第二百二話 訓練 前編
「ほら、どうした?これで終わりとか考えが甘いぞ?鍛えて欲しいと言ってきたのはお前たちだろう?バルアスク、攻撃が単調になってるぞ、ルングは攻撃の隙が大き過ぎる、オゥレンジは弓の狙いが甘い!それに、仲の良さはどうした?連携が全く取れないぞ!そこ、ルーベット、魔法の精度が低い。放つならもっと明確なイメージを!リュミーは魔力の練りが足りない!それで限界じゃないだろう?」
真夜中の話し合いから夜が明けた次の朝、俺が朝食を食べ終えたところで、稽古をつけて欲しいと志願する者たちがやってきた。まず初めにやってきたのは、レジスタンスの三人組、俺に襲い掛かってきた牛の獣人族のバルアスク、身長は低いが立派な髭が生えているせいで年齢よりも年寄りに見えるドワーフのルング、そして、橙色の髪が果物の様な名前とぴったりなエルフのオゥレンジだ。
この三人は、昨日の話し合いでギラギラとした目をしていた中の内の三人だ。種族も、生まれた場所も、見た目も、性格もバラバラではあるが、三人は義兄弟の契りを交わしているらしい。その話を聞いて俺はすぐに、桃園の誓いかな?と思った。こう言う話は、俺の大好物である。俺としては、いいぞもっとやれ!といった感じだったが、レジスタンスの若者の中で、そこまで仲が良いのはこの三人組だけらしい。
バルアスクたち三人を相手に、模擬戦闘を行っていると次に現れたのは、女性の二人組だ。一人は、緑色の長い髪を後ろ手に一本の三つ編みにしたドライアドのルーベット、もう一人はレジスタンスで、ルビーの様な真っ赤な髪と瞳が特徴の妖精のリュミー。二人も大の仲良しコンビで、魔人族に対抗するための力をつけたいと、俺のところにやってきた。
「こらヒュー。雷属性に頼り過ぎてもいけないぞ!」
稽古をつけて欲しいとやってきた見所のある若き五人を相手に模擬戦闘をしていると、ヒューが俺の様子を見に来た。とても暇そうだったので、俺は手招きをしてヒューも巻き込むことにしたのだが、ヒューはそんな俺を見てなぜか逃げ出そうとした。だが、俺が逃がす訳がない。そういうことで、俺は計六人を相手に食後のいい運動で気持ちのいい汗を流していた。
「ぐっ、はぁ、はぁ。もうダメだ。これ以上は動けねぇ」
しばらくして、バルアスクがその場に崩れる様にして倒れた。息は上がっているもののヒューだけはまだ元気そうだが、残りの四人もバルアスクがバタリと倒れるのを見て、地面に腰をストンと落とした。目がもう動けないと訴えている。その様子を見ながら俺は肩をグルグルと回した。俺としては少し物足りないが、朝の軽い運動として考えれば十分だろう。
「仕方ないな。まぁ、朝だし。とりあえず一旦はこれぐらいにしておくか」
俺の言葉を聞いて、皆が安心するかの様に揃って「はぁ~」と大きなため息を吐いた。そんな反応をされると、光属性の治癒魔法と補助魔法を駆使して、模擬戦闘を続行したくなってしまうが、ここに自らの意思でやってきたことに免じて、一回は許しておこうと思う。
「すげえ、すげえとは思ってたけど、ルートの兄貴はいつもあんな感じなのか?」
「こういう時は大体こんな感じだよ。だから避けようとしたのに」
もぞもぞと動いたバルアスクが、ヒューにひそひそ声で話し掛ける。ヒューもそれに小さな声で答えた。二人とは十メートルほど離れているので、小さな声で話せば俺に聞こえないと思っているのだろうが、音のマナに愛されている俺にとって二人の会話は筒抜けである。ちなみにバルアスクが俺のことを兄貴と呼ぶのは、俺のことを勝手に義兄弟に入れた上に、強いから、という理由だけで長兄扱いになったからだ。
「聞こえてるぞヒュー?」
「ふぇっ!?」
俺が口元に手を添えて声を上げながらヒューに話し掛けると、ヒューの背筋がピンと伸びて、錆び付いたおもちゃの様な鈍い動きで俺の方に顔を向ける。
「い、今のはさすがにルートには聞こえなかったでしょ?」
「残念だったなヒュー。俺は王都で新たに音属性の魔法を扱える様になったからな。ヒューは一体何を避けたかったって言うんだ?」
「はぅ!?本当に聞こえてる」
