第二百四話 訓練 後編
「カスガロルトさんのことを知ることが出来ましたし、やっぱり今のレジスタンスには必要な人材であることを再確認出来ましたからね。大隊長をされていたというその手腕に、勝手ながら期待させて頂きます」
「・・・肩書きだけで、大したことは出来ないかもしれないですがな」
まだカスガロルトの人となりの全てを知っている訳ではないが、どちらかと言えば前向きな性格をしているのが俺の知るカスガロルトだ。そんなカスガロルトが、随分と卑屈になっている様に見える。カスガロルトが大隊長をしていたということに後ろ向きなのは、過去の出来事が尾を引いてそうだ。
・・・例えそうだったとしても、それでも・・・。
「カスガロルトさんの過去に何があったのかは聞きません。話したくない話の様ですしね。でも、だからこそ、その代わりに勝手なことを言わせてもらいます」
「な、何でしょうか?」
「ルア平原で見せてもらったカスガロルトさんとカスガロルトさんの仲間との関係、ミュールさんにモルデリアさんにセンドラルさん、それにタンドさんにグランツさんにイエディンさん、その全員がカスガロルトさんのことを慕っていたのは紛れもない事実です。そんな関係を築くことが出来るカスガロルトさんに期待するのは、間違ったことではないと俺は断言します」
俺が胸を張って宣言すると、カスガロルトは目を丸くしてから、フッと息を一つ吐いて肩の力を抜くと「ルート殿には敵いませんな」と言って笑みをこぼした。
「仲間集めを俺は頑張りますので、レジスタンスの戦闘面の底上げをカスガロルトさんにお任せますね」
「任されました。ルート殿の期待に応えれる様、全力を尽くします」
ザッと音を立てながら、カスガロルドがその場で跪いた。カスガロルドがやる気になってくれて何よりだ、と俺が満足しながら頷いていると、カスガロルドが「折角ですので、私も一つお見せしましょう」と言って立ち上がると、バルアスクから斧を借りた。
「ルート殿、丸太を用意して頂いても宜しいでしょうか?」
「えぇ、もちろんいいですよ」
俺は自分が割った丸太を魔法で治して、カスガロルドの目の前に置くと、カスガロルドから少し離れていて欲しいと言われたので、三メートル程後ろに下がる。カスガロルドは、俺が離れたことを確認すると斧を構えてスッを細める。その瞬間、周囲の空気がガラリと変わり、ピリッとした緊張感に包まれた。
・・・この感じ、このプレッシャー、シアン先生の殺気に通ずるものがある。
ブルードラゴンであることを隠して、エルグステア学園で魔法使いコースの先生をしているシアンだが、その最も得意としているのはなぜか格闘術で、根っからの武闘派だ。俺は打倒メルギアを掲げていたことで、そんなシアンに死ぬもの狂いで鍛えられた。それはもう言葉通りに、だ。だからこそ俺には分かる。
カスガロルドが放つ殺気はシアンと同じくらいの圧迫感があり、自分に向けられている訳ではないのに、さっきから二の腕に鳥肌が立ちっぱなしだ。そして、口の両端が勝手に吊り上がるのを止められない。
カスガロルドの手元がピクッと動いた次の瞬間には、斧が綺麗な弧を描いて丸太を捉える。その鋭くて速い攻撃は、丸太を深く傷付けた。品種改良に加えて土属性の補助魔法を掛けているのにも関わらず、カスガロルドは丸太を三分の二以上は斬って見せた。
しかも、カスガロルドは魔法剣を使っていなければ、補助魔法も使っていない。カスガロルドの攻撃は、ただの攻撃ではあったが、心構えから始まり、呼吸、力の入れ方、動作、全てを連動させたれっきとした一つの技と言っていい。
・・・すごい。侮っていたつもりはないけど想像以上だ。
「お見事ですカスガロルドさん」
「いや、叩き割るつもりだったのですが、不甲斐ないばかりです」
「そんなことは絶対にないですよ。ただ硬いのではなく補助魔法が掛かっているのですから。それを己の技だけでここまで斬ったのです。その体捌きの技術を是非、皆に伝授してもらいたいですね。俺には出来ないことですから」
俺の話を聞いたカスガロルドのは「またまたご謙遜を」と言って俺の肩に手を置いた。
「模擬戦闘で見せて頂いたルート殿の体捌きは、明らかに玄人の動きでした。正直なところ、ルート殿が魔法だけでなく体術にもあれほど精通しているとは思いませんでした」
