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約束を果たすために  作者: 楼霧
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第二百二十話 銀の一族

ゾーに転移魔法の手掛かりを聞いた翌日の朝、俺はラフォルズを西側に抜けたところに来ていた。森を西側に抜けたすぐ目の前には、フォーソンムの霧が濛々と立ち込めている。霧の境目がはっきりと見えるので、丸で目の前に真っ白な城壁でもあるかの様だ。試しに霧の中に手を突っ込んで見るが、手に当たる感覚は空気を切るのと何も変わらない。相も変わらず不思議な光景である。


「こちらのことはお任せくださいルート様。カスガロルド様が、ルート様のためなら、と張り切っておりましたので何の心配もございません」


人手が集まったことにより、魔人族抗うための次の行動に移すことになる。その今後の展開について話し合うことにしていたのだが、そのまとめ役をカスガロルドを買って出てくれた。カスガロルドは人望だけでなく、大規模な戦闘部隊を率いていた実績もあるので、俺がまとめ役をするよりも遥かに有効で、有能なのは間違いない。それに加えて鬼族のハクオウもいる。ハクオウは大人数の鬼族の中で参謀役をしており、大勢の人を動かすことに慣れた経験者なので、さらに体制は磐石なものになったと言える。


・・・ほんとにいい巡り合わせがあったものだ。我ながら、自分の運の良さにはびっくりだな。うんうん。


「分かりました。では、遠慮なく行かせてもらいますね。あと帰ってきてからも直接言いますが、カスガロルドさんや皆さんにお礼を伝えておいて頂けますか?」

「承知致しました」


ゾーは力強く頷いてくれると、視線を俺の隣に移す。俺の隣には、満面の笑みを浮かべたヒューが立っている。


「ヒュー、ルート様のことお任せしたぞ。案内をしっかりと頼む」

「うん!任せてよ父さん」


ゾーの激励にヒューが両腕でガッツポーズをしながら元気よく答えた。ヒューのやる気は満々だ。シエルフィーアたち銀の一族は、ラフォルズの西側の地域、フォーソンムを避けた北側に銀の一族が移り住んだ集落がある。元々はラフォルズの東側に住んでいた彼女たちだが、ルア平原に氷の壁が出来た後、程なくしてこちら側に逃げ延びてきたそうだ。その手引きや手伝いをゾーがしたらしく、ヒューも銀の一族の集落を作るのに一役買っていたらしい。


「今日は宜しく頼むなヒュー」

「ふふふ、ルートには私の修行の成果を見せてあげましょう!」


ゾーとの挨拶を終えたヒューに俺が話し掛けると、ヒューは胸元に右手を添えて、胸を張りながらそう答えた。やる気だけでなく自信もたっぷりの様子だ。


「ずっとルート様にくっついて行きたがってたのは知っているが、ちょっと興奮し過ぎじゃないかヒュー?無茶をするんじゃないぞ?」

「分かってるよ父さん。無茶をしなくてもいいように、いっぱいいっぱい練習してきたんだから」


ヒューの元気な返事にゾーは仕方なさそうに苦笑してから「ルート様、ヒューのことを宜しくお願い致します」と娘を心配する父親の顔をしながら俺に頭を下げた。俺は「任せてください」とゾーに頷いて見せる。


ヒューが俺の同行者として選んだ理由は、ヒューが銀の一族の住まいの手伝いをしていたこともあり、銀の一族の集落の場所を知っているということ。それと、彼女は銀の一族に顔が売れているということだ。つまり、ヒューには案内役と顔繋ぎ役をしてもらうという訳である。でも、ヒューを同行者に選んだ理由はそれだけではない。


俺とゾーが吸血鬼族のところへ行っている間に、雷属性の補助魔法を他人に掛けるコツを掴んだらしいヒュー。それを確かめる試験をするためでもある。補助魔法を一時的な付与だけなく、継続的に、かつ、段階的に強化をすることが出来るかなど、銀の一族の集落に到着するまでの間に色々なテストをするつもりだ。