ヒューは即座に一回りは身体が大きなバルアスクの後ろに隠れるが、さすがに倒れているバルアスクを壁にして、しゃがんだとしても全然隠れてられていない。と言うよりも、隠れる瞬間を俺に見られている時点で、ヒューの行動はほとんど意味がない。
「今のレジスタンスの中でヒューが一番強い、そうだろうバルアスク?」
俺はバルアスクとヒューに近付いて、バルアスクに質問を投げる。バルアスクは身体を起こして地面に座ると、ヒューをちらりと一瞥してから、肩を竦めて見せた。
「あぁ、兄貴の言う通りだ。ヒューがここまで強いなんて知らなかった。ルンとオゥレもそう思うだろ?」
「バル兄の言う通り、ヒューがここまで闘えるなんて知らなかった。レジスタンスの中で一番と言って間違いないかも。そう言う意味では、ルート兄も大概だと思うけど」
「ヒューの閃光の様な速さはとても美しかった。素晴らしいと思うよ。あと、ルート兄上にはもう少し手加減して欲しい、かな?」
「だ、そうだ、ヒュー」
雷のマナに愛されたヒューは、バルアスクたちより頭一つ以上に実力が抜きん出ている。俺の勝手な思いになるが、それをヒューには自覚してもらった上で、頑張って欲しいと思っている。
「私はルートが教えてくれた雷属性の魔法が使えるから・・・」
「だからこそだヒュー。ヒューには重荷かもしれないけど、力を持つ者として、レジスタンスの、同盟の皆を引っ張っていって欲しいんだ」
「うぅ、あんまり自信ないよ?」
ヒューが不安そうな顔をして俺を見上げるので、俺は問題ない、という意味を込めて笑顔を見せながら、ヒューの頭を優しく撫でる。
「ヒューなら大丈夫。ヒューは皆から優しくしてもらっているだろう?」
「うん、すごく優しくしてもらってる」
「それだけ皆から愛されてる証拠だよヒュー。だから、ヒューは皆の希望の光になって欲しい」
「ルートが皆の希望の光じゃないの?」
「俺はどちらかと言えば悪役の方が似合うからな」
俺がそう言い切ると、その場に居る全員が「あぁ、確かに」と言う顔付きになった。自分で言ったことで、自覚していることではあるが、皆にはもう少し隠す努力をして欲しいところだ。
・・・そんな顔をされると期待に応えたくなってしまうんたけどなぁ。フフフ。
皆から悪役と思われているなら、悪役らしくしてやろうか、と黒い笑みを浮かべていた俺だったが、初めから飛ばしすぎて潰してしまう訳にはいかないと思い直す。実力アップは急務ではあるが、死に物狂いで鍛えるには、さすがにまだ早い。もう少し色々な経験を積んでもらい耐えられるだけの基礎が出来てからだろう。
俺が今後の訓練に思いを馳せている内に、ヒューの気持ちが決まった様だ。俯き加減で悩んでいる様子のヒューだったが、クイッと顔を上げた時には目に強い光を宿していた。決意に満ちたとても良い目だ。
「・・・分かったよルート。私やってみる。レジスタンスの皆のために私、頑張るよ」
「ありがとうヒュー。ヒューなら出来る」
レジスタンスの希望の光として決意してくれたヒューに、俺は頭を優しくポンポンと叩く。ヒューがえへへとはにかんでくれる。その叩いた手をヒューの頭から離そうとすると、ヒューはもっとと言わんばかりに俺の手を掴んで、自分の頭の上に俺の手が乗るように誘導した。
・・・とは言え、まだまだ甘えん坊だなヒューは。でも、今ぐらいはいいか。
俺は一頻りヒューの頭を撫でてから、待たせていたバルアスクたちの方に向き直る。
「さてと、さすがにもう皆、息は整ったな?模擬戦闘を見て感じたことを話すからルーベットとリュミーもこっちに集まってくれ」
「分かりましたわ」
「はーい」
木に寄り掛かって休んでいたルーベットとリュミーの二人を呼び寄せてから、俺は皆にアドバイスを始める。
「まずはバルアスク、ルング、オゥレンジの三人だ。三人とも武器で闘うのが主体みたいだが魔法は使わないのか?」
「俺もルンもオゥレも、魔法を使うのが苦手なんだよ」
バルアスクの言葉にルングとオゥレンジが、うんうんと首を縦に振る。魔族でも魔法を使うことに得手不得手があるのは理解出来る。でも、魔法が使えるのと使えないのとでは、強さに大きな差が出てしまう。三人には意識を改めてもらわなければならない。
