第百八十一話 殲滅戦 前編
遅くなりました。
時期的に仕方ないけどやばい。忙しい・・・
ウィスピの力を借りた俺はものすごいスピードでメルギアの森を後にする。俺は雲一つない青い空に向かって滑る様に上昇をしながら、腕を組んでうんうんと頷く。ウィスピの協力には大満足だ。
・・・俺の望んだ通りだけど、さすがウィスピさんはマジ容赦ない。
ウィスピにやってもらったことは至極簡単なことである。ウィスピのつたにグルグル巻きにされた俺は、そのままブンブンと勢いよく縦回転で振り回される。そこでしっかりと勢いを稼いだところで、つたを外して空へぶっ飛ばしてもらったという訳だ。さながら人間砲弾と言ったところだろう。
つたに振り回されている時点で、風圧で首がもげてしまいそうな勢いがついていた。風のマナに働き掛けて空気の流れを操っていなければ、間違いなく風圧で首がポッキリと折れて死んでしまっていたことだろう。力加減などを全く度外視したウィスピの容赦なさは、相手が悪友である俺だからこそと言える。
・・・これに文句など言ったら、これぐらい耐えて当たり前かしら?って言われそうだぁ。ククッ。あ、しまった。メルアとメルクが面白がって真似をしたがっても危ないから駄目だと言うのをすっかり忘れてた。
小さな子は大人がやっていることを真似したがるものだと、俺は不意に心配になる。だが、ウィスピが俺以外に危険なことを進んでやるとは思えないし、何よりウィスピは二人のことを目一杯に可愛がってくれているので、すぐに心配をするのをやめた。その分、俺はメルアとメルクのぷにぷにとした頬っぺたの触り心地を思い出す。
・・・あぁ、いつまでの突いていたくなる柔らかさだったなぁ。はぁ、出来れば思う存分遊んであげたかった。というか、俺がメルアとメルクの二人と遊びたかった。・・・そうだ。これは真似させられないけど、クルクル回る空中ブランコならどうだろう?喜んでもらえるんじゃないだろうか?
俺が抱き上げてクルクルと回るだけでも二人はとても喜んでくれた。ウィスピに協力してもらったら、即席で、かつ、安全な空中ブランコを準備してあげることが出来るだろう。会えなかった時間の分だけ余計に、メルアとメルクのことが尊すぎて仕方がない俺は、二人の喜んでくれる顔をもっと見たい。
そんなことを考えている内に、メルギアの森を完全に抜けてフラウガーデンへと続く街道がある平原へと俺は出た。目下のフラウガーデンに続く街道には、地面を覆い隠してしまうぐらいのおびただしい数の魔獣がフラウガーデンへ向かって行軍しているのが見える。一つ一つ数を数えるのも馬鹿らしく思えるほどの数だ。一体どこから、これだけの数を集めたのだろうかと、俺は思わず感心してしまう。
・・・しかし、数もすごいけど、よくもまあこれだけの多種の魔獣を統率出来ているな。これだけの種類がいたら魔獣同士で魔力を求め合って、食い殺し合ってもおかしくないのに。
魔物や魔獣は、自主族の繁栄だけを望みとする生き物である。だから、基本的に自分たちと違う種族は総じて敵であり餌である。それなのに、目下の魔獣たちには一切そういう素振りがない。ただただ真っ直ぐにフラウガーデンに向けて侵攻している。魔人族には何か魔獣を従える方法や秘術みたいなものがあるのかもしれない。
・・・そう言えば、何かの書物に魔獣使いの話が書いてあったのを読んだことがあったっけ?RPGのジョブっぽいと思った記憶があるな。つまり、魔人族は魔獣使いでもあったってことか?