「カスガロルドさんにそう言ってもらえるのは、かなり嬉しいですね。学園で師事した、というか師事させられた先生のしごきに耐えたことが、今報われた気がします」
「む?ルート殿にそこまで言わせる方がエルグステアにはいらっしゃったと?」
「えぇ、そうですね。馬鹿みたいに強い人が二名程。まあ、その内の一人が容赦なかったのですけど」
カスガロルドは俺の話を聞いて小さく笑ってから、不意に真剣な顔付きになった。
「ルート殿にそこまで言わせる強者であれば、どうにか協力をお願い出来ないものだろうか?」
・・・気持ちは分かるけど、ドラゴンは人族間の不干渉だから。それに、仮に仲間に引き込めたとして、絶対に碌なことにはならない。断言出来る。
「それは無理ですね。学園で先生はしていますが、そういう表舞台に立つことを嫌いますので」
「そうですか、それは残念ですな。では、せめて全てのことに片が付いたら、一度お手合わせをお願いしたいところです」
「それなら俺が口利きしますよ。そういうことなら喜んでやってもらえると思います。ある意味では暇をもて余していますからね」
「それはありがたい」と嬉しそうに言ったカスガロルドは何かに気が付いた様にハッとした顔をしてから「そのもて余していたのがルート殿へのしごきに向かった訳ですな?」と尋ねてきた。それが全ての理由という訳ではないが大正解だ。俺が無言で大きくコクリと頷いて見せると、カスガロルドは楽しげに肩を上下に揺らした。
カスガロルトと少し話し込んでしまったが、バルアスクたちの休憩時間として考えたら、十分な時間を取った。俺はバルアスクたちに模擬戦闘の再開を宣言する。
「よし、もう十分に休憩は出来たな?そろそろ模擬戦闘を再開しようか」
「「「「「えぇ~」」」」」
「はいはい、口答えしない。全員、魔人族に対抗出来るだけ強くなりたいんだろう?そのための協力を俺は惜しまない。が、やるもやらないも自分次第だ」
「・・・そうだな。そのために兄貴のところ来たんだ。やってやる!!」
「そうだね。バル兄の言う通りだよ」
「弱音を吐いてる場合じゃない、ってことだね」
「私は皆を守れるだけの力を身に付けたいわ」
「強くなって見返してやるんだから」
模擬戦闘の再開を渋っていた五人だったが、それぞれ強くなりたいという気持ちは本物の様だ。このあと、カスガロルトにも加わってもらってお昼前まで、濃厚な模擬戦闘を行った。
昼食を終えた俺はゾーとカスガロルトの二人と一緒に、迷いの森ラフォルズを東に抜けた先に移動していた。目的は二つ。一つはドライアドたちにして欲しいことの説明、もう一つは仲間集めをするための移動である。一つ目については、予めコールディアにお願いをしてドライアドたちを集めてもらう手筈になっており、ラフォルズを抜けたところで、落ち合うことになっていたのだが、まだその姿はなかった。少し到着するのが早かった様だ。
「思ったよりも早くついてしまった様ですね」
「その様ですねルート様。コールディア様たちが来られるのを待ちましょう」
少し手持ち無沙汰になってしまったので、俺は改めて今日の目的地を確認しておくことにした。
「ゾーさん、今日向かうのはここから比較的近場のところなのですね?」
「そうですルート様。ここから北に向かった先、メメルクトという山の麓にある森に向かいます」
ゾーは北の方角を指差しながら説明してくれる。指先を追って北を見遣ると、遠くに薄らと山があるのが確かに見える。メメルクトは一つの高い山ではなく、山が連なった山脈の様だ。
「メメルクトの麓、と言うことは、幻惑の森アールフォンに向かうのだな?」
「えぇ、そうですカスガロルト様」
俺と同じ様に北を見ていたカスガロルトがゾーに尋ねる。カスガロルトはこれから向かう先を知っている様だ。戦闘部隊の大隊長をしていた頃に行ったことがあるのかもしれない。
「となれば我らと同じ獣人族、か」
「カスガロルトさんは知っているのですね」
「はい、彼らの力を貸してもらえるとなれば、間違いなく戦力となるでしょう。だが、お気を付けくださいルート殿。彼らは我らとは違う不思議な力を使います。それは魔力とは明らかに異なる力。妖しい力を扱う種族なので、我々の間では、それを称して彼らのことを妖狐と呼んでいるのです」