・・・そう考えると同行者に選んだというよりは、選ばされたと言った方が正しいかも?出来るようになったから今度は絶対一緒に行くからね!って、すごく鼻息荒かったもんな。


ふんすふんすと鼻を鳴らしていたヒューの様子を思い出して、俺は小さく笑ってからヒューに指示を出す。そろそろ銀の一族の集落に向けて出発だ


「じゃあ、ヒュー。まずは俺とヒュー、二人同時に補助魔法を掛けてくれるか?」

「任せてルート」


ヒューは待ってましたと言わんばかりの顔をしながら、ヒューは魔力を放出する。捧げられた魔力に雷のマナが呼応して、無数の白黄色の光の粒が俺とヒューの身体に降り注ぐ。出来ないとぼやいていた時が嘘と思えるぐらいに随分と手慣れた感じで魔力制御も出来ており、特に何の問題もなく雷属性の補助魔法が俺に掛かった。もちろん、ヒュー自身もである。何度も何度も練習をしたであろうヒューの成果が見て取れたことに、俺の口端が自然と吊り上がる。


・・・やるじゃないかヒュー。これは何かご褒美をあ考えないといけないかな?・・・って、まだテストは始まったばかりだった。さすがにこれだけだとちょっと甘過ぎるか。


「では、行ってきますねゾーさん」

「行ってきます父さん」


ゾーに挨拶を済ませた俺たちは、北に向かって出発した。


左手にフォーソンムの霧の壁、右手にラフォルズの森という光景を臨みながら北向に俺たちは移動する。遠くに目を凝らしてみても、霧と森が決して交わることはない。とても不思議な光景だが、その理由は何となく掴むことが出来た。フォーソンム地域で感じる魔力とラフォルズ地域で感じる魔力に些細な違いがあることに気が付いたのだ。その土地に宿る魔力の違いが、この不思議な光景を生み出しているのかもしれない。


・・・こういう些細な違いを感じ取れるだけ、俺もこの土地に慣れてきたってことかな。


そんな分析をしている内に、左手にあったフォーソンムの霧の壁が突如として消えた。その先に広がるのは何の変哲もない平原だ。どうやら、フォーソンムの地域を越えたらしい。ちなみに右手のラフォルズはまだまだ先も続いている。


案内役のため、俺よりも先行して少し先の空を飛ぶヒューが、大きな声で「ルート!ここからは北西だよ!」と大声で教えてくれる。俺も声を張って「あぁ、分かった!」と返事をしながら、手を振って見せる。


・・・それじゃあ、ここからはもう少しテストを難しくしていきますか。


フォーソンムが途切れたところから、さらに北西に向かうこと約二時間、ようやく銀の一族の集落らしき影が目の前に見えてきた。でも、俺の目の前に先行して飛んでいたはずのヒューの姿はそこにはない。俺は一度その場に立ち止まると、少ししてヒューが俺の後方からやってくる。ヒューは疲れているのか息を切らせながら地面に下り立った。


「はい、お疲れ様ヒュー」

「ぜぇ、ぜぇ、ひどいよルート」

「ひどくないひどくない。あくまでもこれはテストだからな」


俺は俺自身とヒューに掛かった雷属性の補助魔法を強制解除してヒューに掛け直させる、ということ何度も何度も繰り返した。これは単純に補助魔法の効果が切れた時や何かしらの弾みで補助魔法が解除されてしまった時に、即座に掛け直すことが出来るかのテストだ。


自分が掛けた補助魔法が切れたかどうかは、魔力の繋がりがあるので把握することは出来る。でも、ある程度集中力を要する上に俺たちは移動をしながらだったため、かなり難易度が上がっていた。ヒューが息を切らせているのは、肉体的にと言うよりは、集中するために神経をすり減らした結果、精神的に疲弊したと言える。


