第二十一話 変わった戦利品と報告会
扉の中に入ると勝手に部屋の明りがついた。無駄にハイテクだなぁと思いながら中を眺めるとパッと見た感じ理科実験室のようなところだった。大きな木のテーブルが四つ並んでおり、その上には試験管やビーカーのようなものがあった。また、部屋の奥には戸棚がいくつか置いてあるのが見えた。ただ、残念なことに別のところへ行けそうな扉や通路はなさそうである。
「何かないか確認してみましょう」
「そうだな。じゃあ、俺とアンジェで右側から、ルートとティアは左側から確認してくれ」
俺とティアは部屋の左側から確認していく。俺はテーブルの上にあった、試験管やビーカーを手に取って確かめるとガラス製であることが分かった。この世界に来てからガラス製のものを初めて見たので、似たようなものはやっぱりあるんだなぁと感心した。
「何に使っていたんでしょうか」
「・・・魔法関係の調合で使うわ。お師匠の部屋で見たことがある。ガラス製のものは、この辺りじゃ手に入らないから持っていきましょう」
「分かりました」
テーブルの上にあった試験管とビーカーを道具袋に入れた後、奥にある戸棚の中を調べた。だが、戸棚はほとんどが空っぽで何も入っていなかった。
「何もありませんね。誰かが持ち出したんでしょうか?」
「・・・あ、この引き出しの中に何か入ってる」
ティアが見つけたのは羊皮紙にびっしりと文字か書かれた資料であった。だが、何が書いてあるのか全く読めない。ルートの記憶の中にある文字や家の本の文字からすると少なくとも現代の文字ではない。
「読めません。ティアさんは読めますか?」
「・・・無理だわ。古代語じゃないかしら?お師匠なら分かるかも」
「とりあえず、これも持っていきましょう」
結局、部屋の左側半分を見て手に入れたのは、いくつかの試験管とビーカー、そして、読めない資料だけであった。リッドたちの方に何か成果はないかと思い、俺とティアはリッドたちに合流した。リッドとアンジェは一つの戸棚を見ながら腕組みをして考えている。
「どうしたんですか?」
「ん?ああ、いやな。この戸棚なんだが、戸棚の横幅と中段にある戸を開いて中を見た時とで、左側の空間に何かありそうなんだよ」
「そうですわ。ただ、左側を開けるようなところがないのですわ」
リッドとアンジェが指示した戸棚の戸棚を俺も開けてみる。戸は戸棚の右側にあって、右から左に開く形となっていた。中を覗くと確かに戸棚の横幅を考えると左側に何かがありそうな空間があることが分かる。ただ、どこにもそこを開けれそうなところはない。
「何か仕掛けがあるんでしょうか?」
「分からないな。いっそ壊してみるか」
「変に衝撃を与えて中に何かあったらどうしますの!」
「う~ん。衝撃を与えずにであれば良いですか?」
「え?」
その戸棚の材質は木だ。となれば話は簡単である。俺は謎の空間がありそうな部分に魔力を流し、樹属性に働きかけて綺麗にその部分を切り取った。
「これでどうでしょう?」と振り返るとまたしても、三人が呆れた顔をしている。本日、何度目だろうと思いながら、俺はそれを見なかったことにして中に何があるのか確認した。
「えーと、なんだこれ。卵?」
戸棚の中には、自分の顔と同じくらいの大きさの卵が円柱のガラスケースの中に入っているのを見つけた。俺はガラスケースを両手で持ち、戸棚から出してテーブルの上に置いた。
「よいっしょと。見た目よりもかなり重いなこれ」
「・・・・どう見ても卵だよな?食えるかな?俺、腹が減ったよ」
「何言ってるんですの。何の卵か分からないでしょう!」
「・・・それに、遺跡の中で見つけたんだから相当古い。食べれる訳がない」
「まあ、そりゃ、そうだ。で、これどうするんだ?」
「一応、回収しておきます」
ガラスケースだけでも良かったかもしれないが念のため、卵もろとも道具袋にしまった。それ以外に何かないかともう一度、戸棚に目を遣るとガラスケースを退けた奥に黒っぽい水晶玉の様なものが台座にはまっているのを見つけた。
「ん?これはなんだろう。・・・うわ!」
水晶玉を取ってみようと触った瞬間、魔力が水晶玉にずわっと吸い取られて思わず大きな声を上げてしまった。
「どうしたルート!大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですリッドさん。驚かせてすみません。戸棚の奥にある水晶玉を取ろうとしたら水晶玉に魔力が吸いとられたので思わず声を上げてしまいました」