俺は学園の図書室で読んだ書物を思い出す。ただ、記載はあったが、どうやって魔獣を従えるのか、という肝心なことは載っていなかった。それでも、原理なら多分分かる。メルギアから聞いたことがある魔力で相手を縛って眷属にしてしまうというやつだ。
魔族の中で最も魔力に秀でた魔人族にはぴったりな方法と言えるだろう。恐らくはこの原理を利用して、自分たちの魔力に物を言わせて、魔獣を従えているのではないだろうかと思う。
そんなことを考察しながら、俺は索敵魔法で点々と感じ取れる大きな魔力を数える。魔力の大きさがルミールの町を襲った魔人族の男と同等ぐらいはあることから考えると、恐らくは全員が魔人族になるだろう。
・・・驚いたな。あれだけの魔獣が居て、魔人族の反応が十一しかないとは。少数精鋭ということか?それとも、魔獣が居る分、人手を割いてないだけか?・・・たった十一人だけって考えると完全に舐められてる訳だが、こっちとしたらその方が都合がいい。確実にかつ安全に事を済ませたいからな。
俺は黒い感情がじわりじわりと再び沸き起こるのを感じながら、グッと手を握り締める。アレックスにリーゼ、リリやウィスピと再会しただけでなく、念願のメルアとメルクに会うことが出来た。短い時間ではあったが、とても心が安らぎ、満たされる時間を過ごすことを俺は出来たと言える。
だが、それで魔人族たちがやったことへの恨みが消える訳ではない。俺の家族を危険に晒したこと、故郷の町が破壊されたこと、そしてその脅威は今現在も完全に取り払われていないことへの憤りを抑えることは難しい。魔人族にどれだけの大義名分があるのかは知らないが、あいつ等は俺の逆鱗に触れてしまったのだ。
・・・この中に俺の実家を破壊した魔獣も居るはず。生きて返す道理はないな。
黒い黒い感情をたぎらせている内にフラウガーデンか見えてきた。目を凝らすと町の外壁前には、ずらりと大勢の人が並んでおり、各々が手に武器らしきものを持っているのが見える。当然、人と言っても人族の姿は少なく、その大半が魔族である。
人間寄りな姿をした者も居れば、獣や爬虫類、昆虫寄りな姿を者も居る。ヒューをフラウガーデンに送り届けた時、一度だけ町中を見た時にも思ったがここは本当にファンタジーをギュギュッと詰め込んだ様な場所である。
・・・出来ればお近付きなりたいけど難しいだろなぁ。これからやることを考えたら余計に無理だろうな・・・。はぁ、今は、本格的な侵略が始まってなかったことを喜んでおくか。
足の速い一部の魔獣は、すでにフラウガーデンに到達した様で、町の出入口に陣を張った魔族たちの足元に戦闘痕が残っているが確認出来たが、まだ本格的な戦闘にはなっていない。フラウガーデンの魔族たちは迫りくる魔獣の波を待ち構えているといった状況だ。
正直なところ、乱戦状態になっていたら、魔獣と魔人族だけを排除するのが大変だと思っていたが、これならば向かってくるのを待ち受けるだけで済む。迫り来る相手に対して攻撃をするだけなので断然に楽である。
・・・降り立つのは丁度、真ん中ぐらいでいいか。あまり町に近すぎても後ろから攻撃されかねないし。
俺は自分が降り立つ場所を見定めて、例の如く魔法障壁を出して角度を変えた。空をぶっ飛ぶスピードは維持をしたまま、迫り来る魔獣の波とフラウガーデンの陣営との間に、俺はズドンッという轟音と共に降り立った。
もうもうと砂埃が上がり街道に小さなクレーターが出来てしまったが、どうせ後で大規模に壊すし直すので問題ない。俺は軽く手を振って風のマナに働きかけて魔法で風を起こし、砂埃を霧散させてから魔獣が迫りくる方向に向き直った。
俺は道具袋から魔法強化用の杖を取り出し、火のマナに働き掛けながら魔力を放出する。一筋の線をなぞる様に地面と水平に杖を振るう。その杖の動きに合わせて、俺と魔獣の間を隔てる様に横一直線に炎の壁が立ち上っていく。
炎の壁は五、六メートルの高さはある。これは、攻撃のためでも防御のためでもない。ちょっとした挨拶代わりである。炎の壁は数秒で消えると、地面を赤黒く焦がして一本の線を描き出した。
「フラウガーデンに侵攻する魔人族に告げる!」
大きく息を吸った俺は、音のマナに働き掛けて声量を上げた大音声で魔人族たちに話し掛ける。
「ルミールの町を襲わせていた魔獣及び魔人族の男はすでに俺が排除した。お前たちも同じ目に遭いたくなければ、即刻魔族領へと帰れ。今すぐに帰るなら見逃してやろう。だが、このまま魔獣が侵攻し、今見せた炎の壁の内側に足を少しでも踏み入れたら、その意思はないものと見なして攻撃する!」
言いたいことを言い終えた俺が黙ると辺りが静寂に包まれた。俺の呼び掛けに魔人族たちは何の反応も見せることはない。索敵魔法で感じ取れるのは、何馬鹿なことを言ってるんだと嘲笑でもしていそうな侮蔑の感情だ。その間にも魔獣の大群がじりじりと確実にこちらに向かって迫ってきていた。想定通りの状況に、俺は「フッ」と鼻を鳴らす。
