなこと出来る訳が・・・」
「それがこうして出来るのですよ。まあ、自慢げに話してはいますが、俺も古代人が残した記録を見て知った魔法ですけどね」
「古代人の記録?古代人だと・・・」
そうこうしている内に、アンデッドたちがディックスの目の前まで迫っていた。ディックスは後退りをするのものの、その動きはとても鈍い。ゆったりとした歩みのアンデッドたちの方が余程早い動きだ。ディックスは満足に身体を動かせるほどには、自身の身体を治癒魔法で回復出来ていないのは明白だった。
「おい!こいつらがお前の眷属と言うんなら、こいつらをとっととどうにかしろ!お前は手を出さないんじゃなかったのか!話が違うぞ!」
・・・追い詰められてもなおこの不遜な態度。呆れを通り越してちょっと感心してしまうな。魔人族というのは居丈高な奴しか居ないのだろうか?
俺はどんな状況でも変わらないディックスの態度に深々とため息を吐く。この短時間で一体何度のため息を吐いただろうか、と思いながら、俺はディックスの質問に簡潔に答えてあげた。
「約束通り、俺は、手を出してないでしょう?」
当たり前のように燃えない不燃系主人公。




