第百九十三話 レジスタンス
エルグステアまでの道のりの長さを知って、俺は思わず絶句してしまう。すぐにでも家族に会いたい、という願いがすぐには叶わないこと知って、俺は頭がクラリとして後ろ手に倒れそうになる。でも、ここで倒れたところで、何も解決することはない。ゲームの様に、倒れたら元の場所に飛ばされるみたいな感じに都合が良かったら、俺はこんな森で迷ってはいないのだ。俺はグッと腹に力を入れて後ろに倒れない様に留まった。
・・・受けたショックは小さくないけど、一生精霊の道に囚われていたかもしれないことを考えたら、三ヶ月なんて短いものじゃないか。
状況は想像していたよりも大変だが、俺がやるべきことは初めから何も変わらない。エルグステアに帰るのに三ヶ月掛かるというのであれば、三ヶ月掛けて帰るだけだ。俺に立ち止まるという選択肢はないし、こんなことで心折れている場合でもない。
俺は一度きつく目を瞑って、そう自分を鼓舞してから立ち上がる。「教えてくれてありがとうヒュー。だけど俺はそれても帰るよ」と空を見上げた。太陽の光を奪い合うかの様に折り重なった枝と葉っぱのせいで、空の青さはほとんど見えない。でも、その先に俺が進むべき道が待っているというのなら、どんな障害が目の前にあろうと俺は突き進むだけだ。
俺は補助魔法をかけ直して、空に向かって一気にジャンプ出来る様にググッと身体に力を入れる。いざ飛び上がろうとすると、ヒューが「待って」と言いながら腰を上げて、俺の左腕を掴んで引っ張る。思いの外も強い力でヒューに引っ張られたことに、俺は顔を下げてヒューを見下ろす。
「どうしたヒュー?」
「ルートがリリたちのことが心配で、今すぐにでも会いたい気持ちは痛いほど分かるよ。だって、私も同じ様な経験をしたことがあるから・・・。けど、せめて少し休憩をした方が良いよルート。だって、ルートは自覚がないのかも知れないけど、すごく顔色が悪いよ?」
ヒューにとても心配そうに言われて、俺は右手で自分の顔をペタペタと触る。特に疲労感があったり、倦怠感があったりと、自分の体調が悪いという自覚が俺には全くない。それに絶好調とまでは言わないが、むしろいつもよりも身体が軽い様な気がする。
・・・体調が悪い?
俺は視線を手元に落として、何気なく手をグー、パー、グー、パーさせる。やはり何も問題はなさそうだ。俺は改めてヒューに「そんなに?」と尋ねた。ヒューは「うん、そんなに!」と強めの口調と共に、俺の左腕を持つ力も強めた。ヒューがそこまで口にしなければならない程、俺の顔色は本当に良くないのだろう。
・・・ヒューがこんなにも心配してくれている。それに嘘偽りはない。となると、本当に俺の顔色は悪いんだな。
先を急いでいた俺は少し冷静になって、自分のこれまでの行動を顧みる。精霊の道で魔力枯渇に陥って、俺は昏睡状態に陥った。その寝起きから、ほぼ休むことなく全力ダッシュをしてここまでやってきた。しかも、まだまだ十分には回復していない魔力を、回復するその端から補助魔法につぎ込みながらだ。どう考えても身体に良い訳がない。
・・・それで、これからやることといったら、魔法障壁を展開しつつのエルグステアまでのマラソン大会か。・・・あー、うん、なるほど。どう考えても病み上がりの人間がすることじゃないよなぁ。
俺はこめかみに手を当てながらその先のことも考える。俺がエルグステアに帰るには、敵地の中を通り抜ける必要がある。なるべく相手に気付かれることなく隠密行動をするつもりだが、相手は魔力に一番長けた魔人族となる。一筋縄ではいかないだろう。
ひとたび見つかれば、魔人族や魔人族に与する魔族との戦闘も起こり得る話だ。その時に、体調が悪いので見逃してください、と言って見逃してくれる訳もないし、体調不良が原因で殺されてしまったら目も当てられない。気持ちが急くことはやめられないが、ヒューの言うことは最もである。