・・・まあ、そんなことを言われて退く様な可愛げがあるやつらじゃないよな。知ってた知ってた。
誤解なき様に言えば、俺は侵攻する魔人族に慈悲を与えるために話し掛けた訳でない。今のは後方に控えるフラウガーデンの魔族に向けたパフォーマンス。魔人族の証とも言える黒髪を持つ俺が、敵ではないことアピールするためのものである。
とはいえ、今ので本当に魔人族が尻尾を巻いて逃げるのなら、そのまま見逃してもいいとも考えていた。逃げる者をいたぶって楽しむ趣味は俺にはないのだ。但し、ルミールの町を襲っていた魔人族の男を見ていれば、それは絶対にあり得ないということは分かっていた。
結局、俺の忠告に対する反応は何もなく、魔獣の大群は足を止めることなく炎の壁で描いた線を踏み越えて来た。
「さてと、それじゃあ、終わらせますか。果たしてどれだけのことをすると制裁の対象となってしまうのか・・・。あ、今度は間違っても魔石が回収出来ない様な事態だけは、気を付けないとな」
壊滅的なダメージを受けたルミールの町は、再建するにしても、移転させるにしても、莫大なお金が掛かることは間違いない。そのお金の少しでも足しになる様に、慰謝料として魔獣には犠牲になってもらう。災害級の魔石は、日常的に使う魔術具には不向きだが、需要が全くない訳ではない。こういう事態が起こった以上、結界などの防備面で大掛かりな魔術具を作るのに重宝するはすである。
俺は魔力を練り上げて、火と土のマナに働き掛けながら杖の末端を地面に突き立てる。突き立てた杖を起点に、魔獣たちの足元に向かって地面が真っ赤に融解していく。踏み締めていた地面が突然マグマへと変貌し、熱さから逃れるために魔獣たちが暴れ回り始めた。
だが、逃げ惑うにはすでに遅い。瞬く間に地面は広範囲にわたってマグマ化しており、もはや逃げ道などどこにもない。それでも、魔獣の中には頭良いというかずる賢いやつがいる。マグマにはまって身動きが取れなくなった魔獣の身体を踏み台にして、熱さから逃れ様とし始めたのだ。
一時的に難を逃れた魔獣は、放って置いたところでマグマに落ちる運命に変わりはない。いずれ踏み台にした魔獣が絶命して、その身体がドロリと消えてなくなるからだ。ただ、そこはさすが災害級の魔獣なだけはあって、マグマに足を取られ深みにはまり、その身を灼熱の溶岩で焼かれて様とも、中々な死ぬ気配がない。
俺が初めて対峙した魔獣シロ・クマは首を斬り飛ばしただけは死ななかった。それだけ、災害級の魔獣は生命力が高いということだろう。
・・・腐っても災害級の魔獣ってことか。これ以上時間を掛けるつもりはないし、苦しめるつもりもない。とっとと引導を渡してやるか。
俺は地面に突き立てていた杖を天高く掲げる。杖の動きに合わせて、魔獣の大群を取り囲む様にマグマが高く高く迫り上がった。マグマの壁で、魔獣を一匹たりとも逃すことはない。マグマが何もかも全てを飲み込めるぐらいまで高く迫り上がったところで、俺は杖先を地面に向かって振り下ろす。
その瞬間にマグマは魔獣の大群に覆い被さる様にして襲い掛かった。マグマが全てを飲み込み魔獣の姿が一つも見えなくなったところで、今度は氷のマナに働き掛けて、マグマの表面だけを冷やしてカチカチに固めた。これで周りに被害が広がることはない。
ついさっきまでは、ルミールの町に繋がる街道があっただけの平坦な風景だった。だが、今は小高い丘が目の前に広がっている。魔獣や魔人族はその小高い丘の中である。俺は口の端を吊り上げて、三日月の様な笑みを浮かべながら、最後の仕上げへと取り掛かる。
このままの状態で放置してしまったら、街道としての機能が失われてしまう。だから、元の状態に戻す必要があるだろう。俺は右足を大きく上げて力を込めながら大地を一回踏み締め、小高い丘をギュッと圧縮させる。
ズンッと鈍い音と共に地面が軽く揺れて、小高い丘は元の地面の高さまで押し下がった。索敵魔法で感じ取っていたおびただしい数の魔獣の反応が、誕生日ケーキのロウソクの火に息を吹き掛けた様に一瞬で消えてなくなった。
・・・魔人族の生存者もなしか。
十一人は居たはずの魔人族の反応も完全に消えた。俺の攻撃魔法に抵抗出来る者は居なかったらしい。どうやら、ルミールの町を襲っていた魔人族の男は、四天王の中でも最弱、という訳ではなかった様だ。
俺はこれで初めて人を殺めたことになる。愚か者を極刑に追い込んだことは今までにあるが、自分の手で殺したのは初めてだ。ただ、不思議なことに何の感情も浮かんでこない。十一人もの人を殺しているのにも関わらずだ。真面にその姿形を見ていないからなのか、それとも殺した十一人の人となりを知らないからなのか。はたまた魔法で間接的に殺しているので、自分の手が血に塗れていないからか。理由は全く分からない。
・・・悲しいとか、虚しいとか。申し訳ないとか、気分が悪いとか。驚くほど何も思わないな。俺ってもしかして、意外と冷たいやつなのかな?