「むー、攻撃魔法のせいで補助魔法が消し飛ぶのは知ってるけど、補助魔法を発動者以外に解除出来るなんて聞いたことないよ」

「やってることはそれとそんなに変わりないけどな。ヒューも使いたかったら教えるけど?」


口を尖らせるヒューを宥めるために、俺はヒューの頭を優しく撫でる。ヒューは「これ以上難しいはいらないよ」と益々口を尖らせた。ちょっと意地悪し過ぎたみたいである。


「でも、まあ、少し遅れていたとは言え反応は出来ていたし、何より他人へ補助魔法を掛けれる様になるっていう当初の目標は達成してるからな。ヒューは本当によく頑張った。偉い偉い」

「えへへ、もっとご褒美が欲しいところだけど、今は頭を撫でてくれるのだけで我慢してあげる」


・・・もっとご褒美か。あげてもいいけど、これはヒューのやる気を引き出すチャンスか?


「それなら、次は大多数を相手に同時に出来る様になったらだな」


俺の一言にヒューがピシッと固まると、しばらくの間石像の様に動かなくなる。それでも、次に口を開いたヒューは「ガ、ガンバリマス」と片言で答えてくれた。自信なさげな様子だが、俺とヒューの二人同時には出来ているので、コツを掴むのはそれほど時間は掛からないはずだ。


・・・問題があるとすれば魔力量だろうか?これまでの経験上、魔力を消費すればするほど総量が上がるはずなので、こっちはひたすら繰り返して増やすしかないかな?まあ、やろうと思えば魔力を使い果たしてから、回復薬を飲んで回復を繰り返す、みたいな強引な方法もなくはないけど。薬に頼り過ぎるのはちょっとな。


あくまでもヒューの頑張りで出来る範囲、と頭の中で結論付けた俺は、次の目標を見据えたヒューに「ヒューなら出来るさ」とエールを送る。そして、俺たちは銀の一族の集落に向けて移動を再開した。


集落に近付くにつれて、小さく見えていた集落の建物などがはっきりと見えてきた。集落は腰の高さぐらいの柵で囲われているが、それが突貫工事で造られたことがすぐに分かる。なぜなら、等間隔に縦に細い丸太を立てて、その縦の丸太に横向きにした細い丸太を縄で縛りつけるだけのとても簡素な造りをしている。集落内に見える建物もよく見ると壁と屋根が布地で出来ている様に見え、丸でテントな造りだ。


・・・あの感じ、何だかどこかで見たことがあるような。あっ、あれだ。どことなくモンゴルの遊牧民が住まいにしているゲルっぽい?もしかして銀の一族って遊牧民だったりするだろうか?でも、家畜を飼ってる様には見えないな。


集落の周りは木の柵しかなく門といったものはない。それでも、柵の切れ目に見張り役らしき男性が一人立っているのが見えるので、あそこが集落の出入り口なのだろう。俺とヒューはそこに向かって近付いていくと、俺たちに気が付いた男性が、慌てた様子で集落の中に駆けていく。


・・・衣装も何だか民族衣装っぽいから、ゲルみたいな建物といい感じに合ってるな。キヴァニアの和と洋のミスマッチ感とは大違いだ。


しばらくすると、見張り役の男性が数十人の男性を引き連れて集落の出入り口を固めた。全員の髪がシエルフィーアと同じく銀髪をしているので、彼らが銀の一族と呼ばれる狼の獣人族で間違いないだろう。そして、索敵魔法で確認するまでもなく、俺が歓迎されてないことは明らかだ。


「移住を手伝って頂いた折に、これ以上我らは誰とも関わりを持たないと宣言をしていた。それなのにも関わらずヒュー殿!これは一体どういうことか!しかも、よりにもよって魔人族を連れてくるとは・・・」