・・・一度しっかりと休憩した方が良さそうだな。
「ヒューがここまで強く引き留めるぐらいだから、よっぽど悪いんだな。分かった。ちょっと休憩することにするよ」
「うんうん。その方がいいよルート」
俺が休憩することを決めると、ヒューがはにかんで自分のことの様に喜んでくれる。どうやら、かなり心配を掛けてしまっていた様だ。俺は心配してくれたヒューに、お礼の意味を込めて頭を撫でておくことにした。
右手をヒューの頭に伸ばして頭を撫で始めるとヒューは目を細めて、懐かしいと言わんばかりの表情を見せてくれる。そんなヒューを見て、俺の口端が自然と上がる。
・・・妹分に思っていたヒューが、無事で居てくれたことが何よりだな。
少ししてヒューの頭を撫でるのをやめるとヒューに「もっと」とせがまれたので、俺はヒューが満足いくまで頭を撫でることにした。幼女から少女になってはいても、ヒューはまだまだ甘えたい盛りということなのだろう。しばらくの間、頭を撫で続けているとヒューが満足げに「むふー」と鼻を鳴らす。どうやら、満足してくれた様だ。俺はヒューの様子に小さく笑ってから、ヒューに一つ質問した。
「ところでヒュー。森の中で休憩するのはやっぱり危険なんだよな?」
「うん、危険だよ。動けなくなった者や、隙のある者に森が使役するスライムが襲い掛かるから」
・・・スライム、だと!?この世界にも実在したのか。
ファンタジーの魔物の代表格とも言えるスライムだが、学園の授業では習わなかったし、図書室の文献にも一切、記述されたものはなかった。多種多様な魔獣や魔物が居た学園の地下遺跡でも、その姿はなかったので、この世界にスライムという魔物は存在しないものだと思っていたが違うらしい。
「スライムか。それはどんな感じだ?こう丸くて青くてぷよぷよしてるのか?」
俺は期待に胸を膨らませながら、空いている左手でスライムの丸い形をジェスチャーしながらヒューに尋ねる。だが、俺の楽しげな様子とは打って変わって、ヒューは不満そうな顔になると、その顔を俺に近付けてしながら「ルート、手が止まってるよ」と怒られてしまった。
・・・まだ、足りてなかったのか。
スライムの話に興奮して、頭を撫でる右手が疎かになったせいでヒューに怒られてしまった。ヒューは俺の左手を手に取ると、左手も自分の頭に置いた。しっかり撫でろということらしい。昔と比べて、ちょっと強引になった様な気がするのは気のせいだろうか。
・・・いや、それどころか俺が知るこの世界の女性は、全般的に強者の様な・・・。勝てる気がしないと思えるところが何とも。
「あ、はい、すみません。・・・えっと、それでどうなんだ?ヒューはスライムを見たことあるか?」
「ルートがどうしてスライムにご執心なのか分かんないけど、気持ちのいいものじゃないよ?」
ヒューの説明によると、森が使役するというスライムは身動きしなくなった、出来なくなった人や動物、魔獣や魔物に無差別に襲い掛かる。そのネバネバとした粘着質な身体に取り込み、取り込んだ者をドロドロに溶かして、地面へと染み込むのだそうだ。そうして、森がスライムの溶かした相手の魔力と養分を吸収しているらしい。思ったよりもえげつない話に、俺はちょっとドン引きだ。
・・・可愛さの欠片もないな。残念、僕は悪いスライムじゃないよ系ではなかったか。
「そうか、可愛くはないんだな」
「スライムに可愛い、可愛くない何て話をする人、今までに見たことないよ?」
「ん?そうか?」
・・・ちょっとヒューに呆れられてしまったかな?でも、好奇心を抑えられなかったので仕方ない。
小首を傾げるヒューを見て、俺は少し話を逸らすために、道具袋から結界の魔術具を取り出して空中に投げた。ルミールの町でも使ったドーム型の結界を張る魔術具だ。魔術具が空中に留まって結界が展開する様子を、ヒューが目を丸くしながら眺める。