俺は自分の両手を見下ろしながらそんなことを思う。でも、よくよく思えば当然の結果だとすぐに思い至った。なぜなら、俺の弟分、妹分であるクートとクアンの二人に手を掛け様としたセイヴェレン商会オーナーのゲオールドを、極刑に追い込んだ時のことを考えれば明らかだ。
俺は身内のためならどれだけでも非道になれる。そんなことは前々から分かっていたことである。それが今回は俺にとって最も大切な家族に危険が及んだのだから、より過激になるのは当然の結果と言える。何より、家族を守るのはルートとの約束でもある。
・・・ついでに実験もさせてもらった。大規模に地面を融解させたぐらいじゃ、お咎めはなさそうだな。
光の女神フィーリアスティからの直接受けた忠告。世界の均衡を揺るがす様なことをすると粛清の対象となるという話だったが、町の三つや四つぐらいに影響が出る魔法ぐらいなら大丈夫な様である。今までにも、エヴェンガル戦で隕石を落としたり、ダストア戦でいくつものクレーターが出来る様な魔法を使っていたが、それに対してのお咎めもなかった。
・・・国一つを滅ぼす様な魔法ともなれば粛清の対象だろうか?と言うか、そんなことをする時点で国からの粛清対象になるな。
俺は粛清対象の一定の線引きの答えを出したところで、戦利品の回収を行うことにした。土のマナに働き掛けて、地面に埋まってしまった魔獣の魔石を、土とは違う異物を吐き出させることをイメージしながら、地表へと移動させる。
魔石が次々にひょっこりと地表に顔を出したら、今度は地表の表面だけをベルトコンベアの様に動かして、魔石を俺の足元まで移動させる。これで俺はしゃがんで待ち構えていれば、手の届く位置までやってきた魔石を道具袋に入れていくだけである。
・・・分かっていたことではあるが、魔石の数が多いので結構な重労働だな。道具袋に掃除機の様な吸い込み機能が欲しいところだ。
「ん?このボロ布は、魔人族の衣服か?」
穴がところどころ開いてぼろぼろになった状態の紺色のローブが、魔石に紛れて運ばれてきた。異物と判断されたらしい。ローブはマグマで燃えた様子はなく、街道を平坦な道に戻すために地面を圧縮した時に、砂や石に擦れてぼろぼろになったみたいだ。
火属性への耐性を付与したのか、元々火属性に耐性を持った素材を使っているのかもしれない。マグマがべったり付いても燃え尽きないとは、かなり高い耐性がある様だ。そんな考察をしていると、ローブと同じく衣服の一部、指輪や耳飾り、腕輪といった装飾品が魔石に混じって運ばれてきた。
・・・殺した魔人族の遺留品か。
それを見て俺が思ったのは、証拠として持って帰るか、である。ルミールの町で捕虜とした魔人族の男に、色々と話してもらうための交渉に使えるのではないかと思ったからだ。特に相手の心を折る方面で使えるのではないかと思う。
殺した相手の持ち物を奪うのは、何だか追い剥ぎや強盗殺人と同じ様な気がしなくもない。でも、相手は侵略者で、数に物を言わせてフラウガーデンの魔族の命を奪おうとしていたやつらである。命と命の奪い合いをした結果としての戦利品と言えなくもない。
・・・まあ、一方的に命を奪ったのはこちらの方だったけど。
何事もなく事を終えることが出来たのは僥倖だったが、物足りなさがない訳ではない。理不尽なことを言えば、苦戦はしたくなかったが魔力に秀でた種族としての力の片鱗を見せて欲しかったものである。そんなことを思いながら、俺は魔石と一緒に殺した魔人族の遺留品も併せて道具袋に放り込んでいった。