「三人には悪いが、苦手だからが魔法を使わない理由にはならない。それは甘えだ。人族の中では、今まで魔法を全く使えなかった者でも、繰り返し訓練することで魔法を使える様になった者が居るからな」
「そうよ。ルート兄さんの言う通りだわ」
リュミーがバルアスクたちの目の前にふわりと飛ぶと、腕組みをしながら追い討ちを掛ける。リュミーがなぜ偉そうなのか。そして、なぜ俺のことを兄さん呼びにしているのかは、一先ず置いておくことにする。
「とりあえず、身体の中で魔力を巡らせることぐらいは出来るな?」
「まあ、それぐらいなら」
「出来なくはないかな?」
「そんなことならやってやれるさ」
「よし、それならこれから毎日、自分の任意の場所に魔力を巡らせ、留める練習をする様に。これなら常にどんな場所でも練習が出来るからな。あとは自分たち次第だ」
魔法を使うことに苦手意識がある三人なので、攻撃魔法を使える様になれ、と言っても余り練習に身が入らないだろう。話している感じだと興味も薄そうだ。だから、得物を使う三人にピッタリの魔法を教えておくことにする。
・・・それにしても、三人とも不満そうな顔がよく似てる。さすが義兄弟なだけはあるってことかな?
「ふふ、それに何の意味があるんだ?って顔をしてるな」
「いや、そんなことはねぇけど」
俺の指摘にビクッとしながらバルアスクが答える。俺はその反応に苦笑しながら、道具袋の中から丸太を二本取り出して、バルアスクとルングの目の前に置いた。
「二人の得物は斧。と言うことは、この丸太を割るぐらいのことは簡単に出来るよな?やってみてくれ」
「うん?まあ、兄貴がやれ言うならやるけどよ。俺にとっちゃ、そんなのこと朝飯前なことだぜ?なあ、ルン?」
「僕はバル兄ほどの馬鹿力はないので、簡単ではないんだけど分かったよ」
バルアスクとルングは地面に転がしていた自分たちの斧を手に持って、それぞれの丸太の前に立つと、斧を大きく振りかぶってから、勢いよく振り下ろした。
「ぐっ!?なんだよこれ。めちゃくちゃかってぇ!」
「驚いた。何て硬いだろう。刃先が全然通らなかったよ」
「当然だな。硬くなる様に品種改良した上に、俺が補助魔法を掛けているからな」
「んな!何でそんなことを。って言うか丸太に補助魔法って掛けれるのか!?」
驚きに目を丸くするバルアスク。ヒュー以外の四人も似た様な顔になっているところを見ると、物に魔法を掛けることは一般的ではないらしい。俺としては当たり前の様にしていることなので、これがカルチャーショックというやつだろうか。
「掛けれる。魔法は本当にすごいんだぞ?やろうと思えば何だって出来る。だが、それは使用者の考え方一つ次第だ」
俺はそう言いながらバルアスクとルングを手招きして、近付いた二人の斧を掴む。左手はバルアスク、右手はルングの斧だ。
「バルアスクが愛されてるマナは?」
「土のマナだ」
「ルングは?」
「水のマナだよ」
「分かった。じゃあ、これからやることを肌で感じるんだ」
俺は両手から魔力を流し、バルアスクとルングの手を介しつつ、斧の刃に行き渡らせてその場に留める。もちろん土と水のマナに働き掛けて、だ。バルアスクの両刃斧は黄色の淡い光、ルングの片刃斧は青色の淡い光を纏った。
「兄貴これは?」
「ルート兄は何をしたんです?」
「まあ、疑問は後だ。この状態でもう一度丸太を割ってみてくれ」
バルアスクとルングの二人は、不思議そうな顔をしたまま丸太の前に再び立つと、それぞれ斧を大きく振り下ろす。バルアスクはスパッと丸太を真っ二つに、ルングは半分まで切って見せた。
「すげえ!?何だこれ??」
「さっきと全然感触が違う!!」
「どうだ?これが武器にマナを纏わせる魔法剣だ。効果は見ての通り、攻撃力を引き上げること。相手のマナとの相性が合えば、より威力が増すぞ」
俺はそう説明をしてから、バルアスクの斧を貸してもらう。目をキラキラと輝かせている今が、さらにやる気を引き出すチャンスだ。