「・・・ちょっと、どいてくれる?」
ティアが確認したいと言ってきたので場所をあけた。ティアは戸棚の中を確認した後、手を入れてちょんちょんと水晶玉を突いた。
「多分、魔術具じゃないかしら。・・・ちょっと触っただけでも魔力を吸われるわ」
「何か分かりそうですか?」
「ごめんなさい。分からないわ」
俺たちは顔を見合って途方に暮れる。困った、脱出の糸口が全くない。このまま、遺跡の中に取り残されるのだろうか。俺は、もういっそのこと天井をぶち破って地上までつなげてしまったらどうかと思いながら天井を見つめているとリッドが後ろから近付いてきて、俺を羽交い絞めにする。
「おい、ルート?今何考えてた?」
「え?いっそのこと天井をぶち破ろうだなんて思ってませんよ?」
「「「・・・・」」」
「・・・やめておきなさい」
「はい」
アンジェにやめろと言われたので大人しく聞いておくことにした。でも、いざというときは、と思っていたら、バンッとこの部屋の扉が開いてエリオットたちが駆け込んできた。
「皆、大丈夫か!?」
扉が急に開いたのにはビクッとしてしまったが、エリオットたちの顔を見て俺たちは安堵した。
「皆無事です。それよりも来てくれて良かった。もう、遺跡から脱出出来ないかと途方に暮れてました。でも、どうやって来たんですか?」
「君たちを転移させた魔法陣がさっき復活してね。それで私たちも転移出来たんだ。君たちが何かしたんじゃないかな?」
「・・・もしかしたらこれが転移陣のための魔術具なのかも」
ティアが戸棚の中にある水晶玉を指さしてエリオットに説明した。エリオットが戸棚にある水晶をまじまじと見て「ふむ」と少し考え込んだ後、水晶玉に触れた。
「なるほど。アル、こっちに転移してきた部屋に行って何か変化がないか見てきてくれ」
「おうよ」と言って、アルが急いで部屋を出て行った。
「多分だけど、しっかりと魔力供給すればこちら側から元の場所に転移出来るようになるんじゃないかな?」
「本当ですか?何とかなりそう良かったです」
「ところで、この前の部屋で何かあったんじゃないかな?戦闘した形跡があったし、あの植物は一体?」
「それは、脱出してからでもいいですか?報告したいことは色々ありますし」
「そうだね。・・・ところでソフィア。そろそろルートを放してあげたらどうだい?」
ソフィアは部屋に駆け込んできて、俺の姿を確認すると「心配したのよ!!」と言って、すぐさま飛び付いてきた。それからずっと俺はソフィアに抱きしめられていた。心配を掛けてしまった申し訳なさからソフィアの好きにさせていたが、さすがにそろそろ放して欲しい。・・・だって、ほら、アンジェがずっと怖い顔で俺を睨んでるから。
少しするとアルが戻ってきて「エリオットがにらんだ通り、魔法陣が出てたぜ!」と教えてくれた。良かった、これで帰れそうだ。
俺たちは実験室らしき部屋から出て、来た道を戻る。一番初めの真っ暗だった部屋は、床に魔法陣が浮かび出ており、部屋の中を明るく照らしていた。魔法陣に足を踏み入れると転移させられる前の隠し部屋に転移することが出来た。そして、ついに遺跡の外に出ることが出来たのである。すでに太陽は低い位置まで沈んでおり、本来ならお昼過ぎには終わるはずだったことを考えるとかなりの時間が経ったようだ。
「とりあえず、ギルドに戻ろうか。きっとミーアさんが心配してるよ」
疲れてはいたが、急ぎ冒険者ギルドへと戻ることにした。冒険者見習い用の遺跡探索で、しかも上級クラスの冒険者が監督役でくっついているのにも係わらず、予定の時間をオーバーしてしまっているのだ。間違いなくギルド受付嬢のミーアは心配しているに違いない。
冒険者ギルドに入ると案の定、ミーアが心配そうな顔をして駆け寄ってきた。
「何かあったの?随分と遅かったじゃない。お昼過ぎには終わると聞いていたからすごく心配したわ」
「すみません、ミーアさん。予期しないことがありました。これから、この子たちにその報告を受けるので部屋を貸して下さい」
「そうですか。皆が無事で本当に安心したわ。部屋は二階の会議室が空いてるからそこを使ってください」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドの二階へと上がった俺たちは、一つの部屋に入った。部屋の中には長方形のテーブルがあり、長辺に五人、短辺に三人の計十六人が座れる大きな部屋だった。俺はサラリーマン時代の習性で扉に一番近い手前の長辺の席に座る。すると、対面に奥からエリオット、アル、ソフィアの順番で座った。ここまでは分かる。だが、なぜかソフィアの横にアンジェ、ティアが座り、その並びの短辺にリッドが座った。