こちらを睨む男性たちの一人がヒューに対して怒声を上げる。周りの者からも「そうだ!何を考えているんだ!?」と追随し始めた。魔人族が銀の一族に対して何をしたのか、そのせいで何を見捨てて失わなければならなかったのか、俺はゾーから聞き及んでいる。それを考えたら、俺という存在に対して銀の一族が怒りを覚えるのは仕方のない反応と言えるだろう。


でも、その矛先を俺に対してではなく、ヒューに向けているその行為は頂けない。集まった男性の顔ぶれを見れば、どいつもこいつもいい歳をしたおっさんと呼べる年代だ。そんな大の大人である彼らが十代前半の少女に寄って集って怒りをぶつけるのは、大人げないにも程がある。何よりヒューに怒りを向けるのはお門違いも甚だしい。


男性たち怒声にビクッと身体を震わせるヒューに俺は手招きして、ヒューに俺の背中に隠れるよう指差した。すると、ヒューはすぐさま俺の背中に隠れる。レジスタンスの中でアイドル的存在で皆から愛されているヒューが、他者からの怒りを向けられる機会はほとんどなかったに違いない。俺はヒューの強張った表情が少し緩まったのを確認してから、俺自身が矢面に立って彼らと話がしやすい位置まで歩を進めた。


・・・よくも可愛い妹分を怖がらせてくれたな?と文句の一つでも言いたいところだが、ここは抑えて抑えて。


「まずは、突然の訪問をお詫び致します。俺の姿を見て、あなた方がどの様に感じるかは分かってはいましたので、それについては本当に申し訳なく思っています」


俺が謝罪の言葉を口にして深々と頭を下げて見せると、男性たちに動揺が走るのが見て取れた。そこに付け入る隙を見出だした俺はそのまま言葉を続ける。


「ですが、その怒りをぶつけるのはまだ成人をしていない少女にではなく、俺にぶつけるべきものでしょう?それが恥ずべき行為ではなかったと胸を張れるのであれば、俺たちはこのまま大人しく引き返しましょう。いかがですか?」


俺の質問にその場に居る全員がグッと言葉を詰まらせた。俺に対する怒りで、ヒューに対する配慮が欠けていた自覚はある様だ。


・・・これで、とりあえずは話を聞いてもらえそうかな?


「胸の張れる方はいらっしゃらないようなので、こちらの話を進めさせて頂きますね。まずは自己紹介から。俺の名前はルート。見ての通り、魔人族の血を引いてはいますが現在はレジスタンスの旗頭をしています。どうぞお見知り置きください」

「魔人族がレジスタンスの旗頭だと?何かの間違いじゃないのか?」

「レジスタンスも魔人族の手に落ちたのか?」

「いや、待て。その名前確か・・・」


俺の自己紹介に男性たちがざわざわと騒がしくなるが、俺は気にせずそのまま話を進める。


「ここに来たのは、あなた方銀の一族の族長娘、現在は族長代理をされているというシエルフィーア様との面会をしたかったからです」

「なっ、そんなこと許せる訳がないだろう!」

「いえ、許そうが許すまいが俺はシエルフィーア様と会わなければなりません。シエルフィーア様も恐らくはそう思われるのではないでしょうか?」

「何を馬鹿なことを言ってるんだ!」

「こちらは大真面目です。俺がレジスタンスの旗頭を知らなかった様に、外界との接触を拒絶してきたあなた方は、現在の世情を知らなさすぎる。その辺りの話もしたいのです。何にせよ話を通して頂けるまでは帰るつもりはありませんので、まずはシエルフィーア様にルミールの町のルートが会いに来た、とお伝え願いますか?」


俺の要求に、どうする?といった感じに顔を見合って牽制し合う彼ら。その様子に俺の伝言が伝わるのは時間が掛かりそうだと判断した俺は、道具袋から種を出して即席のテーブルと椅子を二脚作り、一つをヒューに勧めて俺も椅子に座った。ついで、ポットとカップも取り出してティータイムだ。