「ヒュー、結界を張ればスライムの溶かす攻撃を防げるかな?」
「え?あぁ、ううん、これじゃあ駄目だよ」
目だけでなく口もぽっかりと開いていたヒューに話し掛けると、ヒューはハッとしてから首を左右に振ってから地面を指差した。
「スライムは地面から染み出る様にして現れるから、結界で壁を作っても意味がないよ」
「そうか、地面からか。水属性かと思ったけど、土属性も兼ね備えてるってことかな?属性間の性質を考えると、スライムはかなり特殊な魔物と言っていいか?いや、そもそも、魔物と言っていいのか?うーん、森に使役されてるというのなら、森の眷属になっていると考えるのが自然だが・・・」
仲良く出来そうにはないスライムだが、未知な魔物の存在には興味がある。俺が一人でブツブツと言ってスライムのことを考察していると、ヒューが「ルートが何を言ってるか全然分かんないよ」と項垂れた。ヒューはスライムに全く興味がないらしい。仕方がないので、俺はスライムの考察を一旦やめて、ジャンプをして結界の魔術具を回収した。
「まあ、何にせよ、スライムは地面から現れるというのであれば、結界の展開する範囲に地面も入れればいいだけの話か。ちょっと弄れば何とかなるかな?」
「ねぇ、ルート。この場で休憩するぐらいなら、私たちのところにおいでよ」
「ヒュー。それはさすがにまずいんじゃないか?私たちのところって、つまりはレジスタンスのアジトのことだろう?部外者においそれと教えていい場所じゃない」
ヒューの誘いは嬉しいが、俺がレジスタンスのアジトで受け入れてもらえるとは思えない。なぜなら、レジスタンスのアジトに居る魔族は、魔人族の手から逃げ延びてきた者たちばかりという話だ。俺にその気はなくても、レジスタンスの魔族から見たら、俺は敵の一員に見えることだろう。
・・・特に魔人族の象徴であるこの黒髪は、相手を刺激するだろうしな。
「ルートは部外者じゃないよ。私の命の恩人だよ」
「ヒューはそうであったとしても、他の人からしたら赤の他人だろう?それにこの黒髪が示す通り、俺には半分魔人族の血が流れている。それを快く思わない人の方が多いに違いない、だろう?」
ヒューたちのことを考えての発言だったが、ヒューはぷくっと頬を膨らませて不満顔になってしまった。昔と比べて確かに身体が大きくなっているが、こういうところはまだまだ子供っぽい。ヒューの変わっていないところを見つけて、俺が妙な安心を感じていると、ヒューか突然、羽を大きく羽ばたかせて、ふわりと飛び上がった。
俺の言うことを分かってくれて、ヒューが帰る気になったのかと思いきや、ヒューは俺の真上から獲物を狙うかの様に急降下してくると、足の鉤爪で俺の肩をガッシリと掴んで俺ごと空へと飛び上がる。俺は俺よりも一回りは確実に身体が小さいヒューに、軽々と持ち上げられてしまった。ちょっと驚きだ。
・・・うーむ、鳥人族としての特性だろうか?狙った獲物は逃さない、みたいな?っと、いけない。感心している場合じゃないな。
「ヒュー、自分が何をしようとしているのか分かっているのか?」
「大丈夫、大丈夫。ルートはちょっと心配し過ぎなんだよ」
「はぁ、何が大丈夫なんだか」
本当に何の根拠があって大丈夫なのかが分からないヒューの返事には、不安しかない。一つはっきりしていることは、ヒューが俺のことを放してくれる気が全くないことだ。無理矢理引っ剥がすことも出来なくはないが、ヒューに手荒な真似はしたくない。
・・・何にしても、ここは大人しくヒューのお言葉に甘えるしかないか。
俺は、そう言えば異国の地でも似た様な空の旅をしたな、と思い返しながら、思考を放棄することにした。