・・・妖狐。と言うことは、狐の獣人族ということか。レジスタンスに居ない種族なので会うのが楽しみだな。それにしても、魔法というとんでもない力があるこの世界で、不思議な力とは一体。何にせよ戦力として期待出来るのは嬉しい限りだな。
俺がこれから会いに行く妖狐と呼ばれる獣人族に思いを馳せていると、森の方から聞き覚えのある声で「ルート」と俺の名前を呼んだ。今のところ、俺のことを呼び捨てで呼んでくれるのは、ヒューとコールディアしかいない。どうやら、コールディアたちが到着したみたいだ。
「お待たせしましたね。ここに連れてきた者たちがこの辺りに住まう私たちの同胞です」
「呼び掛けて頂いてありがとうございますコールディア様」
コールディアが振り返りながら紹介をしてくれる。コールディアのすぐ後ろにはグリムッドたち四人の付き人がいて、さらにその後ろには五十名ほどのドライアドたちがずらりと並んでいた。ご老人から小学生高学年ぐらいの子供といった老若男女だ。
これからやってもらうことを考えると人数が全く足りてないが、それは今日ここに来てくれた人たちに教える立場になってもらうつもりだ。そんなに難しいことをさせるつもりはないので、問題はないだろう。
・・・んー、いくらコールディア様が認めてくれたとはいえ、皆まだ受け入れ難いって表情をしているな。
集められたドライアドたちから俺に向けられる視線はとても厳しいものだ。いきなり現れた魔人族に連なる者に協力しろと言われて、それを素直に受け入れるのは心情的に難しいのは仕方がない。そもそも、俺がレジスタンスの旗頭になったこと、レジスタンスとドライアドの間で同盟が結ばれたことが周知されたのは昨日の今日である。人によっては今日の朝、聞いた者も多いだろう。
「コホン、それでルート様はこの者たちに何をさせたいのですかな?同盟を結んだ以上、出来るだけの協力はさせて頂くが、彼らに無理難題なことを仰られた場合は、止めさせて頂きますぞ」
集まってくれたドライアドたちからの忌避の視線を遮るかの様に、グリムッドが先頭に立った。そのグリムッドの行動と言葉を聞いて、集まってくれたドライアドたちから僅かに動揺の声が聞こえてくる。どうやら、条件付きではあるもののグリムッドが進んで俺に協力してくれる姿が意外な様である。
「無理難題を押し付けるつもりはないですが、無理難題かどうかは説明を聞いた上で判断して頂ければと。俺が判断することではないですから」
「ふむ、それはそうですな。では、無理難題かどうか判断させて頂きましょうか。説明をどうぞ」
「分かりました」
俺が説明をしやすい場をグリムッドが整えてくれる。実に出来た人だ。俺はグリムッドに一つ頷いて見せてから、ドライアドたちにやって欲しいことを実演して見せることにする。ドライアドたちにやってもらうことはとても単純なこと。迷いの森ラフォルズの拡張である。
俺は道具袋の中からゴーレム用の素体として魔改造した木の種を一つ取り出して、目の前に放り投げる。あとはいつもの通りに、樹属性の魔法で成長だ。ゴーレムにする時は、人の形になる様にイメージをしながら成長させるが、今は単純に大きな立派な木へと成長させる。
「という訳で、やって欲しいことはこうやって木を生やして、このラフォルズを拡張することです。ドライアドにとって平原で闘うよりも森の中で闘う方が得意とするところでしょう?つまりは、自分たちが有利に闘える環境を整えましょう、ということです」
「なるほど、面白いことを考える。確かに森の中であれば我らが有利に闘うことが出来る」
「木を生やすぐらいであれば、皆でも十分に出来るでしょうね。でも、ルートはそんなにもたくさんの種を持っているのですか?森を拡張するにしても、かなりの数が必要でしょう?私たちはそれほど種を持っていませんよ?」
「この木を複製してもらう必要があるので種から育てましたが、もう現物があるので別に種は必要ないでしょう?」
森を拡張せるためにはたくさんの種が要るとコールディアに言われて、俺が何言ってるの?、といった感じにその必要はないと答えると、コールディアが「え?」と言って首を傾げてしまった。俺はそこまでおかしなことは言っていないはずだ。コールディアにそんなにも不思議そうな顔をされるとは思っていなかった俺も思わず「え?」と言って、首を傾げながら固まってしまう。
「こほん。ルート様は、複製、と仰られていましたが、実際はどの様になさるおつもりだったのですか?」