・・・ここで昼食を取らないだけまだ理性的だな。うん。


「こんなことしてていいのルート?すっごい顔で見られてるけど」

「とっとと帰れ!とは言われてないからいいんじゃないか?まあ、言われても、俺はヒューに怒声を浴びせたことを許してはないけどな」

「あぁ、うん。分かった。それじゃあ、仕方ないね。・・・私のために怒ってくれてありがとうルート」

「俺がヒューを巻き込んでしまったのだから、俺はお礼を言ってもらえる立場じゃないけどな」


俺たちはしばらくの間、険しい顔をした男性たちに見守られながらお茶を楽しむ。俺が本気で帰る気がないことを悟った一人が「一応、伝えてくる」と集落の中に駆けて行ったのは、それから二、三十分ほど経過した後の話だ。


「・・・シエルフィーア様がお会いになるそうだ」


信じられない、といった表情をしながら確認をしに行ってくれた男性が確認結果を話してくれる。それを聞いた周りの者たちも「なぜだ?」と驚きを隠せない。でも、俺からすれば予定通りの返答なので、驚くことは何もない。俺はそう思いながら、手に持っていたカップをカチャリと置いた。


「そうですか。確認して頂きましてありがとうございます。それで、俺はこれからどうしたらいいですか?」

「どう、とは?面会に来たと言ったのはそっちだろう?」

「俺が歓迎されてないこと分かっているので、このまま集落に入っていいのか、ここで待った方がいいのか、という話です」

「あぁ、それなら俺がシエルフィーア様のところに案内するから俺についてこい。だが、妙な真似をしたら分かっているな?」

「分かりました。それでは宜しくお願いしますね」


確認をしてくれた男性が渋々といった表情をしながら踵を返す。俺はヒューを立たせて、ティータイムセットを道具袋の中にそそくさと収納した。俺たちをずっと見守っていた男性の間を縫う様にして、俺は何事もなく集落に入った。


と、思ったのも束の間。集落に入って程なくして、俺はいきなり一つの問題にぶち当たることになる。小さな子犬、いや、銀色の毛並みを考えると小さな子狼が俺の足元までやってくると、ちょこんとその場に座ってしまったのだ。


俺は、銀の一族は獣の姿と人の姿に変態出来るのか、と感心しながら、当然子狼を踏んでしまわない様に避けて通ろうとした。だが、なぜかその子狼は俺が足を下ろそうとする場所に先回りをして邪魔をしてくる。俺がどれだけ避けても、俺が足を前に出すと必ずだ。


・・・まさかこの子は、俺をこの先に行かせまいと?でも、この感じは敵意というよりも、構って欲しいって感じか?


俺がこのまま前に進むためには、子狼を踏んでしまうか蹴り飛ばすかしてしまうしかない。もちろん、俺にそんな気はない。それでも、子狼が邪魔をしてくる以上は、俺は何かしらの対処をしなければならない。俺は少し悩んでから、子狼を抱き上げて腕に引っ掛ける様にして抱えておくことにした。


子狼も俺に抱かれるのは満更でもない様子で、嫌がって暴れることもなく俺の腕に身体を預けてくる。その様子に、俺は何気なく子狼の頭を撫でると、小狼は気持ち良さそうに目を細めてくれる。


・・・結構モフモフ。触り心地も悪くない。


子狼に癒されているとヒューにペシッと腕を叩かれて俺は正気に戻る。子狼を撫でるのに気を取られて、俺の足が完全に止まっていた。これでは、本末転倒である。俺は子狼を抱えた瞬間から、その場に居合わせた銀の一族全員から鋭い視線を向けられていることを無視しながら、シエルフィーアが居るというゲルっぽい建物まで歩を進めた。