ぼんやりとどこまでも続く森の風景を眺めている内に、ヒューが高度を下げ始めた。見た目に変化がない様に見えたが、慣れているヒューには違いが分かるらしい。もう間もなく、レジスタンスのアジトにたどり着くのだそうだ。
相変わらず、索敵魔法の反応がでたらめなことになっているので、レジスタンスのアジトに居るであろう魔族の反応がよく分からない。ヒューが生い茂る木々の合間から地面近くまで高度を落とすと、俺を放して自身も地面に降り立った。そこは、上から見ていた風景とは全く違い、随分と背の高い木々が生い茂る場所で、目の前には空からでは見えなかった木造の門と塀がある。門の両脇には見張り台があり、門の前には門番が二人立っているのが見えた。
・・・上から見た感じと全然違うとか、幻術か何かの類いだろうか?森がそうしているのか、はたまたレジスタンスの誰かがそうしているのか。ちょっと興味があるな。それにしても、ヒューは何を見て判断したんだろう?
俺が考え事をしていると、門番の一人、見た目がミノタウロスっぽく立派な黒光りする角を生やし、牛の顔をした獣人族がヒューが帰ってきたことに気が付き、片手を上げて「おう、ヒューじゃないか」と親しげに話し掛けながら近付いてくる。だが、俺と目が合った瞬間にその手に持った両刃斧を俺に向けて振りかざすと「おのれ魔人族!ヒューを脅してこの場所知るとは何て奴だ!この卑怯者め!!」と烈火のごとく怒りだした。濡れ衣もいいところだが、俺としたら案の定の反応である。
そして、牛顔の獣人族の怒りの声にもう一人の門番、こちらは人にウサギの耳を生やしたバニーガールっぽい男性の獣人族で、口に指を咥えると口笛を高らかに鳴らした。すると、門の中から次から次へと多種多様な魔族がわらわらと出てきて俺とヒューを取り囲む。
・・・ほら、言わんこっちゃない。休憩するためにここに来たのにとても休憩していられる雰囲気じゃなくなったぞ?・・・それにしても何だろう。何かが変というか、この妙な違和感は一体・・・。
蜂の巣をつついた様な騒ぎとは、まさにこんな状況のことを言うのだろう。俺はグルリと周りを取り囲む魔族から突き刺さる様な視線を受けることになった。誰も彼もが殺気立っていて、今にも襲い掛かって来そうだ。ただ、そんな殺伐とした状況にあって、俺は何か違和感を感じた。たが、それが何かは分からない。
違和感の正体が少し気になるところではあったが、とりあえず、俺はやっぱり問題あったじゃないか、という意味を込めて、じっとりとした視線をヒューに送る。ヒューは「あれー?」といった感じに気まずそうに視線を逸らしてから、俺の視線から逃れる様にそそくさと一歩前に出る。
「待って待って皆!この人は悪い人じゃないよ!私の命の恩人なんだよ!」
「そう言えって言われたんだな?安心しろヒュー!俺たちが必ず助けてやるからな。たった一人で俺たちのアジトにのこのことやって来たことを後悔させてやる!」
ヒューは説得を試みるが、興奮状態にある牛顔の獣人族は聞く耳を持たない。しかも、その声に他の魔族たちも同調する声を上げた。一方的な罵詈雑言を浴びせられるが、全てはヒューのことを助けたい一心から出てくる言葉であり、行動であることが全員からひしひしと伝わってくる。そのせいか、ひどい言葉を浴びせられても、俺は腹が立つことはなかった。
・・・皆から愛されてるんだなヒュー。皆のアイドル的存在みたいな感じかな?結構、人懐っこいところがあるもんな。
俺がヒューの人気の高さにうんうんと納得していると、隙があると思ったらしい牛顔の獣人族が、両刃斧を大きく振りかぶりながら「隙あり!」と大声で叫んで飛び掛かってきた。見るからに逞しい身体をしている割には、戦闘経験がほとんどないらしい。隙があると思ったのなら、黙って攻撃するべきだ。
・・・正直者?いや、何も考えていなさそうか?