俺とコールディアが互いを見つめ合う様に固まってしまったのを見兼ねて、マールディが助け船を出してくれた。固まっていた俺は「えっとですね」と言いながら、育てた木に手を伸ばして表皮をひと欠片摘まみ取った。
「木の部位であればどこでもいいのです。こうして表皮の欠片でも、葉っぱでも、枝でも、根っこでも」
俺は説明をしながら、木の表皮を手のひらに乗せて、皆に見える様に掲げて見せる。そして、今し方育てた木から二、三メートルほど離した場所に木の表皮を置いた。
「あとは、こうして樹属性の治癒魔法を掛けたら、元の木に戻るって感じなのですが・・・」
木の表皮に治癒魔法を掛けて、元の木と全く同じ状態にして見せると、マールディを筆頭にドライアドの皆がキョトンとした表情になっていた。コールディアだけは「あ、なるほど」といった感じの訳知り顔をしてから、皆の様子を見てクスクスと笑っている。
「えーと、コールディア様。楽しそうなところ申し訳ないのですが一つお伺いしても?」
「何かしらルート?」
「今やって見せたことってドライアドの間でやったりは・・・」
「しないわね」
俺が全てを話す前にコールディアがスパッと答えてくれる。樹のマナと共に生きる種族と言って過言ではないドライアドが、こんなにもとても便利なことをしていないとは思わなかった。
・・・貴重な薬草とか、素材がこの方法を使えば増やしたい放題なんだけど。ドライアドはそれほど困ってないということだろうか。
「何か余計なことを考えていそうなので、少し訂正しておきますが、しないというよりも、その発想はなかった、と言った方が正しいですね」
コールディア曰く、傷付いた植物を治すことはドライアドの間でも一般的にしていることだが、あくまでも傷付いた本体を治すだけらしい。その欠片の方を治すという発想はしたことがなかったとコールディアに言われてしまった。
「ルートが居ると本当に飽きませんね。それに、なんとか言っていいか。・・・そう!ルートとても便利ですね」
俯き加減になっていたコールディアはすっきりとした顔をしながらポンと手を打った。でも、便利なのは魔法であって俺ではない。魔法使いが希少なエルグステアではよく言われたことだが、人族よりも魔力に優れているからこそ魔族と総称されているはずのその魔族からも言われるとは思わなかった。
・・・まさか、ここでもそれを言われるとは思わなかった。でも、だったら俺が返す言葉は一つしかないな。
「便利なのは俺ではなく魔法ですよコールディア様。そこを間違ってはいけません」
「その魔法を使えるのがルートなのだから一緒ではなくて?」
「一緒ではありません。それに今までにその発想がなかったとしても、やり方を見せた以上、コールディア様たちにも出来るでしょう?」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、俺だけが特別という訳ではもうないですね」
「ふふふ、そう言うことにしておきましょうか」
このあと、立ち直ったマールディたちに治癒魔法による複製を改めて説明をした。傷付いた本体を治すよりも、欠片を治癒する方が魔力を消費する様で二、三人で取り掛かってやっと木が一本、という具合だった。今までその便利さ加減に目が行って、魔力の消費量を気にしたことがなかったのでちょっと新鮮だった。
「ところでルート。増やす木はどうしてこの木じゃないと駄目なの?何の変哲もない様に思うのだけど?」
「あぁ、そう言えば肝心な説明をしていませんでしたね」
俺はゴーレム用に魔改造したことで火に耐性のある木であることをコールディアに説明してから、実際に火の攻撃魔法で木を燃やして燃えないところを見せた。すると「やっぱりルートが便利じゃない」と、コールディアに呆れた口調で言われてしまった。
でも、断じて違う。便利なのはそれを実現可能とする魔法の力だ。俺はそのことを必死に反論してみたが、コールディアには生暖かい目をされるだけで、俺の話は聞き流されてしまった。
・・・と言うか、何だかんだと説明しても、最終的に大体こんな感じの反応をされることが多い様な気が・・・。
今までの記憶を思い返しながら、俺は人差し指でトントンとこめかみを叩く。二、三分程経過したところで、自分に勝ち目がないことを悟った俺は、この件を棚上げしておくことにした。