目的の建物の前まで来た俺は、子狼をいつまでも俺が抱えているのは問題になると子狼を地面に下ろそうした。だが、子狼は俺の腕にしがみついて離れようとしない。さらには俺の袖に噛み付いてくる始末だ。子狼を引き剥がそうにも、意外と力強くて無理矢理剥がそうとすれば怪我をさせてしまいそうだ。小さくても力が強いのは、獣人族としての身体能力の高さだろうか。


俺が困った顔で案内役をしてくれた男性を見上げると、男性は頭が痛いと言わんばかりにため息を吐いてから「そのまま連れて行って構わない」と仕方がなさそうに言ってくれる。俺は分かりましたと男性に頷いて見せてから、子狼を抱えたままゲルっぽい建物の中に入った。


ゲルっぽい建物の中は、円柱状に編んだ木の枠の上に布を被せた造りになっていた。床は絨毯の様な厚手の布地を敷いており、その布地の上に座布団らしきものを敷いて座る様だ。建物の中に居たのは全員で六人。そのうち、一人だけがいくつか置かれてある座布団の一つに座り、後の五人はその後ろに佇んでいた。一人だけ座っているということは座っているのがシエルフィーアで、後ろに控える男女五人は彼女の護衛と従者といった感じだろう。


・・・見た感じ全員、俺と同年代ぐらいか。なるほど、やっぱり記憶違いってことはなさそうだ。となればやはり彼女は・・・。


「招かれざるお客様。ようこそおいで・・・に!?」


シエルフィーアは俺が抱いている子狼が目に入ると、厳格な雰囲気の挨拶が途中で止まってしまった。俺が子狼を抱えているこの状態は、ある意味では人質を取っている様に見られても仕方のない状況なので、まずは弁明しておく必要があるだろう。


「ここに来るまでの道中で、この子がどうしても俺のことを通せんぼしてきたので、申し訳ないのですが、こうして抱えさせて頂きました。踏んだり蹴ったりするよりは良いかと思いまして」

「そ、そうですか。それなら仕方ありませんね。・・・全く何やってるのかしら」


シエルフィーアは俺の弁明に答えてから、聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさの声でぶつぶつと言い始めてしまう。その様子に俺が首を傾げていると、シエルフィーアは「こほん」と咳払いして気を取り直してから、手を差し伸べて座布団に座る様に勧めてくれる。


俺はシエルフィーアに勧められた通り、シエルフィーアの正面の座布団に腰を下ろして胡坐をかいた。すると、シエルフィーアたちにきょとんとした顔をされてしまう。


・・・ん?ヒューも俺と同じ様に何事もなく隣に腰を下ろしたたんだけど。何かマナー違反的なものがあったかな?


「何か問題でもありましたか?」

「いえ、問題はございません。私たちにとっては当たり前のことですが、地べたに座らせるのか、思われることも多かったもので。あなたはすんなりと座られたな、と思いまして」

「なるほど。それは文句を言った者の度量が狭いですね。文化の違いはどこにでもある話でしょう?郷に入れば郷に従うまでのことです」

「そうですか。・・・そうですね」


俺の返答に小さく「ふふっ」と笑うシエルフィーアの姿に、俺は思わず見惚れてしまう。後ろに佇む五人はそんなシエルフィーアを見て、なぜか驚いた表情をしているのが少し気になるところだが、それよりも六人全員が同じ銀色の髪をしているのにも関わらず、彼女の髪が一際キラキラと輝いて見てるのは、一人だけ纏う魔力の気配が違うからだろうか。


「それで、ルート。・・・と言いましたか。私に話があるということですが何の話ですか?」

「腹の探り合いをするのは時間の無駄なので、率直に言わせて頂きますね」


俺はそう言って大きく息を吸って吐く。しっかりと気合を入れてから、俺はシエルフィーアを真っ直ぐに見据えながら口を開いた。


「俺は貴女に結婚を申し込みます。俺と結婚して欲しい!」

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