俺はそんなことを思いながら、バックステップを踏んで後ろに避けた。空振りした両刃斧はそのまま地面を叩き付けると、ゴッと鈍い音と共に地面が大きく抉れて土塊が辺りに飛び散った。攻撃するまでの過程はどうであれ、攻撃力は中々のものだ。
・・・何もしなければ、真っ二つになるだろうな。それにしても、俺のことを取り囲んでおいておきながら、なぜ全員で攻撃を仕掛けて来ないんだろう?攻撃を避けるために、宙に浮いた瞬間こそ、隙があると思うんだが?まあ、攻撃されたところで当然防ぐけどさ。
疑問しか出てこない状況ではあるが、今は目の前に居る鼻息の荒い獣人族をどうにかするのが先だろう。まずは俺に敵意がないことをアピールしておくことにした。
「いきなり攻撃するなんて危ないじゃないかミノさん。俺はあなたたちと争うつもりは全くない」
「アアン?誰がミノさんだ!?俺の名はバルアスクだ!それに、魔人族のそんな言葉を信用出来るものか!騙されないぞこの卑怯者め!」
取り付く島もないといった感じのバルアスク。周りを取り囲む魔族からも「そうだ!そうだ!」「騙されないわ!」と言った声が上がる。魔人族との間にある確執は、かなり深いものがありそうだ、と俺は小さく息を吐いた。
・・・さて、魔人族のせいで言いたい様に言われて、さすがにちょっとイライラしてきたぞ?
「では、バルアスク。人が考え事をしているところに攻撃するのは、卑怯者ではないのか?」
バルアスクこそ卑怯者ではないか、と俺は反撃をする。俺からそんなことを言われるとは思っていなかったのか、いきなりそんな質問をされて驚いているのか、バルアスクは目を白黒とさせる。バルアスクは厳つい見た目通りに攻撃的な性格をしているかと思いきや、やっぱり素直というか、馬鹿正直な性格なのかもしれない。
「そっ、れは、その。そのだな。あれだ。ヒューを人質に取ったお前が悪い。そう人質を取ったお前に卑怯者呼ばわりされる覚えはない!」
「ヒューを人質に、と声高に言うが、そのヒューは今、バルアスクの後ろに居ると思うのだが?」
「何?」
バルアスクは眉間に皺を寄せながら後ろに振り返る。そこには、ぷくっと頬を膨らませているヒューの姿があった。ヒューは、バルアスクと目が合うと「何てことするのバル!」と言って、バルアスクことを両手でポカポカと叩き始めた。
「いて、いてて。何するんだよヒュー!」
「バルが悪いからだよ。私の命の恩人にいきなり酷いことをして!どういうつもりなの!」
「命の恩人だぁ?いてて。だが、あいつは魔人族だぞ?」
「バルだって知ってるでしょう!魔人族の中には私たちにも優しくしてくれる人が居ることを!ルートを酷い魔人族と一緒にしないで!!」
バルアスクはヒューに詰め寄られて困惑気味になる。俺を取り囲んでいる魔族たちも、バルアスクを一方的に叩きながら、俺のことを弁護しているヒューの姿を目の当たりにし、怒りの感情が薄れて戸惑い始めたのが見て取れる。今ならきちんと話が出来そうだ。
「改めて言うが、俺にあなたたちと争う意思はない」
「そうだよ。体調が悪いから休ませてあげようと思ってここに連れてきたんだから!」
ヒューが腰に手を当てながらその場に居る皆に言い聞かせる様にそう言うと、ガヤガヤとうるさかったのが、シーンと静かになった。皆顔を見合わせてとても気まずいそうだ。そんな中、バルアスクが頭をガシガシと掻いてから、俺に向き直った。