・・・バルアスクの身体に見合った大きさだから、素の俺にはちょっと斧が重いな。でも、バルアスクはこれを軽々と振り回していた。つまり、それだけバルアスクの身体的能力が高いってってことだ。やっぱり、回復薬だけじゃなくて、強化薬も作った方がいいだろうな。ただ、錬金釜が手持ちの一つしかないんだよなぁ。
そんなことを考えながら、俺は割れた丸太を治癒魔法で直してから、もう一度、土のマナを斧に纏わせる。さらに火のマナの補助魔法を自分に掛けて、斧を丸太目掛けて大きく振り下ろした。バルアスクと同じ様に丸太を真っ二つにするところまでは一緒だが、割れた丸太に追い討ちを掛ける様にして、地面が円錐状に隆起すると、丸太に突き刺さった。
「魔法剣として威力を上げるだけでなく、こんな感じに追撃をすることも可能だ」
「うお!?何だこれ?すげえ!」
「ふわぁ、カッコいい」
思った通りの反応を見せてくれるバルアスクとルングの二人に、俺が満足しながら頷いていると、おずおずといった感じにオゥレンジが「それは私にも出来るだろうか?」と尋ねてくる。俺は「もちろん」と首を縦に振って見せた。
「と言うか、これはやろうと思えば誰でも出来る。ルーベットとリュミーも何か得物を使う場合があれば出来るからな。攻撃出来る手段は多い方がいい。あと、これなら攻撃魔法を使うのが苦手でもまだ出来そうな気がするだろ?やってることは単純、武器の刃にマナを纏わせるだけだからな。追撃はちょっと練習は必要になるだろうが、やろうと思えば出来る」
「確かに、それぐらいなら私でも華麗に出来そう、かな?」
・・・まだちょっと声が上擦っているけど、本人がやる気になったのならいいことだ。ただ、勝手なイメージだけどエルフって魔法を使うのが上手いイメージがあるんだけどなぁ。
「ちなみにオゥレンジはどのマナに愛されてるんだ?」
「私?私は風ですよルート兄上」
「風、か。なら、オゥレンジは、追撃を考えるよりも、風属性の魔法を使った誘導を覚えた方がいいな。単純に命中率を上げることが出来るし、こんなことも出来る様になる」
俺は手に持っていた斧をバルアスクに返して、オゥレンジの弓矢を借りる。攻撃魔法が使えるため、弓はそれほど練習をしたことがない。どちらかと言えば不得意な武器だが、興味本位で練習したことはある。俺は「ルングが割ろうとした丸太を狙うからな」と宣言して、矢に魔法剣を掛けてから、丸太とは明後日の方向を向いて矢を放つ。
当たり前だが、俺の放った矢は丸太から離れる様に飛んでいく。しかし、真っ直ぐに飛んでいた矢は、途中で綺麗にUターンすると丸太にストッと突き刺さった。普通に考えたら、ありえない軌道を描いて矢が丸太に命中したことに、オゥレンジを筆頭にどよめきが起こる。そんな中で、ルーベットが冷静に分析をしていた。
「ルート兄様は風のマナで、気流を操ったのですわね?」
「正解だルーベット。よく気が付いたな」
「ふふ、ルート兄様に褒められましたわ」
頬に手を当てて喜ぶルーベットを見ながら、俺は頬をポリポリと掻いた。
・・・あぁ、うん。ルーベットは兄様呼びなのね。確か初めの自己紹介で、ヒュー以外はみんな同年代ぐらいって聞いたはずなんだけど。まあ、いいか。手の掛かる弟妹が出来たと思えば。
「ルーベットが言った通り、今のは風属性の魔法で矢の軌道を操作した自動追尾型の攻撃だ」
攻撃魔法を使える俺にとっては、そもそも矢を射る必要がないのだが、そんなことをここで語る必要はない。大切なのは、自分にも出来そうだ、とやる気を引き出すことである。
「当然、ここまで操作するには、魔法の練習がたくさん必要だが、自分には当たらないと思っていた矢が必中だったとしたら、カッコいいと思わないか?」
「私の放った矢が華麗に相手に射抜く。なるほど、それは確かに私向きだよルート兄上」
「よし!そのためにも、まずは魔力制御をたくさん練習しような」
「分かりましたルート兄上!」
「おう、俺だってやってやるぜ!」
「僕も負けれられない!」
バルアスクたち三人の返事に俺は満足しながら頷いて見せた。