「ちょっと待ってください。どうして、三対四じゃなくて六対一の形式になってるんですか」
「え?だって、俺は記録係じゃないしな」
「わたくしはソフィア様の隣が良いですわ」
「・・・後で説明してくれるって約束だったよね?」
どうやら、俺一人で報告をしなければならないらしい。まあ、確かに後で何をしたのか説明するとは言ったから良いけど。なんだろう、六人から一方的に視線を向けられて、報告というよりか尋問を受けるみたいだ。
「刑事さん。俺は無罪です。俺は何もやってません」
「はぁ。ルゥは何言ってるの?ケイジサンって誰?」
しまった。疲れてることもあってか心の声がダダ漏れになっていた。・・・ネタの分かる人が居なくて少し残念である。
「コホン。すみません、気にしないでください。えっとじゃあ、まずは、転移してからの話をしますね」
俺は、転移して真っ暗な部屋に着いたこと、明りをつけて通路があることを確認していたが一先ずエリオットたちが来るのを待ったこと、しかし、一向に来る気配がなかったので通路の先に進んだことを話した。
「そして、通路の先の部屋にゴーレムが居ました」
「ゴーレムだって?」
「はい。ゴーレムが居るということはその先の何かを守ってると考えました。だから、皆とどうするか話し合って、ゴーレムに挑むことにしました」
そして、ゴーレムには二組に分かれて攻撃をしたこと、ゴーレムからダメージを受けることはなかったこと、でも、ゴーレムに対しても決定的なダメージを与えることが出来なかったことを話した。
「ティアさんと話して、風属性に耐性があるんじゃないかって」
「なるほど。材質が石であったのなら恐らくロックゴーレムだね。ロックゴーレムであれば風属性が弱点で間違いないけど、ダメージの通りが悪かったのなら耐性を付加されていた可能性は十分高い」
「それに、あのゴーレム、自動回復してました。恐らくですが遺跡から魔力供給を受けていたんじゃないかと思います。だから、このままだとゴーレムを倒す前に、先にこっちが魔力切れを起こすなぁと思いまして・・・」
今まで大人しく聞いていたティアが「そう、それでその後。ルートは一体何をしたの?」と食い入るように聞いてきて、俺は苦笑いになる。本当に、魔法に関してのティアの行動は実に積極的だ。
俺は服のポケットに手を入れて種を取り出し、テーブルの上に置いた。
「長期戦は不味いなぁと色々考えて思い至ったのがこれです」
「・・・見た感じはただの種だね?」
「そうです。ただのつたの種です。ですが・・・」
俺は樹属性の魔法で種を一気に成長させてみせた。エリオットたちは目を丸くして驚いている。
「これは!?」
「・・・魔法なのね?」
「ティアさんの推察通り魔法です。それも、六属性以外のです」
俺の言葉にアルとリッド以外は更に驚きの表情を深めた。魔法が全く使えないアルとリッドはあまり興味がなさそうだ。魔法使いにとっては結構、重大な話なんだけど、何と言うか似た者同士だなぁと俺は小さく笑った。
「属性は樹。特性としては植物を操ることが出来ます。その力でゴーレムの動きを封じました」
「なるほど。それで、あの部屋につたの塊があったのか」
「・・・ルートが六属性以外を使ったのは分かった。でも、それだけじゃないよね?」と凄味のある笑顔でティアが俺を見てくる。
「アハハ。えっと、エリオットさん。前々から聞いてみたいと思っていたのですが、属性に無属性ってありますか?」
「無属性?いや、聞いたことないな。それは何だい?」
そうか、聞いたことないのか。恐らくだが、誰もそんな使い方をしないからなんだろうなぁ。
「普通、魔法ってマナに魔力を捧げて行使すると思います。じゃあ、魔力をマナに捧げなかった場合は?」
「それは、ただ魔力を垂れ流すだけじゃないかい?」
「そうです。何もしなければただの魔力を放出してしまうだけだと思います。でも、エリオットさんが俺に魔法を教えてくれた時、魔法を使うにはイメージすることだと教えてくれましたよね?」
「確かにそう教えたね。ということはまさか?」
「はい、マナに捧げずに魔力を行使した魔法。それが無属性です」