「あー、その。悪かったな。いきなり襲い掛かったりして」
「分かってもらえたのであれば、それで構わない。ところで一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
「うん?何だよ?」
「俺を侵入者と思ってバルアスクが襲い掛かってきたのは分かる。ただ、どうしてバルアスク一人だけで襲い掛かってきたんだ?なぜ、こんなに人数が居るのに全員で襲い掛かってこない?」
俺の質問にバルアスクは「はん」と鼻息を鳴らすと胸を張って「一人を相手するのに、寄って集って闘うなんて卑怯者のすることだ。そんなのことも分からないとは、やはり魔人族だな」と答えた。ついでに周りの魔族もバルアスクと同じ意見の様で「これだから魔人族は」みたいな感じに鼻で笑われてしまった。俺はバルアスクや周りの反応を見て、頭が痛くなると共に、さっきよりもイライラがいや増した。
・・・一対一の決闘スタイルは俺も嫌いじゃないが、時と場合によるだろうに。俺が本当の侵入者だったとしたら、何が何でも、どんな手を使ってでも排除すべき展開のはずだ。考えが甘いというか、青臭いというか。よくそれでレジスタンスとして生き残れたもんだな。
「ヒュー、侵入者に対する対応はこれが普通なのか?」
「えーと、あー、うん。皆はそう、思ってるみたい・・・」
俺の声色が下がったことに気が付いたヒューは、言葉を探すかの様に視線をさ迷わせてから、小さな声で答えた。どうやら、ここに居るのは、かなり甘い考えを持っている奴ばかりらしい。俺がヒューの答えに呆れているとバルアスクが「おい!お前!訳の分からないことを聞いてヒューを困らせるな!」と怒り出す。
「訳の分からないことじゃない。これは決闘とは違うだろうに。数が揃っているなら全力で・・・」
「うるさい!お前みたいなひょろい奴、俺一人で十分だ!」
バルアスクは自信満々に自分一人で俺を倒せると宣言した。その不遜な態度に俺は既視感を感じて仕方がない。どこかで似た様な態度の奴らと俺は接したことがあるのだ。それはどこだったろうか。
・・・あぁ、分かった。エルグステア学園の魔法使いコースに入学した一年生に似ているんだ。
その考えに至ったところで、俺は取り囲まれた時の違和感の正体に気が付いた。レジスタンスのアジトから出てきた奴らは、多種多様の種族の男性、女性が入り交じっているが、全員が少年、少女と言える年代だということだ。種族によっては、年齢が分かりにくい者も居るが、俺の知る大人の態度とは明らかに違う。それにこの場に居る全員が持っている青臭い考えは、人生経験がまだまだ浅いと言っていいだろう。
なぜ魔人族が攻めてきたと分かって、それを迎撃するためにレジスタンスのアジトから出てきたのが少年少女だけなのか。大人がどうして出てこないのか。どうやら、レジスタンスは大きな問題を抱えているらしい。
・・・状況は何となく理解した。となれば、その甘い考えにきっついお灸を据える必要があるな。
俺は道具袋に手を伸ばし、魔力の回復薬をグビッと呷る。なぜか前と比べて妙に魔力の回復を感じることが出来なかったので、俺は続けてもう一本呷ってから、ふっと息を吐いた。
「えっと、えっと。ルート、その、ほどほどに、ね?」
俺が何をするのか悟ったヒューは、羽を広げてふわりと飛び上がる。俺はヒューに無言のにっこり笑顔で答えて見せた。
人の「大丈夫」という言葉ほど全然「大丈夫じゃない」説。