多分、魔法は魔力をマナに捧げることが大前提であるため、イメージするのは難しい。いや、そもそもそんな使い方はこの世界の常識からすると考えもしないことだろう。だが、俺には出来てしまった。こことは違う世界の知識。昔、読んだ漫画、七つの玉を集めて願い事を叶える話は大好きだったからなぁ。・・・まあ、あれは魔法ではなくて、体に内在するエネルギー「気」という概念だけど。要は、イメージしたもの勝ちだ。
「まあ、俺が勝手に無属性って言ってるだけなので、もしかしたら、別の呼称があるかもしれないですが」
「いや、少なくとも私は聞いたことがない。王都の学園や魔法ギルドでもそんな話は耳にしたこともないよ」
「では、とりあえず、呼び方は無属性で。話を戻しますね。ゴーレムを動けなくした後、俺はゴーレムに近寄ってゼロ距離から、その無属性の魔法攻撃を叩き込みました」
「その効果は?」
「衝撃、強い打撃といったようなものでしょうか。それでゴーレムの胸の辺りを砕いて露出した魔石を取りました」
「それがこれです」とゴーレムから取った魔石を出してテーブルの上に置いた。また、併せて一番奥の部屋から持ち帰ったものをテーブルの上に置いて行った。
「ということで、転移させられた先で手に入れたのはこんなところです」
「話してくれてありがとう。とりあえず、状況は分かったよ。君たちが獲得したものは、私の方からミーアさんに報告と併せて渡しておくよ。下位の魔物の魔石はすぐに換金されるけど、さすがにゴーレムの魔石に、謎の卵、他に持ち帰ったものは魔法ギルドの査定が入るから換金には時間が掛かる。それに隠し部屋の情報や特に生きた転移陣があるのはかなり大きな成果だ。恐らく、国から特別な報酬が出るはずだ。だから、すぐには精算が終わらないから報酬は後日でも問題ないね?」
「俺はそれで構いませんが、リッドさんたちはそれで良いですか?」
他の三人に確認すると後で構わないと頷いてくれた。これで終わったとホッとした時、言うべきことを忘れてることに気が付いてエリオットに声を掛けた。
「あの、エリオットさん。出来れば無属性の魔法の話は隠しておいて頂けませんか?」
「ん?話は聞かせてもらったけどどんな魔法を使ったのかまでは報告するつもりはないよ。前にも話したと思うけど魔法使いとしてはタブーな話だからね。だけど、どうして隠しておいた方が良いと考えたのか聞いても良いかな?」
「もちろんです。結論から言いますと極めて危険だからです」
「危険とは?」
無属性の魔法は視認が出来ない。しかも魔法が当たるまでは無音だ。魔法使いであれば魔力の流れを感知出来るかもしれないがそれでも回避することは困難だと思う。そして、その威力はゴーレムの身体を砕くことが出来る。威力を最大限に発揮するためにゼロ距離で放ったが、遠くからでも十分に威力はある。何なら、威力を出したければその分魔力を上乗せすれば良いだけの話だ。そんなものが人に向かって使ったらどうなるか?どう考えても悪い結果にしかならない。
「俺が、恐れているのは人に使われることです。ゴーレムの身体を砕くことが出来る威力が出せる上に、見えない音もない魔法。どう考えても避けるのも防ぐのも困難なものです。・・・暗殺に向いた魔法だと考えます」
「なるほど、ルート。話してくれてありがとう。危険性は十分に分かった。他の皆も今の話はここだけにしておいて欲しい」
その場にいた皆もその危険性に納得してくれたのか頷いて恭順を示してくれた。俺はその様子を見て再度、これでやっと終わりかと思い大きく背伸びをして、息を吐いて肩の力を抜いた。・・・正直、疲れた。
「よっ、お疲れさん!」とリッドが近づいてきてバシッと俺の肩を叩く。俺も「お疲れ様です、リッドさん」と声を掛けるとリッドが少し考える素振りを見せた後、「・・・なあ、ルート。さん付けはなしでリッドって呼んでくれ」と言ってきた。
「え、でも、リッドさんの方が年上ですし・・・」
「何言ってるんだ。俺たち同じ冒険者見習いで仲間だろ?気にすんなよ!」
リッドがそう言うとそれに追随するようにアンジェとティアも話掛けたきた。
「そうですわね。わたくしも特別にアンジェと呼び捨てにすることを許してさしあげますわ」
「・・・私もティアで良い」
「・・・分かりました。じゃあ、次からはそうさせてもらいます」
三人から呼び捨てで良いと言われて俺は嬉しい気持ちになった。どうやら、三人に仲間として認めてもらえたらしい。トラブルもあって一時はどうなることかと思ったが、終わってみれば満足のいく結果であった。一つ不満があるとすれば、魔物討伐にはほとんど参加させてもらえなかったことだろう。次は、がっつりと俺も参加させてもらいたいものである。